【BIN 〜ビン〜】
ある日ある日、あるところに青年いました。
青年はビンの中に一セント玉を集めるのが趣味の、お世辞にも明るいとはいえない青年でした。
そんな青年の名前は――ビンセント。
生まれは備後。
ミルクを飲むときは哺乳ビン。
牛乳ビンの底みたいなメガネ。
お米には必ず備長炭。
コーラは缶ではなくビン派。
そんな青年でした。
ビンセントもお年頃。
大学を卒業して、五年がたっていました。
いいかげん就職しないと、ただのニートです。
こんなビン詰めのままではいけない。そうだ、就職しよう。
ビンセントは仕事を探しました。
見つけました。
硝子ビンをあつかっているすてきな小店です。――レジの隣にはボトルシップ。
さっそくビンセントは出発しました。
私服でもいいとのことだったので、ビンテージもののジーンズでお出かけです。
面接は、お店の主人がしてくれました。
「さっそく質問させていただきます」
「はい」と、ビンセントは答えました。
「あなたのお名前は?」
「ビンセントです」
「あなたのご趣味は?」
「映画鑑賞です」
「好きな映画監督は?」
「ゴア=ヴァービンスキーです」
「好きな映画俳優は?」
「ウォン=ビンです」
「尊敬する人は?」
「レオナルド=ダ=ビンチです」
「怖い人は?」
「ビン=ラディンです」
「残念ですが、あなたは不採用です」
それが未来の答えでした。
思わず、ビンセントはかっとなって怒鳴りました。
「何だと! このはげちゃビン!」
怒りで真っ赤になったビンセントは、手近に合った花瓶を叩き割ってやりました。
弁償しました。
なんということでしょう。せっかく貯めた一セント玉が泡のように消えていったのです。ビンごと。
もはやビンセントは、ただのビンセントでした。――貧乏です。
サン●リーの角瓶をかかえながら、彼は部屋の中で打ちひしがれていました。
「なんということだ。僕だけ就職できないなんて……。ケビンもロビンももう会社でがんばってるというのに、どうして僕だけ……」
やがてビンセントは、決意します。
「くそう……。こんなことになったのはみんな政府が悪いんだ。不況の世の中が悪い。そうだ、国に復讐してやる」
それは空きビンのように、空っぽな発想でした。
レジスタンスに入ったビンセントは、そこでたくさんがんばりました。
猫除けのペットボトルをすべてビンに変えてやったり、
ビンゴゲームのカードを全部穴をあけてやったり、
『漁師びんびん物語』のDVDを高額で売りつけたり、
そんなことをしているうちに、とうとうレジスタンスは本格的なテロ活動に向かったのです。
ビンセントもそれに続きました。
大きな河のそばにある国会議事堂。
そこにレジスタンスは集まりました。
とうとうこのときがやってきた。
ビンセントは興奮していました。
ポケットに手を入れると、ジャラジャラとした金属の感触。
少しずつ貯めていた一セント玉でした。それはビンセントの大事な大事なお守りとして、肌身離さずポケットの中に忍ばせていたのです。
待ちに待ったこの瞬間。何が何でもやってやるのだ。
我らのリーダーが呼びかけました。
「諸君。ついにこの瞬間がやってきた。政府に復讐するときだ」
そうだ。そのとおりだ。やってやる。やってやるぞ。
「では諸君。この火炎ビンを持ちたまえ」
……え?
待ってください。ビンセントはリーダーに尋ねました。
「どうした?」
「それは何ですか?」
「火炎ビンだ。ビンの中に布とガソリンを入れている。ビンの口から出ている布に火をつけて、あの憎き大理石の建物に投げ込むのだ」
「だめです。ビンを投げるなんて僕にはできません」
「なんだと? できないとは何事だ? 貴様はスパイに違いない。粛清してやる」
スパイだなんてとんでもありません。
だけど、ビンと命を天秤にかけるなんて、ビンセントにはできませんでした。
ビンセントはその場から逃げ出しました。
逃げても逃げても、レジスタンスの人たちは離れません。
ポケットの中で、一セント玉が鈴のように鳴いていました。それはビンセントの心臓のように高鳴っています。
このままでは追いつかれてしまう。
意を決してビンセントは――近くの川に飛び込みました。
ダイ(ビン)グです。
気がつくと、ビンセントは小島の上にいました。
なんということでしょう。河から海に投げ出されてしまったようです。
見渡しても陸地が見えません。もはや家には帰れません。レジスタンスのところにも。仕事に就くことも。
ああ、どうしよう……。
ふと、ビンセントはあるものに気づきます。
――ビンです。
驚いたことに、小島はそこらかしこビンだらけでした。
人々が捨てたゴミが、ここに流れ着いたのでしょう。ビンは数え切れないほどありました。
ほかにも何か無いか、と探してみると、ペンと紙がありました。
ビンセントは、ヤシの木のそばに座って手紙を書きました。
それから、手紙を丸めてビンにつめると、そっと海に流したのです……。
ある夕日の空の下。
子供たちが広い砂浜で遊んでいました。
「ねえ、何これ?」
子供が、砂浜に流れ着いたものを拾い上げます。友達がそれを見ると、
「ビンだね」
と、つぶやきました。
「何か手紙が入ってるよ?」
夕日に透かしてみながら、子供はつぶやきます。
そして、あるものに気づきました。
「あ、一セント玉だ」
ビン流しは、こうして生まれたのです。