第41話 レイ、君が好きだ
朝、学校に登校してみると、すでにアスカが机に座っていた。
ヤマトは挨拶をしようとしたが、護衛についていた草薙素子大佐が先に声をかけた。
「あら、アスカさん。退院したのね?」
アスカはぷいと顎をつきだすと、ふりむこうともせず「えぇ、そうよ」と答えた。
「あ、アスカ……、退院、おめでとう」
ヤマトの発した言葉は、どうにも不自然さが拭えないものになった。
「大袈裟よ。どこも怪我してない。ちょっと体調崩しただけ!」
アスカがいつもの口調でヤマトのほうに顔をむけて、たしなめるように言った。目のまわりはすこし赤かった。たぶん散々泣きはらしたのだろう。
「で、次の出撃はいつ?。亜獣って、二回目以降の出現なら、予測できるようになるんでしょ?」
「えぇ……。でも、あなたはでられない」
ふいに横からレイがそれに返事をした。ヤマトはすでに教室にいたにもかかわらず、存在感なく座っていたことに驚いた。しかし、それはアスカもおなじだったようだ。
「は、いたのね。存在感ゼロのレイ」
「で、なんで、あたしが出られないの?」
「危険だから……」
レイの忌憚のない意見を聞いて、ヤマトはアスカの頬が心持ちひくついたことに気づいた。あきらかに怒りを抑えつけている表情だった。
「なにが危険なのよ。言ってみなさいよ、レイ!」
ドンと机を荒々しく叩いて、アスカがたちあがった。レイは激しい剣幕をみせるアスカの様子に、まったく動じることもなくアスカを不思議そうに見つめていた。
『これ以上、揉めてもな……』
ヤマトが仲裁しようと口を開こうとしたとき、草薙がまるで煽ろうとでもするようなことばを投げかけた。
「あなたが取り込まれるからよ。お兄さんみたいに」
ヤマトはこころの中で舌打ちをした。装飾を排した意見を述べる、軍人としての彼女の性格は理解していたが、これは心無い一言だ。
「そんなに精神が不安定な人を、あのバケモノに乗せられるわけがない」
アスカが拳を握りしめて、ぶるぶると震えているのがわかった。
「あたしだって、やれるわよ」
「残念ね、本部の決定よ」
「亜獣出現予告は29時間後。この作戦にはあなたは加わらない」
厳しい口調に馴れているヤマトでも、この身も蓋もない言い方に、さすがにアスカが気の毒に思ってことばを挟んだ。
「アスカ、復帰できるから、もうすこし様子を見よう」
「あなた、お兄さん、殺せる?」
せっかくヤマトが配慮したが、レイが無遠慮な質問を浴びせかけた。
ヤマトはアスカが我慢できずに教室を飛び出していくのなら、それはそれで仕方がないと覚悟した。だが、アスカは突然興味をうしなったように、降参とばかりに両手を挙げると、どんと椅子にすわった。
「そうね、あんたの言う通りかもね。今は無理……」
ことさらに念を押すように、声を張りあげて続けた。
「今はね!」
そういうなりアスカは目の前に教科書のデータを呼びだして、授業の準備をはじめた。
強い子だ。ヤマトはそう思った。
今、自分が演じるべき、ベストの役割がなにかを感じ取って、みずからのペルソナを封印してみせた。
誰にでもできる芸当ではない。
ヤマトはアスカの横顔をみながら思った。
『リョウマに、妹の……、アスカのこの胆力が半分でも備わっていたなら……』
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亜獣対策のために各部署の戦略会議に参加させられるのは仕方がなかったが、ヤマトはここのところ授業が遅れ気味なのが気になった。将来目指したい大学や、なりたい職業があるわけでもなかったが、学ぶことは好きだった。戦いという非日常のなかにいるせいで、勉強や学校という日常に、やすらぎを見いだしているのかもしれない。
だが、今はやるべきことがまだある。
ヤマトがラウンジに足を運ぶと、レイがすでに応接椅子に座って待っていた。すでに二十時はすぎていて、そろそろラウンジから引き揚げねばならない時間だった。レイはヤマトの姿を認めると、すぐに口を開いた。
「なに?、用って?」
「パイロットだけの秘密会議だ。ほかの人には聞かれたくない」
「なぜ?」
ヤマトはレイの質問攻撃が続きそうになると判断して、機先を制することにした。
「レイ、君はデミリアンの意識を感じたことがあるかい」
「デミリアンの意識って?」
「ぼくらは自分たちの血液を通して、あいつらと動作や感覚を共有することで、操作をしているだろう」
「えぇ」
「だけど、一番重要なのは、感情なんだ」
「知ってる。だから気持ちを律してる」
「君はね。見事だと思う」
ヤマトに褒められて、レイはちょっと驚いた表情を浮かべた。
「だが、今度の亜獣、アトンはその感情に揺さぶりをかけてくる」
「つまり、わたしがリョウマみたいになる?」
「あぁ、場合によっては」
「そうなったら、わたしを殺して」
レイはめずらしく感情をあらわにしていた。
「あなたがそうなったら、わたしが殺してあげる」
「レイ、落ち着いて。ぼくは取り込まれない!」
そのヤマトの強い口調に、ふっと、レイのささやかな興奮が静まっていくのを感じた。ヤマトはレイの目を見つめた。
「ぼくはこの程度で心をゆらぐような、生半可な修羅場をくぐってきてはいない」
レイが妙に合点がいったようにかぶりをふった。
「で、どうすればいい?」
ヤマトはやおら椅子から起ちあがると、レイのうしろにまわりこみ、うしろから覆いかぶさるように近づいた。そして耳元で囁いた。
「レイ、君が好きだ」
レイの顔はこちらから見えなかったが、あまり驚いていないように感じた。
ヤマトは少しおおきな声で、
「上出来だ、レイ。亜獣の幻影はたぶん今のように不意をついてくる」
レイがうしろにいるヤマトの方へ顔をむけた。
「で、どういう風に対策を?」
ヤマトはレイがあまりにも動揺していない様子に、ちょっとプライドが傷つけられた気分だったので、わざと声を張ってみせた。
「アイダ先生が言ってたように、レイの大事な人、好きな人、嫌いな人、恨んでいる人、どれかはわからないが、一番思っている人が君の元に現れるはずだ」
「だから、こちらから強く念じることで、ぼくらのこころの中から出現させる相手を指定さえればいい」
「でも、その誰かに取り込まれるわ」
ヤマトはたくらみに満ちた表情で口元をにやつかせた。
「ふたりで亜獣を騙そう」
「どうすれば?」
「ぼくらの記憶に偽の情報を潜り込ませる」




