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ドゥ

《喫茶オノヤ》に向かう途中、あまり行くことのないケーキ屋にふと目が留まり、小腹がすいていたこともあって入ってみた。

中に入ってみると客が一人もおらず、店員の姿も見えなくて、居たたまれない気分になった俺は出ようかと振り返った。

すると今しがた入って来たふうの男がそこに立っていて、


〈あ!すみません。―――……〉


後半は読み取れ無かったが、せかせかと奥へ入って行ったところを見るとどうやらここの店員らしいと分かって、出るのをやめて向きをカウンター側に変え待った。


〈お待たせいたしました。何…ご注文……か?〉


少しして白い作業服に着替えたさっきの男が出てきて言った。

唇を読むのはあまり得意な方ではない。

が、日常困るほどではなく、所々分かるのでつなげて何と言っているか推測する。

ほとんどそれでしのげる。(まあ、噛み合っていなくても周りが気を遣って言ってこないという可能性もある。)


(うんと、どうしようかな。……あ。これ……)


ショーケースの中の、真ん中の段のタルトに目が吸い寄せられた。

それは以前、母親が買ってきてとても気に入り、珍しくまた買って欲しいとねだったベイクドチーズタルトによく似ていたのだ。

有名店で買ったとかで、とても高くて食べたのはそれ一回きりになっていた。

おれは迷わずそのタルトを注文した。




「ただいま。」

「お兄ちゃんおかえりぃ!!おっそーい!もう凛ずっと待ってたんだよ!まっまさか浮気してないよね!彼女なんか出来てないよね!?」


(こう聞こえた)

「お兄ちゃんおかえりぃ!!そーい!毛利と待ってたんだよ!まさかうわ、してないよね!勘定やってきてないよね!?」


「は!?やったに決まってんだろ!ってか毛利って誰だよ。」

「や、やった!?だっだっ、誰と!?ってか誰!?」


二人で怒鳴り散らしているところへ、


「はーいはい。うるさいうるさい、二人とも。」


母さんがパンッと手を打って入ってきた。


「はる、補聴器は?」

「え、何?」

「補聴器!どうして着けてないの!?」

「あ、そうだった。」


母さんにジェスチャー付きで言われ、鞄を漁り、両耳につけた途端、


「あー。なんかいつもと違うと思った。いつも誤聴ひどいけど今日はすごかったね。」


妹の声が明瞭に聞こえた。


「ごめん。さっき何て言ったの。」

「んんー?大したことないよー。」

「凛。いじわるしないの。」

「ええー!だってお母さん。」

「凛。」

「うぅ…ごめんなさい。でも、恥ずかしいよ。ああいうのは勢いに乗って言うものだよ…」


これ(いもうと)にも恥ずかしいという感情が存在していたことに少し驚いた。


「ああ、まあ、いいや。これお土産。」

「あらなあに、これ。」

「チーズタルト。」


そう言うと母さんは、食べたがってたもんねぇ、とか何とか言いながら台所へチーズタルトを持って入って行った。


「ねえ!あれ凛の分もあるの?」

「ある。」

「やったあ!」


凛もリビングへと入って行った。

凛とは年が離れていて、凛が物心ついた頃にはもう、俺は耳が聞こえなくなっていた。

凛は補聴器をつけた、いやに聞き返すことが多い俺しか知らない。

そう思うと何だか不思議だった。

前は聞こえないことの方が、現実から離れた、想像し辛いことだったのに。


「お兄ちゃん、何やってるの。」


ドアからピョコりと凛の頭が飛び出した。


「いや…耳が聞こえてたら…とか、…ああ、何でもない。」


何を言い出すのかと焦った。

思わず口が滑ってしまった。

焦る俺を見て、


「お兄ちゃん、何かあった?変だよ。耳で何か言われたんだったら凛が懲らしめてあげる!」


笑いながらそう言った。


「お前には無理。」

「できるもん!お兄ちゃんのためなら一肌」

「脱ぐな!」


えへへ、と凛が笑った。

つられて俺もちょっと笑う。

何だかんだ、妹にたすけられることが多いのだ。

だから突き放せない。

正直、今の時期に妹の大好きコールはつらい。

毎日なら尚更うんざりする。

特に凛は海野かいやによると、


「間違いないね。そりゃブラコンだ。」


そうで。

だから、そこから少しでも離れるために街をぶらぶらと歩くようになった。


(ま、そのうちウザいとか言い出すんだろうけど。それはそれで寂しいかも。)


どっちだよ、と内心で自分にツッコみつつ、紅茶の香りのしだしたリビングに入っていった。




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