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第15話 未来へのComplimentary

 理事長との熾烈なギャンブルから一週間経った。春はとっくに通り過ぎ、夏が顔を出している。制服のブレザーでは暑い気候になっていた。

「ゆっくりですよ……ゆっくり」

「うん、こうかな……よいしょ……」

 㐂島先輩が一斗缶を傾け、型の中へレジンを流し込んでいく。型の中央に置かれた花が透明の液体へ沈んでいく。僕は型を軽く叩いて気泡を抜いていった。

「これであとは固まるのを待つだけですね」

「おー楽しみ!」

 先輩が嬉しそうに笑った。僕たちは先輩の「生物部っぽいことしよう」という提案で、植物標本を作っているところだった。野球部でのイカサマのきっかけになった、あのレジンを使っている。中に入れたのは、草取りをしたときに見かけたホトケノザだ。

「よぉ永人。やってるじゃん。㐂島先輩も」

「あっ、かんなちゃんだ」

 作業を終えた僕と先輩に、かんなが声をかけてきた。換気のために開け放していた扉から顔を出している。かんなはブレザーが鬱陶しいのか、脱いで腰のあたりに巻き付けてしまっている。

「かんな、部活はいいのか? 練習があるんじゃないのか」

「いいのいいの。今日は用事があってきたんだから」

「用事?」

 かんなはそう言うと、肩に下げていた鞄から長方形に折りたたまれた紙を引っ張り出してくる。時代劇に出てきそうな手紙のように折りたたまれている。彼女から紙を受け取った僕は、表に書かれている文字にぎょっとした。

「は、果たし状って……どういうことだよ」

「うちの部活の部長に永人が理事長に勝ったって話したらね、すっかりその気になっちゃって。これを届けろーって」

「僕、その人に何かしたかな?」

「別に。ただ部長、勝負好きで負けず嫌いだから。理事長に勝った男を放っておけなかったんでしょ」

「……参ったなぁ」

 僕は手紙を開いて中に書かれている文章を読む。手紙はご丁寧にも毛筆で上手に書かれていた。長々と文章が連なっていたが、要するに「勝負しろ!」ということしか書かれていなかった。

「へぇ、今時こんな凝ったことする人いるんだね」

「このご時世に果たし状って……その人は江戸時代からタイムスリップでもしてきたのか」

「それだけじゃないよ」

 僕と先輩が呆れていると、かんなは鞄からさらに大量の紙束を引っ張り出してくる。色とりどりの封筒が机の上にばらまかれる。内容は読まなくても大体わかった。

「これも果たし状?」

「そうですよ。全部生物部宛てに」

 㐂島先輩の質問にかんなが答えた。手紙が全て吐き出された鞄は、一回り小さくなったように見える。

「一体何で……それも理事長に勝ったから?」

「そりゃあね。あんなの見せられたら誰だって勝負してみたくなるでしょ」

「はぁ……せっかく山笠先輩たちとの『他力本願』で落ち着いたと思ったのに」

「でも今回は永人だけがターゲットじゃないよ。㐂島先輩も狙われてますからね」

「え? 私?」

 㐂島先輩がびっくりして飛び上がった。

「だって㐂島先輩も理事長に勝った一人ですから」

「そうかもしれないけど……」

「あ、あとこれ」

 かんなはまだ何か持っていた。鞄から出てきたのは四つの折りたたまれた薄く大きな紙だ。もう見慣れてきた、学校新聞だ。

「なんだ。石崎がまた余計なことしたのか?」

「え、見せて見せて」

 僕はかんなから新聞を受け取って、先輩の目の前で広げた。新聞にはいつの間にか撮られていた、僕と先輩のツーショット写真が貼られている。そして見出しは、「生物部、愛の力で理事長に勝つ」? 続く記事には、僕が理事長室に怒鳴り込んだ話とか、先輩の家に押しかけた話もそうとうに脚色されて書かれていた。文章のタッチがいちいちドラマチックで、新聞というよりは小説みたいになっているのも気にかかるけど、それよりも僕が誰にも話していないようなことまで書かれているのが不思議だった。

「いやいや、なんだこれ。石崎はどこでこんなに詳細な情報を」

「私がインタビュー受けたんだよ。よく書けてるね」

「先輩が? なんでまた」

「え? だってインタビューしたいっていうから……」

「ダメですよ先輩! 新聞部に情報を差し出したらこうやって変に捻じ曲げられて書かれるのがオチですよ!」

「えーでもこのシーンとかいいじゃない? ハッチーが降りしきる雨の中私を追いかけて……」

「あの日は晴れてましたよ! 追いかけてもいないし! 当事者が騙されないでください!」

 とはいえ半ば無理矢理先輩の家に入ったことを正直に書かれても困るので、その点は痛し痒しだった。僕は新聞を乱暴に畳んでポケットにねじ込むと、部室の出入り口まで歩き出す。

「どこ行くの永人?」

「石崎に文句を言いに。どうせレジンが固まるまでやることないし」

「あ、待って私も行く!」


 倉庫を出ると、五月の風が僕たちに吹きつけた。いつまでも吹かれていたいくらい気持ちのいい、爽やかな風だ。

「ハッチー。また弥生ちゃんに頼んで開いてもらう? ギャンブルの大会。じゃないと大変でしょ?」

「いや、今度はせっかくだから全部真正面から受けてみませんか?」

「そう? でも数多いよ?」

「大丈夫ですよ。今度は一人じゃありませんから……先輩も一緒にね?」

「……うん。一緒にまたしよう、ギャンブルを」

「はい。とりあえず……まずは野球部の部室を賭けましょうか。持て余してますし」

「いいねそれ!」

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