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第36話 こいつは、おそらく、亜獣『プルートゥ』の体液だ

 次の朝、ブライトは各部署の責任者とヤマトとレイのパイロット2名を緊急招集した。昨夜、記者団から追求されたあと、ヤマトタケルにあのような辱めを受け、春日リンの裏切りを目の当たりにして、気分はこれまでにないほど最低だった。本来なら彼らと顔も合わせるのも避けたかったが、事は急を要した。断腸の思いではあったが、私的なことには目を瞑ってでも、今後の対策を練ることのほうが先決だった。


 これは、己の感情ごときに、ふりまわされていい仕事ではないのだ。


 禍根を残しているように思われたくなかったので、ブライトはきわめて事務的に質問をして、冷静を装った。

「エド、セラ・プルートについてなにか新しい事例はあるか」

 開口一番に指名されて、すこしあわてふためいて起ちあがった。

「あ、いえ、えー、とりあえず名前を命名しました」

「名前?」

「えぇ、シンプルに、亜獣『プルートゥ』と」

 そんなものどうでもよかったが、それ以上なにもなさそうだったので、ブライトはアルを指名した。

「アル、音声データは抽出できたか?」

「ええ。あー、でも、すいません。雑音がまだ取りきれてないんですが……」

 アルが詫びをいれながら、空中にデータファイルを呼びだすと、音だけが会議室内に聞こえてきた。たえず重低音が響いている中、リョウマのものと思われる鼓動に耳障りなノイズが重なり、たちまち不快な音響が部屋を満たし始めた。

 突然、「ドクン」というひときわ大きな心音が鳴ったかと思うと、小さな声が聞こえてきた。

「お父……、お父さん……、なぜ、ぼ……、捨てた」

 会議室の面々は、微かな声を聞き漏らすまいと、耳をそばだてている。

「今度はぼく……捨てる……」

 音声データはたったそれだけだった。

 ヤマトが口火を切った。

「やっぱりね……」

「やっぱり、とはどういうことだ?」

 ブライトはヤマトに顔をむけることなく、その真意を促した。今、ヤマトの顔をまともに見たら、昨晩の屈辱的な仕打ちを思いだしそうだった。

 それでは司令官として、フラットな気持ちで意見を聞けなくなる。

「リョウマは父親に復讐をしているんだと思う。自分たちに見切りをつけて離縁をした父親にね」

「あの奇行は、父親への当てつけってことかしら?」

 リンがもうひとつ飲み込めない様子で訊いた。

「たぶん……だけど、リョウマには周りにいる人々がみんな父親に見えているんじゃないのかな」

「ではなにか?、あれだけの犠牲者をだしたのは、リョウマにとっては父親へただ恨みをはらしているだけだと?」

 ブライトがすこし声を荒げたが、レイがすっとぼけた質問をして混ぜっ返した。

「リョウマには、あんなにお父さんがいるの?」


  ------------------------------------------------------------

 

『わたしは精神科医であって、法医解剖医でもなければ病理医でもない』

 アイダ・李子は、突然、ブライト司令官に呼び出されて憤っていた。それでなくとも、新人パイロットの龍アスカの精神状態の検査や鑑定に手を束ねているというのに、外部からの遺体の受け入れに立ち会って欲しい、という依頼は責務を超えている。もちろん、手続きには医師の許諾が必要であることは知っているが、ならばいつものように、春日リンに頼めば済む話しではないか。それを今回に限って自分に頼み込んでくるということは、彼女に知られたくない何かがあるのか、それとも喧嘩でもしたかのどちらかだろう。 

 もし後者だとしたら、巻き込まれるのは勘弁して欲しいというのが、偽らざるところだ。

 李子は『搬入口』と書かれたドアの前にくると、手前に設えられたハンドドライヤーのような器具に手を突っ込んだ。シュッという音がして、手首まで一瞬にしてスキンが蒸着された。李子はスキンがムラなく皮膚に貼りついていることを確認すると、目の前の鏡を見つめた。

 幼い頃から父親似だとよく言われた。自分が養子であることを知っていたので、似るわけがないと、心のなかで笑いとばしていたが、年齢を重ねてくると、おかしなことに似ているところを自分でも感じることがあった。抜け目のないような目つきは、あきらかにあとから形成されたものだ。

 美人だ、と言われたことはないが、ボーイフレンドを欠かしたことはほとんどないのが自慢だった。どうやら尽くしてくれる、と思われる顔だちをしているらしく、彼女に『母親』を求める男からは、やたらと言い寄られた。だが、付き合ううちに家庭的な面も、キャリアもそつなくキッチリとこなすことに、だんだん息苦しくなってくるようで、『有能すぎる』という理由で別れることになったことが何回かあった。なので、ここ数年はもう男をつくらないと決めている。おかげで、自分とおなじように、男に興味がない同僚の春日リンともっぱら二人で飲んでいたりもする。

 李子は搬入口に続く廊下へ出た。そこは天井が低く狭いうえに照明もすこし暗く、クリーンでセキュアがあたりまえの25世紀の建築構造からは、かなりかけ離れた作りになっていた。敵に攻められた時に、簡単になかに侵入されないようになっている、と聞いてことがあったが、誰が攻めてくるというのだ。じぶんたちが相手にしているのは、最低でも20メートルはあろうかという怪物なのだ。

 搬入口にでると、目の前には一気に広い空間が広がり、ゆうに50箇所はあると思われる荷捌場の各所で、ロボット作業員や自走式トラック、全自動クレーンなどによる荷物の積み下ろしが行われていた。李子はブライトに指定された「Z0ーB」号のドックを探した。すると目と鼻の先、約30メートルほど先でブライトが、受付係とペーパー端末を見ながら、なにやら話し込んでいた。ブライトは李子に気づくと、あわてて駆けよってきた。

「アイダ先生、すみません」

「司令、どうしたんです?」

「いや、さきほども言ったように、医師のサインがないと搬入は許可されない決まりなのでね」

「医師ならば、リンがいるでしょう?」

 ブライトがちょっと答えにくそうに顔をしかめた。

「いや、その……、リンとはちょっと……」

 ビンゴ!。 

 ふたりの間になにがあったか、あとで酒でも飲みながら、リンから問いただしてやることにしよう。

 李子はいじわるな気分がはやるのを感じたが、そのまま無言で受付係のほうへ足を運ぶと、差しだされたペーパー端末に手をかざして承認した。

 李子は運び込まれたストレッチャーのほうへ目をむけた。両脇には二体の医療ロボットが付き添っていて、ただの遺体の運搬にしてはやけに仰々しいのが気になった。

「で、あれはなに?」

 ストレッチャーのほうへ、あごをしゃくってブライトに訊いた。

「昨晩、なにものかに殺された人だ」

「昨日はずいぶん、ひとが死んだって聞いたけど?」

 ブライトはなにも答えようとしなかった。

「ちょっと見てもいい?」

 李子はブライトの許可も待たずに、ツカツカとストレッチャーに歩み寄った。付き添っていた医療ロボットが、その前に立ちはだかろうとしたが、李子が彼らの前に手のひらをかざすと、スクリーン状の目に「ADMISSION『承諾』」の文字が現れ、すぐに二体は両脇に退いた。

 シートを剥がすと、得もいえぬ饐えた臭いが鼻をついた。

「なに、この臭い?」

 思わず医者らしからぬことばが口をついて出た。

「体臭だよ」

「体臭?、死臭とはまた違って、強烈だわね。この人、『DNA滅臭処理』してないの?」

「浮浪者だからね。おそらく九州からの難民だ。人間として、当たり前の処理なんて施されてなんかないさ」

「確かに……」

 DNAレベルでの『滅臭処理』がマナーとされる時代に、体臭を貯め込んだような悪臭は、今は死臭よりも嗅ぎ馴れない臭いだった。

 李子は口元をおさえながら、ストレッチャーに横たわる人物を検分した。見た感じではかなり年をとった老人のように見えるが、頭蓋骨が潰れていて、ほとんど顔が判別できなかった。

「で、この浮浪者の遺体がなぜここに?。まさか、これでも軍関係者?」

「この老人は昨夜、大阪の西地区のスラム街で発見されたそうだ。実はこの老人とおなじような死に方をした人が、一晩で10人ほど見つかったと報告があった」

 李子は死体の上に手をかざした。そのすぐ上に等身大サイズで遺体の内部のスキャン映像が、本体の上にかぶさるように投影された。からだを切り開いたのと同等レベルの詳細な3D映像がこの老人が圧死したことを物語っていた。

「頭蓋骨だけでなく、からだ全体が完全に挫滅してるわね。それに内蔵という内蔵が破裂している……。」

「なにかものすごく重たいものに潰された?」

 李子のその見解を聞いて、ブライトがすこし小声で言った。

「エドが言うには、彼の皮膚の表面についている付着物が問題だそうだ」

「付着物?」

 李子が3D映像の方に目をむけると、彼女の意思を読み取ったAIが、老人の頬の部分にフォーカスし、マイクロスコープがその部分を数十倍にも拡大して表示した。

 老人の頬の表面で、なにかが蠢いているのが見えた。

「なにか蠢いて……、浸潤している……。これなに?」

「それがわからないから病理医のほうで検分してもらう予定だ」

「なにか心当たりがあるの?」

 ブライトはすこしためらいがちに言った。

「あぁ……、これは他言無用で頼む……」



「こいつは、おそらく……、亜獣『プルートゥ』の体液だ」


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