第32話 さぁ、父さん狩りの時間だ
「ヴァイタル上昇。脳波が乱れています!!」
ヤシナミライが緊急事態を叫んだ。
ヤマトのギッと歯がみしている姿が見えた。
ミライの頭にゾッとする結論が一瞬浮かんだが、いまはこの事態を収束することが優先された。ひとつひとつ片づけていけばなんとかなるはずだ。だが、司令部全体がいまやパニックに侵されている状態で、誰がどのようにそれを積み重ねられるのか。だいたい自分はどの立ち位置に居ればいいのかすらわからない。ミライはなにか伝達すべき新しいデータでも、従うべき命令でも、なんでもいいから、その足がかりが欲しかった。
その時、ミライが目の端にとらえたデータに、あってはならないものを見た気がした。あわててその画面を注視する。
そんな……。
これを、この事実をみんなに伝えなくてはならないの?。わたしが?。
なんと損な役回りだ。だが、これがわたしの任務だ。どんなに気が重たくても、この残酷な数字を見てしまったからには仕方がない。
目の前のグラフは、セラ・プルートのヴァイタルが上がっていることを示していた。
「セラ・プルート、再起動!」
「コントロールを乗っ取られました」
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リョウマの悲鳴がコックピット内の壁を打ちつけていた。やがて声がでなくなるとすぐに自責の念と恐怖が一気に襲ってきた。
ぼくが殺した。あんなに多くの人を……。
ドクン、と大きな鼓動が胸を打った。
みんなになんて言えばいいんだ。
もういちど、大きな鼓動が鳴り、今度は胸をせきあげるような大きな波となって、リョウマの心臓を締めつけた。
父さんをもっと深く失望させてしまう……。
さらに大きな鼓動。
リョウマは自分のからだの異変に気づいた。いまの自分は呼吸は乱れ、汗を大量にふきだし、手はふるえ、バクバクと心臓が打ち鳴らされている。なのになぜ、ゆっくりと心臓が拍動している音が聞こえるのか。彼はおそるおそる自分の右腕につなげられている『血液循環パイプ』のほうをみた。
自分のからだに戻ってくる『静脈チューブ』の中が青い液体で満たされていた。
『青い血!』
ドクン!、とひときわ大きな音がしたと思うと、自分のからだの中に大量の青い血が送り込まれていったのがわかった。
透析が間にあってない?。
そんな疑問が湧くのと同時に、ふいにリョウマの頭のなかで声がした。
『もう父さんを殺さなくていいのか?』
心の声にしてはしっかりと明瞭で、あまりにも力強かった。リョウマにはそれがなにかわからなくて、パニックになった。
『父さんは君を(ぼくを)捨てたんだろ』
一人称と二人称が一緒に聞こえてくる。わけがわからない。
『今度はぼくが(君が)父さんを捨てる番だ』
リョウマの瞳孔が収縮しはじめ、焦点があわなくなってきた。大きな心音が耳に心地いい。気分が高揚して、今ならなんでもできそうだった。
『父さんはいくらでもいる。何人でも捨てられる。ワクワクしないか』
リョウマは心の声に従うことにした。
「あぁ、ワクワクする」
正面を見据えたリョウマの目の瞳孔はすでに人間の目ではなかった。デミリアンと同じ猛禽類を思わせる鋭い目。瞬膜が目玉を一瞬白濁させてまばたきをした。
「さぁ、父さん狩りの時間だ」
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「開けぇぇぇl!!」
プルートのコックピットのハッチの隙間にねじ込んだ槍の先を力の限り押し込んだ。ギシギシと音がして、開放に抵抗する音がしていたが、ついに耐えきれず、ガコーンという、けたたましい音がしてドアが吹き飛んだ。ドアはそのまま、数十メートル下の落下し、さらに騒々しい音をたてた。
「兄さん!!」
ポッカリと開いたコックピットの入り口の中へ、メインカメラの焦点をあわせた。
そこに兄の姿があった。
アスカは一瞬、自分の鼓動がとまったと思った。
兄だと思った影は兄ではなかった。
そこに何かがいた。何かが操縦シートに鎮座して、こちらを睨みつけていた。
それは間違いなく、兄ではない、なにかだった。




