うずくまるもの
タクシー物を考えていて思いついた話です。
遠くで消防車のサイレンの音が聞こえた。
段々と近づいてくる。
近くで火事でもあったのだろうか。
そう言えば昼間、タクシー仲間の会話でこの辺で不審火が続いているのが話題にのぼっていたのを思い出した。
中には死人が出たものもあったとのことだ。
火事の焼死体は悲惨らしい。
人の形をした真っ黒い炭のような残骸、死者に使うには余りにも冒涜に過ぎる物になるという。
火なんぞつけて何が楽しいのか全く理解に苦しむ。そんな輩は地獄にでも堕ちればよいのだ、と義憤にかられている時、コンコンとガラスを叩く音がした。
振り向くと男が一人立っていた。
お客のようだ。
後部座席のドアを開ける。
男が座席に収まるのを確認するとドアを閉める。
カツンという音がし、自動ドアが何かに引っ掛かって閉まらない。
後ろを見ると男が右側のドアに背中を押し付け硬直していた。小刻みに震えながら自分の足元を見ている。
一体何なのかと視線を追う。
何か黒いものが男の足を掴んでいた。
それは車外まで続いている。後ろのドアが閉まらなかったのは、この黒いものが引っ掛かっていたのだ。
なんだろう、と思い自動ドアのレバーを引く。
ゆっくりとドアが開く。
ドアの後ろには黒い何かがうずくまっていた。
ガサリと乾いた音を立ててそれが動き車内に入ってくる。動く度にボロボロと小さな破片がこぼれ落ちている。
突然、座っていた男が大声で叫ぶとそれを蹴った。乾いた音が車内に響き、細かな破片が車内に飛び散った。
男はまた蹴った。
続けて蹴る。何度も何度も必死な形相でその黒いものを蹴った。
蹴る度に黒い木っ端が飛び散るが、本体が崩れる事はなく、ジリジリと車内に這いずり入ってくる。
おい、止めろ、車内が汚れる!、と叫ぼうとして息を飲んだ。
ギョロリと睨まれたからだ。
男にではない。黒い塊にだ。
塊に突然二つの眼が生えた。地の黒さのせいで白目が馬鹿みたいに大きく見えた。その中に闇色の小さな黒目があった。その黒目がぐりんと動き睨み付けられた。
そこで初めて、その黒い塊が炭化した人だと気が付く。そして、そのまま気を失った。
再び意識を取り戻した時、車内には誰もいなかった男客も炭化した人も。
後部座席を入念に調べても黒い破片も汚れも見つからなかった。
恐らく変な夢を見たのだろうと思う。
ただ、一つ気になる事がある。
その日、確かに近くで火事があったのだ。
一人暮しの老人の家だ。
焼死体が二体出た。
一体はその家の主人だと判明した。
だが、もう一人は未だに身元不明との事だ。
2017/12/03 初稿
こういうのって、ざまぁ系小説に分類されるのですかねぇ。
そもそも、ざまぁと言う言葉に凄く違和感を覚えています。
自分は因果応報系だと思っているのですが……