第五幕 《魅せる剣》
静かなにらみ合いが続き、いったいどれくらいの時間が過ぎたことだろう・・・
見ているものには何時間にも感じられる時間・・・
しかし、実際に闘っている二人には、わずか数分にも満たない短い時間であっただろう・・・
何も見えない・・・
何も聴こえない・・・
何も話さない・・・
二人は、ただお互いの存在だけを認め、静かに見つめ合う・・・
しかし、その均衡がいつまでも続くはずはない・・・
達也「はぁあああ・・・!」
達也は姿勢を低くすると、凄まじい速さで突進していく。
槍というものは、本来斬りよりも突きに特化している。
逆に、剣は斬りには向いているが、突きはどうしても槍に劣る。
達也はその利点を活かして、悠姫を攻めてきた。
悠姫「くっ・・・」
一息で詰め寄られるような感覚に戸惑う悠姫だったが、横に跳ぶことでそれをかわす。
しかし、悠姫が反撃の体勢をとる前に次の攻撃が来る。
突いた槍を引くこともなく横に薙ぎ払う。
悠姫はそれを剣で受け止めると、そのまま勢いに委せて押し返す。
達也「ちっ・・・」
少し体勢を崩した達也、悠姫はそこをついて反撃する。
悠姫「てやぁぁぁ・・・!」
右上からの切り下ろし、それを柄で受け止める達也・・・
しばらくその切り結びが続き、両者一歩も退かない・・・
その様子をハラハラしながら見守る夕月と明月・・・
夕月「悠姫君が闘っているのに何もできないなんて・・・」
悠姫の為に何かしたいと思いながらも、達也の仲間たちに囲まれ、動きを封じられている・・・
自身の無力さに歯噛みする夕月・・・
「大丈夫だよ、水無瀬さん・・・」
そこに聴こえてくる男性の声・・・
その声の主は・・・
明月「剣夜君・・・!」
なんとそこに現れたのは、剣夜様こと華菱剣夜だった。
剣夜「大丈夫だよ、悠姫は負けない・・・彼の実力はこんなものじゃないからね・・・」
夕月・明月「え・・・」
先程までは取り乱していた二人だったが、剣夜の言葉を聴いたことで少し落ち着きを取り戻していた。
すると、冷静になることで初めて見えてくることもある。
明月「あっ・・・」
夕月「まさか・・・」
切り結びが続く中で、達也は言い知れぬ違和感を感じていた。
達也「(・・・なんだ、この違和感は・・・)」
一度抱いた違和感は消えることなく、達也の中で膨れあがっていった・・・
達也「・・・お前、何か隠してるだろ?」
達也の言葉に少し驚きの表情を浮かべる悠姫・・・
悠姫「へぇ~、どうしてそう思う・・・?」
楽しげな表情を浮かべる悠姫・・・
それに対して、達也はどこまでも真剣な表情で悠姫を見ていた。
達也「何か、闘い方に違和感があるんだよ・・・そう、様子を見てるような・・・」
悠姫はその言葉に、ついに笑みを溢した。
悠姫「やっぱり、あんたがあいつと兄弟なんて信じられないよ・・・」
悠姫は刃を返し達也の太刀筋を反らすと、バックステップして距離をとった。
悠姫「いいよ、本気見せてあげる・・・」
悠姫は剣を収納すると剣帯の位置をずらし、鞘の位置を左から右へと移動させた。
そう・・・左手で抜刀しやすいように・・・
悠姫「ここからが本番だよ・・・」
悠姫は一気に加速すると達也との間合いを詰め、抜刀する。
速い・・・それは先程までとは比較にならない速さだった。
それに対し柄で受け止める達也・・・
今度も切り結びが続くのかと思われたが、二人とも即座に離れ構えをとる。
互いが互いをにらみ合い、隙を窺っている。
達人の勝敗が一瞬の隙で決するように、二人の闘いも先に隙を生んだ方が負けるだろう。
先に動いたのは達也だった・・・
開いた間合いを詰め、突きを繰り出してくる。
悠姫はそれを剣で捌くが・・・
達也「まだまだ・・・!」
達也は一突きでやめることなく、連続で繰り出してきた。
高速で繰り出されるその突きは、まるで何本、何十本という槍が一気に襲いかかってくるような錯覚を与える。
それは相手にどれだけの威圧感を与えることだろう・・・
悠姫は向かってくる槍を冷静に見つめ、その手に持つ剣で捌いていく。
幾度となく繰り出した突きを全て防がれ、突きの中に斬りと薙ぎ払いを混ぜる達也であったが、それもあまり意味をなさなかった・・・
この闘いにおいておかしな点があることに気付いただろうか・・・?
何かがおかしい、何かがひっつかかる・・・
最初にそれに気付いたのは達也だった。
悠姫に攻撃させる暇を与えないように攻撃してくる達也・・・
圧倒的有利な立場にいる彼がどうして・・・
いや、そうした立場にいた彼だからこそ気付いたのかもしれない・・・
数多となく繰り出してきた攻撃が、全て通っていないということに・・・
いや、この言葉も正しくはないか・・・
彼は気づいたのだ・・・
悠姫が自分の太刀筋を全てずらしていることに・・・
最小限の動きだけで、達也の突き、斬撃の軌道をずらし、当たらなくしているのだ。
それは、攻撃している側にとっては、ある意味恐怖を覚えることだろう・・・
防がれている感覚がないのだ・・・まるで実体なき実体を攻撃している気分だろう・・・
しかし、見ている側にとっては・・・
明月「うっわ~きれい・・・」
夕月「舞っているみたい・・・」
流れるように動く悠姫の動作は舞っているようにも見え、剣を片手に携えるその様子は、あたかも剣舞をしているかのように見える。
剣夜「・・・悠姫の剣はね魅せる剣なんだよ。最小限の動きだけで、相手の攻撃を受け流す・・・夕月さんが言ったようにまるで舞っているみたいだろう・・・?それともうひとつ・・・」
夕月と明月は、剣夜の言葉など耳に入っていないのか、悠姫に視線を注いでいる。
しかし、そんな美しい舞も長くは続かない・・・
片や全力に近い高速での連続突き・・・
片や最小限の動きだけでの守り・・・
こんなことを続けていればどうなるか、そんなこと誰の目にも明らかだ・・・
達也「くっ・・・」
ついに息が切れたのか、悠姫から離れる達也・・・
達也「ハァ・・・ハァ・・・」
大きく息を吐く達也・・・
すでに肩で息をしている状態で、息を切らしていることが誰の目にも分かる。
悠姫「いい加減に諦めたらどうだ・・・?もう、立っているのもやっとなんだろう?」
達也「・・・こ、とわる・・・俺は・・・まだ、闘える・・・」
息も絶え絶えの様子の達也・・・
しかし、戦意だけはまだ衰えていない。
槍を構え、いままでにないくらい低い体勢をとる達也・・・
次で勝敗を決めようとしているのは明らかだ。
そんな達也の様子に真摯に応える悠姫。
剣を鞘に納め、抜刀の構えをとる。
互いににらみ合う二人・・・
その様子を固唾を呑み込んで見守る夕月と明月・・・
そして一人、楽しげに見ている剣夜・・・
今、悠姫と達也の闘いに決着が着こうとしていた・・・
悠姫と達也・・・二人同時にして地を蹴り、加速する・・・
達也「はぁあああ・・・」
悠姫「てゃあああ・・・」
達也は低い姿勢から速さを殺さずに、一撃必殺の威力を乗せた突きを繰り出してきた・・・
それは、幾ら傷付かないようにに加工してあるとは言え、当たればただで済むようなものではなかった。
未熟な者であればこの突きを前にしたとき、立っているのでやっとだろう・・・
悠姫はその軌道を見破り、上体を反らすことで回避した・・・
魅せる剣・・・悠姫の剣とは相手の太刀筋を捉え、その軌道を少しずらすことによって最小限の動きだけでの回避を可能にしている。
つまり、相手の太刀筋を見ることと予測する事に長けていなければ成り立たないのだ。
そんな悠姫だからこそ成し得た芸当だと言えよう・・・
悠姫はそのまま達也の懐に潜り込み、速さを殺すことなく抜刀した。
達也「うぐぅ・・・」
それは確実に達也を捉え、一撃の元に撃沈させた・・・
剣夜「勝負あったな・・・最小限の動きだけで相手の攻撃をいなし、相手が疲れたところで得意の抜刀術で決める。・・・それが悠姫の剣なんだよ」
明月「へぇ~・・・悠姫君すごいんだ~」
剣夜の解説に素直に驚く明月・・・
しかし、納得がいかない人物が一人・・・
夕月「でも、あんなに強いのに何故ランクが低いんですか・・・?それに日野達也を倒せるぐらいの実力なら七帝入りをしていてもおかしくはないのに・・・」
悠姫の強さとランクの関係に疑問をもつ夕月・・・
それに対して、剣夜は嘆息をもらし心の底から残念そうに告げた・・・
剣夜「つまらないんだって・・・」
夕月「はい・・・?」
明月「はぁ・・・?」
剣夜が告げた言葉がいまいち理解出来なかった様子の二人・・・
それはそうだろう・・・
武芸制度という制度のなかに強さの向上を求めてやって来た二人には意味は分かっても納得はいかないのだろう。
剣夜「そうだよね~・・・その反応は正しいと思うよ。悠姫はね、強さに関心がないんだよ・・・だから、武芸制度にも興味はないんだ」
夕月「つまり、上位ランクを目指す気はないと・・・?」
剣夜「そういうこと・・・本当は僕も本気で闘いたいんだけど、受けてくれないんだよね~・・・」
剣夜はもう一度嘆息すると、悠姫の元へと歩いていった。
悠姫「大丈夫か・・・」
達也の元へと駆け寄った悠姫・・・
心配気に達也に問い掛けると・・・
達也「何とかな・・・」
負けたというのに悔しそうな顔一つ見せず、むしろ清々しささへ感じる表情で横たわる達也・・・
その様子に安堵する悠姫・・・
もしかすると、死力を尽くした闘いのなかで友情が芽生えたのかもしれない・・・
しかし、貴方は知っているだろうか・・・?
友情とは芽生えるは難く、壊すは易いということを・・・
例えばそう、一つの失言で容易く喧嘩してしまったり・・・
達也「しかし、まさか俺が女にやられるとはな・・・」
達也の言葉を聞いた途端、悠姫の表情が固まる・・・
・・・
・・・
・・・
悠姫「・・・いま、何て言ったの?」
一瞬固まったのが嘘のような、極上の笑顔で聞き直す悠姫・・・
達也「だから、まさか俺が女にやられるとはな・・・って言ったんだよ」
この時、達也は間近で見る悠姫の笑顔に目を奪われ、拳が振り上げられたことにきづかなかった・・・
悠姫「お~れ~は~、お・と・こ・だ~~~~!!」
そして、拳は降り下ろされる・・・
次回予告
達也との闘いに決着が着き、一同は悠姫の家に向かう・・・
そこに何故か同行してくる達也・・・
悠姫の家に到着したはいいが、その大きさに唖然とする一同・・・
そして、出迎えてくれる人物が一人・・・
それは悠姫の唯一の・・・
次回、《悠姫の家族》
雅「お帰りなさい、悠姫・・・」
悠姫「ただいま、雅・・・」