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第11話 ~強気なあいつとクールなあいつ~

 氷室先輩のオセロ勝負は俺が全勝した。

 泣かない、次で絶対に勝つ! みたいに豪語していた氷室先輩は結果的に泣き目になっていたのはここだけの秘密である。

 泣きそうなっているにも関わらず先輩はやめようとしなかった。正直あの人はかなりの負けず嫌いだ。あと1回俺が勝ったら泣きそうだったので、わざと負けようとしたら「わざと負けようとすんな」と注意されてしまったし。

 これは先輩を泣かせてしまい。

 そうと思ったところでちょうど他の生徒会メンツが生徒会室にやってきてくれた。

 助かった、と安心したのもつかの間……氷室先輩が泣きそうになってることで大騒ぎに発展。

 生徒会室にいたのは俺と氷室先輩だけだったので、必然的に俺が先輩を泣かせる寸前まで追い詰めた。

 という解釈をした誠にまず責められ始める。そこに状況を理解してるのに悪ノリして参加してきたSッ気のある先輩と茶髪の同級生。

 会長は展開についていけないでオロオロし、泣きそうになっている氷室先輩は止めようとしてくれない。よって長時間ドMなら天国だったであろう時間が続いた。


「……なんてことになってたらかなり疲れてただろうな」


 実際のところは先輩が宣言どおり2回戦目勝った。そのあと他のメンツが来るまで会話しながら勝負を続けた。勝率は五分五分くらいだっただろう。

 翌日である今日は土曜。つまり休日である。

 生徒会に入ってからは休日というのは素晴らしいものだ、と改めて認識した。それと自分の家って学校より遥かに居心地が良いってこともね。

 なんでそうなったかというと、学校と違って周囲から嫉妬の目で見られたりしないし、非常識人の相手をすることもないからだろう。


「月曜からまた学校だから、今日と明日全力で満喫しよう」


 家で1日中過ごせる休日が素晴らしいって再認識してから金曜の夜に課題を終わらせるようになった。今回も例外なく今日と明日やりたいことだけやれる。

 好きにできる時間は現在の時間が昼前だからおよそあと36時間ある。家事とかやらないといけなかったりするので36時間フルで何かやれるわけじゃないけど。

 今も昼食を作るためにキッチンに立ってるわけだしな。

 ただ立ってるだけでまだ料理は始めてない。立ってるならやれよ、と思ったやつに言っておく。料理始める前に何を作るか決めないといけないだろ。


「……ん?」


 冷蔵庫から料理に使う食材を出していると、リビングのドアが開いた。

 リビングに入ってきたのは、寝癖のついたままの髪の人物。その人物は手で口を隠さずに大きなあくびをしたあと、片目をこすり始める。


「……おはよ、兄貴」


 俺に話しかけてきたどう考えても寝起きの人物の名前は桐谷亜衣。俺への呼び方で分かるとおり俺の妹である。年は俺の1つ下。つまり中学3年生だ。

 それと勘違いがないように言っておくが、亜衣はちゃんと血が繋がった妹だぞ。……ただ周囲からは妹に思われない。

 何故なら亜衣は、平凡な俺と親は同じはずなのにどういうわけか美少女なのだ。共通点と呼べるのは髪色が同じ黒ってだけ。

 今は寝起きなので結んでいないが、普段は肩甲骨あたりより少し短いくらいまで伸ばしている髪をうなじあたりでひとつに結んでいる。発育は同い年よりはしているように思える。

 何故そういうことが分かるかというと、亜衣の今の服装は上は胸以外隠していないような服で下はパンツだけだからだ。

 つまり亜衣はほぼ裸といっても……いやビキニのときの露出具合としておこう。

 話を戻すが、これで俺と亜衣が血が繋がった兄妹だと分かっただろう。血が繋がってなければ、今みたいに妹の状況を解説できるほど冷静でいられないからさ。


「今日はよく寝てたな。もう昼だぞ」

「別にいいじゃん……休みなんだしさ」

「ま、そうだな。昼食は?」

「兄貴と同じでいい」


 そこで会話は終わり、無言の時間が流れ始める。

 まあ兄妹なので無言でも気まずさはない。互いの思春期の男女ではあるが、俺は亜衣を『女』の前に『妹』。亜衣は俺を『男』である前に『兄』として見ている。

 そのためケンカすることはあるが、仲が悪い関係ではない。中学のとき妹がいる友人がいたが、そいつは仲は悪いと言っていた。それに大抵の兄妹は思春期になると仲が悪くなるとも。

 それを参考にするとうちは珍しいほうなのかもしれない。

 そう思っている間にも食事を作ることが習慣化しているので、妹の分も作るために冷蔵庫からもう一人前作るための食材を取り出す。

 亜衣は寝起きで何もしたくないのかイスに座り、テーブルに突っ伏している。露出の多い今の状態から着替えようとも、寝癖を直そうともしないとはだらしない妹だ。


「……あにきー」

「なんだ?」

「今日どっかに出かける用あんの?」

「……別にないかな。あっても夕食の買出しだな。何を作るかによるけど。亜衣は何かあるのか?」

「別にない。あったら今まで寝てねぇって」

「じゃあ何で聞いたんだよ?」

「兄貴が出かけるんなら私が夕食作らないとだろ……眠ぃ」


 今の会話から分かるかもしれないが、もし俺と亜衣の起きる順番が逆だったら、テーブルに突っ伏してるのは俺でキッチンに立っているのが亜衣になっていただろう。

 今の亜衣からは想像できないだろうが、亜衣はこの家で一番料理ができる。その次にできるのは俺だ。

 普通の家庭は母親なんだろうが、うちは共働き。朝から夜までいない。だから必然的に家事は自分達でするようになったわけだ。

 兄妹仲が悪くならなかったのはこれが理由かもしれない。昔から大抵のことは協力してやっているから。今は料理とかはひとりでやるけど。

 まぁ何が言いたいかというとだ。

 俺の妹は寝癖を直さず、露出の多い寝起きの姿のままテーブルに突っ伏すやつだが、決してダメなやつではないということだ。亜衣が今だらしないのもここには俺しか居らず、やることがないからで。


「眠いなら寝ろ」

「また寝たら夜寝れなくなるじゃん。それに腹減ってる」

「なら顔洗ってこい」

「……んー」


 亜衣は覇気のない返事を返すとゆっくり立ち上がって、右手で頭を左手で腹をかきながらリビングから出て行った。

 話す相手がいなくなった俺は意識を食材だけに向け、料理の速度を速めた。耳に聞こえてるのは食材を切ったときに包丁がまな板にぶつかって鳴るトンという音だけ。

 テンポよく料理を進めていると、再度リビングのドアが開いた。


「ぅんー」


 リビングに入ってきたのは、先ほどよりシャキっとした顔の亜衣。両手の指を絡ませて、背伸びをしている。

 顔は洗ったようだが、寝癖は直していない。服装もさっきのまま。戻ってきた時間から予想はしていたけれど。顔洗ったんなら寝癖くらい直せよ、と思ってしまうのは仕方がないよな。

 それと、露出の多い今の服装で背伸びなんかしたら下乳見えるぞ。平均より発育してんだから。


「亜衣」

「なに?」

「それ以上背伸びするとやばいぞ」

「ん?」

「下を見ろ」


 亜衣は俺の指示通り視線を下に向けた。胸の下部分が顕わになっていることに気づいたようで、顔が徐々に赤くなり始めた。

 亜衣は背伸びをすることをやめて急いで服を整えると、両腕で胸を隠しながらこちらに真っ赤な顔を向けてきた。言うまでもなく睨んでらっしゃる。


「バ、バカ! 実の妹の胸、ジロジロと見るなよな!」

「ジロジロなんか見てねぇよ。包丁持ってるのにお前ばかり見てられるか。というか、教えてやった兄に向かってバカとはなんだ。俺が言わなかったら完全に胸露出してただろ。そもそも俺がいるって分かってるのに、着替えないで露出の多い今の服装のまま背伸びするから悪いんだ。つまりお前がバカだ」

「何もそこまで言わなくてもいいだろ!」


 そう叫んだ亜衣は先ほど座っていたイスのほうにドカドカと足音を立てながら歩いて行き、イスに座ると先ほどと同じようにテーブルに突っ伏した。顔を俺の反対に向けてるあたり、今の亜衣の機嫌が表れているな。

 とはいえ、別に気まずい空気になってはいない。

 これくらいのやりとりは夏ごろだと日常茶飯事だからだ。もう分かってると思うが、うちの妹は家族の前なら下着姿で過ごせるやつだ。よって日常的に今のようなことが起きる。寝起きに背伸びをするなんて誰だって無意識にやることだからさ。

 俺の言ってることが間違いでないことは、亜衣を見れば分かってもらえるだろう。

 完全に目が覚めた亜衣は、テレビを見ながらダラーとしている。ちなみに突っ伏したまま動いたからだろう、服が少し上に上がり、また下乳が見えそうになっているが気にしている様子はない。

 さっきのことを気にしているなら胸への注意が今のように薄くなるわけないだろ?


「……ん?」


 亜衣はテレビを見て、俺は料理をして無言の時間を送っていると、来客を知らせるインターホンの音が耳に響く。

 いったい誰だろうか? と思いながら作業をやめてエプロンを外そうとすると


「兄貴、私が出る」


 と、突っ伏していた亜衣から声がかかった。

 おそらく自分が接客すると言ったのは、先ほど腹が減ってると言っていたことから考えて、俺に少しでも早く飯を作らせたいからだろう。


「そうか、ちゃんと下何か穿けよ」

「言われなくても分かってる。さすがに家族以外にこんな姿見せれっかよ」


 そんなことを言ってるが、お前のことだから髪と上はそのままで下にズボン穿くくらいしかしないんだろうな。来たのが男性ならドキッとすること間違いなしだろう。亜衣が気にしないのなら俺が気にする必要もないのでどうでもいいけど。


「…………」


 亜衣のやつ遅いな。時間で言えば10分も経っていないけれど、郵便物や回覧板とかの受け取りなら充分に遅いレベルだ。

 しかし玄関のほうから騒がしい声が聞こえるわけでもない。訪れたのが亜衣の知り合いなら、玄関で話してもおかしくない。

 とりあえず、昼食作るのに専念するか。と思った矢先、リビングのドアが開いた。


「亜衣、誰だっ……」


 ドアの方に視線を向けると、そこにいた人物は亜衣ではなかった。

 肩甲骨の下まである綺麗な髪、細身だが出るところはきちんと出ているスタイルの良い身体。感情が読み取れないポーカーフェイスだが、整っている顔立ち。

 身にまとっている物は、上はピンクのへそだしのシャツの上に青の薄手のジャケット。下は白のスレッドの入ったミニスカートだ。

 クールな印象を受けるこの美人はいったい誰だ? なんで家に上がっているんだ?


「……久しぶり」


 は……今なんて言った?

 聞き間違えでなければ俺に向かって久しぶりって言ったよな。……待て待て、久しぶりってことは彼女は俺に会ったことがあるってことだよな。

 だけど俺は彼女に会った記憶はない。会ったことがあるのなら、絶対に印象に残っているはずだ。だって美人だから。


「……ねぇ、アンタって真央だよね?」


 ……俺の名前知ってるってことは会ったことがあるってことじゃん!

 いったい俺はいつ彼女に会ったんだ? 高校ではまず会っていない。元々異性の友人とかは多いほうじゃないから。高校で知り合ってそれなりに会話したのは生徒会のメンツくらいだ。……美人と美少女たちなのに、素直に喜べないけど。

 高校じゃないとすると中学か。……それなりに女子と接していたが、彼女みたいな子の記憶はないぞ。中学でないとすると小学校か。

 ……小学校のこととかあまり記憶ねぇ。何となく楽しく過ごしてたとか、妹と協力して家のことしてたとかは覚えてるけど。


「なに立ち止まってんの?」

「あっ、ごめん」

「別に謝らなくていいけどさ」


 会ったことがあるようだが、記憶にない女性に返事を返すために頭をフル回転させて昔のことを思い出していると、亜衣がリビングに戻ってきたようだ。

 戻ってきた亜衣は、上の服は変わっていなかった。だが寝癖は直していつものようにひとつに束ねていた。下もきちんとズボンを穿いている……かなり短いやつだけど。太ももとか半分以上見えてるし。


「なんで立ち止まってたわけ?」

「……あいつって真央だよね?」

「……兄貴だよ」


 亜衣のやつ、こっちが質問したのに質問で返すか普通とか思ったなおそらく。返事を返すまでに少し間があったし、表情が若干変わってたし。


「久しぶりに会ったから分かんないの?」

「最初はね、アンタもどっちだろうって思ったし。……そういうことか」

「そういうこと? 何か分かったの?」

「あいつが私が声かけても反応しない理由」


 女性は亜衣に返事を返すと、こちらに向かって歩いてきた。

 彼女の視線は俺からブレることはなく、最短でこちらに近づいてくる。

 生徒会の非常識なメンツで恐怖とかにそれなりに慣れてる気がしてたけど、無表情な人間が近づいてくるって少なからず怖いね。何考えてるか分からないから。


「ねぇ」

「はい、何か?」

「……はぁ」


 なんでため息? って記憶にはないが俺と彼女は知り合いで。彼女は俺を覚えてるのに、俺は彼女を覚えてないからか。


「敬語使うあたり絶対覚えてない。……あのさ、綾瀬美咲って名前に心当たりは?」


 綾瀬美咲? ……綾瀬……美咲。

 ……あっ、心当たりあるぞ。綾瀬美咲っていったら俺の従兄妹にあたる人物だ。確か年齢は俺と同い年だったはず。引っ越していないなら同じ街に住んでいるはずだ。

 小学校の頃はよく家に来たり、俺があっちに行ったりしていた。中学に入ってからは全く会っていないけれども。

 けど何で俺の従兄妹の名前を……まさか


「……お前……美咲?」

「そうだよ」


 ……嘘ォォォッ!? 目の前にいる人物が美咲だって!?

 待て待て待て、今の美咲の身長が俺より少し低いってことは160半ばくらいで、スタイル抜群。記憶の中の美咲は……小学生ってことで小さくて幼児体型。

 いやいや、そこはどうでもいいだろ俺。数年会ってないんだから背も伸びて発育だってしてるはずなんだから。

 信じられないのは背が高くなったとか、スタイルが良いとかじゃない。

 俺の記憶が正しければ美咲はこんな表情がないやつじゃなかったはず。割と強気な性格で、よく笑ったり、怒ったりする感情表現が豊かな女の子だったはずだ。


「私のこと思い出したみたいだね。まったく、名前言っても分からなかったらアンタのことどうしてやろうかって思ってたよ」


 あっ、少し笑った。なんだ……感情ちゃんと顔に出るじゃん。

 って笑いながら言うことがおかしい!? 何かバイオレンスな感じがすること言ったよね!?

 何か見た目とか落ち着きがあって、クールっぽくなったけど性格のほうは前とそう変わらないようだ。いや、よく見れば顔とかにも小さいときの面影があるか。


「なんだ兄貴、美咲姉って分かんなかったのかよ」


 亜衣が突然会話に入ってきた。おそらくケンカしたわけでもないのにひとりでポツンといるのは嫌だったんだろう。

 会話に参加してきた亜衣の顔にはいじわるな笑みが浮かんでいる。

 なんだよその「自分はすぐに分かったのになー」とか「従兄妹のこと忘れるなんてひでぇやつだな」みたいな顔は。分からなかったもんはしょうがないだろ。だって


「3年以上会ってなかったのにいきなり分かれって方が無理だろ。美咲がこんな美人になってるんだぞ」


 そりゃ中学時代が男女共に変わる時期だろうけど……さすがにここまで美人になるなんて想像できるはずがない。そもそも


「俺の中の美咲はこんくらいの小さな少女で止まってたんだから。それがこんな美人になって急に現れたら戸惑いもするだろ」

「……あのさ、あんま美人とか言わないでくれる。別に私くらいの女は結構いるよ」


 声を発した美咲の顔は美人と言われ慣れてなくて恥ずかしいのか赤くなっている。顔を逸らしながら言っているからおそらく俺の予想は合っているだろう。

 にしても……お前くらいのやつが結構いるだと?

 なに謙遜しているんだ。お前みたいな美人が結構いたらこの街は美人の宝庫になるぞ。

 俺の知る限り、美少女は妹と生徒会で5人ほど知っている。だが美人はドSな副会長とお前合わせて2人しか知らないからな。俺の交流の幅が狭いだけで、他にもいるかもしれないけど。

 それとも……美咲の言っていることは本当で美咲の学校には美人が多いとでも言うのか?

 でも、もしそうならうちの男子とかが美咲の学校は美人が多いらしいって話しそうだしな。美咲の学校は俺の通ってる学校と同じ街にあるわけだし。


「おっ美咲姉、照れてる」

「……っ!? う、うるさい! 大体アンタも最初は私のこと分からなかったでしょ!」


 ……美咲、亜衣が悪いと思うがお前の方がうるさいよ。

 それとさ、これくらいのことでそこまで怒るなよ。お前が睨んでるから亜衣怯えてるぞ。

 いや思い出してみれば昔よくあった光景か。

 昔から強気な性格だった亜衣も美咲には反論とかできなかったし。3年ほど会わなかった今もそれは変わらないようだな。こういうのが身体に染み込んでるってやつだろう。

 というか、俺に対してあれこれ分からないのかよって視線を出してたくせにお前も美咲と分からなかったのかよ。そういうのは良くないと思います。


「そもそもアンタが上がっていけって言うから……!」

「み、美咲姉……ごめん、悪かったよ」


 亜衣、助けてって目でこっち見るな。

 俺が美咲を止められると思ってるのならそれは間違いだぞ。怒った美咲ほど手がつけられないものはないってのに。だって睨みの利いた美咲の怒った顔って超怖いし。

 だけど俺も亜衣の兄だ。妹がピンチなのに何もしないってことはさすがにしない。だからこれだけは美咲に言ってやろう。


「お前ら、ケンカするなら離れろ。大声に驚いてミスするかもしれないって思うと料理できん」

「……亜衣、来な」


 美咲は亜衣の腕を掴むと移動を始める。連行されていく亜衣は、俺に「兄貴の薄情者!」という声が聞こえるような顔を向けてきた。

 だけど俺は気にしない。

 だって美咲を怒らせたのは亜衣だから。それに俺は亜衣のためにもさっさと昼食を作らないとな。


「そこに座りな」

「……はい」


 えぇーリビングから出ないんすか美咲さん。

 亜衣がさっきまで突っ伏してたテーブル、で説教なんてここから大して離れてないですよ。大声に驚いて、包丁で指切ったらどうすんの?

 ……まあ普通に傷口洗って絆創膏張るだけだけどさ。

 でも本当は絆創膏ってかさぶたごと剥がれたりするからあまり使わない方がいいって何かで聞いたんだよな。それが原因で余計に悪化したりするわけだし。

 それにかさぶたって本来はできちゃいけないらしいしなぁ。今は何か水分を含んで乾燥しない絆創膏とか最近はあるらしいけど、あいにくこの家にはない。

 美咲に傷口を舐めてもらえばいい。

 とか考えたやつがいたときのために言っておこう。お前はMッ気のある変態だ。美咲にそんなこと言ってみろ……冷たい視線を向けられて鋭い言葉を言われるぞ。下手したら回し蹴りが来てもおかしくない。

 話は変わるが、床に正座じゃなくてイスに座らせるあたり優しいな。それに俺に配慮してか声の大きさは抑えてある。

 個人的に怒鳴られるより、今みたいに普段のくらいのボリュームで言われるほうが怖い気がする。声は怒気が含まれてるから低いし。

 だからきっと怒られている亜衣はさぞ「美咲姉、怖ぇ」って思ってることだろう。他にも俺に対して何で助けてくれなかったんだとかも思ってそうだが。


「…………さて」


 昼食が完成した。完成してしまった。

 つまり……説教している従姉と、背筋を正して内心怯えながら説教を受けている妹がいるテーブルに料理を運ばなければならないということだ。

 正直に言うが行きたくない。

 だけど、そろそろ妹を助けてやらないと後で文句言われそうなのも事実。いや文句を言われるならまだいい。もしも拗ねて会話してくれなくなったら余計に面倒だ。

 こう考えると俺をシスコンと思うやつがいるかもしれないがはっきり言っておく。

 断じて俺はシスコンじゃないぞ。妹に彼氏ができたとする。それは実に良いことじゃないか。というか、平凡な俺と違って妹は美少女なんだぞ。なのに彼氏ができたという話を聞いたことがない。

 妹も中学3年生っていうお年頃の女子なのにだぜ。なんで男ができないんだって心配になるよ。俺だけじゃなくて親もきっと内心思ってるはず。

 そりゃ俺の妹は強気な性格でがさつな部分のあるやつだけどさ、発育も進んでいて顔も良いから外見も文句はないだろ。

 強気な言動は最初はあれだけどさ、慣れたら気にするほどでもないでしょ。

 それに実際のところ家事ができる子なんだよ妹。ここを知ったら普段とのギャップでかなり魅力的だと思うんだけど。


「……とりあえず、いただきます」

「アンタ、何がとりあえずなの? というか、よく人が説教してる横で普通に食事を始められるね」

「元々昼食を作っていたんだから出来上がったら食べないとだろ。亜衣」

「んだよ?」

「昼食は作ってはやった。説教が終わってからでも食べろ」

「今日の兄貴は妙に薄情だな! 助けに来てくれたんじゃねぇのかよ!」

「妹の分の昼食もついでに作ってやった兄に、ついでに怒ってる従兄妹を止めろだと? それは虫が良すぎるだろ。お前が何もしてなくて美咲が怒ってるなら話は別だが」

「うっ……でもさ、最初の原因は兄貴じゃねぇか。兄貴が美咲姉を美人って言うから美咲姉が照れたわけだし」

「いやいや、からかったお前が悪いだろ」「いやいや、からかってきたアンタが悪いから」


 俺と美咲にほぼ同時に言われた亜衣は、知り合いのボーイッシュな同級生のようにしゅんという効果音が聞こえるくらい縮こまってしまった。

 おいおい、そんなになったらまるで俺がお前をいじめたみたいじゃないか。罪悪感がすずめの涙ほど湧いてきているし。

 それはつまり大して感じてないってことだろって?

 そりゃそうだ。俺は何も悪くないわけだし、美少女といっても相手は実の妹だし。


「はぁ……もういいよ。亜衣は飯食べな。何か説教する気力が失せたよ」


 美咲は顔に手を当てながらそう言った。顔にも面倒くさいという感情がよく現れている。

 良かったな亜衣。怖いお姉さんは落ち着いたようだぞ。


「…………」


 ……おい、何だその反抗的な目は。結果的にお前を助けたようなものじゃないか。それなのに睨むとは何様だお前は。

 俺に恨みを感じるなら食べるんじゃねぇよ。……美味そうに食べやがって。……仕方がない、俺はお前より年上だしお兄ちゃんだ。今のことはなかったことにしてやるよ。




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