第141掌 夫には話しておこう
アルナスさんを連れてヤームロ帝国からオークス王国に戻ってきた俺が次にしたのはトリスメデスに事情を話すことだ。
ここで自分の妻だからと言って庇う可能性、そして裏切る可能性もあるのだが、ここは言っておくべきだろう。知らないうちに「あなたの奥さんを殺しました」なんて言われたら誰であっても怒髪天確実だろうからな。
それに裏切る可能性があると述べてはいるが、実はそんなに高い可能性というわけではない。トリスメデスはクロノス共和国のトップの一人。つまり、国と妻を天秤にかけたとき、自分の気持ちとは別に代表としての判断をしなければならない。
そしてもし、妻の方を庇った場合、クロノス共和国が少なくともオークス王国とヤームロ帝国から敵国扱いを受けることになるだろう。なんせ、今この世界を管理している神の敵を庇っているのだ。普通に国丸ごと神敵扱いだろう。神の眷属側は神の眷属側で俺のことを神敵扱いしているけどな。
オークス王国は戦争とかに発展しかねないけど、ヤームロ帝国は多分そこまでいかないと思う。単純に距離があるということもあるけど、一応原因のプリマ姫も身内である。そんな理由もあって参戦とかはしてこないだろう。やっても精々物資などの支援ぐらいと予想できる。
まあ、そんなことは置いといて、俺はクロノス共和国に転移しトリスメデスに時間を作るように言った。あれでもこのクロノス共和国のトップの一人。時間を作るのも大変だが、俺が会いに行くことも大変だ。馬鹿正直に会いに来たなどと言って会わせてくれるほど国というものは甘くはないし、その俺が来たと言う情報がプリマ姫に伝わりかねないから普通にナンセンスだ。
というわけで俺が取った行動は、まず把握スキルでトリスメデスのいる場所を把握。そして場所が分かり次第に転移で移動。これだけだ。
まあ、流石に話す内容が内容なだけに人に聞かせることは出来ないし、そもそも転移は事情を知らない人間が見たら大事だ。なので急いではいたがトリスメデスが一人になるのを待った。なかなか一人にならないので奇襲は延期かと考えていたところでようやく執務室で一人になってくれた（一人と言っても部屋の外に護衛がいたが）。
やっとかと意気揚々とそこに俺が転移してくるとかなり驚いていたが、大事で、しかも緊急の話があると言うとすぐさま落ち着きを取り戻した。
流石はクロノス共和国のトップの一人。メルエさん達のことがなかったら普通に優秀な奴なんじゃないかと思っていたところだ。まあ、メルエさん達の件で俺の中のトリスメデスの評価はかなり下の方にあるけどな。
そして落ち着きを取り戻したトリスメデスは俺に執務室で待つようにだけ言って部屋の外に急いで出て行った。時間を作りに行ったのだろう。俺は俺でプリマ姫に気配を察知される可能性も考え、隠密行動スキルと隠蔽スキルで完全にその場から消えたように見せる。
やっぱり使えるな、このスキルたち。気分は完全に忍者である。
「お待たせしました！」
執務室で待つこと三十分。トリスメデスが執務室に戻ってきた。外にいたはずの護衛達もいないとなると人払いもしてくれたのだろう。本当に、メルエさん達の件がなかったらと思ってしまうぐらいには気の利いた奴である。俺の中では自分の事情を話さずにこっそりと他で愛人を作っていた浮気男だがな。
なんか、リリアスとアメリアの両方から好意を持たれている自分を棚上げしている気にもなったが、今は考えないでおこう。それに俺、今はどちらとも付き合っていないし。
「それでお話とはなんでしょうか？」
トリスメデスが早速本題を聞いてくるが、俺は声を発する前にやることがある。
隠蔽スキルで発動を隠し防音対策を行う。
「これで良し」
「？？？」
「聞かれるとまずいからな。防音したんだ」
「そうですか・・・」
防音するほどの内容だと分かり、緊張するトリスメデス。
「それで今日、いきなりここに来た理由だが」
「はい」
「お前の妻を殺す、もしくは捕縛するということをお前に伝えるためだ」
「――――――――――――――え？・・・殺すって冗談ですよね？」
震える声で聞いてくるトリスメデス。
「本来のお前の妻であるプリマ姫はすでに死んでいる。その体を乗っ取り、今好き勝手にやっているのがお前の今の妻だ」
「ど、どういうことですかッ」
「そのままの意味だ。プリマ姫はすでに死んでいる。その体は神の眷属に乗っ取られ、プリマ姫とは別物になっている」
「そ、そんな・・・」
「今回はそのことを伝えに来たんだ」
「どうにかならないのですか⁉」
偽物と言ってもそれでもと引き下がらないトリスメデス。まあ、いつ乗っ取られたかは知らないが、結構な間、トリスメデスと夫婦生活を送っていたのは間違いないからな。
「オークス王国とプリマ姫の母国であるヤームロ帝国を敵に回してもいいと言うのならお前自身で行動に移してみるんだな。それでもこっちは好き勝手にやらせてもらうが」
そもそもこの世界に来る理由になった依頼なんだからスルーだけはありえない。
「そんな・・・・・・」
だが協力者になってもらう以上、一応は出来るだけの要望に応えないとな。
「だが、今回は殺すのは最終手段にしよう」
「ほ、本当ですか⁉」
ものすごい勢いで顔を近づけてくる。近い近い！
「あ、ああ。こっちも命を懸けている以上、そこまで対処は出来ないが、俺の目的は神の眷属の討伐、もしくは捕縛だからな。うまくいけば、殺さずに捕縛に留めよう。だが、向こうが止まらない場合、こっちも最後まで討伐優先で行かせてもらうからな」
「はい。私に選択肢はありません。国のトップの一人として、国を自分の私情で危機に追いやるなど不可能ですし、あなたにお任せします」
「まあ、こっちも手は尽くしてみるさ。最後は今のプリマ姫が奴らの信仰する神か、あんたを選ぶかで変わってしまうがそこまで来たら諦めてくれ」
「はい。お願いします」
そう言って頭を下げたトリスメデスの表情は、覚悟を決めてはいても、プリマ姫を愛しているという男の表情だった。
ぶっちゃけ、テレパシースキルで盗み聞きしたんだけどね。
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