第305掌 第一依頼④開始 その3
「そもそもがおかしいんだよ。何度も言っているかもしれないけど、奥さんが本当に浮気しているなら旦那にここまで怒らないし、ボコボコになんかしないと思うんだ。したとしても旦那側にも不手際があった場合のみだと俺は思う」
俺が話すことはほとんどないと言ったが、司会進行などはさせてもらう。
「つまり、不手際があったら浮気していてもここまで旦那さんをボコボコにするってこと?」
樹里が俺に聞いてくる。
「ああ。それは例えだよ。今回の場合は違う」
「へ?」
「それじゃ奥さん。そろそろどうして旦那の友人と楽しそうにあちこち歩き回っていたのか話してくれない?」
「はい・・・。」
奥さんがついに話を始める。ついでに旦那がゴクリと喉を鳴らす。
「そもそもさっきの例えのようにこの人に不手際があったわけではありませんし、私も浮気していたわけではありません」
「は?」
「はいはい。旦那の方はいらない合いの手を入れない」
「いでっ」
俺は余計なことを言ってまた奥さんを怒らせようとする旦那をデコピンして止める。
「私には悩みがあって困っていたんです。悩みの原因は結婚記念日」
「結婚記念日?どうしてそれに悩むんですか?」
カリーナさんが不思議そうな表情を見せる。確かにそれだと別に普通に夫婦二人で過ごせばいいじゃんって思うよね。
「いえ、結婚記念日の内容とかに悩んでいたわけじゃないんです。悩んでいたのはその回数」
「回数?」
「はい。今年の結婚記念日は記念すべき結婚してから百回目の年なんです」
「はぇ⁉」
ミッキー先生が驚いて声を上げている。まあ分からないでもない。普通に百年くらいが寿命な俺達普通の人間にはスケールが違うからな。
「そんなわけで百回目の結婚記念日は特別なものにしたい。もしくは何かプレゼントをしたいと思っていたんです。怒ると話を聞かなくなるくらい面倒な私に百年も一緒にいてくれたこの人に」
そう言いながら旦那に嬉しさと悲しさを混ぜたような視線を向ける。
「でも、自分で考えても中々いいプレゼントが思いつかないし、何かしようにもこの百年ほどで大体やり切ってしまった。そんな時なんです。この人の友人であるトミーが声をかけてくれたのは」
あ、俺達の依頼主の名前ってトミーって言うんだ。っていうかこの夫婦の名前すら俺は知らないな。依頼の対象なのに。
「トミーはこの人の友人ということもあって真剣に話を聞いてくれました。そして提案してくれたんです。一緒に買い物に行ってこの人が喜びそうなものを二人で選ぼうって」
ん?なんかこの奥さんの言い方だとトミーが奥さんの心の隙に入り込もうとしているような気がしてならないんだが?気のせいか?
「だから探し回っていたんです。そこをこの人に見られていたみたいで・・・。でも流石にこの人に結婚記念日のことで悩んでいるとは言えなくて」
まあ、旦那からしたら結婚記念日で悩んでいるって聞いたらちょっと不安になるかもしれないな。
「それではぐらかしていたんですが、「浮気しているんだろ!」って言われて私もカーッと来ちゃって」
まあ、こっちが旦那のために真剣に悩んでいるのに浮気を疑うなんてムカッと来てもおかしくない。っていうか当たり前だな。
「そんなわけで喧嘩が始まっちゃったんです。でも、トミーとのプレゼント探しを話すわけにもいかなくて。それがドンドンこの人の気に入らないことみたいで」
そりゃあ旦那側から見たら奥さんが自分の友人と何をしていたのか話してくれないっていうのは不安しかないし、下手すりゃ不快だもんな。
「でも、そんな中でいいアイデアが浮かんだんです」
「ん?」
いいアイデア?そこら辺は過去視で見ていないし、知らないな。
「この閉鎖空間である里の外のものをプレゼントすればいいんじゃないかって」
「ん?」
「でも、流石にこの人が欲しい物の目星を外の物でつけるのは私には出来ませんでした。だって私もどんなものがあるのか分からなかったんですから。それに外に行く機会なんてないにも等しいこと。帰ってくるのにも時間がかかるのに外に出るのはリスクしかありません」
「んん?」
「そんな時です。どんな困り事でもいいから何でも紙に書いてくれとミクスが里の皆に言って来たのは」
話がだんだんと・・・。
「私はすぐに食いつきました。そしてその紙に書きました。外の世界にしかない珍しい物が欲しい。食べ物、道具何でもいいから持って来てほしい――――と。ダメ元で書いたんですがつい先ほど達成したと言って持って来てくれまして」
「あんたか―――――っ‼」
俺はつい叫んでしまう。だってそれは俺が買って来た物なんだもの。しかし、あのこちらを嘗めきっている文章をこの奥さんが書いたのか。
「そんなわけでようやく悩みが解消が出来たので後は結婚記念日が来るのを待つばかりだったんですが・・・」
「喧嘩したままだからどうにも引っ込みがつかなくなった・・・と。そういうことか」
旦那が力が抜けた様子で呟く。
「・・・ごめん。僕はてっきりあいつとコッソリ僕の知らないところで楽しんでいると思って」
「いいの。私もすぐにあなたに相談すればよかった」
「「・・・」」
一瞬の沈黙の後。
「「愛してる!」」
と言って二人は抱き着く。
そんな光景を見せられた俺達は疲れた顔でその場を後にするのだった。
結局は痴話喧嘩に巻き込まれただけだ。犬も食わないっていうのはこういうことなんだと俺は実体験するのだった。
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