王子風の人に攫われる。
「……………………」
希愛はただ呆然と周囲を見渡していた。
終わりの見えない穴の次は、終わりの見えない砂。
日ごろ真面目に日々を過ごしている希愛の頭は、ほとんど思考停止状態だった。
(砂漠といえば…サハラ砂漠……?何で街の地下がサハラ砂漠…?いや、砂丘かも……ということは、鳥取…?鳥取なら電車で帰れるか……?)
ありえない想像だということにも気がつかないまま、ぼんやりと景色を眺める。
と、砂しか見えなかった希愛の視界に新たなものが映った。
「…………?」
少し小高い丘と丘の間から砂埃が近づいてくる。それはかなりのスピードで向かってきていて、剣道で鍛えられた希愛の動体視力にはそれが何なのか徐々に判ってきた。
「う、馬…………」
正確に言うなら、馬に乗った人だ。人馬一体となってかけてくるスピードは尋常ではなく、ぐんぐんとその姿がはっきり見えてくる。
希愛の目には、それが男の人だということもわかった。
そして。
「貴様、ここで何をしている」
希愛のすぐそばで華麗に馬をとめた男の人は、軽やかに馬を飛び降りると低音の効いた声でそう言った。
白を基調とした昔の王族のような服に長身を包み、短く刈り込まれた金髪が砂よけの外套の間からのぞいている。
空の色よりも深い蒼い瞳が希愛をじっと見つめている。
(こ、殺される………!?)
希愛に向けられたその目は『見つめる』というよりも『射殺す』という表現が似合いすぎていた。
百獣の王ですらひれ伏してしまいそうなその瞳は、今は希愛ただ一人に向けられている。
「ここは一般人は立ち入り禁止区画だ。知らぬとは言わせんぞ」
「あああ、あの……すみません…!私もなぜここにいるか、まったくわからなくて…」
恐ろしさで震える唇を動かして、何とか答える。
しかし、目の前の王子風の男の人の視線は鋭いままで、疑うように全身を見渡す。
「……………………」
「………………………………」
(……どうにかしないと、絶対、殺される……)
「………で、ですから――――――――」
「わかった。共に来い」
「……………え?」
何とか自分の状況をわかってもらおうと開いた口は途中でさえぎられ、おもむろに腰の辺りに手を回される。
「な、なななな……な!」
(た、俵担ぎ………!)
女子にしては背の高い希愛を軽々と担ぎ上げた男の人は、そのまま乗って来た馬にまたがる。
「はっ!」
鋭い声を放つと走り出してしまう。馬が砂を蹴るたびに体が上下に揺さぶられ、落ちないように思わず男の人の外套を掴む。
「ちょ、ちょ……っと…!」
「口を閉じていろ。すぐに着く」
またも低く鋭い声で言われ、続けようとした言葉は否応なく喉の奥に引っ込む。
(着く、ってどこにー!?)
希愛のささやかな疑問は、砂煙の中に消えていった。