第45話 ~残暑はあれど清らかに~
とある休日。
2学期に入って間もないこともあって、まだまだ残暑が厳しい。
そんな日に俺は……外で立ち尽くしていた。立ち尽くしている理由は、目の前にある家が自分の家よりも豪華な作りであるため。大富豪と呼べるほどではないのだろうが、それでも一般家庭より収入があるだろう。
「……実に」
入りにくい。
自分の家よりもランクの高い家というのも理由ではあるが、それ以上に女子の家であるのが問題だ。
実はこの家、俺が所属している生徒会の会長さんの家なのである。
どうして会長の家に呼ばれているかというと、2学期は学校行事が盛り沢山。大きなもので言えば、体育祭や文化祭が挙げられる。
またうちの学校のスケジュールの都合上、体育祭から文化祭までの期間があまり設けられていない。
体育祭に関しては教師陣が中心に動いてくれるので、生徒側は各競技に出る人間や係を決めるだけでいい。ルールが複雑なもの以外は練習もこれといってしないので大変なのは総練習や本番くらいのものだろう。
しかし、文化祭に至っては学生側が主体となって動く。
文化祭のための委員が各クラスから排出されるとはいえ、生徒会役員も取り纏めや手伝いとして参加する。
それだけに早い段階から動ける部分は動いておく必要だがあるのだ。
テーマというか、コンセプトを決めたり……外部から誰かを呼んだり他校に協力を頼むとなればそれ相応の根回しが必要になるのだから。
「でも……」
だからって何で会長の家でするのかな。
一度うちの家に来たことがあるんだからうちの家で良いと思うんだけど。そうなったらそうなったで秋本とか居るから嫌に思ったりもするんだけどね。
でも一度も行ったことがない女子の家よりはマシ。だって落ち着かないもの。
同級生や親しくしてる後輩の家ならまだいいけどさ。先輩の家……しかもそれが大きな家だったら高そうな物が置いてありそうじゃん。俺みたいな一般家庭で育った人間は恐縮しちゃうよね。
というか……会長ってそこそこ良いところのお嬢様だったのね。
まあ育ちが良さそうというか、すくすく育った感じのする性格はしてるけどね。妹の楓も素直で真面目な子だし。
だけど……会長が前に短冊の件でやらかしてるから入りにくさがある。
楓が言うには会長が異性に意識を持ったってことでプラスの方に思われているみたいだけど、もしも親御さんと顔を合わせたら何か気まずい。
まあ今日家に居るのは会長と楓だけらしいけど。
そういう意味では入りやすくはあるんだけど……でも逆に子供しかいない状態の家に上がるのって抵抗を感じるよね。それが年頃の年代であるなら尚更……。
「はぁ……」
「キリタニ、お前さっきから何やってんだ?」
話しかけられたので視線を向けてみると、私服姿の氷室先輩が居た。
半袖に短パン。うん、実に先輩らしい装いだ。これでランドセルを持っていれば誰が見ても小学生……
「ふん! おい……何で避けんだよ?」
「何でって……何で避けちゃいけないんですか?」
というか、何故足を払う勢いで蹴ってきたんですかね。俺が小学生だとか思ったからですか。
「それもある」
「あるんだ……それも?」
「昨日からなかなか逆鱗が取れなくてムシャクシャしてたんだよ」
なるほど。
逆鱗とか下位クエストだとドロップ率1%だったりしますからね。上位だともっと確率は上がりますけど、ひとりでやるとなると回転率が下がりますし。
それにゲームに物欲センサーが搭載されているんじゃないかって思うほど、時折ほしい人間に限って取れない。一緒に行った奴が取れるとかもざらにありますし。先輩の気持ちは理解できます。
けど……だからって人の足を蹴っていいことにはなりませんからね。そういうのは人として間違っていると思います。
言葉に出したわけでもないのに勝手に人の内心を読み取って怒るとかある意味理不尽ですよ。はたから見れば証拠なんてないのに。
大体……何のために言葉があると思ってるんですか。言葉っていうのは伝えるためにあるんですよ。
「先輩って……基本良い人ですけど、こういうとき理不尽ですよね」
「うるせぇ、てめぇの目がわたしに対して煩わしいのが悪いんだよ。それに……日頃誰がチナツの相手してると思ってんだ? こっちは休日だろうが関係なしに電話が来たりすんだぞ」
俺だって休日だろうと電話が来たりしますよ。生徒会があったりするときくらいですけどね。
まあ……先輩の立場には同情しますけど、先輩が友達を選んでないのも悪いと言えるわけで。1番悪いのはあの人ですけどね。
でも日常茶飯事のことで八つ当たりされても……もしかして俺が原因であの人の機嫌が悪くなってるのかな。正直夏祭りあたりから俺への当たりが強いというか、前よりも絡まれること多くなったから可能性としては十分にある。
それだけに……地味に反論しにくい。
「だからって後輩に八つ当たりはどうかと思うんですが? 八つ当たりするにしても蹴りはやり過ぎだと思います」
「わたしが殴ったところで大して痛くねぇだろ」
まあ……そう言われればそんな気はしますけど。
でも先輩って見た目の割に馬力ありますよね。普段はともかく怒ってる時はそれなりの筋力を発揮してますね。だって海に行ったときにボールぶつけられたり、飛び蹴りされた覚えがあるし。
だから……睨むのやめてくれませんかね。俺にも非があるにしても、先輩の返しはやり過ぎなんですから。
「氷室先輩、そんな顔していると可愛い顔が台無しですよ」
「けっ、てめぇに言われても嬉しくないっつうの。わたしのことガキとしか思ってねぇくせに」
別にガキとは思ってないんだけどな。
ガキのように見えるとは思ってるし、欲情するかと言われたら多分しないだろうけど。でも異性としては見てるよ。見てないなら先輩の服装だとか遊びに来た時の無防備さについて興味持ったりしないから。
「拗ねないでくださいよ」
「別に拗ねてねぇ……つうか、何でおめぇはわたしの頭を撫でてんだ?」
「経験則的に機嫌を直すならこれかなと」
「サクラやおめぇの妹はまだしも、普通はされてもあそこまでコロッといかねぇからな。まあ心地良くはあるが……ガキ扱いされてるようにも思えて釈然としねぇ」
先輩……深く考え過ぎると辛くなるだけですよ。
もっと気楽に行きましょう。この世の中、なるようにしかならないときがあるんですから。それに最近の先輩は少し心が狭くなってきているように思えるので、昔の寛大な先輩に戻ってください。
そうしないと俺がきついです。どんどん周りに騒がしい人間が増えてるように思えるので。
「あー! 先輩が真央とイチャついてる!」
……何でこいつは今日も元気なんだろうね。
まだ振り返ってもないけど、声だけで誰だか分かる。無駄に絡んできそうな言葉遣いしているし。
「ずるいずるいずるい! 先輩だけずる~い!」
「おいアキモト……何でわたしが悪い感じになってんだよ。別にわたしはキリタニにやれなんて言ってねぇ。つうか、お前もいつまで撫でてんだよ?」
「いやーこうしてると気持ちが安らぐんでつい。先輩の撫で心地はなかなかに好みでした」
「お前……そういうフェチなのか。まあ別にどうでもいいんだけどよ……わたしは別に気にしねぇが、誰にでもやったらセクハラだかんな」
そんなこと言われなくても分かってますよ。誰でも撫でてるわけじゃありませんから。会長の妹さんにはついやっちゃったけどね。
でもあれはあの子に妹属性があったから妹を持つ兄として無意識にやったのであって他意はない。
「誠~! 先輩が注意しているようでまた撫でろみたいなこと言ってる~!」
「いや、別にそうは言ってないと思うんだけど……というか、抱きついてこないで。ただでさえ暑いんだから」
分かる、分かるぞ誠。
必要以上に引っ付いてくる人間は何を考えているんだろうな。残暑だってまだ残っているわけだし、引っ付いてくるにしても秋になってからにしてもらいたいものだ。
まあ……女の子同士が引っ付いてるのを見るのって見る分には悪いものではないんだけどね。それが美少女同士ならなおさら。1名は中身があれだけども
「ねぇ真央くん、あたしも先輩みたいに撫でてほしいな~♪」
「……まったく萌えねぇ」
「おい、多少なりとも男なら萌えろよ。清純小悪魔系って男ならグッとくるもんでしょうが!」
いやまあそうなんだけど……。
見た目は悪くないよ見た目は。今日は髪を下ろしてワンピースだし、はたから見た分には清純系に見える。それに言葉回しも小悪魔系に聞こえたよ。
でもな……お前は秋本なんだよ。それを俺は強く理解してるんだよ。だから萌えられるはずがないじゃないか。
「あたしじゃダメだみたいな顔すんな! 意外と傷つくんだぞ。あたしにだって乙女のハートがあるんだからな!」
「恵那、ここで騒いだらご近所に迷惑だから。それに会長にも迷惑掛けちゃうよ」
さすが誠さん。過度な妄想しなければ生徒会の良心だね。
最近氷室先輩が良心を失いつつあるから筆頭かもしれない。それにしても……
何だか今日の誠……若干色っぽいな。
髪の毛を伸ばし始めてから女らしさが上がったのもあるけど、やはり私服姿というのが大きいのかもしれない。
今日の誠さんの恰好はノースリーブに短パンと実に彼女らしいものだ。
一見誠らしいのならばそこまで変わらないように思えるが、普段俺が見ているのは彼女の制服姿。今の恰好は普段よりも肌が露出しているということになる。
しかも誠さんは胸は他のメンバーと比べるとあれですが、身体全体に余分なものがないのですらりとしているわけです。
二の腕とかさ、チラ見えの太ももとか……見えたらグッと来ちゃうのも分かるでしょ?
「え、えっと……僕の恰好変かな?」
「ん? あぁその……」
「誠って綺麗な足をしてるよな。すらりとしてるし、肌も綺麗だし。日焼けしても健康的に見えて堪らん! って感じでしょ?」
「勝手に代弁するな……まるっきり外れてるわけでもないけど」
……うん、ごめん誠。
ここは嘘でも違うって言うべきだった。秋本みたいに変態チックに考えてたわけじゃないけど、異性からそういう風に見られてたって知ったらお前は妄想しちゃうよな。
「すまん誠」
「え……何で謝るの?」
「いやだって……そういう風に見られるの嫌かなって」
「べ、別に嫌じゃないよ…………だし……僕のこと女の子として見てくれてるわけだから」
途中何か言ったようにも思えるが、それは俺の気のせいだろうか。
まあそこがなくても日本語としては成り立っているし、変に勘ぐって誠を困らせる方が悪いよな。よし、ここは俺の気のせいということにしておこう。
「あ、あの……桐谷は僕の足、本当にそんな風に思ってくれたの?」
「え、まあ……えっと、もしかして何か気にしてることでもあったか?」
「ううん、そういうわけじゃないんだけど……その僕って鍛えてるからすらりとはしてても筋肉だし、柔らかそうみたいな女性らしさないから」
あーなるほど。
確かに一般的なイメージとしては、男性が硬くて女性は柔らかそうな感じだしなぁ。女性らしさを気にする誠が気になるのも無理はない話か。でも……
「俺は別に誠の足が女性らしくないとは思わないけどな。スポーツやってる女子ならそういう風になるだろうし、健康的な魅力があって良いと思うから」
「そ、そっか……ありがと」
「えーと……どういたしまして」
何というか……恥ずかしそうに喜ばれるとこちらとしても何とも言えない気持ちになってしまう。
それにしても……先ほどからあとのふたりが大人しい気がするのだが。まあ騒ぎそうなのはひとりしかいないんだけども。
「先輩……何かあたしやる気なくした。帰っていいかな?」
「別に止めはしねぇけど、帰った理由は伝えとくぞ」
「ひどい! 暑いからって省エネモードで対応しないでよ。いつもならふざけんじゃねぇ! そんな理由で帰っていいわけあるか。わたしだってこのクソ暑い中ここまで来てんだぞ! って、言ってくれるのに!」
「何でわたしが悪いみたいになってんだよ! 確かにそう言おうかとも思ったけどな、よくよく考えたらお前が居ねぇ方が楽っちゃ楽なんだよ。騒がしい奴がひとり減るからな!」
先輩、気持ちはすっごく分かる。分かるんだけど……普段から本音叩きつけてる俺ならまだしも、先輩がお前が居ない方がいいみたいに言ったらきついっすよ。
その証拠に秋本さん若干涙目じゃないっすか。
演技という可能性もあるけど、多分結構傷ついてますよ。これまでならそう言おうと思ったけどな! ってところで止めてたでしょうし。
「……って、おい。お前、何泣きそうな顔してんだよ? 怒鳴ったことなんてこれまでに散々あっただろうが」
「だ、だって……先輩帰れって。あたしなんかいない方がいいみたいなこと言ったもん。あたし……あたしは要らない子なんだ」
「え、ちょっ!? 泣くな、泣くじゃねぇ。わたしみたいな外見ならともかく、お前みたいな今どきの高校生がこんなところで泣いてたら変だろうが。サクラにも迷惑掛かっちまうし……あぁもう、悪かった。わたしが悪かったよ。だから泣くなって……!」
……うーんシュールだ。
俺の視界にどう映っているかというと、高校生を必死に宥めている小学生。逆ならば問題ない状況だけど、現実はこうですからね。
まあ年齢だけで言えば先輩が後輩を泣かして、懸命に弁解しているようなものだけど。でもやっぱり見た目による効果って凄いね。大半の情報が視覚から得られているってだけのことはある。
「仕方ないですねーじゃあ泣き止んであげましょう。これに懲りたら後輩に要らないとか言っちゃダメですよ。上からの言葉ってハートブレイクしやすいんですから」
「あぁ……肝に銘じとくよ」
先輩、顔が大変なことになってますよ!?
そりゃあコロリと泣き止んだ挙句に生意気なこと言われたら怒るのは分かりますけど、多分秋本も強がってるだけですからね。おそらく割と凹んでだと思いますし。だからその今にも射殺しそうな睨みはやめてください。
「というか……いい加減中に入ろうぜ。クソ暑い中で話す意味もねぇし、世間話するために集まったんじゃねぇんだからな」
「まあそうですね……じゃあ先輩、インターホン押してください」
「は? 何でわたしが押さないといけねぇんだよ。キリタニの方が早く来てたんだからおめぇが押せばいいだろうが」
いやいや、俺が来てすぐに先輩だって来たじゃないですか。
そんなに時間は変わらないんだからその理由はおかしいと思います。それに
「先輩は会長と仲が良いじゃないですか。ここにも何度か来たことはあるんでしょう?」
「そりゃ……何度かは」
「だったら先輩が押してくださいよ。俺は初めてなんですから微妙に緊張してるんです」
小心者だのへたれだの言われようと、緊張するものは緊張するんだから仕方がない。
だから先輩、そんな抗議したそうな目で俺を見ないでください。見るにしても俺の他にも後輩はふたりいるでしょう。
「……アキモトかマコト、お前らのどっちかが押せ」
「えーそこは先輩がしてくださいよ。あたしだって会長さんの家の大きさにびっくりしてるんですから。こう見えても内心はビクビクしてるんですよ」
「僕もその……緊張してるというか。というか、何で先輩は押したくないんですか?」
「何でって…………てめぇらと違ってわたしは微妙に背が足りてねぇんだよ! この家はモニター付きだろうが。わたしが押すと画面に映らないからイタズラって思われたりするんだよ! 分かったか!」
「「「は、はいすみませんでした!」」」
打ち合わせをしたわけではなかったが、俺を含めた1年組は見事なシンクロで頭を下げた。きっと先輩の魂の叫びに心から同情してしまったからだろう。
それだけに俺達は視線を合わせて誰がインターホンを押すか決める。結果的に言えば、会長に懐かれているといった理由で俺になった。再度揉めると先輩の機嫌が悪くなるので、俺は意を決してインターホンを押そうとする。
「あ……やっぱりみんなだったんだ。外で騒いでないで中に入ってくればいいのに」
押そうとした矢先、まさかの会長の登場である。
だが俺を含めた1年組は会長を見て固まってしまった。
髪型といったものは普段のままだが、白を基調としたいかにもお嬢様の私服と言えそうな装いをしていたからだ。清純系にコーデしてきた秋本が霞そうなほどの清純さである。
「おっふ……会長さんの本気を見た気がするぜ。あたし……今すぐ帰って着替えてきていい?」
「ダメに決まってんだろ。諦めて中に入るぞ……このままじゃ溶ける」




