第46話 ブライトさん。今、あの神名朱門がボクの隣にいる
ヤマトは幻影に捕まった、と即座に判断した。
あと一秒あれば渾身の一撃を食らわすことができた、という後悔は今は考えるべきではない。ヤマトは目を閉じて心を研ぎ澄ませた。さいわいにも亜獣アトンは、この場を飛び去った。すぐに襲ってくる脅威は今はない。
だが、こんなところで幻影ごときに捉まって、時間を浪費していいわけではない。
ヤマトは操縦桿に力をこめて、マンゲツを立たせようとした。が、操縦桿は動かなかった。ふと見ると、操縦桿を握る自分の腕に誰かの手が置かれて、押しとどめられていた。
「まぁ、落ち着けって、タケル」
ふいに耳元で勢いのある声がした。ヤマトが驚いて声のほうに顔をむけると、コックピットのシートの横からこちらをのぞき込んでいる男の姿がみえた。
神名朱門ーー。
あいかわらず大胆不敵な自信に満ちあふれているにやけた顔。それでいて細かな計算を常に頭のどこかでフル回転しているような落ち着きがある目。こんな二律背反したような表情を同時に浮かべられるような男はそうそういるものではない。
「アヤト兄ぃ。手をどけてくれないかな?」
「だ・か・らぁ、タケル、おまえはいっつも急ぎすぎなんだよ」
ヤマトにはここにいる、自分のコックピットの横にぴたりとへばりついている男が、まぎれもなく幻影であることわかっていた。ヤマトは操縦桿を荒々しく何度も動かしてみた。だが、びくともしなかった。ちらりと反対側の腕のほうに目をやる。そこにアヤトの手はおかれていなかったが、右腕同様どういうわけから動こうとしなかった。
「亜獣のやつも空気を読んで、どっか翔んでいっちまったんだ。ゆっくり話でもしようや」
横からアヤトが軽い口調で提案してきた。まるでヤマトの心のなかの焦りを見透かしているようだった。
「アヤト兄ぃ、あいつを逃すわけにはいかない。その手をどけてくれ!」
たまらずヤマトが叫んだ。
「おまえ、今、エースパイロットなんだって?。なんかすまねえな。おまえ、ひとりにこんな大変な責任を背負わせちまって」
アヤトがヤマトのほうへ身体を寄せてくると、そっと耳打ちした。
「もう、そろそろ降ろしちゃっていいんだぜ。そんな重荷……」
「だれも、おまえに感謝なんかしてくれちゃあ、いないんだろ」
アヤトの甘言がヤマトの心をくすぐった。
『まずい、取り込まれる!』
ヤマトは自分の心が、アヤトのことばに揺さぶられはじめたのがわかった。
「レイ、すまない。こっちは摑まった。援護してくれ!」
ヤマトは大声でレイに声をかけたが、目の前に呼びだされたレイは、困惑ぎみに眉根をぎゅっとよせた表情をしていた。
「ごめん、タケル。たぶん、わたしも掴まった」
ヤマトは心のなかで舌打ちをした。あまり想定したくなかった悪い方向の事態に陥っていると感じられた。
「レイ、動けるか?」
「たぶん……、大丈夫」
「なら、そっちのほうが有利だな」
呟くようにそう言うと、ヤマトは大きく呼吸を整えて、レイに問うように声をかけた。
「レイ、それは君の想い人か?」
「えぇ、残念ながら。あなたは?」
「こっちもそうだ。想った通り、アヤト兄ぃが邪魔しにきた」
「だったら、あなたが、その人をなんて呼んでいたか、忘れないで」
「あぁ、レイ。そっちも、そいつが君をなんて呼んでいたか、思いだせ!」
「わかった」
目線だけでレイは了解の意思を伝えてきた。すぐにレイの映像が消え、かわりにブライトの顔が飛び込んでくる。
「ヤマト。アヤト……、神名朱門だと。なにも見えないぞ」
「いえ、ブライトさん。今、あの神名朱門がボクの隣にいる」
そう言いながら、ちらりと横に目をむけると、アヤトが正面のモニタに映ったブライトにむけて、指を二本ふって挨拶しているのが見えた。




