愛と気合いがあっても落ちる。
「えっと、これ芸名?」
「……違います」
何度このフレーズを聞いただろうか。
希愛は心の中でひたすら大きなため息をついた。
そのたびに、母のほわほわした笑顔が脳内に浮かぶ。
『ちがうのよ?ママはね、【きあ】って付けたかったの。でもねでもね、パパがお役所に届けるときに間違えちゃったの。だからね、ママは【きあちゃん】って呼ぶからね。それでいい?いいわよね?ね?』
(いいわけ、あるか!)
脳内で相戸家の母につっこむ。
少女趣味の老けない母は、それでもほわほわと笑っていたが。
眼の前の童顔のふくよかな店長は、何かに気づいたように驚いた顔をした。
「おお、名字と合わせて読むと『愛と気合い』なんだねー。面白いなー」
「…………いえ、それほどでも」
「そ、そう………?僕は面白いと思うけどなー…」
「いえそれほどでも…!」
「あ、ははは………じゃ、じゃあ面接の結果は土曜日までに電話でするからねー…今日はこ、これで…」
「……はい、よろしくお願いします」
(落ちた……)
そそくさと退席する店長に希愛は一礼しながら、心の中でまたため息をついた。
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金曜日。
「とりあえず結果待ってみろって。まだわかんねーんだろ?」
隣を歩く友人、夕輝が途中で買ったカレーパンを片手にそう言った。
「いや、落ちた。絶対落ちた」
「なんでそう言い切れるんだよ」
「今までの経験から…」
「……えっと、49戦49敗?」
「もうすぐ、50敗…」
「…………………」
二人の間に沈黙が落ちる。
希愛はこの名前と性格のギャップのせいで、アルバイトの面接に落ち続けている。
名前はともかく、性格は普通だと本人は思っている。だが、周りからは『真面目すぎ』や『頭が固い』と言われている。周囲いわく、『名前の字面と性格が違いすぎる』らしい。
この間はクラスメイトの女子から『希愛ちゃんって男前だよね、良い意味で!』と言われてしまった。
――――良い意味の意味を教えてほしい…。
「だからさ、名前とかそんな気にすんなって。つっこまれたら、『ですよねー!ウケるでしょ!』とか言っときゃいいんだって」
それができたら苦労はしない、と希愛は思うのだ。
「はい、練習!俺が面接官で。『面白い名前だねー』」
「………………『で、ですよねー!う、ウケるー…!』」
「……………やっぱなし。顔ひきつり過ぎ」
「はあ……」
ため息をついた希愛の肩を夕輝が軽くたたく。
「ま、結婚したら名字も変わるし、悩むのも今だけって考えとけよ」
「結婚って……できるかどうかもわからないもので慰められても、な…」
「お前はできるよ、絶対」
「なんの確信があって……」
「………ま、それはまた言うわ。んじゃな」
「……?あ、うん」
片手をあげ、飄々《ひょうひょう》とした足取りで去って行く友人を見ながら、希愛は重い足取りで家路についた。