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第44話 この身ひとつで盾になればいいだけ。簡単な話しだ。

『せっかくの連休だったのに、残念だったろうなぁ』

 ひとっこひとりいない大型遊園地を見下ろしながら、ヤマトはひとりごちた。そこには、とんでもない高さと長さのジェットコースターや、驚くほど大きな観覧車などが、広い敷地内にいくつも敷設されていた。連休期間中は晴天になるよう天気が設定されていたことを考えると、行楽を予定していた人たちには、申し訳ない気分にはなった。

 今ではヴァーチャル世界やリアル・ヴァーチャリティなど、想像できる限りの娯楽と、目もくらむようなアトラクションが、底なしに楽しめる時代になっているのに、結局、人々はこんなアナログの施設に集っている。あまりにも簡単に刺激が手に入るからこそ、仮想ではない『本物』を求めているのかもしれない。

 しょせん人間そのものがアナログな存在なのだから、デジタルとの共存にも限界があるということなのだろう。

 メインモニタにブライトが映し出された。

「亜獣アトン出現まで、あと30秒だ。準備はいいか、ヤマト、レイ」

 ヤマトはそっけなく「OKです」と呟いたが、サブモニタに映し出されているレイは、コクリとちいさく頷いただけだった。

『緊張しているのだろうか……』

 ヤマトは一瞬いぶかったが、すぐにその考えを撤回した。

 あの時、リョウマを討ち損じたことをあれほどまでに悔やんでいた子だ。緊張などするはずがない。むしろ次こそは逃がさない、という気負っているだけだろう。

「レイ、さきほどの手順を確認しよう」

「えぇ」

「まず、わたしがおとりになって、この『万布』で針の攻撃を防ぎながら、アトンの正面に出る」

「ぼくがキミのうしろに隠れながら追走して、ぎりぎりまでアトンに近づいたところで、キミの背中を踏み台にして上空にジャンプして……」

「アトンの首のうしろにある急所を刺し……」

 モニタのむこうのレイは、そんなものはどうでもいい、と言いたげで、その次の手順の確認を急いでいた。

「もし、その前に幻影攻撃を受けたら?」

 レイが焦るのも無理はなかった。そこからはある意味、出たとこ勝負。昨夜、ふたりで決めた亜獣対策が本当に奏功するかは未知数だったからだ。

「もし、攻撃を受けてうごけなくなる事態が発生したら、まずはうごけるほうがもう一方を守る」

「両方同時に攻撃されたら?」

「取り決めたトリガーワードを相手にむかって叫ぶ」

「もし、お互いとも叫べなかったら?」

「その時は……リンさんとアルに策がある」

 ヤマトはリンが映っているモニタにウインクしながら言った。

「でしょ!」

 モニタのむこうで、リンが戸惑ったような表情で「えぇ」とだけ呟いた。その横にいたブライトが、聞いてない、というムッとした表情をみせながらも叫んだ。

「ヤマト、レイ、亜獣、出現の時間だ!」


  ------------------------------------------------------------

 

 ズズズ……という地鳴りのような音が、あたりの空気を震わせた。

 レイには亜獣が出現する瞬間にたちあうはじめての体験だったが、なんの感慨もわかなかった。どこから亜獣が出現するかを一秒でも早く把握することが、今は大事だった。

 なにもない空中から、ぬっと亜獣アトンの突き出た頭が姿を現した。ひときわ目をひく大きな観覧車のすぐ横。レイとアスカに散々になぶられた痕は、ほとんど癒えていないらしく、アトンの顔は醜くゆがんだままだった。

 今、この瞬間、あの突き出ている頭だけを狙い撃てれば、という思いが、レイの心にふっともたげ、『万布』を持つ手に力がこもった。

 いえ、今は迂闊なまねをしていい時ではない。

「レイ、行きます!」

 レイはそう言いいながら、万布を首まわりにケープのように巻きつけると、一気に地面を蹴り出して亜獣めがけて走りだした。うしろのモニタを目をむけると、ヤマトのマンゲツがぴったりと追走してきているのが見えた。正面のアトンはみるみるうちに姿をみせはじめ、もうすでに上半身のほとんどがこちらの世界に来ているのがわかった。想定されていたのよりも少し速い。エドたち専門チームをもってしても、0コンマ数秒の誤差は読み切れないなら仕方がない、とレイは腹を括った。

「ネット!」

 レイは首から万布を引き剥がすと、自分の顔の前に両手でもちあげてピンと張った。正面に全身をカバーできるほどの大きさのネットに変形する。

 アトンが上半身の繊毛を逆立てると同時に、無数の針を一気にこちらへ飛ばしてくるのが見えた。

『来る!!』 

 レイは勢いを殺して足を止めると、ネットを正面に据えて、その場に踏ん張り身構えた。

「くるぞ!」

 ヤマトと司令室のブライトから同時に、レイにむけて警告の声がかけられた。

 わかってる!。

 レイは口を開きかけたが、あわてて抗議のことばを飲み込んだ。無数の針が万布を猛烈な勢いで直撃してきた。針は受け止めきれていたが、間断なく繰り出される砲撃のような衝撃に、サラ・サターンの機体がじりじりと後退していく。

『まずい……』

 そう思った時、レイの機体をうしろからマンゲツが肩でぐっと受け止めてきた。

「レイ、耐えろ」

「耐えてるところ」

 レイは万布を張った手にさらに力をこめた。

 ふっと、砲弾の嵐がやんだ。

「レイ、前進よ」

 亜獣を注視していたリンからの指示が飛んだ。

 レイはその命令を耳にするなり、手にもった万布をかなぐり捨てた。

 針の攻撃は連続してできない。連続発射までにはどんなに短くても十数秒が必要。そう

分析されていた。その十数秒に勝負をかけるためには、万布を携えていては間に合わないと判断した。

 レイはうしろのマンゲツにかまわず、地面を力の限り蹴って亜獣にむけて飛び出すように走りだした。次の攻撃までに間に合わせてみせる。だが、もし間に合わなければ……。


 簡単なことだ。この身ひとつで盾になればいいだけ。たったそれだけの話しだ。


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