水、そして我に返る。
「着いたぞ」
担がれていたのは、およそ5分。
意外と優しい手つきで降ろされたのは、学校のプールくらいの広さの泉の前だった。
「うわぁ……!」
(いわゆる、オアシス……っていう)
透き通った水とその周りに生えた南国風の木々。少し離れた場所には、アラビアンナイトに出てきそうな建物がある。
「とりあえず、水を飲め」
「え……?」
ボーっと周りを見渡していると、よく通る低音ボイスと共に、木の器が目の前に差し出された。中には澄んだ水がなみなみと入っている。目の前の泉で今しがた汲んだのか、男の人の袖が濡れていた。
「あ、ありがとう…ございます…」
言われるがまま受け取り、礼を言うとそっと口をつける。少し生ぬるい水は緩やかに喉を通り、体にしみこんだ。
「………おいしい…」
それで喉が渇きを思い出したように、希愛はごくごくと水をすべて飲み干した。
「…ぷはっ……」
「飲んだか。ならそこの木陰にでも座っていろ。誰か呼んでくる」
男の人が指差した先には、白い絨毯が砂の上に敷かれていた。木々が日差しをさえぎり、とても心地よさそうな日陰が作られている。
「あ、ありが………っ」
振り向きお礼を言おうとしたが、もうそこには男の人は居なかった。大股で馬を引きながら建物のほうに歩いていく後姿が見える。
(実は、いい人っぽい………。殺される、とか思ってすみません…)
目つきは殺し屋もビビるほど鋭いのに、中身は親切な人のようだ。希愛はとりあえず、その背中に向かって一礼した。それから、示された絨毯の上に座る。
「ふかふか…」
毛足の長いその絨毯は、外に敷くのがもったいないほど高級そうな代物だった。ふかふかとしていても暑苦しくなく、むしろひんやりとしているように感じる。
日本では見たことがない素材に、希愛はふと我に返った。
(ここって、どこなんだ……?)
穴に落ちて、砂に埋まって、王子っぽい(けど目つき悪い)人に担がれて、オアシスで水を飲んで。
次から次へと変わっていく状況で、そんな初歩的なことも考えている暇もなかった。
(日本、じゃないよな……、砂丘にはオアシスはないだろうし…。だとしたら、海外?でも私が落ちたのは駅前の穴で………じゃあ、やっぱり日本?どっかのランドとか…?)
『なるほど…おぬしはニホンというところから来たのじゃな?』
『これまた、聞いたこともない国じゃのう…そこに帰りたいのかえ?』
「そうですね、帰りたいです……………………――――――っって…!?」
ナチュラルに会話をしてしまっていたが、さっきの王子風の人はまだ帰ってきていない。
『ここもそう悪い世界ではなかろうて。のう、アスル?』
『そうじゃのう、ナフル。慣れてしまえば良い世界じゃ』
「―――――え!?ええええぇぇぇ!?」
いつの間にか、希愛の両肩に赤と青の何かが乗っていた。