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第61話 さすがだな。男をくわえ込んで、昇進を果たしたか

 ブライトはその声にまちがなく聞き覚えがあった。そしてその声は自分がもっとも会いたくない人物のものだった。

 ブライトは突然、口のなかがからからに乾いていることに気づいて、手元のコップの水を口にした。喉が潤ったような気がしたが、それは脳の反応でしかなく、実際には喉は乾いたままだった。当たり前だ。水を喉に通したのは、遥か遠くにあるアンドロイドなのだから。

 ふっと、目の前に等身大の女性の姿が現れた。上から照射されているかすかな光から、彼女は『ゴースト』を使っているのがわかったが、ブライトはその姿に見入っていた。

「あらん、輝ぅ、おひさしぶり」

「ん、あぁ……」

 上から大きな声が響いた。

捷瀬美聡かつらいみさと中将だ」

「まぁ、ブライト君は紹介しなくても知っていると思うが……」

 ブライトは「中将?」と思わず口にした。わずかな間に自分とおなじ階級になっていることに驚いた。

「うふん、そうなのぉ。おなじ階級に追いついちゃったぁ」

「彼女がなぜここに!」

 上に大きく浮かんでいる責任者たちの映像をみあげて、ブライトは声を荒げた。

「さぁ、なぜだと思う?、ヒ・カ・ル……」

 ブライトは前から、この女の甘えるような口調が苦手だった。いや、ふたりの関係がうまくいかなくなってから苦手になった、というのが本当のところだろうか。蜜月だった時は、この鼻にかかる甘ったるい声が好きで仕方がなかった。

 ブライトはいらだつ気持ちが湧いてきたが、感情をあらわにしては、会場の人間にふたりのかつての関係を気取られると思い、あえて口に出して問うた。

「君が、わたしの後釜なのか?」

「まさかぁ、冗談でしょ?」

 ミサトが誘うような、いや挑戦的とも思える視線を、ブライトに送ってきた。そういうしぐさを心得ている女だったと、ブライトはあらためて噛みしめた。ミサトは大人びた女でありながら、どこか放っておけない危なっかしい可愛らしさがあった。計算していないように見えながら、男をその気にさせる女を自然に演じる、一種の天賦があった。同性からは相当疎まれていたが、『わたし、みんなに嫌われてるの』と打ち明けながら、男にしなだれかかる真似を平気でしてのける。そんなしたたかな女だった。

「さて、ブライト君、懐かしの再開はすんだようだね」

 ブライトは強い視線を事務総長のほうへむけた。

「では、もうひとり紹介させてもらうよ」

 すっと光が差しこんだかと思うと、ミサトの横に背の高い人物が立っていた。あまりに間近だったので、ブライトは思いがけずその人物を仰ぎ見る形になった。

「ウルスラ大将だよ」

 少々年齢を重ねてはいるように見えたが、その年月を差し引くまでもなく美形の分類にはいる顔だちだった。鼻すじは通り、顎のラインはおどろくほどシャープで、精悍さに満ちていた。そしてその目。ひとにらみで並の男なら委縮してしまうほど力強く、それでいながらその奥には、貫録とでもいうべき余裕を感じさせた。

 だが、その一方で、どこか全体のバランスを欠いているような歪さを、ブライトは感じた。顔の造形や配置がどうこうのというものではなく、もっと奥深い何か。

「ミサト、この男か。おまえの前の男っていうのは?」

 ウルスラ大将はこちらを見据えながら、ブライトが秘密にしようとしていた話しを、なんのためらいもなく初っぱなからぶつけてきた。ブライトはその苛立ちを気取られまいと、顔を横にそむけた。

「違うわよ。前の前の前よ」

 ミサトはそっけない口調で否定のことばを口にした。

 ウルスラ大将がミサトの肩をそっと抱いた。ブライトは相手のペースに巻き込まれまいとして、目を上にそらした。

「悪いな。今はわたしが、ミサトのパートナーだ」

 ブライトは驚きを顔に出さないよう、ぎゅっと目を瞑って、心のなかでゆっくりと10カウントして、心を落ち着けると、ふたりに向きなおった。

「それはおめでとうございます。ウルスラ大将」

 ブライトはわざと口元をゆがめて、皮肉めいて聞こえるような口調でミサトに言った。

「さすがだな。男をくわえ込んで、昇進を果たしたか……」

「『めなん』だよ」

 ウルスラ大将は口角をあげ、はにかんだような笑顔をみせた。

めなん……」

「日本では、第三の『性』のことを、新たにそう呼称してたと思うが、ちがったかね?」

「あ、いえ……」

「言いづらかったら、国際的呼称の『ニューマン』と呼んでくれてもいい。『ニュートラルマン』の『Neuman』」

 ブライトは、「Man、Neuman、Woman……」と思わず呟いた。ミサトに、自分の動揺を覚られたくなかった。

「あらぁ、わたしが『男』専門だとでも、思ってたのかしらぁ」

「あ、いや……」

「正直、男はもー、たくさん。面倒くさいしねーー」

 そう言いながら、ウルスラの腕にまわした手に、ミサトがぎゅっと力を込めた。ブライトはその姿から目をそらすように、上に浮かんでいる責任者たちにむけて大声をあげた。

「事務総長、このふたりが、わたしの後釜ということなんでしょうか!」

 事務総長が口元に薄ら笑いを浮かべた。

「わたしはそれでいいのだけどね」

「いやーー、勘弁してよねぇ」

 ミサトがウルスラと腕を組んだまま、冷たい目をむけてきた。

「輝ぅ、あなた勘違いしてない?。わたしたちは、あなたに頑張って欲しいからここに来ているの。いわば応援団」

「応援団?」

「国連の日本支部の司令官を希望するような人、ふつう、いないでしょ」

「どういうことだ」とブライトが怒りがこもった声をあげると、ウルスラ大将が空いているほうの手を前にあげて、ブライトに落ち着くよう促した。

「デミリアンを擁する日本支部は、亜獣退治においては常に最前線だ。そりゃ、やりがいもあるだろうよ。だが、勝っても負けても、称賛されるどころか、世界中から誹謗中傷を浴びのではねぇ」

「そんな割に合わない仕事って、ほかにある?」

「だが、亜獣退治はだれかがやらねば……」

「えぇ、その通り。でも、そんなババは誰もひきたくない。わたしたちもね……」

「ブライト司令官。君にヘマを重ねられたら、上の連中は君を更迭するだろう。そうすると、そのとばっちりが我々に振りかかってくるのだよ」

「いや、しかし……」

 ことばが続かなかった。

 自分が誇りをもって当たっている任務が、自分が大抜擢されたと思った最前線の司令官の立場が、それほどまで軍部で忌み嫌われているという事実を突きつけられたのだ。

 ブライトにはなにを言えば、相手をやり込められるのか、頭に浮かばなかった。

「ブライト司令。これからも頑張ってくれないかねぇ。わたしとミサトは、君がリタイアしないように、陰ながらバックアップしていくつもりなのでねぇ」

 そんな心強い言葉をウルスラ大将から投げかけられても、ブライトはどう反応していいかわからなかった。この場で繰り広げられるはずの『公聴会』という名のゲームに、負けないための手札もスキルも手にして臨んだはずだったが、今は思いもよらない展開に、どのカードも切れずに硬直してしまっている。

「輝ぅ、頑張ってね」

 去り際にそうミサトに声をかけられて、ブライトは儀礼的に笑って見せた。


 今の彼にはその反応が精一杯の抵抗だった。


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