サンク
別のキャラクター視点です。
前を歩く高校生が危なっかしく、つい後ろ姿を追いかけて歩いてしまう。
考え事でもしているのか周囲を把握出来ておらず、何度も人とぶつかったり自転車に気づかず避けなかったり、見ているこっちがはらはらする。
ポケットの中の携帯がブブブブブブと震え、
「はい?」
『はい?じゃねーよ!お前今何処にいんだよ!』
「わっかんねぇ。人についていったら訳分かんなくなった。」
『馬鹿なの!?馬鹿なんですか!?馬鹿でしょ!?』
「そんな馬鹿馬鹿連呼するなよ。傷つくわ。」
『はああああ!おまっ…ああもう!いいか、絶対にそこを動くな。そして何か目印になるものを教えろ。』
「えっと……あ!あ、ちょ、ごめん。かけ直す!」
『ふざけんなあ!あの』
海斗の怒鳴り声をぶち切って、携帯をポケットにねじ込む。
ぼんやり高校生が横断歩道にさしかかっていた。
その高校生が歩いて行く先に、トラックが走ってきている。
そいつは気づいていない。
対岸で男が叫んでいるのが見えた。
「佐倉!戻れ!」
それでもそいつは気づかない。
のろのろとゼブラゾーンに入っていく。
(ちっ!間に合うか!?)
俺は唯一の取り柄である身体能力を信じ、荷物を放り投げて駈け出した。
「危ねえっ!!」
精一杯腕を伸ばすと服に指先が触れ、さらに伸ばして二の腕をぐっと掴んだ。
乱暴に手前に引き寄せる。
その前を、トラックが小石を跳ね飛ばして走り去って行った。
「お前死にたいのかよ!?」
ぼんやり高校生は俺の胸に寄り掛かり驚いていた。
今状況を把握したらしい。
「あ…」と言って俺の顔を仰いだ。
「ありがとうございます。ご迷惑おかけしました。」
ぱっ、と離れて目を合わさないように頭を下げて謝罪の言葉を口にする、そいつには。
「……耳、聞こえないの?」
両耳に、肌と同じ色をした機械がくっついていた。
「え?」
顔を上げ、少し強張った顔で聞き返してきて、聞こえない訳ではないらしいと知る。
耳を指差し、「耳悪いなら、気をつけろよ。」と言うと、そいつは顔を曇らせ、
「…すみませんでした。」
頭を下げて立ち去ろうとした。
その姿が嫌だった。
その後ろ姿が、ひどく落ち込んでいて、悲しそうで。
気を遣ったつもりだったが、そいつには聞きたくなかった言葉だったのかもしれない。
色々言われてきたのだろう。
自分がどんなふうに見られているのか知っているから、悪い方の受け取り方しか出来ない。
咄嗟に腕を掴んで引き止めると、そいつはさらに怯えた表情になった。
「なあ。」
「…はい。」
「何してんの?一人?」
「……はい。」
「俺とさ、うろつかない?」
「はい?」
「や、嫌なら良いんだけど。」
掴んだ腕をぱっ、と離して、なるべく押しつけがましくないように、怯えないように、と気をつけつつ言うと、そいつは目を皿のようにして俺をじっと見た。
「あの、気を遣っていただいているのでしたら、お構いなく。」
「んー、そうじゃないんだけど。」
「え?あの…?」
「そ、う、じゃ、な、い!俺も一人だから、一緒にまわってくれないかなと、思ったんだけど。」
「…俺が?」
「そ。嫌?」
そいつはふりふりと小刻みに首を振った。
「嫌じゃ、ない。」
バンビのような黒い二つ目がじっと俺を見る。
(おいおい。その目は反則だろ。)
そんなこんなで、俺ははると名乗った妙に愛嬌のある男子高校生と大都会を巡ることになった。
「王実、てめぇ、いい加減にしろ。俺を、どんだけ、走らせれば、気が済むんだ。……ってか、それ誰だよ。」
「おう、海斗。こんなところで会えるとは。ここ来て良かった。こちら佐倉はる。さっき知り合った。」
「おお…なるほど。俺がお前を探しまわっている間、お前はそこの高校生とお茶してたと。そういうことだな?」
「え…いや…ま、まあ。そう…いででででっ」
「いいご身分だなぁ、ええ?」
「ごめんごめん、悪かった。ここのケーキおごるから許せ。」
「いくつ」
「十個」
「しょーがねーな。」
「あー、クソゴリラめ。」
「あ゛あ゛?聞こえてんだよ単細胞。」
「いででででっ!」
「ごめんな。迷惑かけなかった?うちの馬鹿が。」
海斗が問いかけた先では、はるがずずずーっ、と紅茶を飲んでいた。
琥珀色の液を見つめ眉間にシワを寄せている。
「あの……?」
海斗の腕が緩んだすきにさっと逃げ出す。
はるのところへ行き肩をたたくとパッ、と顔を上げ、すぐに俺の言わんとしていることを察して鞄を漁った。
「王実?」
「はるは耳が遠いんだわ。ま、大目に見てよ。」
両耳に補聴器をつけ終わったはるは、海斗へ
「何ですか?」
上目遣いに尋ねた。
海斗は補聴器を見て一瞬反応に困ったらしいが、すぐにいつもの顔になってもう一度言った。
「迷惑かけなかった?こいつ。」
はるはにこやかに「いいえ。」と首を振った。
「助けてもらいまして。それに、一緒にまわってくれて、ほんとに楽しかったです。」
海斗はじっとはるの顔を凝視して、口をぽかんと開けて固まっていた。
はると別れた後、
「海斗、さっきからどうしたの。」
「…あいつさ、なんか、…可愛い。」
「あ、海斗も思った?女だったら絶対こくってたね。」
「ああ。ほんとにな。」
しばらく、魔法がかかったように、二人ともはるが頭から離れなかった。
魔性のゲイ、というキャラクターが漫画に出てきて、参考にさせてもらいました。
これの場合は本人が気づいていないことにしました。