第12話 もしうまくいかなければ、ただ殺される……たったそれだけ、単純な話しでしょ
「なに、この懐古趣味は?」
ミライに引率されて案内された、国連軍パイロットの宿舎を見た第一声は、アスカのものだった。そこには20世紀頃隆盛だった『別荘』と呼ばれたような建造物が建っていた。歴史の教科書で、富裕層が所有していたと教えられたことがある。
「なかなかクラシックな感じがして落ち着くでしょう」
異議などが生じるはずはないとばかりに、ミライがポジティブな感想を述べた。
アスカにはこれを『クラシック』で済ませる感覚が理解できなかった。過剰な装飾や、華やかな見た目などは、生活するうえでの雑音のようなもの、と考えているアスカにとっては、機能性を無視したお洒落な建物という概念が飲み込めない。しかも外観だけでなく、豪奢な調度品が置かれ、手の込んだ内装がほどこされた部屋を見せられては、さらにその違和感がつのるばかりだった。おそれいったことに、外気や天気や温度も操れる時代だというのに、リビングには『暖炉」が設えてあった。
レイもそれに気づいたらしい。
「これ、暖炉。はじめて見た」
「いいでしょ。それ」
ミライが誉めそやす声をあげた。
「でも25世紀には、こんなもの絶対に使わない」
「インテリアですよ。インテリア」
「雰囲気がすごくいいですよね。落ち着くような気がします」
兄のリョウマが場の雰囲気をも良くしようとしたのか、追従するような意見を言った。アスカにはそんな兄のそういうところが嫌だった。あえて不満を口にした。
「ちょっと、ミライ」
「ヤシナ副司令」
ミライが事務的な口調でアスカの軽口をたしなめたが、アスカは気にせず続けた。
「ここに来るまで、あたしたち、結構大層なセキュリティくぐってきたわよね」
「えぇ。関係者以外は侵入できないようにするのが当然でしょう」
「で、住むところがこれなの?」
「25世紀よ。もっと機能性重視の飾り気のない……、なんかそういうのが普通でしょ」
ミライはアスカをみてニコリとした。
へったクソな作り笑い。
アスカは、『この子、面倒くさいって、顔に書いているわよ』と言いそうになったが、ちらりと兄の方をみて、口をつぐむことした。
「ここでは、戦いに疲れたからだを休められるよう、アナログ感を重視しています。共同生活を通じて、あなたたちには協調性を強くして欲しいという願いもこもっているんです」
「こんなに古めかしいんじゃあ、部屋のほうはカビが生えてそうね」
アスカは精一杯の抵抗を試みた。
だが、屋敷全体の作りに反して、各自の個室は相応に近代的な作りになっていた。ほこりや汚れで部屋だけでなく、空気が一瞬でも汚れないような効果が施された『アルティメット抗菌』仕様に、室内の人のヴァイタル・データをリアルタイムで読取り、絶対的満足がいく空調や温度に秒単位で調整する『サティスファイ・コントロール』等、体調管理、室内管理は万全だった。
「司令部や各部署と緊密に連携がとれるよう、同時に100chを超える部署との同時接続が可能なラインが用意されてますし、室内に『ゴースト』を飛ばして、人を招き入れることも可能です」
ミライが得意げにそう説明したので、アスカは鼻をならした。
「ふん、『ゴースト』でも、自分の部屋に他人をいれるなんて、まっぴらごめんだわ」
しかし、ミライはアスカの言動になれたのか、まったくとりあうことなく、ベッド脇の壁に手をかざした。壁の一部が開いて、なかに用意された何本もの各種飲料水が見えた。
「保存庫には、飲み物が十数種類常備されていて、自動で補充されるようになっています」
「食べ物はないの?」
レイがさりげなく疑問を挟んだ。アスカは食い意地がはった女だと一瞬思ったが、ミライが困ったような顔をしたのをみて、すこしレイを見直した。
「ごめんなさいね……」
「食べ物は自由に与えられないことになってるの」
「なぜ?」
「ほら、あなたたち、『フローラ処理』受けてないでしょ」
「太るからだめってこと?」
「えぇ、まぁ、わたしたちは『フローラ処理』が済んでいるから、なにをいくら食べても太らないけど……」
「あなたたちは……」
「いいわ、わかった」
あまりにもあっさりと引き下がったレイに拍子抜けして、アスカが声を荒げた。
「じゃあ、食事のほうはさぞやおいしくて、栄養バランスとれているんですよね」
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食堂に行くとひとりの青年がなにやら準備しているところだった。彼はリョウマたちの姿に気づくと、手をとめ服を整えすっと姿勢を正した。
「こちらは、執事の沖田さんです」
ミライがそう紹介すると、彼は背筋を伸ばしたまま、腰をおって、「はじめまして。執事の沖田十三です」と自己紹介をした。リョウマには、その滑らかな一連の動作が、気品あふれる所作に感じた。うしろに整えられた髪は清潔感があり、端正な顔だちと相まって信頼感を与えてくれる。残念なことに目頭から頬の横にむかって刻まれた傷が皴のように見えて、年齢を重ねているように見える。もしかしたら見た目以上に若いのかもしれない。服装にもいたるところに配慮が行き届いていた。シャツやズボンの折り目だけでなく、カフスや前身ごろにも張りがあり、礼節をわきまえた佇まいでありながら、見る者への窮屈感はみじんも感じさせない。
有能であるという見立ては間違いないが、リョウマにはそれに「おそろしいほど」という形容詞を頭につけるべきかもしれないと感じていた。ここに自由に出入りできるということは、それほどの切れ者が自分たちの監視役ということでもある……。
「十三さん、それは?」
ミライが十三の手元にあるサンドウィッチらしき食べ物に気づいて言った。
「はい、これはエル様の病室にお届けしようと……」
「エル様……、それ誰?」
すぐさまレイが反応した。
リョウマは、まったくレイらしい、と思った。アスカは悪意をこめて、相手が困るような質問をぶつけるのが常だったが、レイは何の他意もなく、思ったことをすぐに口にして、やはり相手を戸惑わせるところがある。リョウマはレイをたしなめようしたが、ミライの言葉に遮られる形になった。
「あぁ、エル。ヤマト君のことよ」
「なんで?」
十三が苦笑ぎみに口元をゆるめて答えた。
「申し訳ございません。わたしが着任した当初は日本語が不得手でしたので、『タケル』の発音がどうにも苦手で……」
彼は空中で指をまわすと、3Dの文字が浮かびあがった。『託慧月』という文字。
「下の二文字だけをいただき『エル』様と呼ぶことを、特別に許可をいただいた次第です」」
その浮かんでいる文字を見て、アスカが小馬鹿にしたような口調で噛みついた。
「なにその当て字?。とんだ『ドキャンネーム』じゃない」
「アスカ、失礼なことを言わないよ」
リョウマは言いたい放題のアスカを軽く叱責したが、どうやら彼女はそれだけでは言い足りないのか、空中に浮かんでいる3Dの文字にちらちらと目配せしている。なにやら頭のなかでこね繰り回しているように感じたが、すぐになにかの結論に達したのか、おもむろに口を開いた。
「そうね。だったら、あたしは真ん中の一文字『慧』だけで『あきら』とでも、特別に呼ばせてもらおうかな」
「よろしいんじゃなんですか?」
落ち着いた声で十三がそれに答えた。
「エル様は気にされないとおもいますよ」
真顔で返事をされて、アスカがあからさまに気分を悪くしているのがわかった。こういう意図的な当てこすりに、肩透かしを食らわされるのが彼女は一番嫌いだと知っていた。リョウマは自分の妹がさらに失礼を働く前に、話しを切りあげるのが兄の努めだと心得ていた。
「ところで、ぼくらの食事はいつですか?。もうお腹がすいちゃって」
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食事を済ませると、ミライはみんなを国際連邦日本支部の施設内を案内してくれた。レイは施設内の各セクションを紹介されるたびに驚きを隠せなかった。だが、レイにとってこれだけ大きな施設のなかで暮らすことになるというのは、いささか恐怖に近かった。各階に設置された食堂だけをとってみても、『ハイライズボール』のコート並に天井は高く、『シュートゴールズ』のコートほどに広く開放的だった。施設のいたるところには本物の木が生い茂っていた。特殊なフィルムで完全に隔離されているとはいえ、目にやさしく心を落ち着かせてくれる。ホログラフのみでその演出を試みていた月基地とは、質感からしてちがう。
22世紀に建てられた老朽化した狭いマンションに住んでいた子供の頃からは考えられなかった。しかも母が機嫌がわるいときは、自分の部屋に逃げ込むように引きこもるのが常だったので、自分の身の丈はいつもその程度だと考える癖がついていた。オールマンの家に移ってからも、できるだけ狭い部屋を与えて欲しいとねだって、変わった子供だと思われたりもしたが、それでも広い場所はどうしても馴染めなかった。
「なに、きょろきょろしているのよ」
「だって、こんなに広いから……」
「あったり前でしょ。ここ地球、しかも亜獣と戦う最前線の国際連邦軍日本支部なのよ」
「まぁ、世界中がお金をだしているからね。立派なのも当然だよ」
リョウマが困ったように笑って言った。
「それだけ、みなさんに命運を託しているってことですよ」
屈託もなくミライが言ったことばに、リョウマの表情がいくぶん曇ったことにレイは気づいた。責任感をひと一倍感じるリョウマのことだから、たわいもない一言からでも重圧を感じとってしまうのだろう。
「こ、これからはぼくらも、ってことですよね」
「兄さん、だからあたしたち呼ばれたんでしょ」
「いや、たしかにそうなんだけど……」
「わたしたちは、あなたたちパイロットをサポートするためにいます」
「日本人にしか搭乗できないデミリアンが、この地球を救う切り札なんですから、わたしたちにとっても、あなたたちをサポートできるのは大変光栄です」
ミライになんのてらいもなく褒められて、アスカが珍しくうろたえているのがわかった。
「まぁ、そう、こっちだって、光栄だわ」
急にたいへんなところに来たと自覚したのか、ほんのちょっぴり声が震えていた。リョウマのほうを見ると、その重責に押し黙ってしまった。レイはふだんは饒舌なふたりがこんなに静かになったことに驚きを覚えた。月基地での一年半の訓練中には見せたことがない一面をここで見せられても、という気分で、どうにも納得いかなかった。レイはふたりがなぜ、こんなにも緊張するのかわからなかった。
わたしたちに課せられた任務は亜獣を殺すこと。
もしうまくいかなければ、ただ殺される。
たったそれだけの、単純な話しでしかない。




