第三幕 《巻き起こる狂乱の嵐》
カラン、カラン、カラン、カラン・・・
悠姫「ギリギリセーフ・・・」
始業のベルと同時に教室に駆け込む三つの人影。
もちろん、悠姫、夕月、明月の三人だ。
夕月「何とか間に合いましたね・・・」
明月「もうダメかと思った・・・」
三人とも校庭から全力で走ってきたというのに、息を切らしてないところは流石だ。
悠姫は先生が来ていないことを確認すると、自分の席へと向かった。
悠姫「(何かいつもより静かだな・・・)」
いつもより静かな教室に戸惑いを感じつつ、自分の席までやって来た悠姫。
悠姫が席に座ろうとしたところで異変は起きた。
一人の女子生徒が立ち上がって悠姫の所までやって来ると、突然悠姫の両肩を掴み、悠姫の顔を凝視してきたのだ。
女の子1「・・・まさかとは思うけど・・・朝霧君?」
半信半疑というか信じられないといった感じで聴いてくる少女に、呆れる悠姫。
悠姫「そうだけど・・・そんなの見れば分かるだろ?」
少女はブンブンブンと首を横に振ると、いそいそとポケットから鏡を出して悠姫に見せた・・・
今の自分の姿を・・・
悠姫「げっ・・・しまった!ゴムも切れてたのか!」
牛乳瓶の底のようだった眼鏡が壊れ、元々綺麗だった顔立ちが晒され、野暮ったく見せていた髪型もゴムが切れたことにより、ストレートに下ろされていた。
綺麗な男の子・・・というより女の子に近かった。
以前の悠姫と比較して、同一人物だと結びつける方が難しい。
女の子1「本当に、ほんと〜に朝霧君なの?」
悠姫「だから、そうだって言ってるだろう」
さっきの少女がもう一度確認し、悠姫がそれを肯定したとき、それまで沈黙を保っていた・・・というか驚きで思考が停止していただけだろう・・・他のクラスメイトが騒ぎ始めた。
女の子2「え、うそっ、朝霧君!?」
男の子1「あれが、朝霧なのか!?」
女の子3「うわ・・・きれい・・・」
男の子3「信じられね〜」
男の子2「悠姫・・・お前、まさか女だったのか!」
皆、口々に勝手な事を言っているが、結局のところ言いたいことは同じなのだ。
『この綺麗なこが朝霧(君)だなんて信じられない』だ。
このクラスメイト達の言葉に悠姫はというと・・・
初めは唖然としていたものの、時が経つにつれて、その端整な顔に青筋を浮かべて・・・
悠姫「て、テメェ〜ら〜〜!!」
悠姫は激しい怒りと共に、腰から剣を抜くと・・・
男の子2「ちょっと、悠姫さん・・・いったい何を・・・」
女の子1「朝霧君、早まっちゃダメだよ!!」
男の子1「あ、朝霧・・・話せば、話せば解る・・・!!」
男の子3「流石にそんなのでどつかれたら洒落にならんから・・・」
悠姫の異変に気付いたクラスメイトが冷や汗を流しながら説得にかかる。
初めから、からかわなければいいのに・・・
悠姫は一度目を瞑ると、極上の笑顔を浮かべてこう言い放った。
悠姫「も〜ん〜ど〜う〜無用!!」
この日、担任の先生が教室に来たとき、教室は死屍累々だったとか・・・
そして、先生は・・・
「鬼を・・・鬼を、見たんです」
・・・と、うわ言のように呟きながら、一週間の休暇を願い出たとか・・・
それに比べて屍の方はというと、何れも安らかな笑みを浮かべて・・・
「て、天使の微笑みを見たんだ(よ)」
と囁いていたそうな・・・(めでたし、めでたし・・・)
・・・えっ?
もう終わりかって?
当然、まだまだ続くよ・・・屍の生産が、ね。
・・・by 悠姫
悠姫「・・・とかならないうちに、そのお喋りな口を閉じようか・・・ね、みんな?」
悠姫が極上の笑顔(邪悪)でそう言うと、クラスメイト達はブルブル震えながら首を必死に縦に振るのだった。
悠姫「まったく・・・わかればいいんだよ、わかれば・・・」
悠姫はクラスメイト達が頷いたのを確認すると、ほっとし、気を緩めてしまった。
しかし、あと二人、注意しなければいけなかった人物が残っていたことを悠姫は忘れていた。
悠姫の背後に忍び寄る人影が二つ・・・
明月「ゆ・う・き・く〜ん・・・」
悠姫「ふぇ・・・?なっ、ちょっ・・・うぁあ!」
いきなり後ろから飛び掛かられた悠姫は、当然予測など出来ず抱き締められてしまう。
そんな明月を見ていた夕月が顔を真っ赤に染めて・・・
夕月「明月、ダメでしょう・・・!」
悠姫「夕月・・・助けてく・・・」
明月をたしなめる夕月に一筋の希望を見出だした悠姫だったが・・・
夕月「私もいれてくれなくちゃ!」
と、言って悠姫に抱きつく夕月。
二人の少女の顔はとても嬉しそうだ。
だが、一方の悠姫はと言うと・・・
悠姫「なっ・・・夕月まで・・・いい加減に・・・ふぁ・・・離れろ・・・あぅ・・・てば!」
抱きつかれた二人にほほずりされたり、ほほずりされたり、ほほずりされたり・・・
恥ずかしさのあまり、顔を真っ赤にして身もだえる悠姫に、クラスの女の子達はと言うと・・・
女子達「(かっわいい〜〜!!)」
そして、男の子達は・・・
男子達「(俺は女の子が好きなはずなんだ〜〜〜〜〜〜!!)」
・・・・・・
あんたら・・・悠姫に殺されるぞ・・・
周りのクラスメイトの様子など気にもしていないのか、明月と夕月の二人は未だ悠姫を抱き締めたままだ。
明月「ああ〜・・・もう、可愛い過ぎだよ〜〜」
夕月「本当に・・・このままお持ち帰りしたいです〜」
悠姫「はぅ・・・誰が・・・ひゃわ・・・持ち帰られるか!いい加減に・・・離れ・・・・・・」
ガラガラガラ・・・
先生「あなた達、席に着きなさい。ホームルームを始め、る・・・わよ?」
このクラスの担任である耶城沙耶香先生は教壇の所まで行き、振り返ったところで現実離れした光景を目にし、何も言えなくなってしまう。
名前、見た目共に若そうで、まあまあに美人な先生だ。
その上、質問にはちゃんと答えてくれるし、相談にものってくれる。
校内では男子、女子共にかなりの人気がある。
・・・と、まあ若くて人気のお姉さん、的な先生のように思えるが、実際は三十路過ぎのおばさ・・・
耶城「・・・誰か知らないけど、私の歳ばらしたら殺すわよ?」
!!!!!
女の子「先生、どうかしたんですか〜?」
先生の目付きが一瞬、かなり危なくなったので、一人の女生徒が訊ねた。
耶城はというと、先程の怖い顔が嘘のようににこやかな笑顔を浮かべてその女生徒を見た。
耶城「いいえ、何でもないわ・・・って言うか、いい加減にそこの三人、席に着きなさい!」
作者が危うく視線で射殺されそうになっていた間も悠姫はずっと抱き締められていた。
悠姫はもうされるがまま・・・というか抵抗する気力が残っていないのかぐったりしている。
夕月と明月は悠姫が抵抗しないのを良いことに、ほほずりしたり、髪の毛を触ったり好き放題している。
耶城「こ〜らっ!水無瀬姉妹、いい加減に離れなさい・・・」
夕月「・・・はい」
明月「うぅぅぅ・・・」
耶城先生の注意により、ようやく悠姫から離れる二人。
しかし、二人の様子は物足りなさそうというか名残惜しそうな感じで、もっと抱き締めていたいよぅ、と二人の目が物語っている。
耶城「朝霧君も席に座り・・・あらっ、変装はもういいの、朝霧君?」
おや・・・?この先生は悠姫がわざとあんな格好をしていた事を知っていたのか?
明月「耶城先生、知ってたんですか!?」
耶城の言葉にクラスのほとんどの者が驚きの声を挙げ、明月が皆が思っていることを代弁する。
耶城「そんなの一目見ればわかるじゃない・・・?」
解るわけないですよ〜〜〜〜
皆の目がそう物語っている。
耶城「まあ、初めは基が良いのに、なんで野暮ったい格好をしてるのかなぁ・・・?って思ったぐらいだったけど、見ていればわかるじゃない、わざとだって・・・」
見直しました、先生・・・!
生徒のこと、ちゃんと見てるんですね!
ただの三十路過ぎのおばさんじゃなか・・・
耶城「・・・一遍、死んでみる?」
すみません、ごめんなさい、失礼しました・・・!?
もう言いません、絶対に、きっと、必ず、口が裂けても・・・
耶城「それより、朝霧君大丈夫?目が死んでるけど・・・?」
何処か遠い所を見ている悠姫に声をかける耶城であったが、悠姫は反応すらせず何かボソボソ囁いている。
悠姫「・・・女って怖い・・・女って怖い・・・女って怖い・・・」
そんな悠姫の様子を見て、ため息をつく耶城。
耶城「はぁ〜、これは完全にトラウマってるわね・・・」
女の子4「えぇ〜、そんなの困ります・・・」
明月「そうですよ、悠姫君を抱き締められないじゃないですか!」
耶城「水無瀬妹、取り敢えず黙っていなさい・・・」
明月「うぅ〜〜〜〜・・・」
戯れ言をほざいている明月はほっといて、どうしたもんかと思考を凝らす耶城先生・・・
しかし、その時・・・
カラン、カラン、カラン・・・
一限目開始のベルが鳴った。
耶城「あら、もうこんな時間・・・じゃあ朝霧君の事は置いといて、授業を始めましょうか・・・」
男の子4「先生、いいんですか・・・?」
耶城「いいんじゃない・・・?そのうち、元に戻るでしょう・・・」
結局、貴女はどうでもいいですか・・・!
まあ、そんなこんなで悠姫の不運な一日が始まったのでした・・・
次回予告
死人と成り果てていた悠姫が復活し、滞りなく流れていく時間・・・
ふと気付けば、すでに放課後に・・・
夕月と明月にまとわりつかれながらも帰途につく悠姫・・・
しかし、その背後には人影が・・・
次回、《忍び寄る影》
明月「しつこい男は嫌われるのよ・・・!」