6 『プライドと年の功』
「あそこに本社を置いていた『アストレア』の経営破綻理由をご存知ですか?」
「確か、原因こそ不明だけど、社員が次々に逃げ出したせいで人手不足になって赤字になり、経営破綻したとかそんな感じだったと思うけど」
「その通りです。では、なぜ社員が逃げ出したか、その理由は分かりますか?」
「え……うーん、社長の社員への扱いが理不尽だったからとか?」
「まあ、そんな理由もあるかも知れませんが、それだけではあんなにも社員が逃げ出す理由にはなりえません。しかも、真っ先に逃げ出したのは本社で働く人々です。本社で働く人物などはそれこそ社長が可愛がっていた部下達が出勤しているはずです。だから、普通に働いている人たちよりも待遇は良い。でもそれだと、逃げ出すのはおかしいですよね?」
「まあ、確かにね。そんな待遇が良くて、生涯安泰! って感じなのに、そんな好待遇から逃げるとか、あり得ないよ」
「その通りです。それに、世界最大とうたわれた大手百科店です。そう簡単に赤字になって経営不振に陥ることもない。だから、そういった待遇面で逃げ出すならば、まずは下っ端とも言えるチェーン店の社員などが会社を辞めていくはず。それが真っ先に逃げ出したのが本社で働く社員達です。ということは……」
「経営とか、そういうこと以外の、別の理由で逃げ出したっていうことなのか?」
「そういうことになります」
「でも……それ以外で逃げ出すことって一体なんだよ? そんなもの、全く思いつかないよ」
「人間が、逃げ出す、といったら何を思い浮かべますか?」
「恐怖とか、そういうもんからなら逃げ出すと思うけど……まさか」
「そう、恐怖、暴力。そういったものから、彼らは逃げ出したんですよ」
途端に思い出す。あのビルの中の光景。あの黒い染み。丸い物。あれは全部……いやいくらなんでも、たかがテロでそこまでは無い。ただ、あの部屋に穴が開いていた惨状には、いくらか納得がいった。
「でも、それほどのテロだったら、もっと大きく報道されて、有名になっていると思うけど? でも僕、そんな大事件聞いた事がないし、そんなこと、本当にあったの?」
「報道にならなかったのは、しなかったからではなく、出来なかった、からです」
「どういうこと?」
「それはまだ語りません。もう少し話が進んでからにしましょう。それよりも、ここからは、事件の切っ掛けとなる事柄について話します。覚悟はよろしいですか?」
「何度も言わせるなよ。覚悟はできてるんだ。さっさと話してくれ」
「分かりました。では語りましょう。終わりの、始まりを」
「全ての始まりはある少女から始まります。
その少女はあるロボット工学の博士の娘で、幼いころから英才教育を受け、十二歳の頃には論文を発表出来るほどまでに成長し、周りからは神童、などと言われていました。
その少女は十三になって、ある一つの研究成果を学会で発表しました。
タイトルは『ロボットのアンドロイド化』
そして、研究成果として、一つの成功型のアンドロイドを学会に持って行きました。」
「アンドロイド、だって?」
なんだよ、それ?
そんなものはSFの中でしか出てこないだろう?
だって、そもそもそんなものが発表されていたのなら、今頃は世界中にアンドロイドがあふれているはずではないか。
それが無いってことは、その研究は……
「その研究は、失敗だったんじゃないか? 例えば、コスト面が半端じゃなかったりとか、ソフトウェアの安全性が低かったりだとかさ」
「いいえ、成功でしたよ。コスト面は限界まで下げれば車一台分までは下げる事が可能な設計でしたし、ソフトウェアも、ハッキングの可能性も考えて、世界最高水準まで引き上げられていました」
「じゃあなんで今はこんなにもアンドロイドが居ないんだよ?」
「その話は後で説明できますよ。それより、話の続きです。
―――そのアンドロイドは緻密な設計とプログラミングがされていて、コミュニケーション能力も高度なもので、多種多様な言語に通じ、またシステムAIはネットワークを介して一つのサーバーで管理しており、先ほどにも申しましたようにソフトウェアの面でも世界最高水準。また緊急時には暴走を防ぐために、サーバーからシャットダウンされれば自動的に切れるようになっており、万が一の為にも手動で主電源を切れるスイッチも存在しました。
また災害時での救出活動等も考えて、馬力は人間の五倍以上。瞬間的にならば何十倍と高め、その馬力は最高で重機などよりも勝ります。
完璧なまでの設計に、さすがの学会も舌を巻きました。
安価かつ高性能なアンドロイドは、すぐに生産が決定し、また、世界に公表する事になりました。そこで開発者も発表しなければならないのですが……ここで一つ、問題が発生しました」
「問題?」
三原さんは無表情のまま軽く頷いて、
「その問題というのが、それを作ったのがたった十三歳の少女だったという事です」
「そんなの、どこが問題なんだ? 別になんの問題もないだろ。あるとしたら学者の偏屈なプライドぐらい……」
そこでハッとした。
その様子を三原さんは無表情で見てから、話を続ける。
「そうです。たった十三の少女が作ったアンドロイドは、その他の学者のメンツを完全に潰してしまいます。
そこで学会は考え、幾つかの学者の共同制作という事にしようということになりました。
しかし、そこに少女の名前は乗りませんでした」
そこで僕は、はっきりとした差別というものを感じた。
「どうしてそこでそうなるんだ。どう考えたってその子の成果なのに、思いっきり横取りしているじゃないか」
声に少しの怒りの色が混じっているのに気付いて、僕は驚いた。僕はなぜあった事も無いその少女に肩入れしているのだろう。
「やはり、そこでも学会のプライドが邪魔したんでしょう。自分達よりも遥かに年下のその子に、少しでも手伝われたと考えるのが非常に癪だったんでしょう。
結果として、少女は自分の成果を横取りされて、名も無い無名学者達が代わりに世間に名を轟かせました」
つまり、大人達の意地の汚いプライドが。
少女の努力の結晶を。
すべてぶち壊した。
話は続く。
「それは作った本人である少女に許可を得ず、行われました。
もし少女から許可を取ろうものなら、きっと反対されて、その研究の詳しい内容を教わる事ができず、世間に公表できなくなる可能性があるからです。
だから、学者達はその事を少女に伏せたまま、研究の詳細について聞き、それを記録しました。
しかし、その図面は無名学者達にはあまりにも難しく、アンドロイドの設定を変えるのは難しかったようです。
しかし学者達は、分からないなりにその少女が語るアンドロイドのことについて、そのままメモを取り、それを世間に公表しました。
もちろんそのアンドロイドの公表について、少女もニュースで聞き、どういう事なのかと、自分の父親に問い詰めました。
父親から話を聞くと、少女は怒って、警察に電話をかけ、『あのニュースで公表されているのは間違いで、私が独力で作ったものです』と言って、訴えを起こそうとしました。
しかし、年齢という壁が、それを阻みました。
そもそも十三歳。そんなことを言ったところで、警察は悪戯とか、子供の戯言として切り捨ててしまいます。少女もその例に漏れず、信用されずに悪戯とされて、切り捨てられてしまいました」
つまり、当時から、こうゆう偏見があった訳だ。
大人が、子供に、負けるはずがないと。
大人達は自分達の実力を過大評価して、
子供たちの持つ力を過小評価した。
そしてそこには、年齢、と言う名のプライドがある。
だから、少女の功績を認められなかった。
自分達が負けたという事実に、目を覆いたくなった。
だから、少女の功績を横取りした。
それはとても汚く、野蛮だ。
僕はそんなやり方はとてつもなく気に入らなかった。
きっとそれは少女とて同じだったのだろう。
だから反抗しようとした。
だが、子供の持つ権力はあまりにも無力で。
大人の持つ権力はあまりにも強大だった。
結果として、権力の前に、子供はただ、立ち竦むしかない。
だが、
「―――しかし、誰に認められなくとも、少女はずっと『あのアンドロイドは自分が作った』と言い続けました」
そこだけは、絶対に譲れなかったのだろう。
例え、権力と言うものが阻もうが。
絶対に折らせない真っ直ぐな一本の芯のようなプライド。
それが、その少女を支えた。
「少女は、そのアンドロイドを改良して、さらに発展させ、様々な状況下で使用ができるようにしていき、様々な仕様を作りました」
そのプライドが折れない限り、何度でも、何度でも。
立ち上がれる。
「学会も設計図を盗み出したりして、少女が作った改良型を自分達で作りだし、世間に発表していきました。それはまさに追い追われる関係で、それが実に一年近く続きました」
しかし、
どんなに丈夫だった芯でも、たった一本では少しずつ削れていって、いつかぽっきりと折れてしまう。
実に、簡単に。
「しかし、そんな関係は長くは続きません。
それは、なぜ起きたか、誰にも分かりません。
しかし、それが誰によって起こされたかは分かっていました。
それは今から二十八年前に遡ります――――」
引き起こされる災厄は。
誰にもそれを予想できず。
世界を破滅へと導いていく。