第34話 助けるためにまた虚偽の証言をするつもりですか?
その夜、レイとアスカの機体が帰投してきたと、ヤマトは報告を受けたが、モニタリングした映像では、それはむしろ『回収』というべき状況だった。自分も何度かおなじ目にあって多くの人の手を煩らわせる形になったが、今回は2機の回収のため、物々しい物量の装置や援軍が投入されていた。3機のデミリアンと数機の護衛機で出撃した昼頃とは様相を異にしていたが、仲間をうしなった新人パイロットが相手では、慎重になるのも当然だった。特にアスカは憔悴しきっていて、精神にかなりの耗弱が見られるため、複数の専門AIロボットが対応にあたっているとも聞いている。
自分にはなす術がないのに、インフォグラシズに逐一報告が送られてきて、ヤマトは少々うんざりしていた。ヤマトにとって彼女たちのことよりも、十三から受け取った報告書のほうが、今ははるかに大事だった。
いまこのタイミングで調査していた真相をつきとめられたことに、ヤマトはちょっとした運命のようなものを感じていた。元々、無神論者のヤマトにとっては、ただの偶然の組み合わせでしかない、とわかっていたが、それでもここで入手できたのは運が良かったと思えた。だからなおさら、この機を逃してしまうわけにはいかなかった。
行動を起こさず失敗したとしたら、それは力量不足という必然でしかない。
ヤマトは廊下の先に、リンの姿をみつけて駆け寄った。案の定、彼女は当然のように機嫌がよくなかった。
「なに?、タケルくん。網膜インターフェイスにアクセスするとか、テレパスラインに思考送波するとかできなかった?」
「こっちは『ふっちゃかむっちゃか』なのよ」
「ブライトさん、もうすぐ記者会見だったよね」
「わかってるでしょ。今、その準備に……」
ヤマトはリンの文句をさいごまで聞く気はなかった。
「リンさん、耳を貸して」
リンは口元を不快げに歪ませたが、怪訝そうな顔つきで言われるまま、頭を傾けて耳をヤマトのほうへむけた。ヤマトはリンの耳元に口を近づけると、手のひらで口元を覆って囁いた。
こちらからははっきり見えなかったが、リンの顔色がみるみるうちに変わっていくのが伺えた。だが、その様子を確認するまもなくヤマトはリンから離れると、なにごともなかったように元来た廊下を引き返しはじめた。
「じゃあ、今夜0時に」
------------------------------------------------------------
静まり返った廊下を通って、ブライトの部屋の前にたつと、待ちかまえていたかのようにすっとドアが開いた。どうせ監視カメラでこちらの動向を見張っていたのだろう。中にはいると、椅子に座ったブライトと、その横の壁に寄りかかるようにして立っている春日博士の姿があった。
「リンさん、お呼びだてしてすみません」
「ヤマト、きさま、何の用だ!」
ブライトははやくも苛立っていた。
それはそうだろうな、とヤマトはちょっとだけ同情した。
新人の亜獣初戦に心を配って臨ませたにもかかわらず、甚大な被害をだしたうえ、亜獣にも逃げられた。しかもパイロット3人のうち、一人は重傷、一人はデミリアン一体とともにロストした。それだけでも気がおかしくなるほどのストレスだ。なのにさきほどまで開かれていた記者会見では、世界中の記者という記者につるし上げられ、それを世界中に配信されていた。
おそらく夜があけたら、今度は軍本部からもなにかしらの処分が告げられるはずだ。
精も根も尽き果てるほど疲弊しているのは承知していたが、だからこそ今、ここで真実を確かめ決着をつけるチャンスだと、ヤマトは感じていた。
「ブライトさん、記者会見、ご苦労さまでした」
「ふん、きさまに同情される筋合いはない」
「でも、いけないな。新人パイロットが勝手に暴走したはないでしょ。あれはあなたが操縦装置を止めなければおきなかったはずだ」
「それは結果論だ。わかるものか」
「あのとき、ぼくは止めましたよね……リンさん」
突然名指しされて、リンがうろたえたように見えた。
「あ、いえ、よく覚えてないわ」
ヤマトはふーっと大きく嘆息した。
「またですか?。神名朱門の時とおなじように処理すると……」
ブライトとリンのふたりは、その名前がヤマトの口から放たれるのを想定して心構えていたらしい。わざとらしいほどに、ぴくりとも反応しなかった。
「意味がわからんな、ヤマト」
ブライトがもの静かに、言いがかりをつけるな、という態度をとった。
「あれは、カミナがひとりで倒せる、とみずから進言したから許可した。その結果、彼は命を落とすことになった。痛ましくはあるが事故だ」
「みずから?」
「あの人は、自分の力量をもっとも見極めていた人ですよ。身の丈以上だとわかっているのに、無茶を買ってでるようなバカをするはずがない」
ヤマトはぎゅっとこぶしを握りしめた。
ヤマトの脳裏にカミナの最後の姿が浮かぶ。カミナはコックピットと一緒に溶けていた。亜獣の吐きだす溶解液を喰らい、ものすごい勢いでまわりが溶けていく恐怖と戦いながら、なんとかとどめを刺した。カミナの遺体はコックピットのシートをまるごと取りはずさないと運び出せなかった、と伝え聞いた。
「ブライトさん、あれは司令官のあなたが出撃を強要したんだ」
「タケルくん、それは違うわ。報告書にもあるように、アヤト君は怪我をして動けなかった君の代わりに、単独での出撃を志願したの、そう書いてある!」
「あなたの証言でね」
ヤマトはキッとリンを睨みつけた。一瞬たりとも目をそらしてなるものかという力強さがそこにこもっていた。
「アスカが、あなたのもうひとつの名前を言ってくれたおかげで、やっと調べがついたんですよ。それに十三がとてもいい仕事をしてくれた。ぼくは、なんでリンさんがカミナさんのことで、嘘の証言をしたんだろうって、ずっとわからなかった」
ふたりとも黙り込んで口を開こうとしなかった。
「でも、やっとわかった。あなたたちは恋人同士だったんですよね。だからあの事故が起きた時、リンさんは、恋人の経歴を傷つけないため、口裏をあわせた……」
「どこに証拠があるというんだ!」
ヤマトはリンの目をみつめて訴えた。
「大事なデミリアン一体をうしなわせた、この軽率で優柔不断な彼氏をまた助けるつもりですか?。リンさん」
「元よ……、元・彼よ」
くちびるに重りでも乗っているかのように、重々しい口調の反論だった。
ヤマトは追いつめるようにリンに問いかけた。
「で、どうするんです?。元彼をまた助けるために虚偽の証言をするつもりですか?」
------------------------------------------------------------
夜の暗闇のなかで、老人は崩壊したビルが散乱する瓦礫の上を、器用な足取りで飛び跳ねていた。ここは21世紀後半に建築されたビル群があったが、『名古屋大震災』に見舞われてから人々がこの地を離れていき、朽ちるままに放置されている地域だった。その後故郷を追われた九州からの難民が住み着くようになり、またたく間にスラム街となっていた。
老人はベッドサイズもあるかと思うコンクリートの瓦礫の上に座ると、懐からおにぎりを取り出し、すぐにぱくついた。賞味期限は4日ほど過ぎていたが、エチレンフレッシュ技術で保存されていたものだから、腹をこわすことはないだろう。そもそもこの貧民窟にまともで安心な食事などはない。この飯にありつくのだって2日ぶりだ。むしろ気をつけるべきは、音と匂いのほうだ。
もし誰かに飯を持っていることを知られたらどんな目に遭うか。街灯もなにもない月明かりのなかでは見つかる心配はないが、食べている音と食べ物の匂いは、どんな暗がりでも隠すことができない。
老人がもう一個をふところから取り出そうとしたとき、うしろのほうで物音がした。あわててふところに隠すと、すぐにその場に転がって眠っているふりをした。若いやつらもただ眠っているだけの老人を襲うほど、元気がありあまっているわけではない。食べ物を持っていると思われなければ、大丈夫だ。
老人は夜空を仰ぎ見た。
なぜだろうか、満月の夜なのに、月が半分欠けて見えた。不思議なことに、下半分が欠けている。暗闇のなかで2つの星がまたたいた。そういう風に見えた。
だが、それは目だった。
三日月のように細くシャープな形をした2つの目のまばたきだった。老人は恐怖のあまり大口を開けたが、悲鳴が発せられる前に、大きな、とても大きな手が老人を上から叩きつぶしていた。彼は自分自身のからだがひしゃげるのを感じた。
薄れゆく意識のなかで老人が最後にみたのは、暗闇で目をギラつかせる現世に降りたった巨大な悪魔だった。




