第十三話 五百人の勇士
誓いの宴を終えた劉備はいよいよ挙兵を考え出した。
桃園のなか、劉備は関羽と張飛に告げた。
「次弟関羽、末弟張飛よ。俺たちは今日、ここに義兄弟となった。しかし、三人で官軍に参加すればただの雑兵となるばかりだ。お前たちの武勇を一兵卒で終わらせるわけにはいかない」
劉備はそこまで言うと改めて二人の顔を見た。二人とも真剣な表情をしていたので劉備は安心した。
「その為にもまずは義勇兵を集め、俺自身の軍隊を作りたいと思う」
関羽がとんでもない、という顔になった。
「劉兄、それは無理です。兵を養い、軍備を整えるには金がかかります。我々には今鐚一文びたいちもんさえありはしません。そんな中で軍を持つのは不可能です」
と、そこに一人の男が入ってきた。
「お話は聴かせてもらいました」
なんと、その人物はさき頃別れた商人の張世平であった。
「商人殿!どうしてここに?」
劉備が驚いて声を上げた。
「やはり、このままお礼もなしに去るのは気が引けましたので、なにか私にも力になれないかと思ってきたのです。今の話を聞いている限りあなた方は金に困ってるのでしたな?」
劉備はこくりと頷いた。
「ならば、これを使いなされ」
張世平が指差した先には銀と鉄、そして馬が置かれていた。
「なんと、これは一体…?」
関羽や張飛も言葉を失っているようだ。
「この、銀と鉄五十斤、馬を十頭お贈りいたしましょう」
劉備は慌てて張世平を止めた。これだけのものは、劉備の生活からは到底考えられない。
「こんなにもたくさんのものをいただくわけにはいきますまい。私は義の為にお助けしたのであって、これらの礼品をいただくわけに黄巾賊を討ったわけではないのです」
しかし、張世平は首を横に振った。
「出兵に金が必要なのは雲長殿が言っていた通りではありませんか。世を救っていただくためなら、この財産も惜しくはありません」
劉備は依然として迷っていた。
「劉兄、今はこれを受けるべきです。目先の義のために後の大義を忘れてはなりません」
関羽の言葉に張飛も頷いた。
暫く迷っていたが、ようやく
「お受けしましょう」
と、劉備が言った。
そうなれば話は早い。
「では、義勇兵を早速集めてまいりましょう。日暮れまでには帰ります」
そう言うと、関羽は桃の木の枝を使って立て札を作り出した。
『劉玄徳、此処に挙兵す。世を憂い、漢を正さんとする勇士たちよ。今こそ我らが旗の下へと集え』
そう書くと、関羽はそれを高らかと掲げて外へと出て行った。
関羽が帰ってきたのはそれからすぐのことであった。
「劉兄、今戻った!」
その予定より早すぎる声に劉備は不安を覚えた。しかし。
「どうしたのだ、関羽⁉︎」
そこには大勢の若者が連れられていたのである。ざっと三百人はいる。
「劉兄が黄巾賊をやぶった噂が近隣の村々へと広まり、この者たちが集まったのです」
集まった「勇士」たちの顔はどれも澄み切った顔であった。
「張飛、この者たちにもすぐに酒と料理を出せるか?」
劉備の言葉に張飛がすぐに用意を始めた。
こうして、劉備は集まった若者たちと一緒に朝まで飲み明かした。これから世を正そうとするということを皆で祝うためである。
飲んでいる間にも噂を聞いた民が集まり、朝には五百人もの義勇兵が集まった。
「劉兄、これだけの兵が集まれば統制が必須となります。その為にも軍法を作ることが先決です」
集まっていく兵を見ていた劉備に関羽が話しかけた。
「ああ、それは俺も考えていたことだ。漢の太祖(劉邦)はかつて咸陽の街を攻め落とした時に三か条のみの法律を作ったという。俺もそれに習い、できるだけ少なく、それでいて要点を押さえた軍法を作りたい」
劉備の言葉に関羽は少し考え込んだ。
「分かりました。私に幾つか案がありますので私にお任せを」
劉備は関羽に一任することにした。関羽の故郷である河東は都に近い。田舎育ちの自分より関羽の方がそう言うことには通じていると考えたのだ。
こうして、劉備率いる義勇軍に軍法が誕生した。
一.略奪をしないこと
一.民を傷つけないこと
一.将の命令を守ること
一.義を以って尊しとなすこと
「うん、いいじゃないか」
関羽の持ってきた草案に劉備は頷いた。最後に四百年後のものと似たようなものがあるが気にしないでおこう。
劉備はそのまま軍法として適用することにした。
それを高らかと読み上げ、兵たちにこの軍の意義と決まりを示したのである。
さて、此処までやったら次は軍の編成だ。慮植より兵法を習った劉備は軍の管理が大切であることを知っていた。
「大将は兄貴で決まりだな。あとは、副将として俺と関兄とするだろう」
張飛が紙にスラスラと書いていく。
「そうすると、劉兄が二百、私と張飛が百五十を率いるのが妥当でしょうな」
劉備は頷き、それがいい、といった。
こうして、義勇軍がどんどんしっかりとした「軍」となっていった。劉備は自分がこの軍の指揮官であることに誇りと不安を持っていた。
「劉兄、迷っていませんか?」
劉備の顔から何か察したのか関羽がそう聞いてきた。
「ああ、正直な」
関羽は溜息をつくと再び口を開いた。
「貴方はこの軍の大将なのです。迷っている暇などありません。心配召されるな。私と張飛がしっかりと補助いたします」
劉備は関羽の言葉に少し自信が湧いた。
「そうだな」
そう言うと義勇軍を桃園の外へと出した。
「全員整列!」
劉備の掛け声に義勇軍は隊列を組む。
「行進!」
その軍が目指す先は幽州の州都、燕国城である。




