たのしいにじかいだいさんじ:序
これは俺が記憶の奥底に封じ込めた、根菜と柑橘に彩られた忌々しい記憶である……
「こ綺麗にまとまったお食事会よりもさ、やっぱりこういう雑な場所で馬鹿騒ぎする方が楽しいって思うのは私が庶民だからかなぁ?」
「マッチョがいなければなんでもいい……タンパク質の塊の当たり判定がクソすぎる……ぜってーあれ掴み技に吸い込み判定あったぞ……」
「スターレインのマッチョがリアル格ゲーキャラ説は割と真実味があるからやめてよ……今度から顔見るたびに笑っちゃうじゃん」
「ねぇ私ネットで「不慣れな感じで踏まれたい」「辿々しい言葉遣いで罵られたい」って言われてるんだけど路線変更すべきなのかなぁ……」
やったね夏目氏、新機軸だ。
己の新評価を表示した携帯端末を眺めて困惑する夏目氏、そして俺と外道二人の四人組はGGC二日目の打ち上げを早々に切り上げて居酒屋チェーン店へとやってきていた。
いわゆる二次会というやつであり、さらに言えば我らが外道フィクサーことペンシルゴン殿は既に酒が入っている。
「頼もーう! 四人でーす!」
仮にも天音 永遠だというのに、話しかけられた店員の方はそれに気づいていない。
というのも「カリスマモデル式印象操作メイク術」なる怪しげなスキルによって奴が変装しているからに他ならないのだが。
「人間、髪型とアイシャドウをちょちょいっと弄るだけで案外バレないもんだよ」
「ふーん」
「もうちょっとこう話しを聞く態度見せようぜサンラク君、モテないよ?」
「やかましいわ」
モテるような人間だったらクソゲーで夏休み潰してないっての。
「ていうかさ」
「なんだよ眼鏡」
「自分を含めたメンツを見て何か言うことない?」
「んー?」
メイクで印象を変えたペンシルゴン。
申し訳程度に眼鏡で変装したカッツォ。
ペンシルゴンの手ほどきを受けたのか同様に印象が違って見える夏目氏。
カボチャヘルメットを着用した俺。
「……何か問題でも?」
「てめーだよ変態」
「うるせーぞ便所戦士」
「嘘だろこの状況でなんで言い返せるのこいつ……」
右の頬を殴られたらそれに対してリアクションする前に相手にカウンターを叩き込め、マウントを取ってから話を聞けばいい。
「ほら、外し時を見逃し続けてたらさ……」
「うん」
「むしろ意地でも外さねぇ、ってなるじゃん?」
「そんな「リンゴを上に投げたら落ちるじゃん?」みたいな顔で言われてもねぇ」
「ほら、サンラク君は色々脱線してるから……」
「あぁ、2.9次元くらいの存在なのか……通りで常識がかみ合わないと」
その眼鏡へし折って鼻にぶち込んでやろうか。
如何に奴の顔から眼鏡を剥ぎ取り最速で鼻に突っ込んでやろうかを冷徹な思考で模索していた俺だったが、座敷席に案内するとのことで見逃してやることにする。ケッ、命拾いしたな。
「んー、みんな何頼む?」
「焼き鳥、ハツネギマボンジリ」
「モツ鍋」
「じゃあ、この山盛りポテトってやつで……」
ちなみに上から俺、カッツォ、夏目氏である。いやモツ鍋て。
「君らよく食べるねぇ……」
「どっかの誰かさんのせいで俺は延々とキャトられかけてたからなぁ……おぉん?」
「誰がそんなことしたんだろうねぇ、きっとティーンの心を掴んで離さないカリスマを持った超絶美女なんだろうねぇ……いや、そうに違いない!」
「ダメだ、湯気を殴った方がまだ手応えがある」
実際、エナドリで合法的に無理矢理ブーストさせていた身体はカロリーを求めているのだ。
「ていうか、もしかしなくても成人してるの私だけ……?」
「言われてみれば」
「プロゲーマーだけど一応ギリ未成年だね」
「私も……」
「よっしゃ全力で飲むぞーっ!」
ここでそう言えるの逆にすごいと思うよ、うん。
「ドリンク……エナドリあるんだ、へぇ」
「流石に日に三本はヤバくない? しかも一本はトゥナイトだし」
「いや流石にそこまで蛮勇キメないって、俺ジンジャーエールで」
「じゃあ強炭酸コーラで」
「オレンジジュースにするわ」
こう言うところで音頭を自然に撮るのがカリスマの根本を成しているのか……全員の注文を一度で聞き取った変装モデル様が店員に注文を頼み、しばしの待ち時間がやってくる。
(さて……)
どう切り出したものか。
この場には夏目氏もいるが、まぁ許容の範囲内だろう。仮にも同じクランである以上無断、ってのは流石に駄目だろう。
そう、俺は現在シャンフロでサンラクというプレイヤーが遭遇している状況と、それを発端とする交換条件、その他諸々に関してこの二人に報告しなければならないのだ……僅かでも隙を見せれば半年は煽りの種にしてくるだろうこいつらに、だ。
(さぁどう切り出すか……ある程度ペンシルゴンに酒を回してからか? いや、この手のねちっこさならむしろカッツォがうぜぇ。クソッ)
「何で成人してねーんだよお前……」
「えっ何いきなり、怖っ」
いや、プレイヤーがどうにもできないパラメータをどうこう言っても時間の無駄だ。ここからどう巻き返すかを考えるしかない。
満腹時を狙う? いや、二次会の終盤に言えば「明日でいいでしょ」と別の日に回される可能性がある。
それはそれでメリットもあるが、時間を与えるほど悪巧みする奴しかいねーんだ、ここはやはり電撃作戦でこちらがマウントを取らねばならない。
つまり狙い目は最初の注文が届いた瞬間! まぁとりあえず食いながら話そうや、と思考を食事と返答の二つに分岐させる!
「ヘイそこのカボチャボーイ」
「なんだよ」
「邪気が漏れてるよ」
「はっ!?」
迂闊だった、落ち着け落ち着け。
とりあえずドリンクが来たので乾杯、ストローを持って来てくれた店員さんの優しさは忘れない。
「はいかんぱーい!」
カチャンカチャンとグラスがぶつかり、僅かに溢れたドリンクが照明の光を受けて輝く。
ガシャコンと口部分を開き、ストローでドリンクを摂取。それとなく他の面子の様子を伺いつつタイミングを見計らう。
「あ、そうだサンラク君」
「なんだよ」
「……私、蟒蛇だからね?」
「っ!」
見抜かれたか!? いや、まさか……だが邪気が見えるとか世迷言を吐いていたし、僅かな身体の動きから何かを察している可能性は高い。
クソッ、今の一言でカッツォの方も察しやがった。ただ自分が酒に強いことを話すだけで俺を追い詰めるとは……この外道め。
「なーにか言いたげな雰囲気してたからねぇ……わざわざタイミングを見計らってるし、なにをそんなに警戒してるのかなー……ってね?」
「なんか話があるの?」
「ユニーク自発できないマン、ステイ」
「オーケー、シャンフロに関する話題だな。後でお前ぶっ飛ばす」
察しが良くて何よりだよクソッタレめ。流石は魔王、将棋で言うなら初手で敵の飛車が超龍王とかに成り上がりながらこちらの駒に範囲攻撃仕掛けられた気分だ。
だがここはポジティブに考えよう、俺がこれから持ち出す話はユニークモンスターに関する核心的な話題。
そこの戦場の妖精が逆立ちしても発生させられない特大のケーキだ。
ペンシルゴンからすれば悪巧みのための強力な手札が手元に転がってくるようなもの、そう考えれば行けそうな気がして来たぞ。
「あー、その……なんだ」
レッツゴーサンラーク!
「ユニークモンスター「深淵のクターニッド」のEXシナリオを現在攻略中です」
「ご注文お持ちしまし……た……?」
「あーどうもどうも! 並べといてもらえますか? あ、その焼き鳥はちょっとこっち側に、あとそれこっちに置いてもらえます?」
「悪いねカボチャ君、焼き鳥はちょっとお預けだ……さ、楽しい話し合いにしようか」
俺の肩に腕を乗せて、表面上はとってもスマイリーなペンシルゴンとカッツォが歯を見せながら笑う。
古来笑顔とは威嚇を誤魔化すウンタラカンタラ……ハハハ、楽しくない尋問になりそうだ。
助けて夏目氏!
「…………」
目を逸らされた。
頑張って序破急で収めたい




