2『偽りからの経験』
表題も変わって久々の投稿
話も打って変わって過去へと。
今からほんの半年くらい前、中二の春ぐらいのお話だ。
いつも通り授業を受けて、理科の時間。
その日は理科の実験で、炭酸ナトリウムを加熱をさせて、何ができるか調べましょうっていう、中学生ではポピュラーなすごくありきたりな実験だ。
四人一組でペアを組んで、実験の器具を組み立てていく。
まず炭酸ナトリウムを乾いた試験管に入れ、スタンドの挟む所ではさんで、ゴム栓にホースが付いたもので栓をし、ガラス管に繋げる。
水が入った水槽に入れてある、あらかじめ水で満たしてある試験管に、水中で先ほどのガラス管を試験管の中に少し入れ、試験管を逆さに立てた。
ここまでに注意しないといけない事は、先ほどスタンドに挟んだ試験管の向きだ。
口の部分を少し下げておかないと、できた液体が逆流して加熱部分に触れ、爆発する恐れがあるため、気を付けなければならない。
ここまでの作業を四人で行った。あとは、加熱するだけだ。
加熱し、しばらく待つ。
実験そのものは、僕がいつもやってもらってばっかりだったので、今日は僕がやる事にしていた。
加熱後は、ガラス管をつたって、水中の試験管に気体が次々と入ってきた。
一本目はスタンドに挟んでいる試験管のもともとの空気が入ってきているので、中の気体を捨てた。
二本目、三本目は捨てずに、水中でゴム栓をして、試験管立てに立てた。
これで実験終了だ。
まず加熱を止めた。だが、
水が試験管に逆流していた。
まずい、と思った。
なぜなら、通常、まずガラス管を水中から取り出してから加熱を止めないと、水がガラス管に逆流して加熱した試験管の中に入り、加熱部分に触れる可能性があるからだ。
すなわち―――爆発。
気付いた時にはもう遅く、水は加熱部分に触れた。
だがその時、ペアの男子が飛び出し、僕の体を押し倒した。
瞬間、爆発。
ガラスは辺りに飛び散った。
僕自身はその子のおかげで助かったけど、その子は一歩間に合わず、目にガラスが当たった。
「ど、どうして……」
震える声で僕が言ったのは何故か疑問だった。
少年は答えた。痛いはずなのに、顔色一つ変えずに僕よりも流暢に、かつ無感情で。
「あなたを守ることが私の役目だからです」
「え…………」
どういう意味かと聞きたかったが、その子はすぐに保健室に運ばれて行き、その後周りは何事も無かったかのように、授業は再開された。
その日の放課後。
僕はその子のお見舞いに行きたいと、先生に家を聞き、その子の家まで言って謝った。
その後は帰宅して、罪悪感で一杯になって一睡もできなかった。
翌日、その子はまるで何事も無かったかのように登校していた。
僕は昼休みにその子にたくさん謝った。
「気にしないでください。私たちの役目ですので」
その子はそう返した。周りの皆も、気にする事は無い、そう繰り返して、僕に責任がない事を告げた。
だけど、僕は嫌だった。皆は無感情にそう言うから、余計に嫌だった。本心が分からなかった。だから、
「馬鹿にするなら、馬鹿にしてよ! けなすなら、もっとけなしてよ!」
そう言ってしまったのだ。
次の瞬間、まるでスイッチが切り替わったように、彼らは口々に僕に文句を言って、けなしてきた。
普段の私生活から、授業態度。なにからなにまで。
何一つ文句が言えなかった。
でも、これで、ようやく本心が聞けた。そう思って皆の顔をみたら、
無表情。
結局、本心なんて微塵にも語らず、ただ理路整然と事実を述べていただけだったのだ。
「みんな、僕の前から―――いなくなって!」
気付けば僕は耐えられなくなって、目を瞑って、そんなことを言っていた。
そして次の瞬間、世界は静かになった。
「あ、あれ?」
目を開けば、誰もいなかった。耳が痛くなるほどの静寂。
きょろきょろして、どこに隠れたのだろうと、探した。
だけど、教室内には、僕以外誰一人として居なかった。
急いで廊下に出て、右の二年四組を覗く。
やはり―――誰もいなかった。
さらに北舎のありとあらゆる教室を探し回ったが、誰もいない。
職員室になら、誰かいるはず――――
そう思って、南舎一階の職員室に、息を切らしながら走った。
果たして―――そこには誰も、居なかった。
「――――どうして!?」
思わずパニックに陥る。
こんなことはいままで一度もなかった。
どうすればいい? どうすれば…………
とにかく、学校に誰もいないなら、皆帰宅した可能性が高い。
だから、とりあえず教室に戻って、荷物をまとめて、鞄に入れ、そのまま玄関まで行って靴を履き換えた。
そのまま校門から外に出るが、
「なんで外まで静かなんだ……?」
普通この時間帯でも、一定の人数は人通りはある。
でもいくらなんでも静かすぎる―――!
不安に駆られて、家まで一心不乱に走った。
どこをどうゆう風に走ったか忘れてしまったが、なんとか家の前までたどり着いた。
家の玄関は鍵がかかっておらず、僕はそのまま家に入る。
中に入ると広がる、生活音。
テレビの音、やかんのお湯を沸かす音。夕飯の匂い。
僕は安心した。まあ、本当に誰一人居なくなる訳がない。少なくても、母さんは家にいるさ。
だけど、ダイニングにあがって、母さんに「ただいま」と、いつものように言おうとダイニングの中を覗いたら、
そこには誰もいなかった。
「冗談……だろ……」
こころなしか声が震えるのを、僕は自覚した。
ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな
僕は桜の舞う夜の道路を一人疾走する。
あの後僕は、次から次へと近くの家々のチャイムを鳴らし続けていた。
しかし、一軒として反応し応える家はおらず。
だから、僕は、遠くへ、自分が行ける精一杯の遠くまで走り、そこの家のチャイムを何度も、何度も鳴らし続けた。しかし、それに応える家はやはり一軒としてあらず、僕は絶望した。
―――このまま、ずっと、ずっと一人なのか? この世界にはもう、人間は居なくなったのか、僕以外? ――――――
どうして、いなくなったのか?
決まっている。
『みんな、僕の前から―――いなくなって!』
僕がそんなこと言ったから、みんなどこかに消えた。
僕の、所為だ。
そんなこと言わなかったら、みんないなくなることも無かったのに。
自分の心がもっと強かったら、こんな事にならなかったのに。
もっと言えば、あの時、実験に失敗しなかったら。
あの時、意地張って実験なんかやろうとしていなかったら。
あの時、その時、この時。
あれをしなかったら、これができていたら。
精神的に限界に達した僕は、そのまま路面に仰臥し、桜吹雪を見詰めた。視界が涙でかすむ。
「僕、もっと頑張るから……みんなに頼らなくても良いよう、もっと勉強したり、もっとトレーニングとかして、もっと強くなるから……頼むから……」
僕は、どっとした疲れから、少しずつ、目を閉じていく。
「みんな、僕の前から消えないで、戻ってきてよ――――――」
最後に一つ呟いて、僕は眠りに落ちた―――
朝。ジリリリリリリとあらかじめセットして置いた時間に、時計のアラーム音が鳴り響く。
―――あれ、僕、いつ家に帰ってきたっけ―――
そんな疑問が浮いて来たけど、相変わらず朝が弱い僕は、二度寝しようと、ずり落ちかけてきた布団を手繰り寄せ、スースーと寝息を―――
「はーい、アサですよ」
聞きなれた声が聞こえて、ドアのほうへ顔を向けた。
そこには、見慣れた母さんの姿。
「か、母さん……!」
一気に跳ね起きて、母に泣きながら抱き付いた。
学校に行けば、読書部にはいつもの面々。
クラスには、クラスメイトと先生が全員揃っていた。
僕は、気付いた。どんなに無愛想で無表情で、無感情で本心が分からなくても、僕は彼らが必要なんだと言う事を。
それを学んで以降、僕は日々の鍛錬を欠かさない。
もう二度と、この平和を失いたくない、僕はそう思ったからだ。
だから、あの時自分自身に課したルールを、今でも続けている。
そんな世界はもう無いと気付かないまま。
皆様、そろそろ(とっくに)お気づきになられたのでは?