第二話 肉屋の息子
案じたことはわりかし早くやってきた。
周りには人、人、人。勿論、只の人ではなく賊である。
「ガキがのこのことこんなところにやってくるとはいい度胸じゃねえか。すぐに出すもん出せば命だけは助けてやる」
リーダー格らしき人物が劉備たちに話しかける。
「どうする?劉備。こうなったのは君の責任だよ」
公孫瓚が話しかけると
「聞く前からわかってんだろ」
と、劉備は剣を抜いた。
『雌雄一対の剣』
劉備の家に昔から伝わる宝剣。漢の祖先から伝わったもので、その昔、二人の男女が炉に身を投じて作られたと言われる剣である。
簡雍と公孫瓚は、仕方がない、という顔をすると剣を掴む。
「こいつら、やる気かよ」
リーダー格の男が手を振り上げ、降ろす。
勝負は一瞬で決まった。
劉備たちが斬り合うのと同時に後ろから矛が左から右へ、振るわれる。敵が吹き飛ぶ。と、同時に劉備たちの剣が敵を打ち倒す。
あっという間に賊は縄をかけられた。
最後の一人に縄をかけたところで、劉備はやっと、自分たちの他に人がいることに気づいた。
「助けてくれてありがとう。お陰で助かった」
後ろにいたのは、劉備より背が高い少年であった。手には先の畝った長い矛が握られている。
「いいってことさ。俺の名は張飛。この近くの肉屋の息子だ」
張飛は手を差し出し、その手を劉備は握った。年に合わないがっちりした手であった。
「そうか、あの肉屋の息子さんか。俺は劉備。こっちは従弟の劉冀だ」
劉備につられて簡雍と公孫瓚は自己紹介をした。
「それにしても、彼奴らに向かっていくなんていい度胸してんじゃねえか。気に入ったぜ」
これまで剣の稽古は沢山やってきた。それでも褒めてくれる人はいなかった。張飛の一言に劉備は胸を熱くした。
どうやら張飛は強い人が好き、らしい。その単純さが無邪気で可愛いというのだろうか。劉備もまた出会って間もないこの男を好きになっていた。
「そういえば劉備たちはこんな辺鄙なところに何しに来たんだ?」
突然張飛がそう聞いてきた。
劉備が塾の勉強が嫌で親から逃げてきたことを正直に言うと張飛は豪快に笑った。
「そうか、そんなことか。だったらサボりたいときはいつでも俺んとこにやってこい。ちょっとこっちに来てくれ」
劉備たちは張飛に連れられるがままにどんどん山の奥へと踏み分けていった。
「ここだ」
そこには大きな木があった。根のところには穴が空いている。
「ここは?」
簡雍は穴の中を興味津々に覗く。
「俺がこの森ん中にいるときによく来るところだ」
張飛はそう言うと穴の中に入っていく。劉冀、公孫瓚、簡雍もつられるように順番に入っていく。劉備は慌てて簡雍の後に続いた。
中は真っ暗であった。思ったよりも深く、陽の光も注がない。張飛が蝋燭に火を灯してやっと穴の中全体が照らされた。
「俺をお前らの仲間に入れてくれるんならいつでもここに来い」
途端に劉備は肩を叩き、
「なぁに言ってんだ。一緒に戦った時点で俺らはもう仲間だ」
そうだ、そうだよと劉冀たちも続ける。
張飛は顔を綻ばせ、少し赤らめながらありがとう、と小さな声で言った。
さっき賊を吹き飛ばしたところからは想像できない顔に劉備は吹き出さずにいられなかった。周りもつられて笑う。薄暗い木の中に笑い声が充満した。
「そうだ、張飛も僕らの塾に来なよ」
笑い声が収まったところで公孫瓚が提案した。
「そうすれば劉備も来るだろう?」
張飛は少し考えて、
「でも金が…」
と言った。
「金の心配ならいらないよ。僕らでカンパするから」
簡雍が励ます。
張飛はまた考え込むと快く受け入れた。
「従兄上、ここまで来て引き下がらせないですよ」
劉冀は笑ったがその笑顔には威圧感が溢れる。
「だー、もうわかったよ!いきゃいいんだろ!」
劉備は仕方なし、と叫んだ。
「うん、偉い」
公孫瓚がここにきて兄貴ぶる。
「とりあえず日も暮れたから今日は帰るよ」
簡雍が外を覗き出して言った。
「うん、流石に山奥に子供だけは危ないよ」
公孫瓚は劉備の顔を見る。
「よし、張飛。また明日だ」
劉備の腕を張飛が掴み、ガッチリと握手をした。張飛の手にはさっきの握手にはなかった優しさが溢れているような気がした。