Bなキャラでもかわいいものはかわいい
俺を存分にぶった後、しばらくして彼女は冷静になったようだ。
「私はベルン。ベルン・アリストンよ」
「俺は田中誠司。誠司って呼んでくれたら嬉しい」
「変な名前ね。セージか。忘れてやるつもりはないから覚悟なさい」
いきなり失礼なやつだ。俺はこの名前好きなんだぞ。
実をいうとタナセという呼び方が好きじゃない。理由は特にない。
「ところでここはどこなんだ?」
俺は状況をつかめずにいた。いつの間に俺は屋外に出たのか。こんな自然公園、近くになかったはずだ。
「ここはターナ山のふもとよ。アタシはターナ山の向こう側から来たの。今からレシア村を通ってネセドギニオン帝国に向かうつもり。アンタは?」
アンタは? と聞かれたところで、ターナ山? レシア村? ネセドギニオン? 何の事だかさっぱりだ。
まるでゲームにでも出てきそうな固有名詞ばかりじゃないか。
「俺はランドワンのボウリング場にいたんだけど。どうやったら戻れる?」
「ランドワン? どこよそれ。聞いたこともないわ」
……。
もしかして、だ。異世界にワープしたとでもいうのだろうか。
ぶたれたばかりの頬をつねる。痛い。夢じゃない。
ゲームだと竜王だか魔王だか、ラスボスを倒したら帰れるんだよな。
「なぁ、俺は何をすればいい? 魔王が世界を支配してるとかそんな世界なの? とりあえず木の棒と500Gいただけないでしょうか?」
「何言ってるかさっぱりわかんないんだけど。魔王なんていないし、木の棒なんて勝手に拾えばいいし、500Gって何?」
「じゃあ俺どうやったら戻れるの!? あとここのお金の単位は何!?」
「知らないわよ! 勝手に来た道辿りなさいよ! お金の単位はモネーよ!」
「来た道なんて分かんねえよ! モネーですねありがとうございます!」
ああ、また怒らせてしまった。見たところ年齢は俺とさして違わないように見える。十五歳くらいだろう。
この年頃の少女は怒りやすいかつ怒らせると怖い。うかつな発言をするとあのハンマーで殴られそうだ。ほら、今もまた手にハンマー握って……。
「だからハンマーとか危ないって! お許しください!」
即座に土下座した俺の頭上をハンマーがかすめた。パシッとハンマーが何かを叩いた。
落ちてきたものを見るとヘビだ。
「ぼうっとしてるんじゃないわよ。危ないわね」
決めた。この人について行こう。帝国とやらに行けば何か分かるかもしれないし。
「嫌よ」
「まだ何も言っていないのですが」
「足手まといとかごめんなんだから。護衛ならギルドに頼みなさいよ」
「そのギルドとやらはいずこに」
「帝国にあるわね」
「そこまで連れて行っていただけませんかお嬢様」
「嫌よ。何の利もないじゃない」
うぇぇ。ポケットに手を突っ込んでみる。財布もスマホも鞄の中だ。ポケットの中にあるものといったら……。
糸くず。却下。
輪ゴム。却下。
ガムの包み紙。却下。
三日連続で入れっぱなしのハンカチ(くさい)。却下。
ゲーセンで取ったプラスチックの宝石。却下。
ゴミしかねえじゃねえか!!
つい投げるのに手ごろな宝石を地面にたたきつけてしまった。
「ちょっと何してんのよ。って何それ見せて!」
ベルンは土で汚れたおもちゃを拾い上げた。
「何コレ軽い。きれい。見たこともないわ。」
ベルンはすっかりおもちゃの宝石に見とれている。
なるほど現代日本ではおもちゃでもここでは未知のとてつもないお宝なのかもしれない。
「なあ、それあげるよ。だから俺を帝国まで送ってくれないか?」
「いいの!? 喜んで!」
いくらになるかしら、とベルンはぼそぼそ呟いている。現金なやつめ。
だが早まったかもしれない。俺は身一つでこの世界に来てしまった。財産になりそうなものはあれ一つだった。
ケチっていても仕方がない。今ここで死んでしまっては元も子もない。今は投資だ。
「さ、もう十分休憩したわよね。日が暮れるまでにレシア村まで行くわよ」
ベルンは荷物を担ぎ、宙に浮いた。
大事なことなのでもう一度言います。ベルンさん、宙に浮いてます。アイエエエエーーーーーー!?
「あのう、ベルンさん? 俺、魔法使いじゃないんですがそれは」
「はぁ? 赤ちゃんじゃないんだし、こんなの誰でもできるでしょ。さっさとしてよ」
と言われてもできないものはできないのだ。人間が乗り物の力を借りずに空を飛ぶなんて考えられない。ボールを七つ集める漫画みたいに修行したら会得できるだろうか。
彼女に負ぶってもらうわけにもいかず、仕方なくレシア村まで徒歩で行くことにした。徒歩だと今日中に着くのは難しいらしい。もちろん彼女も一緒だ。宝石のためなのだろうが、飛べば日暮前に着くだろうに、わざわざ合わせてくれていると思うとありがたい。ハンマー含めてこれほど心強いことはない。
日が落ちてきたころ、ちょうど岩陰を発見した。風もしのげそうなのでここで野宿することになった。
火を起こし、魔物除けの炭とやらをくべる。こうすることで、魔物が近寄ってこなくなるらしい。獣は火を嫌うというが魔物は火に強いものも多いらしく、特に動きが活発な夜は魔物が嫌う聖樹の葉や実、枝を使って魔物除け対策をしなければならないのだとか。その効き目だろう。例えようのない独特な匂いがただよい始めた。
食べなさい、と差し出された包みの中にはビスケットが入っていた。お菓子というよりは非常食なのだろう。俺が知るビスケットとは違って甘さ控えめだ。ビンを取り出し中のジャムをビスケットの上に分けてくれた。味気のないビスケットだけにジャムがおいしい。
「これ、何のジャム?」
「サモナイだったかしら? 北の地方の特産品よ」
またもや聞いたことのない固有名詞だ。せっかくなのでこの世界のことをいろいろ聞いてみることにした。
この世界は25の種族で成り立っている。ベルンは人族。人狼やエルフ、ドワーフ、吸血鬼、妖精、竜人など様々だ。最も規模が大きいのが人族。ついで地底人。ダークエルフやいくつかの獣人族は人と交流が少ないため分からないそうだ。魔法はほとんどの種族が使える。獣人族に使えない一族が含まれているらしい。というのも彼らはその身体能力ゆえに魔法を必要としないのだ。
「今から行くレシア村は何族の村なんだ?」
「犬人よ」
「人狼と犬人はどう違うんだ?」
「犬人はとても大人しいし、信頼を置けるわ。人族にも友好的よ。対して人狼は人に敵対的。一度信頼を得れば友好な関係を得られるけど、凶暴だし、近寄らない方が得策ね。特に満月の夜は人狼の住む森に行ってはいけないわ。見た目? 目を見ればすぐに判別できるわ。犬人の目はキラキラしててきれいだけど人狼の目は常に飢えているもの」
犬と狼と言っても人との関係性も特性もかなり違うようだ。
犬耳やしっぽがついている女の子にお目にかかれるかもしれない。もちろん本命は荒川さんだが、もし戻れなかったとしたらアリだよな、うん。
「アンタ本当に世間知らずなのね」
「そう言われてもな。なあ、俺、異世界から来たって言ったら信じる?」
「イセカイ? どこ地方? アンビアッシュ大陸のどこか? ゲテンドブルヌ地方?」
「うーんとな、この世のどこでもないみたいなんだ」
「違う世界ってこと? 信じられないわね」
「だろうなあ」
ベルンには理解しがたいようだ。普通そうだろう。俺はゲームやら漫画やらでそういった創作物がごまんと溢れている環境で育ったから受け入れられているのだ。
まじまじと思案中のベルンを眺める。
背に届く黒髪、形の良い胸、腰のくびれ。申し分のないスタイルだ。見た目はな。
ただし口を開けばかなりキツイ口調で射すくめられる。
「ちょっと何じろじろ見てんのよ」
「ベルンって美人だよなと思ってさ」
「はぁ、何それキモ! ウザ!」
悪態をつきながらも顔を真っ赤にするところはとてもかわいいのにもったいない。
ツンツンしている彼女をデレさせてみたいものだ。ベタなツンデレでもかわいいものはかわいいのだ。