4『偽の世界』
相変わらず廃墟の中。
その先には一体何が待っているのか――?
四階は会議室が多く、基本的には特筆する事は何もなく、様子としては二、三階とかなり似た感じだった。
ただ、部屋とかは関係なく、僕自身が驚いたことは一つあった。
廊下を歩いていると、見えてきたそれは、まさしく驚嘆に値するものだった。
……………………………こ、この教典は……!
健全なみなさんのために以下省略。何が起きたかは御想像にお任せしよう。
赤面しながらとりあえず五階へと上がる。
時刻はもう午後四時半。この階を見終わったら帰ろう。
そう思い、歩いて行った。
廊下を進んでいくと異様な光景。
「壁が………へこんでいる?」
壁がへこんでいる。ここの壁は表面のみを木製に見せているようで、ちゃんと防災用の耐久性の高いコンクリートを内側に潜ませており、そんな簡単にへこまない。だが、
「ど、どうやったらこんなに大きくへこむんだ…………?」
見ただけでも大体三〇センチ近くの深さがある。それが大体直径一メートルの大きさで、抉られている。抉り取られた穴のふちのほうは、張力に耐えられなかったのか引き裂かれたようになっており、間から黄ばんだコンクリートが顔を覗かせている。
「これじゃあへこんでいるっていうより陥没だよな…………」
今さらながらに「陥没」という言葉が頭に浮かんで、自分の語彙の貧困さを思い知るが、今さら絶望なんてしない。朝焼けで充分だって。
それにしても、一体どうやったらこんなでかく陥没するんだろう。
これほどまでに巨大な陥没は、おそらく重機を使って何度も何度も殴らないとできないだろうに。
本当に一体、何なんだよ? ここ。
気になるのはそれだけではない。
陥没の跡をまじまじと見つめて、ふと気付いた事がある。
「ここにも黒い染みが…………」
そう、また黒い染みだよ。もう見慣れた黒い染みが、そこにはあった。
「一体何なんだろ、この染み…………?」
良く解らない染みだ。だが……………。
「人の形に見えるのは、気のせい………だよね……」
僕はその黒い染みを何度も見るにつれて、ひとつのかたちに似ている事に気付いた。
そう、人の形に。
その時、頭の中をよぎったのはロビーで見たボールのようなものだった。
もしかして……あれは……人間の目玉だったりして……
「な、ないない! だってただの廃墟だよ? そんな恐ろしいモンある訳ないよ。何考えてるんだよ、僕。アハ、ハハハハハハ、ハハ…………」
何とか気を紛らわせようと、声を出すけど、一人だとかなりむなしかった。
次、次行こう!
そうして、また、会議室とみられる部屋のドアをスライドさせて開き……
「!?」
さらに異様な光景を、見つけた。
そこには部屋いっぱいにぶちまけられた黒い染みと、そして部屋の壁を直径一メートルの穴が突き破って、隣の部屋が覗いていた。
「…………ふざけるなよ」
なにがふざけるなといえば、その穴の深さが、少なく見積もっただけでも、一メートルはあろうかという大きさだったからだ。
僕はもう、帰ることにした。
どうしてかって? それはこの廃墟が、間違いなくただの廃墟じゃないということがよく分かったからだ。
階段を駆け下りて、ロビーに出る。
ロビーにあるカウンターは見たくもなかったため、そのまま入り口まで突っ走った。
そのまま入り口をでて、
人影を見つけた。
「三原さん…………?」
同じクラスの三原さんだ。ロングヘヤーをおさげにしてまとめた、これといって特徴の無い平凡な少女だ。
一応、話しかける。
「どうして三原さんがここにい」
「知りたいですか」
「へっ?」
三原さんは突然僕の言葉を遮り、妙な事を聞いて来た。無表情で。
「……知りたいですかってどうゆうこ」
「このビルに何があったのか、知りたいですか」
何の呪いか腹いせか、またもや無表情で僕の言葉を遮って、こちらの言葉を見透かしたかのように返答した。やっぱり無表情で。
ただ一つ僕が思った事は、
何考えてるかまったく読めない……!
ということと、どうしてここにいるか、という素朴な疑問だけである。
だが目の前の少女は無表情に無感情でロボットのように
「このビルに何があったか、知りたいですか」
と繰り返している。
このビルに一体何があったか知りたいかって?
それはもちろん、知りたいに決まっている。だけど……だけど……
「やめとくよ」
僕はそう言った。
これ以上踏み込んだらもう、戻れなくなる。
それがもう、分かっていたからだ。
「わかりました」
少女は残念そうなかんじも微塵に見せず、淡々と無感情に言った。
そしてそのまま背を見せて、立ち去っていった。
「これで良かったんだ、これで」
自分に言い聞かせるように、ひとりごとを呟いて、僕も家路につく。
帰り道。
空にはまだ太陽がしっかり登っている。まあ七月中ごろだし、日は長くて当然だ。
路地を曲がって大通りへ、無心で歩いていく。
大通りに辿りつき、そのまま横切って、商店街へと入っていく。
そのまま商店街を抜けて左に曲がる。向かいには、先ほどまで居たコンビニがある。
左に少し進んでいくと、横断歩道がある。ちょうど青だったので、そのまま渡った。
渡りきり、首だけ振り返ると、天高くそびえる二つのビルが見える。
片方は先ほど探検した東部ビルディング跡。本当は今すぐにでも解体したいのだろうが、あの高さからか、周囲への影響を考えて、簡単には取り壊せないらしい。しかし、周辺住民はもうすでに周囲一体から立ち退いていて、あとは取り壊すだけなのに、まだ取り壊しは行われていない。
『このビルに何があったのか知りたいですか』
おさげ少女三原さんの言葉を思い出す。
もしかしたら、本当は、別に取り壊せないだけの理由があるのではないか?
あのビルに一体何があるのか、本心としてはとても知りたかった。
しかし、知ったところで僕に何の得がある?
もしやばいことだったら、今後の人生に大きく影響が出るかもしれない。
僕はただ、平穏な今の日常をただ平和に暮らしていきたいだけなんだ。
だから、そんなことは、今は知る必要なんてないんだ。
でも、ならなぜ、
三原さんの言葉にこうも考え込んでしまうんだ、僕は?
そして、
三原さんが居た理由。
三原さんは、まるで僕を待っていたかのようにあそこに居た。
僕がそこに居たことを、まるで知っているかのように。
本当にそうなら、どうしてあそこに居るとわかったんだ?
分からない事はたくさんある。
それを全て知ることは、とてもとても難しい。
宇宙の起源は、学者が何百年かけても分からない。
人間の生きる本当の理由は、答えが無数にあって、どれが真実なのか分からない。
この世界に天国、地獄、神様がいるかどうかなんて、分からない。
全てを知ることは、この世のありとあらゆる混沌と不可思議を理解し、その現実をしっかりと見てもまだ知らないことのほうが多いほど、難しい。
この世の生きとし生ける全てのものは、この世界の真実の僅か0・0000001パーセントも知ることはできないだろう。
でも、だからと言って、真実を追い求める事は本当に正しいことなのか?
それを全て知ってしまった時、きっと後悔する。絶望する。
だから、僕は知りたくない。
僕が異様な理由も、
皆が異様な理由も、
東部ビルディングに一体何があったのかも。
僕はそう決意した。
最後に、もう片方のビル―― The(偽) fake world(世界) とよばれる会社を一瞥して、そのまま真っ直ぐ家に帰った。
最後はどや顔です。