表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

3『廃墟と疑念』

廃墟写真はなんだか不気味な感じがして、とっても良いです。

 一週間ぶりの休日だ。

 だからって、日曜だ! 遊ぼう! なんてハイテンションになって友達誘いに行くような超アウトドア派ではなく、静かに読書をして、退屈と孤独を楽しむインドア派な僕なので、今日ももちろん家で仰向けに倒れて本を読んで……いなかった。

 筋トレ、筋トレ、超筋トレ。

 スクワット500回、腹筋500回、腕立て伏せ500回を3セット。これをリビングでズゥーッと続ける。

 これでも足りないと思っているくらいだ。

 だって皆サッカーゴールを片手で持つんだ。持てない(二重の意味で)僕は努力して力を手に入れるしかない。

 汗をかきかき、汗を拭き拭き。

 そんなことを真夏にやっていると、だんだんアイスが食べたくなってくる。

「しかたない、アイスでも買ってくるかな」

 自分の机から財布を取り出し、ダイニングに居る母さんに一言言ってから、玄関でスニーカーを履き、コンビニに向かった。


 チョコモナカ美味しいなあ。

 コンビニの食事スペースでグダーっとしながらアイスを食べたり、パンを醸したり、ジュースをラッパ飲みしていると、本当に僕って暇人かつ自由人だよなーと感じてしまう。

 コンビニはまさしくオアシスです。なぜならクーラーはバンバン聞いているし、食糧は(お金さえあれば)足りなくなる事はない。

 ここでなら何時間でも勉強していられる気がする。実際、中間テストではここでよく勉強していた。

 くっそう、暇だな。勉強する気も起きないし、なにか面白い事無いかな――なんて珍しくアウトドア思考で、外を眺めてみると―――

「――――ぁ」

 ―――――東都ビルディング跡―――――

 ここら近所では結構有名――というわけではないが自分的七不思議では一番気になっていた場所だ。

 ――行ってみようかな

 なんとなくそう思った。これまでは行きたいは行きたいが、本当に行く気力は無かったために、行ったことは無かった。

 暇だし、行ってみようかな。


 東都ビルディングは、十八年前、つまり僕の生まれる四年ほど前には、世界最大の百貨店、アストレアという会社の本社だった。

 二十八年前に原因は不明だが、この本社からほとんどの社員が逃げ出してしまい、以降、何故か次から次へとアストレア関連のビルやモールからは、従業員らが次々に逃げ出して、そんな調子で経営が持つ訳もなく、アストレアは倒産していった。

そんないわくありげなビルだが、建築という観点においては最高レベルと言って良いぐらいのものだ。

 構造としてはSRC造りという、鉄骨で柱や梁などの骨組みを打ち込み、その周りに鉄筋を配置してコンクリートを打ち込み、柱や梁の断面を小さくする構造形式が用いられている。

 コストが高いというのが難点だが、代わりに耐震性、耐火性に優れており、コスト面の心配を帳消しにできるほどのメリットを持っている。さすがは世界最大と呼ばれるだけあってか、そこはけちけちせずに豪快に行ったようだった。

 耐震構造だけをみると、それだけでは無いことがある。

 この東都ビルディングは柔構造と呼ばれる建築構造ももっている。

 柔構造とは日本が独自に開発した技術の一つで、下層の十数階を丈夫な土台として、残りの上層の階で地震による揺れや、強風を、それに逆らわずに一緒に揺らすことで受け流し、倒れる事を防ぐという仕組みだ。地震大国日本に超高層ビルを作ろうと思ったら、これぐらいはしないといけないのかもしれない。

 また、そういった耐震関係以外でも、特筆すべき事はある。

 東都ビルディングは百五十八階立ての全長七百九十メートルで、アラブのブルジュ・ハリーファに迫る高さである。

 また、建物は全体的に捻じれており、風を受け流す働きもある。

 そんな世界有数の超高層建築物は現在、廃墟と化している。

 ガラス窓は外から見てもまばらにではあるが何十枚か割られている。

 また、ビル付近は人が立ち退きをしているために人一人いない。

 しかも、土台部分は随分と風化して、ビルの足元には瓦礫が山と化している。

 それでも崩れず、建物としての造形を保てているのはひとえに世界最高レベルと言われていただけあるのだろう。

 そんなところに僕はたった一人でやってきた。

 かなり後悔をしながら。


「なんで僕ここまで来たんだ?」

 暑い、あっつい、凄く暑い!

 暑さにやられてかなり狼狽しながら、なんとか目の前の廃ビルへと辿り着いた。

 が、しかし、

『危険 絶対入るな!』

 というわざわざ赤インクで書かれ、途中途中で血が流れたように赤いインクの筋や、インクの飛び散った跡などがある、見るからに不吉な立て看板と、周りを囲む不吉さ満点の瓦礫軍。そして真夏の太陽がそれに陽炎を施して、その不吉さをさらに増している。

 入りたくないなぁ―――

 そりゃあ僕だって人間だ。不吉な所に来れば鳥肌は立つは、背筋は凍るはで、もう嫌で嫌でしょうがない―――なんてことには僕は残念ながらならなかった。

 こんな良い廃墟―――ゾクゾクして興奮しない訳ないだろう。

 あまりの期待と興奮に鳥肌が立ち、背筋は抑えられない衝動で小刻みに震えている!

 何故なら僕は――――!

 そう何を隠そう僕は廃墟マニアだったのだッ!

 ビキッ、ガラガラ!

「ヒッ!?」

 音に反応し、思わず顔が恐怖で引き攣るのを自覚しながら、そちらを振り向いた。

 な、なんだ、瓦礫の一部が崩れただけか―――

 すいません、やっぱり恐怖で鳥肌が立ち、背筋は凍って仕方ないです。

 弱虫(チキン)が確定な僕は、本当は廃墟マニアなどではなく、単純に廃墟写真に魅せられたただのど阿呆なのだ。

 周りには人一人見当たらず、それが寂しさを掻きたて、孤独感と恐怖を同時に倍増させてゆく。

 誰かを呼んで付き添ってもらおう――――

 そうすればこの孤独もいくらか和らぐのではないか、と思い、つい最近買ったハップル社製のスマートフォンを取り出して、電源を入れた。

だが、画面は真っ暗。

「あ、あれ、電源が入らない? ま、まさか」

 電池切れ?

 その考えに落ち着いた時、僕は心の底から「ノォォォオオオオオオオオオオオオオオオ!」と叫んでいた。

 よかった、人いなくて。じゃないと僕、変人に見られていただろうに。あ、でもそもそも人がいれば叫ぶ必要がないんじゃないか? 怖くなくなるんだし。


 すったもんだしていたが、せっかくここまで来たので、結局一人で入ることになった。

 入り口には先ほどの『危険! 絶対入るな!』という不吉な看板があるが、だからといって特に入り口を封鎖している様子は無い。

 ここでもし両開きのガラスドアに錠前でもかけられていたら、その場で退散しただろう。なぜなら下手にガラスを割って入ろうものなら、器物損害辺りが法律的に引っ掛かりそうなので出来ない。

 しかしながら妙な事に、ドアに錠前どころか、普通の鍵すらかかっておらず、両開きのドアが全開に開かれていて、まるで「ウェルカム!」と言わんが如くに開放されていた。

 一体どうして――なんて思う事も無く、きっと先人が、後にやってくる者のために開けといてくれたんだろうと、そう結論を出した。

 さて――、なんとか勇んでここまで来たが、怖いものはやはり怖い。

 とりあえず、ドアの近くまで寄って行って、ロビーの中の様子を探る。

 中は、降り注ぐ太陽光のおかげで多少は明るかったが、何故か閉じられていたカーテンのおかげで、薄暗さは残っていた。

 ロビー全体は、かなり荒れており、応接用とみられるソファーは食い破れて中の綿が出たり、ガラステーブルは叩き割れたりしている。

 ここまで見ると、廃墟写真マニアとしての興味がついに恐怖に打ち勝ち、ついにロビーへと第一歩を踏み出していた。

 一応持参していた懐中電灯の光を点け、不安から辺りをきょろきょろしつつも、先へ歩いていく。

 右のほうには喫茶があり、どうやらここは社員の休憩スペースにもなっている様子だ。しかしここもまた例外なく荒れており、棚が崩れて、コーヒー豆の入った瓶が割れて、辺りにコーヒー豆が酸化した状態で飛び散っている。

 また、レジスターは現金が入っている引き出しは乱暴に開かれており、辺りに小銭がバラバラと落っこちている所から、店の店主なりなんなりが、急いでここから金を持ち去ったことが分かる。何故急いでいたのか理由のほうは分からないが。

 いいなあ、破壊の美だなあ、といつも持参しているデジタルカメラのフラッシュを使ってカシャ、カシャカシャ、と何枚か写真を撮った。

 続いて正面―――ちなみに左のほうは応接間のようになっており、先ほども言ったようにソファーやテーブルが散々な状態になっていた―――を見る。

 受付をするサービスカウンターが、一部崩れたエスカレーターに囲まれている。

 サービスカウンターはカウンターの一部が爆発したかのような様相で、うわあ、すごいなあと思いながら、まずは遠くから一枚写真を撮った。

 さらに近寄り、カウンターの中を覗き見る。

 そこには黒っぽい染みが全体的に広がっていて、そこら近所に骨が広がっていた。

 ――ここで骨付き肉でも食べたのかな―――

 そんな呑気な想像をしながら、僕は懐中電灯の明かりを、カウンターの床からもう少し上のほうに移動させると、一瞬、何か丸いものが見えた気がして、すぐに明かりを戻していく。

 どうやら見間違いでは無く、本当にあった様子で、大体卓球のボールより一回り小さいくらいの大きさのボールのようなものが、黒い染みによって元の色こそ分からないが、あった。

 それには細かい糸のようなものが何十本と一つの側面からひっつくようにしてついており、僕はそれをみて不思議と嫌悪感と吐き気を覚えて、それが写真に写らないように撮って、そこからすぐに立ち去った。

 さて、と手元にある太陽光で充電できるデジタル腕時計に光を当てて、現在時刻を確認する。

 十四時十一分。帰宅は普段五時半なので、まだまだ余裕はあるし、今日は土曜だから、全部見れなかったとして、明日これば問題はないと、さらに周囲を見る。

 あった、非常階段。

 普通なら点いていなくてはならない緑の電灯は勿論点いていないが、あの扉に駆け込む人間のマークは間違いなく非常階段だ。

 扉を開きっぱなしにして(閉めたりしたら閉じ込められたと思って余計怖くなるから)暗い非常階段を一人で登る。

 途中には、いくつも広がった黒い染みがあったりしていた。また染みがある所は大抵少しへこんでいた。

 少し登って上から写真を撮り、先へ進み、階段と階段の間の平面な曲がり角の所で、突然―――転んだ。

「うぎゃ!」

 と、自分でも情けない声出して、顎を打ち付けて、床を転げ回り、埃のようなものが舞って、ごほごほと咳き込んだ。

「ゴホッ、一体なんだよ、もう……」

 と一人で呟き、立ち上がった。

 そこで指に何か付着しているのに気付き、左手に明かりを当てる。

 そこには灰色の粉が付着し、鼻息でもかかってしまったのか、すぐにさらさらとどこかへと飛び散ってしまった。

 その正体に気付く。

「灰………………?」

 すぐに振り返って黒い染みにしゃがみ込んで光を当てた。

 それは良く見ると中心部分には焼け焦げた跡があり、そこを中心に微量の灰があった。

 ―――ああ、僕これに滑ったのか――――

 転んだ原因にやっと気付き、はぁ、と溜息を吐く。

 今後はあまり黒い染みのあるところは踏まないようにしよう、そう思った。

 何故灰があるのか、その理由を考えないようにして。


 二階、三階、は大体似たような感じだった。

 幾つかの部署に別れて、仕事をするように部屋が別れており、典型的な会社のビルだ。

 その全ての部屋は似たように黒い染みがあったが、今度はその数が尋常ではなく、おびただしい量の黒い染みに、僕は嫌気がしてきた。

 しかし、特筆すべき点はそこではないだろう。

 通常、この手の廃墟は大抵パソコンなどの機材は撤去されたり、持ち出されたりして、無くなっているはずである。

 しかし、ここのビルでは一切のパソコンが持ち出されておらず、いや、パソコンだけではなく、その他電子機器全てが一つとして(なのかは知る由もないが)持ち去られた形跡が見当たらないのだ。

 良くわかんない廃墟だな、ここ。

 と、僕はどうして持ち去られなかったのか分からず、辺りのパソコンを眺めたり、触ったりした。

 果たして、全ての電子機器がショートしていることが判明した。

 多分、電源につないでいた全ての電子機器がショートしているのだろう。

 天井の照明は全て割れていて、それを物語っている。

 よく火災が起きなかったよな――と一つのデスクを見ると、そこにほったらかしになっている書類が多少シワクチャになって、乾燥して、文字がにじんでいるのに気が付いた。

 なるほど、ここの災害対策は最高だった、というわけだ。

 おそらく、ここの災害用の火災報知機や消火器といった緊急に用いる類は、ショートにも備えて自家発電したまったく別の電気を使っていたのだろう。さっきの非常灯が割れていないのにも頷ける。

 理解したところでさらに訳が分からなくなった。ここ、本当にただの廃墟なのか? ただの廃墟にしてはまるで様子が違う。そういえば、ここは廃墟としては有名になってもまったくおかしくないと思うのに、ネットには一枚もここの廃墟写真はアップされていなかった。

 ―――――一体、ここで何があったんだ?――――

―――僕の頭の中には、恐怖なんかもうとっく消え去って、疑問が頭を渦巻いていた―――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング  ←面白いと思ったら、是非ワンクリックを。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ