水晶群蠍の設定を衝動のままに書き連ねたもの
メタ的な視点と「作中内で誰かが調査記録を書いたら」という仮定で書きました。いつか再登場させたいなぁ
水晶群蠍
奥古来魂の渓谷上層部、渓谷を形成する二つの崖に広がる水晶巣崖に生息するモンスターである。残存する歴史書の時代、現代の人間の黎明期には別の場所でも発見されていたそうだが今では水晶巣崖にのみ生息している。
その名の通り蠍のモンスターであるが、その極めて特殊な生態と極めて高い危険性から「開拓者」以外の水晶巣崖への立ち入りを王国は禁止している。
最大の特徴はやはり全身を構成する水晶体である。実質的に最低限の臓器と水晶の骨格となる薄い膜のような皮以 外のすべてが水晶で構築されており、後述の食性から体組織の六割を損失したとしても、消化器官と重要器官さえ残っていればほぼ完璧に肉体の修復を可能としている。
水晶群蠍の肉体を構成する水晶は複数の水晶が水晶群蠍の体内で分解、一つの物質として再構築されたものであり、長く生きた個体の水晶ほど極めて高い硬度と魔力蓄積力を持っている。歴代の王国騎士団々長に伝わる盾に使用されている、水晶群蠍の中でも特に永い時を生きた個体の水晶は今なお当時の魔力を蓄積していることから、その規格外の質が理解できるだろう。
水晶群蠍はモンスターの中でも稀有な「完全自己完結型食性」を持つモンスターである。水晶群蠍は鉱物、特に水晶や宝石のような鉱物を好んで摂食する鉱石食のモンスターであるが、その食性は同胞の骸や自身の排泄物すら含まれる。
排泄物と言っても水晶群蠍の排泄物は魔力が含まれていない質の低い水晶の欠片であり、時間経過で大気中の魔力を吸収して上質とは言い難いが(それでも高値で売買されるほど)魔力を帯びる。
水晶群蠍の外殻として生成される水晶は摂取した水晶に加えて大気中の魔力によって「成長」するため、水晶群蠍は元手となる1の水晶さえあれば、種としての命脈が続く限り無尽蔵に水晶を生み出すことが可能である。現に水晶巣崖で発見される宝石から、水晶巣崖という場所自体が元々は森林地帯であったことが明らかになっている。恐らくは永い時間をかけて水晶が増え続けたことによって、環境そのものが上書きされたと考察される。
そんな水晶群蠍ではあるが、鉱物であればなんでも摂食するというわけではない。摂取することで自身に害となるもの、自身の消化能力で消化することができないものなどは本能的に「食べ物ではない」と理解しているのか、それらの鉱石は吐き出されたのち、一箇所に纏められる。このような建造体は「宝晶塔」と呼ばれ、数多の開拓者が求めてきたが、水晶群蠍によって死、またはそれに近い状況に追いやられている。
水晶群蠍に関して特筆すべきはその異常なまでの防衛本能と、種族全体がかりでの迎撃行動である。
一説によれば水晶群蠍は聴覚……厳密には水晶を伝導する振動を感知する能力に極めて長けており、一個体が侵入者を発見した場合、その個体が発する特殊な音波を水晶越しに受信することで連鎖的に付近の個体が発信源に増援として殺到する。この特性は恐ろしいことに重複しないため仮に五体の水晶群蠍が侵入者を発見した場合、数十体以上の水晶群蠍が侵入者を駆逐するために驚異的な速度で現れるだろう。
何よりも注意すべきは、侵入者を迎撃するためならば水晶群蠍は例えその場にいる蠍の九割を損失しても決して迎撃行動を止めない点である。水晶群蠍達の基本的な侵入者の排除方法が「侵入者を全方位から囲んで圧死させる、自身らの激突で身体が破損し、後続からの衝撃で何体かが死ぬことになっても決して勢いを緩めない」というものであることからもその並々ならぬ殺意とでも呼ぶべき脅威は理解できるだろう。
何故水晶群蠍達がともすれば自滅願望にも思える苛烈さで侵入者を撃退……この場合は撃滅と呼称する方が正しいか、ともかく侵入者に対して攻撃を仕掛けるのかは明らかになっていない。一説によれば水晶群蠍の「種族としての記憶」に刻まれるような恐怖体験をしたのではないか、と言われている。例えば、我々人間と同等かそれ以下の大きさのモンスターに相当の痛手を与えられた、などという冗談が冗談として受け流されない程に水晶群蠍は如何なる相手であっても全力の撃退を行う。
水晶群蠍の集団としての攻撃方法は全方位突撃による圧殺戦法であるが、では単体であれば脅威ではないのかと言えばそのようなことはない。単体でも下手なドラゴンであれば虐殺できる存在が群体として殺到するからこそ、水晶巣崖は禁域指定されているのだ。
これは一般には門外秘とされているが、かつて存在した剣術流派の上位十名を含む遠征軍七十名がたった一体の黄金の水晶群蠍によって全滅させられたという記録も存在している。尤も、前述の「種族としての記憶」によるものであるのか、如何なる個体であっても生成される水晶は白みを帯びた透明な水晶であるため黄金の水晶群蠍というものが実在するかどうかは半信半疑である。
閑話休題、話を戻して水晶群蠍の単体としての戦闘能力であるが、これに関しては生物としての強さにおいて頂点に君臨する竜種に匹敵する。時折渓谷の底で発見される「不自然に体の部位が断裂されたワイバーン」などは運良く……否、運悪く水晶群蠍と一対一で戦った個体ではないかと考えられている。
水晶群蠍の触肢は戦闘時の攻撃手段としてではなく水晶を切り取って口に運ぶための面が大きい、そのため水晶群蠍の鋏は太く分厚いが、切断力が高い。ヒビすら入れることなくポキリと切断した水晶をポリポリと齧る姿は愛嬌すら感じるが、それを僅かでも近くで見ようと思ったのであればポキリと切断されるのは水晶ではなく我々の全身の骨である。
全身を覆う水晶は王国御用達の武器職人をして「最も忌々しく、そして全ての鍛冶師が越えねばならない最強の試金石」、鎧職人をして「最も美しく、そして全ての鎧職人が目指さねばならない至高なる天然の鎧」と称される。
その硬さは生半可な鋼では傷すらつけることはできず、魔力を吸収して成長するという性質による極めて高い魔力抵抗は賢者と讃えられる魔術師ですらその欠片を砕くことにすら苦心する。
並ぶものない程に優れたものに対抗するにはそれと同等のものを壊すつもりでぶつけるしかない、という意味合いで用いられる「硬蠍の衝比」の蠍とは水晶群蠍を指しているように、水晶群蠍の外殻水晶を手に入れるのであるならば水晶群蠍同士の激突によって飛び散ったものを拾うのが最も難易度の低い手段であろう。軽減された難易度ですら達成できる者は稀有であることを除けば。
そして堅牢な水晶外殻と水晶すら切り裂く鋏角、なによりその自身を省みない突撃によって隠れがちではあるが最も危険な部位……それこそが水晶群蠍の「針」である。水晶群蠍の針は尻尾を振り回す薙ぎ払いの武器とする用途、一般的な刺突を主とした用途とは別に、「注入」の用途を持っている。そして水晶群蠍が対象に注入するものは毒ではなく、消化液である。
完全鉱物食性である水晶群蠍は言い換えれば、水晶以外のものを摂取することができない。それ以外にも好き嫌いはあるようだが、大前提として水晶群蠍は肉や植物などを摂取することはない。そして摂取した水晶を体内で合成するという特性上、水晶群蠍の消化器官とは一般的な生物のそれとは明確に異なっている。言ってしまえば水晶群蠍の消化液とは「変換液」と言える代物であり、摂取した物質を自身の体組織と同質のものへと変換してしまうのだ。これこそが水晶巣崖として崖の上の環境を激変させた秘密であり、純粋な物理的危険度というベールに隠された水晶群蠍の真の切り札である。
水晶群蠍は何らかの理由で水晶以外の物を摂食しなければならなくなった場合、尻尾の針を対象に突き立て、消化液を注入する。注入された消化液は急速に浸透し、人間サイズであればおよそ一分から二分で爪先から毛根の先端に至るまでを完全に水晶体へと変換してしまう。とはいえ針を用いた消化液注入はあくまでも「食料確保」のために用いられるものであり、消化液注入自体を戦闘目的で使うことは稀である。
水晶群蠍は条件次第で異なる姿へと変化することが判明している。
水晶群蠍の中には稀に特定のものしか摂取しようとしない偏食個体が存在する。理論上は特定の鉱石のみを摂取し続けることで身体を構成する水晶が摂取鉱石へと置換された個体が存在する可能性はあり得る。だが水晶巣崖で特定の鉱石のみを摂取することは困難であり、ほとんどの偏食個体は餓死してしまう。だがごく稀に同胞の水晶のみを好んで捕食する個体が現れ、そういった個体が長い時を同胞との戦闘に費やすことで身体が戦闘に特化したものへと変化していく。
あくまでも噂の領域を出ないが、黄金に輝く水晶群蠍の姿を見た、という目撃談も存在するがその姿は未だ実証されていない。仮に黄金の水晶群蠍と出くわしたとしても、水晶巣崖から生きて帰ってくること自体が困難であることも理由の一つであろう。
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・水晶群蠍の変異体報告
金晶独蠍
水晶群蠍の中で時折誕生する時折偏食個体。大抵は偏食対象以外の摂取を拒むために早死にするのが常であるが、その中でも「生きた同胞から生えた水晶」のみを好んで摂取する個体が存在する。
そういった個体は肉体が「同胞を狩る」形状へと変化していく。これは水晶群蠍の驚異的な再生力を応用したものである。そういった個体は通常の個体よりも戦闘慣れした性質を持ち、コミュニティから離脱した放浪個体トランジェントとなる。水晶群蠍は侵入者に対してはコミュニティ総掛かりで迎撃を行うが、同胞に対しては個体単独での対応しかしないという特性が存在するため、共食い個体が現れると水晶群蠍のコミュニティは大きな打撃を受けることになる。
同胞を狩るという性質上、金晶独蠍は主に水晶群蠍が休眠状態に入る夜間に行動する夜行性へと性質が変わる。そのため、金晶独蠍の水晶は月の魔力を強く帯びることになる。名の由来となった黄金の水晶の正体は極めて高密度な月の魔力を貯蔵したことによる発光である。
月の魔力が構成組織のひとかけらにまで染み込んだことで、月の魔力を補充することで肉体を再生することが可能となっている。これは月の魔力が満ちた水晶の破損を逆説的に「月の魔力の」破損を補填することで水晶そのものを再生していると考えられる。
水晶群老蠍
偏食個体が到達する極致が金晶独蠍であるならば、通常の水晶群蠍が到達する極致こそが水晶群老蠍である。永い時を水晶の摂取と成長に費やすことで、肉体のほぼ全てが水晶質となり見上げるほどに巨大になった水晶群蠍における長老個体である水晶群老蠍。その特筆すべき点として新たに生まれたばかりの水晶群蠍の幼体を自身の背で養育するという点がある。
水晶群老蠍の外殻は極めて高純度の水晶であり、水晶群蠍の基本外殻の形成を促す作用を持っている。そのため、生まれたばかりで水晶の外殻を持たない幼体に自らの水晶を摂取させることで自衛能力を与えているのだろう。
基本的に死ぬその瞬間までほどんど動かない水晶群老蠍であるが、例外として水晶群蠍というコミュニティそのものに危機が訪れた際には自らその問題を取り除くべく行動を開始する。幼体のみならず通常の水晶群蠍すらも背に乗せて進む様はもはや空母と呼ぶべきものであり、水晶群老蠍が動けば水晶巣崖のみならず奥古来魂の渓谷全体が震えることとなる。
恐るべきことに、水晶群老蠍という規格外の生物は二体存在する。なにせ「渓谷」とは右と左の崖あってこそ成立するものなのだから。
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これはあくまでも仮定の話であるが、もしも水晶群蠍の偏食個体が偏食対象を不足なく摂取できる環境に身を置くことができたのであれば、その身は水晶とは全く別の姿へと変貌することになるだろう。