第四話 それぞれの夢
一章はこれで終わりです。
「塾を閉鎖するってどういうことですか⁉︎」
劉備は声を荒げた。月日は流れ、劉備は今年で十四歳である。
「盧植先生!なぜですか!」
「考え直してください!」
普段は静かな公孫瓚や簡雍もこの時ばかりは大きな声で言う。
子幹学園は今、窮地に立たされていた。塾の閉鎖を余儀無くされたのである。
「中央から上洛の要請がかかったのじゃ。流石に帝からの命令とあれば破るわけにもいくまい」
盧植は諭すように、静かな声で言った。
「そんなの帝の命令でないに決まっている!どうせ宦官の奴らの仕業だろう」
都の洛陽は四年前よりもさらに乱れれてきていた。新たなる外戚が入ってきたのだ。名を何進と言うらしい。そこまではまだよかった。しかし、問題はその男が屠殺業をやっていたということだ。当時、屠殺業は卑しい身分とされていた。そんな身分の者が自分らと対等になるということを危険視した十常侍は自らの見方を固めるために各地の学者や武将などに召集をかけているらしい。今回の呼び出しもそれ故だと思われた。
「儂はもう年じゃ。死ぬ前に都へ行って皇帝陛下の為に役に立たせてはくれまいか」
盧植の姿を見て、この人も漢の忠臣なのだな、と劉備は感じた。
「分かりました、先生」
劉備の言葉に盧植は頭を上げた。
「おお、分かってくれたか」
盧植は劉備の手を取る。
「しかし、またお会いすることをお約束ください」
劉備の目から一筋の雫がこぼれた。
「ああ、儂はお主らの成長を見届けられないのが心残りじゃ。縁があらばまた何処かで会えるじゃろう。その時は、立派な姿を儂に見せておくれ」
気づけばそこにいる誰もが泣いていた。
「皆、この言葉を胸にとどめておいてほしい。『小悪、犯すべからず。小善、疎むべからず』。悪はどんな小さなことでもするな。善はどんな小さなことでも実行しろ。お主らがここで学んだことを以って大義をなしてくれる事を願っておるぞ」
盧植はそう言うと、静かに都へと旅立った。
「お前らはこれからどうする?」
いつもの川の土手。公孫瓚が聞いた。
「そう言う兄貴はどうするんだ?」
劉備が返す。
「僕はこれから燕城に行こうかと思う」
「燕城といえば幽州の都城じゃねえか。お役所仕事でもすんのか?」
張飛は怪訝そうな顔をした。張飛にとって役所の仕事は学力が問われるので大の苦手であった。
「ああ。先生の仰ったことをまずは手近なところから始めてみようかなと」
「そうか…僕は旅にでも出たいと思ってるんだ」
簡雍が言う。
「旅?」
「うん、小善と小悪、そして大義をこの目で見極めたいんだ」
簡雍は目をキラキラさせている。
「簡雍さん、立派ですね。私は近くの町の役所でしょうか。この村でもいいんですけど、広い世界に出たいんで」
劉冀はそう言う。
「俺は家業を継ぐ。裏庭のこともあるしな」
張飛は腕組みをしてそういった。
「裏庭ってのはあの桃園か」
張飛の家には大きな桃畑があった。度々それを売ってくれという人が来るが、張飛は決して譲る気がないらしい。
「俺も家業を継ぐ。それに母さんや叔父さんを残しておけないし」
公孫瓚は皆の考えを聞いて頷いた。
「そうするとみんな離れ離れかな。張飛と劉備は残るみたいだけど」
「ふん、離れていても俺らの思い出は変わらねーよ」
劉備は言った後で顔を紅潮させた。
「恥ずかしがってるけどその通りだろう」
簡雍は劉備に賛同する。皆も大きく頷いた。
「そうだな。みんな、いつか、また集まる機会が、あるよね」
劉備は一言一言区切る。
「ああ。皆変わらずに友達だ」
この時間が止まってくれればいいのに。そう思ったのは劉備だけではなかったようである。
「三国志英雄戦記〜番外編集〜」という方で第一部の登場人物をまとめましたのでよければご覧下さい。第二部もどうぞよろしくお願いします。