1『疑』
書きだしはプロローグにあたります。よって「1」と番号が振り分けられた所からが本編です。
どうして誰も認めてくれないの?
どうして誰も信じてくれないの?
どうして、どうして、どうして?
皆褒めてくれるから頑張ったのに、
皆優しくしてくれるから頑張ったのに?
どうして皆そんな怖い顔をしてくるの?
お父さんはどうして喋ってくれないの?
お母さんはなんで私を見て怖がるの?
皆どうして意地悪するの?
こんなのもう耐えられないよ。
こんな嫌な世界なら、全部無くなっちゃえばいい。
私以外の人間全て、消え去れば良い―――
「音声命令――――」
少女の震えた声が呟く。しかし次の言葉はとてつもなく冷徹な一言だった。
「私以外の人類全てを――――」
その一言が、全てを壊す。
「殺せ」
その一言に、眠るように立っていたそのものが微かな起動音とともに動き出す。
思えばそれが、少女の運命を決定づけ、全ての災厄の始まりと言えた。
世界が、人類が、終わる。
1
それがおかしいと気付いたのはちょうど中学生になりたての時だった。
それまでの小学校では何の違和感も感じていなかったのに、だ。
でもその違和感をそのままにしている。
何故かその違和感の正体に気付いてしまったら、もう何も信じられなくなる、そんな気がしたからだ。
そして現在―――
朝、ジリリリリリ、と五月蠅い時計のタイマーを切って、再び布団に潜り込むと測ったように自分の部屋の扉が開いた。
「はーい、アサですよー」
と母親が部屋に入り込み、僕が「う~ん、五分」と言う暇も与えず、問答無用で布団をばさりと僕から剥ぎ取った。僕は二度寝をするために布団を精一杯掻き寄せるけど、相変わらずあり得ないほどの怪力で僕の布団をもぎ取って、一瞬にたたみ、ベッドのすぐ横に置いた。そのまま「う~ん」と欠伸をする僕の首根っこを掴んで片手で僕を持ちあげ、そのままダイニングへと僕をベッドから連れ去った―――
お手洗いで洗顔、歯磨きを済ませてダイニングに戻ってくると、つい先ほどまでは何も置いていなかったガラステーブルに朝食――今日はオムレツやソーセージ、トーストパンなどなどだ―――が置いてあった。
オムレツを一口、パクッと食べる。相変わらず甘くておいしい。
でもなんかいつも妙な物足りなさを感じるんだよな―――なぜだろう?
でもこんな疑問を浮かべている暇に部活へ行く時間に刻一刻と時間は迫っていた。
「やば……」
七時だ。後十分以内に出発しないと七時半の部活に間に合わない。家から徒歩で二〇分はかかるのだ。ちなみにクラスの皆はこの距離を全速力だと五分で学校に着く。僕はどれだけ頑張っても一〇分を切った事すらない。このことから、僕の運動神経のなさは明確だろう?
ともかく、鞄に手早く教科書類を詰め、制服に着替える。
「行ってきます」
あわてて玄関で靴を履きながら、僕は家を飛び出した。
――――御神中学校、僕の通う中学校に登校した――――
玄関に入って、靴を上靴を履き替え、南舎三階の図書館へと向かう。
部活、と言っても僕はこの通り運動神経が周りの人より悪い。だから運動系の部活からは自然と離れて文系の部活に入った。
何部か、と言われると語呂は悪いけど読書部、なんていう寂しい部活に入っている。活動内容はもちろん、朝も夕方も読書だ。
どうしてそんな寂しくて、やりがいもない部活に入ったかと言えば、正直、それ以外の部活は皆、部員が僕なんかより凄いんだ。
例えば写真部だったらバードウォッチングで写真を撮って、友人と僕の写真を見比べると、僕の写真はタイミングが悪くてブレブレなのに対して、友人の写真は、というか他の皆の写真は、タイミングも完璧でとてつもなくきれいに撮れているんだ。
美術部だってそうだ。僕が描いた絵と、他の部員が描いた絵はそれこそ幼稚園児の絵と、有名画家の絵ぐらいの差があった。
吹奏楽部もそう。僕のやるトランペットは学芸会でやるようなレベルだとすれば、他の皆の演奏はそれこそドイツやフランスの有名な楽団でやるような演奏だ。しかもトランペットが専門じゃない人でもそれぐらいできる。
どの部活も何一つ満足にできない僕は、結局逃げるようにして読書部に入った。もしこの学校に絶対に部活に入る、なんていうルールが無かったら間違いなく僕は帰宅部になっていただろう。
図書館に入ると、四、五人の生徒が姿勢を正して静かに本を読んでいる。
僕は隅っこの、日があまり当たらなさそうな所にある椅子に腰かけ、学生鞄から本を取り出し、しおりを挟んでいた所から、続きを読み始めた。
三十分間たっぷりミステリー小説を読んで、そろそろ密室殺人事件の真犯人が分かりそうなところで朝の部活は終了。真相は放課後までお預けとなった。未練がましく本を学生鞄にしまい、そのまま鞄を持って、部活の活動場所の図書館から出て、自分の教室に戻る。
目指す場所は北舎の二階―――二年三組だ。
「出欠を取ります。一番、朝霧拓斗君―――」
「はい」
僕は立ち上がって返事をした。そう、僕の名前は朝霧拓斗だ。案外、この名前は格好良くて気に入っている。
さらに次々と呼ばれるクラスメイト達の名前を聞き流してぼんやりと時間割を眺めた。
―――今日も憂鬱だな―――――
2
一時間目は数学だ。
だからどうしたという訳ではないけど、ここでも僕はクラスの皆から置いてきぼりだ。
今も円周率を長々と、かつすらすらと言う男子がいる。しかも授業は円周角の定理のはずなのに、だ。
「3.141592653569399375108628034825821480865153594408128644622948944288109752712019091133936072672458700669171536436…………」
頭が痛くなってきた、もう寝ちゃおう。
そして、しばらくして起きると、さっきと同じ子がまだ円周率を魔法の言葉を唱えるように言っていた。もう30分近く経ってるのにまだ勢いは止まらないのはどういうことだろう。
二時間目、社会。
「1939年の9月1日にドイツ軍は戦車と機械化された歩兵隊、戦闘機、急降下爆撃機など機動部隊約百五十万人、五個軍でポーランド侵攻をしました。ドイツ軍は北部軍集団と南部軍集団の二つに分かれ、南北から首都ワルシャワを挟み撃ちにする計画でした。
ポーランド陸軍は、総力兵こそ百万を超えるが、戦争準備ができていなくて、小型戦車と騎兵隊が中心が近代的装備にも乏しく、ドイツ軍戦車部隊とユンカース JU87急降下爆撃機の連携による機動戦は……」
いやぁ、そんなこと教科書にあったかなぁ。
もうまた嫌になってきた僕はふて寝した。
三時間目、国語。
僕はこの授業だけは得意だ。
なぜか皆この授業だけは頭を抱える。僕は簡単に答えられるのに、なぜか皆固まったみたいに手を挙げられない。
「はい、ここの文、読んでくれる人、手を挙げて下さい」
はーい、と手を挙げる。まあこれぐらいはクラスの皆も手を挙げる。
だけど………
「はい、この詩の中で、作者の気持ちが最も強くでている句が分かる人、手を挙げてください」
国語の教師の武際先生のもの凄くキーが高いのに、何故か渋い声に僕は反応して手を挙げる。でもそれ以外の皆は固まったように手を挙げない。
いつもこういう課題を出されると、皆固まる。
一回、クラスの一人がショートしたように頭から黒煙を出して、保健室に運ばれていったこともある。そんなに国語が皆嫌いなんだろうか。
似たような事は、別の授業でもあった。
道徳だ。「この人がこうゆう行動をとったのはどうしてだろう?」みたいな、どう考えても退屈で、面倒なこの授業。
でも、クラスの皆はまじめくさって一生懸命考える。
考えて、考えて、考えて……
シュウ………と、焦げくさい匂い。
「あ、あれ皆? なんか頭から黒煙出てるんだけど、ちょっと焦げくさいんだけど!? リアルにショートしないでくれ!」
と、道徳もこんな感じである。
今日の国語も途中退場二名で、終了した。
四時間目 体育
僕は正直休みたかったけど、クラスメイトに半ば強引に参加させられた。でも、ここでも……
「4・53!」
しばらくして……
「6・12!」
クラスメイトにニ秒近く差をつけられて五十メートルを僕は完走した。すっかり忘れていたけど、今日は大嫌いなスポーツテストの日だ。
種目:幅跳び
クラスメイトの男子が、白線の手前でゆっくりとしゃがみ、やがて一気に伸び上がって地面を蹴り、自らの体を砲弾のように打ち出す。
その体は一瞬にして空を駆け上がり、やがて放物線を描いて落ちてくる。
綺麗に着地。
「15メートル!」
体育教師の凛と響く綺麗な声で、今回の結果を告げた。
次は僕の番だ。
クラスメイトとまったく同じ飛び方。ゆっくりとしゃがんで、一気に伸び、その勢いで自らの体を打ち出す。
着地―――でも僕が降り立ったのは跳んでから三メートルぐらいの地点だ。他の皆の五分の一。とてもじゃないが、比べようがない。
一体、僕と他のクラスの皆と、どういう違いがあるんだろう―――いつも感じている疑問。しかし、どう見ても僕と背格好もあまり変わらない。
そしてようやく最近になって、ようやく気付いたんだ。
自分は他の人とは何か違うんじゃないかって。
そう、僕はきっと他人とは違う。
他人には隠しているあの事もその要因の一つなのかもしれない。
何とかしたい、とは思うけど、だからってこの身体能力は簡単には上がらない。
だから、僕はこれを、どうにもならない事として放っておいている。
これが僕のおかしい事。
だけど僕は知らなかった。この世界の本当の異様さを―――
3
昼休み。
誰もいない食堂で昼食をとる。
今日の学食のメニューはカツ丼がメインの、胃にきそうなAランチと、和風の、煮魚やみそ汁、豆腐、小松菜の煮浸しに麦ごはんという質素なBランチだ。
もちろん選ぶはAランチ。成長期の健全な男児ならばやはりこちらを選ぶべきだ。あ、だからって小食派の男子を不健全と言っている訳じゃないよ。
十数分後。
ふぅーお腹いっぱいと、満足げに腹を叩いていると、まあ仲の良い友達が一人こちらへ近づいてきた。
「今日もたくさんお食べになりましたね」
このどことなく、というか思いっきり他人行儀なこの口調、実を言えばこの学校のほとんどの生徒がこういう口調で話しかけてくるんだ。もう少し口調を崩しても何も罰はあたらないだろうに、何故か絶対この口調を変えないんだ。
しかしまあ気にしているのはどうやら僕だけなので、特に重要な事でもないかな、と思考に区切りをつけ、楽しい雑談へ。
「ねえ、昨日の八時にやっていたバラエティ番組見た? 僕、昨日勉強させられてて見れなかったんだ。どんなだったか教えてくれないかな」
誰でも一度はするような、あたりさわりの無い、平凡かつ日常的会話。
その日たまたま、いままで一度も見逃してこなかったテレビ番組を、僕は見逃した。しかも録画も出来ず。こうなったら友達にでも聞いて、雑談に華を咲かそうと、聞いてみた次第だ。
だけど返答は、
「ちょっと待って下さい……昨日の『思いっきりやってみよう!』は出演者は、……」
と今の調子で、まず出演者を次々と、ニュース原稿を読むキャスターより感情のこもっていない声で言って、さらにスタッフの名前も次々言った。
そこからようやく番組内容の説明。ちなみにこのころ僕はげんなりしていたので、ようやく楽しい楽しい雑談ができると思ったのだが…………
「開始五秒でまずカンペ。内容は――――――」
なんだろう、早速聞きたくなくなってきた。
あの番組の定番のネタはヤラセだったのか―――――
分かってはいるけど、改めて人に言われるとやっぱり夢を壊された気分になる。
どうも聞く気が無くなる。そもそも、あの棒読みに楽しい要素が一欠片も見当たらない。
こんなの絶対雑談じゃないだろう?
まあでもいつも他の皆もこんな調子なんだよな。だから僕はテレビで見るような楽しい雑談をまだ一度もした事が無い。人生経験が少ないよね。
しかしこれもずっと同じだから多少会話が成り立たなくても慣れっこだ。
でも、それでもこう考えずにはいられない。
じゃあどうしてテレビの人たちはあんなに楽しく会話できるのだろう、と。
彼らはとても生き生きしていて、とても楽しそうに思える。
だけど、僕たちは、いや、正確に言うと自分以外の彼らは、毎日をまるで事務をこなすかのように単々とこなす。そこに生気は無く、楽しい、嬉しい、悲しい、苦しい、と言う人間らしい感情。
もっと言えば、七つの大罪と呼ばれる、暴食、色欲、強欲、憂鬱、憤怒、怠惰、虚飾、傲慢。
七つの美徳と呼ばれる(七つでは無いが)、希望、勇気、純潔、慈愛、純愛、友情、誠実、知識、正義、分別、節制、貞節、自制、寛容、忍耐、上品、自由、無償の愛、平等、弱者。
そう言ったおおよそ人間らしいと言える全てが――抜け落ちている気がするんだ。
ま、僕の気にしすぎだろうけどね。
キンコーンカーンコーンと、昼休み終了のチャイムが食堂内に鳴り響き、ブツブツと番組の内容を秒単位で子細にお伝えしてくれる友人に、
「早くクラスに戻らないと、授業に遅れるよ」
と適当に注意する。それだけで友人はお喋りをピタリと止めて、僕の後から付いて来た。
二年三組のドアをくぐると、皆それぞれ自分の席で次の教科への準備をしていた。
良く見るアニメのワンシーンでは授業直前まで駄弁っていたりするもんだが、どうやらこのクラスにはそういった雰囲気とは無縁のようだった。
僕も席に着き、授業の準備をするため、教科書類を机から取り出し、机の上に置き、予習を確認する。
すると頭を禿げ散らかしたオジサンこと前野先生が、教室に入ってきた。
さあ、理科の始まりだ。
…………
………………………………………
………………………………………………
「では、相対性理論について話せる人、手を挙げて下さい」
たかが中二の分際で、相対性理論なんか習う訳ないだろ!
思わず心の中で声を荒げてしまった。こんなの教科書に載っている、載っていない、というレベルじゃないぞ。そもそも中学生では絶対習わない。
だが僕以外の全員は、一瞬の迷いを見せることなく手を挙げる。だから僕は、先生に「こんなの教科書に載っていません」と、言うタイミングを逃してしまった。
一体家でいつも皆何の勉強しているんだ? 少し気になった。
そんなことよりも、僕はここで手を挙げるべきか、挙げざるべきか、正直迷っていた。
だって―――意地張りたいじゃないか。
普段はいつも寝てばかりで、皆にもノートもいつも写させてもらって――ずっとそのままで良い訳が無いじゃないか。
確かに、僕は何一つ勝てるものは無い。
だからと言って、何もせずにほったらかしにするのは間違っているんじゃないか?
だから意地でも手を挙げようとする自分と、
手を挙げた事が何になる?
相対性理論が、アインシュタインによって発表された事しか知らない、お前が手を挙げてみろ? それでもし当たったりしたら、お前はどう答えるつもりだ?
結局答えられず終いで、皆に笑われるのが目に見えて分かるぞ?
ここは挙手をせず、黙って見過ごすのも、悪い事では無いんだぞ?
そういう恥をかくくらいなら、手を挙げないほうがいいという自分がいる。
どちらの言い分も、一概に否定できないので、余計迷ってしまった。
そして―――そうこうしているうちに授業がどんどん進んでいき――――
ハッとしたときには、
キンコーンカンコーン、と授業が終わり、
「では、今日習った事はノートにまとめておいてください」
と前野先生が言いながら教室から出て行く所だった。
そして黒板を見ると、日直が何のチョークの跡も残さずに黒板を綺麗にしていた。
―――しまった! ノートに何も書いていない!
仕方ない、また誰かにノート写させてもらおう―――
結局、こんな毎日なんだ。
これがきっと後一年は無限ループ。
こうやって僕の世界は流れていく。
僕はこのまま、まるでエレベーターのように高校、大学へと自堕落に進んでいって、そのまま社会人となり、適当に仕事をこなし、結婚して、子供ができて、そのまま生涯を過ごすのだろう。
いや、もしかしたら、こんなに何もかも抜け落ちている自分だ。結婚どころか、就職すら出来ず、どこかでのたれ死ぬのかもしれない。
でも、それでもいいか、と僕は心の中で少しだけ思っていた。
それなら、僕はこの違和感の謎に気付かずに、死ぬ事ができる。
そう、真実を知らずに。
実はもうこのころから、心の中で気付いていたかもしれなかったんだ。
本当におかしいのは、僕ではなくて、
この世界かも知れないということに。
この小説は正直全くもって出す予定の無い処女作でした(嘘です。しかし本当の処女作は本気でクズの山だったので削除済みです)。それがPCのファイルの中に残っていたので読み返し、今現在の文章と比べてみて「あれ……こっちのほうがまだマシじゃない?」という事に気付いて、それでなんやかんやで指が投稿をクリックしてました。
続き読みたいな―とか思って頂いた方に先に忠告しますが、最後はたくさんの伏線を伏せたまま終わります。理由ですか? 残念ながら僕の文才が至らず――は関係なく、どうも当初続編を書く予定だったのですが、何だかんだでうやむやで、しばらく放っておいたらその先どうするか考えていた事パァになっちゃったという……。
不安要素しかない作品ですが、一応スッキリした形で終わっているので、納得ぐらいはして貰えるのではないかと。ご感想などがございましたらどしどしお寄せ下さい。今後とも拙作を宜しくお願いします。
PS さらに詳しい「Q?」のお話は活動報告で。