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ガラス細工の乙女

ヒロイン辞めさせていただきます!!

作者: 音音

 目を覆い隠すほど長い前髪に、すこし下を向いただけで顔を覆い隠す薄汚れた白い帽子。

 体に合ってない、ダボダボした男物の洋服

 それが私のトレードマークと言っても過言じゃなかった。

 幼い頃に、流行病で母親を亡くした。男手ひとつで育ててくれたのは父親。

 近所の人や、父親の仕事仲間は口々にプリムラは女の子なんだぞ! と父さんに注意していた。

 それに父さんはいつもきまり悪そうに同じ言葉を答える。

『女房が生きてればなぁ~』

 そういえば、周りが黙るのを知っているからだ。

 ぼんやりとだが、お母さんが生きていた頃は女の子の洋服を着ていた気がするし、髪も可愛く結ってもらっていた気がする。亡くなった後も、少しの間は女の子の洋服を着ていたし、悪戦苦闘しながら父さんは髪を結ってくれていたりした。

 それなのに、なぜ、私がこんな格好なのかというと、すべては父さんが心配したからだ。

 

 年頃になってくれば髪を可愛く結ったり、明るい色の服をきて精一杯のおしゃれを楽しみたい。そんな私に父さんは土下座までしてお願いしてきたのだ。

 父親曰く、私はとても可愛らしい容姿をしているらしい。

 変なのに目をつけられたり、犯罪に巻き込まれたりしないために、お前を見た目じゃなく愛してくれる伴侶が見つかるまで、その格好でいてくれと。

 お前はただ一人残された俺の家族なんだ。いつも側にいて守ってやりたいができないから、身を守るために、お前が可愛いと気が付かせない格好でいてくれと。

『幸せになってもらいたいんだ。お前を不幸な目に合わせたくないんだ』

 そういって泣きながら土下座する父さんに、私は嫌とは言えなかった。

 

 父親が亡くなったのは突然だった。

 大工をしていた父は、仕事中に屋根から落ちて、打ち所が悪かったのか天国へと旅立ってしまった。

 近所の人や父親の仕事仲間が親身になってくれて、父さんの葬儀は出すことができた。

 大切な家族を、父親を失った悲しみに一晩中泣き続けた。


 自分は、とうとう独りぼっちになってしまった。

 こんな格好をしていたせいか、友達らしい友達なんていない。

 父さんが残してくれた家と僅かばかりの蓄え。裁縫の仕事を内職で請け負っていたから、それを続ければなんとか生活はできるけれど一人は寂しい。

 普通の女の子らしい格好をするにしても、洋服は高すぎて手が届かないし、自分で作るにしても布を買うお金を今の生活からすぐに捻出するのは難しかった。

 父親が思い出にと母親が生前着ていた洋服を残していたから、それを直して着ようと、お母さんと女の子の格好をするのを嫌がっていた父さんに報告と許しをもらう気持ちで教会へとお祈りをしに行ったのは幸運だったのかもしれない―――。



 家に鏡なんて高価なものはないし、貴族様の屋敷じゃないから、家の窓にガラスなんてついてない。大抵の家は木の板を打ち付けた窓で雨の日や夜に閉めて、天気のいい日は開け放している。

 雨上がりの水たまりや水辺で下をみれば、帽子が落ちてくるから明るい場所で自分の顔を見ることなど、ここ何年もなかった。

 祈るために、帽子を取り、膝をついて、ピカピカに磨き上げられた教会の床。天窓から降り注ぐ光の中、磨き上げられた床が鏡のようになり映しだした自分の顔に違和感を覚えた。

「え? ……この顔っ」

 頭の中にねじ込まれるように押し込まれてくる情報。あまりの衝撃に閉じた目。遮った視界の中、目の前に存在するかのように鮮明に、点滅するように入れ替わる様々な画像。

 私の異変に気が付いたのだろう、いつの間にか近寄ってきた神父が声をかけてくる。

「どこか具合でも?」 

 前髪の隙間から覗き見た年嵩の神父は心配げに私の顔を覗き込む。

「だ…… 大丈夫です。父のことを思い出して悲しくなってしまって……」

 否定する私の言葉に、神父は納得するように頷いた。

「あぁ。君はあの時の。大丈夫、お父上は天からあなたの成長を見守っていますよ。いつでも誰にでも教会は開かれています。あなたの悲しみが少しでも癒えますように」

 そういって祈ってくれる神父に礼を告げ、私は帽子をいつもより真深くかぶり足早に教会を後にした。


 私はこの顔を知っている。

 自分の顔なんだから当たり前だなんて言わないで欲しい。

 そういう意味じゃなくて、私は、私が誰かを知っているのだ。

 別に頭がおかしくなったわけじゃない。教会の磨き上げられた床に移った自分の顔を見て、私は思い出したのだ。

 いわゆる前世の記憶を。

 なぜ、自分が前世でいつ、どんな風に死んだのか記憶には無い。

 それでも、様々なことを覚えている。こことは比べ物にならないくらい便利だった前世。その前世の記憶の中に今の私の顔や名前の記憶があるのだ。

 間違いがなければ、私は乙女ゲーム『線上のガラス細工の乙女』のヒロインのプリムラに転生したのだ。

 前世では、転生ものや召喚ものなど好きで読んでいた。転生したのが、乙女ゲーム『線上のガラス細工の乙女』のヒロインとしてでなければ、前世知識で○○チート! などと意気込んでいたかもしれない。

 だが、この乙女ゲームのヒロインだけはダメだ。すでに私が転生したことで詰んだも同然。

 この『線上のガラス細工の乙女』の攻略対象は王太子とその側近。そしてヒロインのバッドエンドが多彩、なのだ。事故死、病死に見せかけた毒殺、刺殺、処刑、餓死、暗殺、冤罪によっての獄死、攻略対象を庇っての毒死、攻略対象同士がヒロインを争っての決闘に割り込んで切られて死亡。娼館落ちとヒロインに何の恨みがあるの!? というくらいに簡単にバッドエンドになる。そして、私はハッピーエンドを迎える自信はないが、バッドエンドを迎える自信ならかなりある。

 そして、バッドエンドが多彩なところから、自己投影しにくいようにという配慮なのか、ヒロインの絵姿がしっかりと入っている。

 そして、このヒロイン設定の一番重要な項目は、傾国の美女なのである。

 別に傾国するわけでは無く、それくらいに美人だという話なのだけど。前世を思い出して客観的に自分を見てみれば、心配した父親が土下座して顔を隠してくれと泣いて頼むくらいに確かに美人だし、スタイルだって抜群だ。

 で、中世ヨーロッパ風な乙女ゲームのヒロインなら、貴族の庶子だとか、類稀なる魔法の才能があって貴族の養子に迎えられるとかが定番なんだろうけど…… このヒロインは違う。

 生粋の庶民だし、魔法の才能も、ゲームが開始して勉強することで人並みレベルにまであがるぐらい。

 なら、なんで王太子と側近たちが攻略対象になるのかというと、お忍びで街を歩いていた王太子がヒロインをみかけ、その美しさに心奪われ城の下働きに召し上げるのだ。

 そこからヒロインは下働きから侍女へと待遇をあげていく。

 ゲームならパラメータを上げることで侍女になるんだけど、パラメータ上げをサボって待遇を上げるのが遅くなると、ヒロインの美貌に気が付いた侍従や衛兵に人気のない部屋へと連れ込まれて犯されるのだ。

 その現場の事後に、なぜか宰相補佐官のビスクが表れてヒロインを優しく気遣ってくれるのだが、ヒロインを下働きに召し上げたのが王太子だと知ると、ヒロインの美貌に危機感を感じたビスクによって毒殺されてしまうのだ。

 このゲーム攻略対象の好感度も上げないといけないが、ヒロインがハッピーエンドを迎えるためには、養子先になる侯爵家長男のビスクの好感度と信頼度を上げ続けないと簡単にバッドエンドを迎えてしまう。

 


 断言する。このまま顔を隠して生活しても、絶対、帽子が風で飛ばされるとか、強制力が働いて王太子に顔を見られて王城の下働きに召し上げられる。

「だめだ……詰んだ」

 死ぬ…… 自分が死ぬバッドエンドしか見えない……

 暗い未来に打ちひしがれていくと、鮮明に聞こえた少年の声に、思わず視線を上げる。

「たこ焼きは、やっぱないかぁ。豚汁も食いたいけど、味噌がないしなぁ」 

 その少年の視線は、あちこちにある屋台の間をさ迷う。

 あ…… あの顔は!! 自分の知っている顔よりもかなり幼いけれど、面影がある。

 『線上のガラス細工の乙女』の発売後に、全年齢対象として発売された『ガラス細工の乙女たち』に出てくる攻略対象の一人。公爵家嫡男のディビット!! ゲーム登場時、彼の年齢は14歳。いま目の前にいるディビットは7歳ぐらいだろうか?

 地獄で仏とは、まさにこのことなんじゃないだろうか。さっきの言葉を考えれば、彼も転生者だということ。ならば、私の味方に…… 助けてもらえるんじゃないだろうか!


「あの!!」

 声をかけると同時に私はしっかりとディビットの腕を握った。絶対逃がさない!! 逃がしたら私の人生破滅する!!

 薄汚れた白い帽子に、体に合ってないダボダボした男物の洋服を着た私にディビットは何事かとびっくりしたようだが、自分の腕を握る私の手とか、ディビットよりもはるかに高い身長の私を見上げる形になることからみえた顔の部分から女性だと判断したらしい。

「女が俺に何の用?」

 不信感丸出し、不愉快そうなディビットの声に怯みそうになるが、逃げられては困るし、私の話というかお願いを聞いてもらいたいので、単刀直入に話す。

「転生者ですよね? ディビットですよね? 助けてください!!」

 私の切実さが伝わったのか、ディビットは不審者を見るような目で私を見ることをやめてくれた。



 ※ ※ ※

 

 とりあえず、確実に人目がない所ということで、私の家に来てもらう。

 外から覗かれないように、木窓も閉めて、蝋燭に火をつける。

 帽子を取って、前髪をあげると、ディビットが驚いた顔をする。

「そうなんです! 私1のヒロインなんですよ~ だから助けてください。このままヒロインなんかしたら私の人生は終わりなんです~」

 泣きついた私に、ディビットは驚いた顔から、困惑したような顔にかわる。

「え? 1のヒロインってなに?」

「は? ゲームの知識無しの転生パターンですか!?」

 単に私の美貌に吃驚しただけかい!!

「いやいや、ゲーム知識はあるけど…… ガラス細工の乙女たちだろ?」

「それは、2です!! ディビットは2の攻略対象! 私は1のヒロインなんです。本当なら会うこともなかったのに、会えたってことは運命です。だから私を助けてください」

「助けてって言われても…… ヒロインだったら幸せになれるんじゃないの? ゲーム知識もあるんだろうから誰か攻略すればいいじゃん」

 ディビットは嫌そうにそういいます。乙女ゲーム知ってるくせに、なんで、ヒロインにむかってそんな嫌悪感丸出しなんですか!! 私が2のヒロインじゃないから??

「だってこのままヒロインなんかやったら、良くて娼館落ち、高確率で死亡エンドです!!」

「え? …… 乙女ゲームなんだよね??」

「乙女ゲームですよ? あぁ、1の内容知らないんですもんね。だったら説明します!!

 私ことヒロインのプリムラはお忍びで街を散策する王太子がヒロインをみかけて、その美しさに心奪われ城の下働きに召し上げられるんです」

「王太子が攻略対象なの?」

「はい。王太子と側近たちです」

「下働きなのに?」

 不思議そうに首を傾げるディビットに指を突きつける。

「ゲームに突っ込みは不要です! それにヒロインは下働きから侍女へパラメータを上げることで待遇をあげていくんですから。でも、ここゲームじゃないです、現実です。パラメータ上げるためのミニゲームなんてないんですよ!?」

「まぁ、そうだろうね。でも城の下働きに就職できたと思えばラッキーなんじゃない?」

 呆れたようなディビット推定7歳に腹が立つ。

「侍女に早く昇格しないと、ヒロインの美貌に気が付いた侍従や衛兵に人気のない部屋へと連れ込まれてレイプされるんですけど!! その後、なぜか宰相補佐官のビスクが表れてヒロインを優しく気遣ってくれますが! ヒロインを下働きに召し上げたのが王太子だと知るとビスクによって毒殺されるんですけど!!」

「え?」

 固まってしまったディビットに私は更に畳み掛ける。

「それでですね。このビスクが悪役令嬢たちよりも手ごわくて怖いんですよ!! 悪役令嬢たちは、嫌味だったり罵ったり、突き飛ばしたり、転ばせたりとかをヒロインにするぐらいでで命にかかわるようなことは無いんです。でもビスクはヒロインが選択を間違えると容赦なく消しに来るんですよ!!」

「―― だったら、選択間違えなければ……」

「無理です。私には無理。流されちゃう自信があります。ゲームでも何度流されたか! あのドキドキの期待を裏切ることなどできません!」

 私の熱弁にディビットは椅子ごと後ずさる。

「攻略対象たちからのエロ攻撃からことごとく逃げるなんて無理!!」

「は? エロ攻撃??」

 わけがわからないといったディビットに私は深く頷いてみせる。

 あれが制作会社が仕掛けたハッピーエンドにたどり着けない甘い罠の数々! 思い出しただけでもドキドキしちゃう!

「侍女に昇格すると、攻略対象たちからのエロ攻撃が始まるんですよ。柱の陰に引っ張られてキスされたり、スカートの中に手を突っ込まれたり、胸を揉まれたり。使ってない部屋に連れ込まれて押し倒されるのはもちろん、選択肢で最後までしちゃうのか選べるんだけど、そのエロ攻撃をかわさないと、そんな、ふしだらな女性を王太子や、その側近に近づけるわけにはいきませんっていってビスクに殺されます。ビスクに殺されなくても、攻略対象を庇ったりして死にます。

 そして!! そのエロ攻撃を防いだ後、攻略対象と結婚するためにとビスクの家の養女になるんですけど!! ここでも甘い罠が!! ヒロインの貞操観念、攻略した対象を一途に愛せるかとビスクが今度はエロ攻撃ですよ!! 淑女教育と言いながら繰り出されるセクハラの数々!! 思わずビスクルート解禁!? なんて喜んで流されると、即バッドエンドです」

「……… 乙女ゲームなの? それ?」

「乙女ゲームですってば!! 解放条件難しいですけど、ちゃんと逆ハールートもあるんですよ!」

 解放は辛かった!! 全ルートを5回ずつプレイすることで解放されるけど、バッドエンドも攻略対象全員分の各種バッドエンドもプレイしなきゃならないから………200回以上プレイしなきゃならない。

「まぁ、その分18禁スレスレまですごいんですけど。逆ハーモードならバッドエンドはありませんし!!」

「なら、逆ハーモードになってるか確認してからにしたら?」 

 これまた嫌そうに言うディビット。もしや、女の子嫌い??

「興味はありますが!! 非常に興味はありますが!! 私には無理!!」

「は? なんで? ヒロインなんでしょ?」

「逆ハーモードって、最終的に屋敷を与えられて全員に囲われる感じなんですが、ようは性奴隷みたいなもんなんですよね~」

「――― は?」

「え? だって、逆ハーレムって、ようはそういうことですよね?」

「乙女ゲームだよね?」

「そうですよ? なに当たり前なこと聞くんですか。

 逆ハーモードは、二人きりはもちろんだけど、複数も当たり前だし、全員もあり。場所だってベッドから庭まで多彩に繰り広げられます。ほら、雑誌とかで体験談とか読むと、二人よりも3人とかのが、最高に気持ちいいとか、抜け出せなくなるとか野外プレイが~とか書いてあるけど、興味はあるけど、それはゲームの中だけでいいかなぁ~と。まぁ、18禁じゃなかったんで、ドキドキはするし、スチルはエロかったけど、オマケ的な感じだったので消化不良的な部分もあり、コンプリート後に現れたスマホの18禁ゲームのパスワードに恥ずかしながら飛びつきましたね。もちろん事前登録してミニシナリオも頂きました。

 スマホのはヒロインにも声優さんがついて声がエロかった。8割喘ぎ声。担当してくれた声優さん、さすがに源氏名だったんですけど、いったい誰なのかで盛り上がりました。

 パスワードなくても、プレイはできるんですけど、パスワードを入力するとコンプリート特典のシナリオもらえるんですよ。そのあと、ファンブックが出て、そこにもパスワードでファンブック購入特典のシナリオがもらえるし、月ごとにシナリオも2本。1本は無料で、好きな方を選べて、選ばなかった方も見たければ課金して購入。配信期間は1年だったんですけど、最終的には完全受注生産でゲームソフトとして販売されましたし、男性ファンも多かったんですけど、『線上のガラス細工の乙女 ~鳥籠の中の攻防戦~』っていうタイトルなんですが、知らないの?」

 視線を向けると真っ赤な顔をしたディビット。

 どうしたんだろう?? まぁ、いいや。とにかく私がお願いしたいのは一つだけ。

「ということなので、王都危険なので、私を領地に匿って下さい!!!」





 ディビットと出逢えた幸運に感謝。

 領地に匿われてからも色々あったけれど、無事、ヒロインを辞めることができました。







 


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