追い鰹流離譚
こいつなにしてんの、と他でもない作者が疑問に思ったので
格闘ゲームにおいて、「努力」とは純然たる技巧の向上と理解度の深化に他ならない。
であるなら、ハックアンドスラッシュのゲームにおいて「努力」とは何を指すのか。
───魚臣 慧はそれを「システム・アイテムを問わないリソースの充実」に他ならないと定義する。
◇
「んー………土壇場で使うにしては難易度高いし、最初から使って戦闘に入るにしてもリスクが大きいなぁ」
コキ、ゴキン、ガギンと首を鳴らしながらオイカッツォは息を吐く。
視線の先には一匹の獣……だがその姿は、まるで別の獣に痛めつけられたかのような荒々しい傷によって命を削り切られており、システム処理により体力がゼロになったエネミーが辿る運命……即ち消滅した。
「青濁性循環潮流……アクセサリー欄を永続で潰すのはこの際目を瞑るけど……活性化状態でこの程度ってのは、瞬間的なデメリットでアレに勝ってても瞬間的な火力で負けるなぁ」
青濁性循環潮流。
それこそがサードレマの喉元にまで迫り、シャングリラ・フロンティアというゲームにおいて現在「プレイヤーキルスコア」第一位の悪しき栄光を勝ち取ったレイドモンスター「彷徨う大疫青」からドロップするアクセサリーの名である。
未使用状態では不恰好な注射器を思わせる奇妙で歪で……そして何よりも不気味な青い何かが充填されたガラス細工であるそれは、己の心臓そのものに自ら突き刺すことでアクセサリー欄一つを潰して「装備状態」となる。
「カッコいいんだけどね…………うーん」
しゅこん、じゅる。と気の抜けた音がオイカッツォの手から響く。その正体はオイカッツォのアバター、掌の付け根あたりから隠し刃のように飛び出していた紫色の何かが体内へと引っ込む音であった。心臓に注入され、造血機関たる骨に染み込んで血液に混ざることで体内を循環するこの特異なアクセサリーはプレイヤーのHPを消費、そしてプレイヤーの思考を参照して体内から血液で生成された「武器」を出現させる。
成る程確かに有用ではある、少なくとも三十秒ごとに要求される過酷な達成条件もなければどちらにせよ五分経過した時点で強制解除されることもない。だが生成されるのはあくまでも人間大の武器であるし、青濁性循環潮流の能力を使い続ければ血液が汚染される。まだ赤みを帯びているワインレッドに近い紫色が紺色になり、そして完全な青色になった時どうなるか、考えるまでもないだろう。
「刻傷だっけ、あれズルいよなぁ……でも半裸にはなりたくないし、一式装備のメリットを手放したくもない……」
始源なる超存在へと近づくことが一体何を意味するのか、前例が無いが故に自分がその第一となりたい気持ちがオイカッツォにも無いわけでは無い。だが最悪人類種との敵対なんてことになれば………まず確実に嬉々として狩りに興じる外道二人に心当たりがありすぎるが故にあくまでも緊急時の手段以上の価値を見出せないのだ。
とはいえ、体力を消費して展開した血液武装には武器判定がつく、即ち現在オイカッツォがメイン職業として設定している「破壊者」の固有スキルの条件を満たすことができるので活躍の場面は作ろうと思えばいくらでも作ることはできる。
つまり、結論から言えば無能というには便利すぎるが、有能というには不便すぎる……ということであった。
……
…………
………………
サンラクがリヴァイアサンを爆走し、ペンシルゴンがサードレマで暗躍している頃、オイカッツォはと言えばコツコツと、着実に、確実にオイカッツォというセーブデータで出来ることを増やし続けていた。
別にユニークにまみれている変態が羨ましいとか、オンリーワンであり続ける悪女に思うところがあるとか、そういうわけではない。ただ単純に魚臣 慧という男が「とりあえず一通り全部試してから納得する」という人間であるだけなのだ。
とはいえシャングリラ・フロンティア、一人の人間が半年程度の間に網羅できる範囲などたかが知れている。本人の多忙さもあって、現在オイカッツォが使えるジョブはざっと三十五種類程である。
「んー、やっぱサブに生産職入れるのはあんましメリットないなぁ……戦える生産職って大体サブに戦闘職入れてるみたいだし」
旨味がないわけではないが、少なくともそれはオイカッツォを満足させるものではなかった。やはり雑多な攻略ウィキの眉唾な情報など信じるべきではなかったか。
最近なにやら怪しい噂のある神話の大森林を暫く探索してみたがそれらしい影もなく、これはハズレを引いたなと嘆息しながらオイカッツォは転移が記憶された使い捨て魔術媒体で敢えてサードレマへと飛ぶ。
「今は面倒くさいからペンシルゴンの奴には見つかりたくないかな」
アーサー・ペンシルゴンという女が何かを企んでいるのは知っている、サードレマの中枢にしれっと食い込んでいる時点で嫌な予感しかしない。最終的には自分達も巻き込まれるのだろうが、自分から飛び込むこともないだろう……どうせそのうち引きずり込まれる。
だからオイカッツォがここに来たのは別件である。
一つはサブジョブの変更、ジョブを変更するための職業ギルドの数はフィフティシアとサードレマが他の街よりも頭ひとつ抜いている。だからこそサードレマは序盤の街でありながら今も高レベルのプレイヤーが拠点としている事が多いのだ。
「クレリック系統はSTRに補正はいらないからな〜、巡礼者はワンチャンありそうだけどジョブの上げ方が面倒だし」
職業「巡礼者」のジョブレベルは転移魔法を用いない徒歩による大陸巡礼だ、本腰を入れるわけでもないなら時間のロスでしかない。サブ生産職は性に合わない、サブ魔法職もイマイチ、そもそもサブジョブというのはスキル、魔法、武器適性の拡張という要素が強い。そもそも武器を壊す前提の「破壊者」との相性は良いか悪いかで言えば全般的に悪いのだ。
では「神秘」はどうだろうか、これも却下である。基本的にオイカッツォは「ハイリスクハイリターン」がそこまで好きではない。
それはハイリスクハイリターンの権化たる流星や凶星と戦い続けてきたからこその結論だ。全体的な試合運びを支配する才覚において誰かに大きく劣っていると感じた事はないが、それでも土壇場で命を全て賭け皿に乗せて勝つだけの才覚を持ち合わせていない事も自覚している。
だがそれでいい。少なくともオイカッツォは壁に激突してシミにならない、刺客に襲われて自爆する事もないし、自分だけの成果ではないがあの白一色な流星に黒い点を刻む事もできた。
決して自分のあり様は間違っていない、であるならばどれだけユニークな自発について煽られてもオイカッツォはめげないのだ。決して、
(非ユニークだけであいつら絶対泣かす……!!)
と意固地になっているわけではないのだ。
とはいえ今はもう一つの別件もある、ここはやはり使い慣れたもので行くべきだろうとオイカッツォは考古学者ギルドの門扉を潜る。
「おや、これはオイカッツォ様。もう何度目かも分かりませんが再び神代の叡智を追う心構えができましたので?」
「まぁね」
NPCに皮肉を飛ばされる、というのも中々に興味深い体験だ。サブジョブを様々な試行錯誤の中で唯一上位職業にまでランクアップさせている「財宝狩人」へと変更させる。
メインではないので固有スキルである「財宝感知」こそ使えないが、オイカッツォの目的は財宝狩人の武器適性と習得スキル傾向だけだ。
「さて、と……」
ジョブの変更という要件は片付いた、もう一つの別件だ。思い起こすは例の半裸から聞いたとある話───
……
…………
………………
「アラドヴァルはアレだよ、英傑武器ってカテゴリなんだわ。通常の武器とは強化形式からして違う……なんつーかな、全体的にドラマティックなんだよな」
「朽ちた穂先に火を灯せ、とか新たな姿にリビルドするか因縁を乗り越えてリバースするか……みたいな」
「俺の場合はそうだな……ああほら、サードレマの先に死火山ってあったろ? あそこの火口からさらに下に行ったところになんかへんな蝶がいてさぁ。俺のナイスな交渉術であいつに丸焼きにされながら錆び付いたアラドヴァルに火を灯す?をしたんだよ」
「そういやアレ、やっぱりレイドモンスターだったって? 通常攻撃が全体で即死まで持ってく燃焼効果付きって猿でもわかるクソボスじゃね?」
………………
…………
……
回想終わり。
相変わらず人に話す時は主観視点でしか物を語らない奴だ……と半目になりつつも、話の中から要点だけをピックアップするとこうなる。
あの死火山で挑むプレイヤー全てをレイド戦すら始めずに消し飛ばしているレイドモンスター「焠がる大赤翅」はやはりなんらかの条件を達成して初めて戦闘状態となるモンスターだ。そしてそれは戦闘だけとは限らない。
「あるいはこれの条件も……? レイドモンスターとのエンカウント必須って……あーでも、イベントMobと考えればそこまでなのか……」
オイカッツォがインベントリアから取り出したのは、一見するとただの石の塊にしか見えない何かだ。よく見ると、厳密には「何か」を核に黒い石のようなもので覆われていると分かるが……
「錠岩の古戦器……フレーバーテキスト的に大当たりっぽいよね」
曰く、古代において数多の戦場を渡り歩いた戦士団が引退の際に自らの武器の数々を燃え盛る溶岩で封印したものとされるこのアイテムは、更なる灼熱でのみ施錠が解かれるという。
宝物狩人系列のとあるクエストで稀に発見されるこのアイテムは、純魔法職による火属性魔法ですら破壊されることすらなく「変化無し」を貫き通した……情報のカケラをつなぎ合わせていけば、鍵を開く答えは一つ。
「さぁて……ちょっと手を貸してもらおうか、レイドモンスター」
なおこの後、焠がる大赤翅討伐を目的とする一団とブッキングし、仲良く丸焼けにされることになる。
鉛筆のようなビジネスの情報網でもなく、ディプスロのような鉤爪の男的ネットワークでもなく、顔見知り程度の繋がりは時に意外な情報を掘り当てるものなのです。それがカッツォの強み




