第二幕 《垣間見る悠姫の実力》
夕月と明月は十人近くいる男子生徒に囲まれ、絶対絶命な状況だった。
四人が剣や槍といった近距離の武器で二人と交戦し、残りのメンバーのうち四人が各々の武器を構え逃げ道を封じている。
そして、更に残ったメンバーが弓を構えて、二人を射ようとしていた。
少年A「これだけの人数でかかれば、流石のNo.6とNo.7と言えども余裕だな」
リーダー格と思われる少年が厭らしい笑みを浮かべて二人を見据えていた。
明月「あ、んた達、か弱い女の子に、こんなことして、恥ずかしくないの?」
明月は自分の剣を杖代わりにして辛うじて立っていられる状態だった。
全身ボロボロで、肩で息をしているような有り様だ。
夕月「本当に。卑怯もここに極まれりですね」
夕月の方は明月まではとはいかないもののかなり辛そうだ。
しかし、油断なく弓を構え、少年らが下手な動きを見せた瞬間、射ようとしているのは明白だった。
二人の言葉に嘲りの表情を浮かべる少年。
少年A「勝てばいいんだよ、勝てば!それに、俺らはルールに反しちゃいねぇぜ。そんな台詞を吐く前にこの窮地を脱してみな、お二人さんよ!」
リーダーの少年が手を振りかざし、構えの合図を送った。
夕月と明月の表情が強ばる。
少年A「・・・放て!」
少年が手を降り下ろすと、夕月と明月を取り囲んで、弓を構えていた少年達が一斉に矢を放った。
その矢は的確に夕月と明月に向かってきていたが、今の二人にこれをかわすだけの体力は残されていなかった。
明月「万事休す、かな・・・」
夕月「そう、ですね・・・」
二人は既に諦めていた。夕月は構えていた弓を下ろしていたし、明月に至っては地面にへたりこんでいた。矢が目前まで迫り、もう駄目だと思われた刹那、一陣の風が吹き抜けた。
すると、十近く飛んできていた矢が全て地面に落下した。
明月「えっ、えっ・・・何が起きたの?ねぇ、夕月・・・?」
夕月「いえ、私に聴かれても・・・」
何が起こったのかまるで分からない二人。
しかし、それは相手方も同じだった。少年達の驚きと慌てようは、夕月と明月のそれに比べて遥かに大きかった。完全に仕留められると思っていた攻撃が防がれたのだ。しかも、予期せぬ増援によって・・・
平静で居ろ、と言う方が無理な話だ。
少年「だ、誰だ!出てこい!」
悠姫「まったく・・・見てられないな。いくら七帝と言えど、女の子を集団で襲うのは同じ男として恥ずかしい限りだな」
七帝というのは学園の中で生徒会長を除く上位七名に入る実力者達のことである。七帝と呼ばれることはたいへん名誉なことではあるが、同時に他の生徒からは畏怖の対象とされる。因みに生徒会長は天帝と呼ばれ、七帝とは別にたいへん畏れられている。しかし、どちらにも言えることは、敬称が生徒たちの畏れを招いているのであって、七帝自身が畏れられているわけではない。
悠姫が夕月と明月を庇う形で少年達と対峙すると、悠姫の風貌の異様さに一瞬、訝しげな表情を浮かべる少年達。
しかし、それは一瞬のことで、すぐに自分達の邪魔をされたことを思い出し、怒りの形相を浮かべる。
少年「誰だ、お前は!」
だが、悠姫はこの少年のことなど眼中に無いのか、少年の言葉は無視し、夕月達の方を振り向く。
悠姫「夕月、明月大丈夫か?」
悠姫の登場に初めは驚いていた二人だったが、悠姫に話し掛けられる頃には正気に戻っていた。
だから、この場の危険性も十分に理解していた。
それ故に、悠姫が来てくれたことに対する安堵感よりも、悠姫の身が危ないという不安が先にたった。
明月「悠姫くん!?どうして来たの!?」
夕月「そうです!あなたの実力では・・・」
そのとき、痺れを切らしたのか、先程の少年が剣を構えて突進してきた。
少年「だから、誰だと聴いている!!」
悠姫はそちらを一瞥すると、いまいましげに舌打ちをした。
悠姫「ちっ・・・うるさいな!」
少年が降り下ろしてきた剣を、身を回転させることで避け、そのまま勢いを殺さず腰にさげた剣帯から剣を抜刀する。
少年「なっ・・・!」
相手の少年はまさか避けられるとは思っていなかったのか、呆けているところにこの一太刀だ。
避けられるはずもなく、横腹にその一撃をくらい、地面へと倒れ伏した。
もちろん刃は潰してあるし、相手を傷つけないよう加工してあるため、ただ気絶しているだけだ。
悠姫はリーダーとおぼしき少年を倒せば、残ったやつらは逃げ出すと思っていた。
こういった烏合の集は弱いやつの集まりであるほど、リーダーが倒されたとき統制力を失い、逃げ出すものだ。
そう思って一撃で少年を倒したのだろうが、残った連中は逃げ出すどころか悠姫に立ち向かってきた。
悠姫「逃げてくれれば楽なものを・・・」
悠姫は再び剣を鞘へと納めると、剣帯の位置を左側から右側へ移動させた。
夕月「えっ・・・まさか・・・」
明月「うそ・・・悠姫くんって左利きだったの!」 先程まで右手で剣を操っていたため、左利きだったという事実に驚く二人。
悠姫「は〜、やっぱこっちの方が落ち着くな・・・」悠姫は左手を柄に添え、右足を後ろに下げて低めの前傾姿勢をとる。
悠姫「全部で・・・十、いや十二か」
敵の位置と数を把握すると、悠姫は左の軸足に体重を掛け地面を蹴った。
そこからはあっという間の出来事だった。
おそらく、やられた側の少年達は、自分達がどうやってやられたのか理解する間もなかっただろう。
悠姫は地面を蹴った後、近くまで来ていた三人の少年達に狙いをつけた。
一人を鞘に納めたままの剣で殴り飛ばし気絶させる。
そのまま身体を一回転させ、円心力を活かして抜刀する。この一撃をまともにくらった一人が呆気なく吹き飛ばされる。比喩表現ではなく実際に・・・
そして、その光景を見て恐怖で動けなくなっている三人目を、抜刀により振り抜いた剣を返し、袈裟懸けに斬り捨てる。
残った九人は何が起こったのか解らず、一様に呆けている。
悠姫がそんな隙を見逃す訳もなく、好機と見てさらに速度をあげる。
片っ端から少年達を斬り捨てていき、遂に残り三人になったところで、少年達は逃げ出していった。
ここまでに掛かった時間、わずか十数秒・・・
既にあり得ないを通り越している状況に、残された二人の少女、夕月と明月の二人は自分達が狙われていた、という事実も忘れて呆けきっていた。
悠姫「おい、二人共・・・大丈夫か?」
闘いが終わり、悠姫が話しかけてきたにも関わらず、二人は未だ放心状態だった。
ピシッ・・・
その時、何かに亀裂が入るような音がした。
そして、牛乳瓶の底のようだった眼鏡が壊れた。
悠姫「あ〜あ、やっぱ風圧に耐えられなかったか・・・結構気に入ってたんだけどなぁ・・・」
先程の闘いでの立回りで、悠姫の速さに眼鏡が耐えられなかったようだ。
もともと度が入っていない伊達だったので、日常生活には支障はきたさないが・・・
悠姫「あんまし素顔見られたくないんだよなぁ・・・」
実は悠姫は中学まで眼鏡をしていなかったし、髪もちゃんとといていた。
しかし、学校へ行く度さらされる女の子からの熱い視線と告白の嵐、そして一部の男の子からの熱烈な告白・・・
悠姫「今思い出してもさむけが・・・・・・特に後者・・・」
そのため、高校からは変装というかわざと野暮ったく見せて、それらから身を守っていた。
夕月「悠姫くん・・・なの?」
夕月は恐る恐るといった感じで悠姫に尋ねる。
悠姫「・・・?そうだけど・・・どうかしたのか?」
明月「うそ、悠姫くん!?すっごく綺麗・・・」
カラン、カラン、カラン、カラン・・・
悠姫「何を言ってるのか知らないが、予鈴のベルが鳴ってるぞ・・・」
この時、悠姫は二人の様子がおかしい事に気付いたが、始業時間が迫っていたためとりとめて気にもせず、二人を急かして校舎の中へと入っていった。
この事が後々、災いとなって自らの身に降りかかってこようとはつゆとも知らず・・・
次回予告
悠姫の実力を知ってしまった夕月と明月・・・
そして、その素顔も・・・平和な学園生活を望んでいた筈なのに・・・
どうしてこんな事に・・・
次回、《巻き起こる狂乱の嵐》
悠姫「俺の平穏を返してくれ〜!」