第五話 乱世の奸雄
二章に突入します。まだ文章力がないですけど、これから向上していく予定なのでどうぞお付き合いください。
「やめろ、やめろ…や…やめてくれぇぇぇ!」
そう叫ぶ男の頭に容赦なく棍棒が振り下ろされた。「グェっ」という短い悲鳴をあげ、男は死んだ。
情けない男だ、と思わずにはいられない。十常侍の一人、蹇碩の叔父を法に背いた罰として処刑した。権力者も死の淵に立たされれば所詮は唯の人である。
「孟徳、この死体はどうする?」
親友の呼び声をきき、考えるのをやめた。
「胴はどこかに埋めておけ。首は奴の屋敷の前にでも晒しておけ。違法者の首、とでも書いてな」
「恐ろしいことを言うな。こっちの首が何個あっても足りゃしないぜ」
曹操──。二十歳で都の都尉、つまり治安部隊になってから権力者が法を破ることを嘆き、親友の夏侯惇にこう言った。偉い奴の首を刎ねよう、と。その結果がこれである。
「夏侯惇よ、此奴は法を犯した。罰されて当然の人物だ。蹇碩の対処は私に任せるが良い」
幼い頃より曹操のことを知る夏侯惇はここまで言われると引き下がる筋合いもない。
「頼むぜ」
それだけ言い残し、自分の寝室へと向かっていった。
夏侯惇は溜息をつき、首を切り落とした。ゴロン、と転がった生首はなんとも不気味な者である。
曹操はもともと夏侯の家の出である。曹操の祖父、曹騰は宦官であったが、功績と信頼により、特別に養子を迎えることを許された。子を持つことのできない決まりである宦官が養子を迎えることは極めて異例である。そこで養子となったのが曹操の父、曹嵩もとい夏侯嵩だ。かくして曹嵩が誕生し、息子曹操も夏侯ではなく曹の人間となった。
曹操は夏侯の血と曹の血を一身に受ける子供だった。曹、夏侯は双方前漢建国の功労者、曹参と夏侯嬰の一族だ。超サラブレッドの曹操は幼い頃より英才教育をうけた。曹操はもともとの天賦の才によってあっという間にその頭脳を身につけた。と、同時に冷徹さも身につけた。
ある者曰く「治世の能臣、乱世の奸雄」。太平の世では国を支える良き臣となり、乱れた世では他人を蹴落としていく悪の雄となる。曹操はこれに対して「乱世とは力でのし上がる世。その奸雄とは正に褒め言葉だ」と答えた。
次の日、やはり曹操の元に呼び出しがかかった。呼び出し人は勿論蹇碩である。憲碩の顔は怒りに溢れていた。眉間に皺が寄せられている。
「我が叔父を殺してくれたそうだな」
声に若干の震えがこもっている。曹操は小さく息をついた。
「法を破られたのですから、殺されて当然です」
サラリと答えた。
「貴様、自分の立場が分かっているのか」
今度は確実に怒りである。
曹操は蹇碩と言う人物を蔑んだ。権力者とはいつもこうだ。自分の言うことを聞かない相手に脅しをかける。
「勿論ですとも。私は校尉の曹孟徳です。無法者を取り締まるのが仕事でございます」
曹操は飽くまで冷静だ。蹇碩はそんな曹操の態度が気にくわない。が、その一方で曹操に対して一種の興味が湧いた。
「お前は法を犯した者を全て殺すのか?」
蹇碩は意地の悪い声になった。
「守られてこその法律です。守らない者はどうなるか、法に準じた裁きをしなければ示しがつきません」
サラリと述べた曹操に蹇碩の怒りは引いた。
「そうか、ではお前の言うことを信じよう。その裁きをな」
憲碩はそう言って曹操を帰した。曹操は蹇碩に頭を少し下げると何事もなかったかのように帰って行った。
「んで、許されたってわけか」
屋敷で一部始終を聞いた夏侯惇はやれやれという顔になった。
「あの爺さん、十常侍のなかじゃまともな方だ」
曹操は夏侯惇の呆れを気にも留めない。
「俺は長い間お前と一緒にいるがまだお前を掴めん」
少しがっかりした様子である。
「いいではないか。私は私のことを掴めないお前のことを掴めていない。それでもお前を信じるのだからお前も私を信じればそれでよい」
そう言って曹操は大きく笑う。
「では、取り締まりに行くとするか」
関羽より先に曹操を出すのも変な気分ですが…曹操の性格をよく表すエピソードなのでどうしても入れたかったんです