やっぱりの真実と全く美しくなれない俺
美少女二人が俺を巡って言い争いをしてくれている為、望んでもない野次馬が増えてきた。いい加減恥ずかしくなってきた俺が逃げようとしていると、向日葵から思い切り服を捕まれた。どうでもいいことで勘がいい奴だ。
「あ、あの…その人は、彼女さん、ですか?」
「…え、と」
「そうだ、もう結婚も決まってるぞ!」
「よし、お前はちょっと黙れ」
どうする、どうする、普段はあまり使わないはずの頭だが、最近花たちのせいでものすごい活発になっている俺の脳が必死に考えた。ここで肯定すれば彼女は諦める、ここで否定すれば諦めない。
「ヤナ」
「どう、なんですか?」
向日葵か、彼女か。もっといえば、花か、人間か。まるで崖っぷちで迫られてる気分だった。少なくても分かることは、どちらを選んでも俺は破滅だった。向日葵を選べば俺は恐らく、この先も一生人間の彼女が出来ないだろう。しかしかといって女子高生(そういえば名前知らん)を選べば、向日葵を失う。
向日葵がいない部屋を想像してみた。おいおい広そうじゃねぇか、四畳半のくせに。
「…付き合ってはない」
「…っ、ヤナ」
「けど、一緒に暮らしてる」
これは向日葵を選んだも同然だ。多感(多分)な女子高生に、これはかなりいい攻撃だったろう。致命傷といってもいいかもしれない。関係性がどうあれ、理由がどうあれ、年頃の男が見た目美少女のこいつと一緒に暮らしているのだ。自分が蒔いた種とはいえ、彼女が泣きそうになった。しかし、ここで手を伸ばすわけにはいかなかった。俺がなんとか自分の中の最低部分を倒し続けていると、彼女はなぜか、笑顔で顔を上げた。
「でも、付き合ってはないんですね」
「…っ、あ、いや、けど、だから」
「なら、まだ、戦えますよね」
「………ソーデスネ。」
誰か俺を殴れ。死なない程度に。
いやもうその前に死ぬかもな。俺の手を握る向日葵の力がひたすら強い。そんなに握るな、俺が悪かった、俺が悪いのはわかりきっているんだよ。
言い訳が許されるなら、男が女に勝てないというのは、ああいうことだろう。あの笑顔を絶望に叩き伏せることが出来たら、是非お願いしたい。俺が即日雇おう。金はないけどな。
向日葵はといえば、押し入れの中に入ったまま出てこない。ノックをすると、ふすまの向こうから器用に殴られた。あいつ日に日に暴力化していってないか。おまけに痛いし。
ああもう勝手にしてくれ、まさしく開き直った俺は、大学に行くことにした。押し入れの前に水が入ったペットボトルを置いていってしまった自分が本当に憎い。俺の最大の欠点は冷たくなりきれないところだろう。
何だか無性に苛々する-俺が大股で登校していると、思わず足を止めた。目の前には信じられない光景があった。朝帰りの美貴さんは比較的よく見る光景だが、彼女が腕を組んでる相手は、見間違いでなければ、俺の自称親友真緖ではないだろうか。
俺が口をあんぐりさせて彼らを凝視していると、俺と目が合った彼は、これでもかと絶望していた。そして美貴さんは俺に気づき、意味ありげに笑うと、奴の肩をぽんと叩いた。
「まぁまぁ上手かったぞ」
恐ろしい捨て台詞を吐いて彼女が見えなくなり、俺は全てを察した。俺はかける言葉が見つからず、とりあえず真緖の前で、無意味に何度も頷いてやることしか出来なかった。
「…おめでとう。」
「おめでたくねぇよ!見てくれよ、財布の中一円もねぇよ!つうか俺のキャッシュカードどこだよ!!」
男友達が泣くのも嫌だが、知り合いと友達がそういう関係になるのも何だか妙に嫌だ。しかし過ぎてしまったことはどうしようもない、コーヒーを驕ってやっても、パンまで買ってきてやっても、真緖の表情から絶望が晴れることがなかった。
「あんなつもりじゃなかった…あんなつもりじゃなかった…」
これじゃまるでこっちが女だ、俺は自分が悩んでいるのも忘れ、真緖に同情心が芽生えた。
「何があったんだよ」
「聞いてくれるか!?」
「朝飯までおごってやってタダで帰れるか!」
-その日、俺はちょっとだけ荒れていたのです。
-都内在住、Mさんの証言。
その日、俺様は彼女の誕生日プレゼント目がけ一生懸命走っていたのです。彼女の欲しい物は当然調査済みです。しかしそれが高かったんです、まぁブランドものの指輪ですから。でもいいいのです、彼女の笑顔に勝る物、プライスレス…おい、帰ろうとするな。
それで俺は彼女の指に直接はめてあげたくてそのまま持って帰ったのです。お客様、箱を付けないと返品が出来なくなりますがよろしいですか。
ノンノン、俺がそんなことするわけないじゃないですか。スキップでね、鼻歌なんぞ歌いつつね、俺が彼女の家へ訪ねようとしたんですよ。そしたらば彼女からの着信が。あららどっきりがばれちゃったかしら、俺が軽い声で電話に出たらですねあなた。
―ごめん、別れよう。
は、って話でしょう。付き合ってまだ一ヶ月経ってないんですよ、ラブラブですよラブラブ。昨日も一昨日も先週もらぶらぶらぶらぶデートして長電話して、お泊まりはちょっと早いかキャア的な話をしていたのに、いきなりですよ。俺は思わず冗談だろうって笑うんですが、彼女はやけに冷静で、どっちかといえば冷たいんですよ。
-ごめん、好きな子出来た。
あ、これ、嘘じゃねぇな、と思ったんですよ。俺様女々しくも、彼女を責めたんですよ。誕生日プレゼントも買ったからね。そしたら彼女こう言ったんですよ。
-あ、嘘、マジで?私の誕生日冬なの、本当は。でもまぁくれるんならもらう。今の彼氏に見られたらまずいから、ポストの中にでも入れといて。
まぁ殺しましたね脳内で。俺は腹が立って、腹が立って電話をぶち切って、夜の街へと逃げていったわけですよ。飲んで飲んで飲まれて飲んで、今日は朝までやるぜヘイヘイヘイ。
そこでね、俺に話しかけてきてくれたのが美貴さんだったんです。身も心もボロボロの俺の前に女神降臨、俺は彼女に全てをぶちまけ、そしてまばたきしましたらね。
なんとびっくり、ホテルで、裸で彼女と寝てました。
「………3点」
「ひっく!何点満点だよ、何点満点でも凹むわ!」
わ、っとまた泣いた真緖が、机に突っ伏した。
「あーもう…死にたい死にたい死にたい」
「そうだな、お前が死んだ方が地球に優しいだろうな」
というか美貴さんは、働いてるとこの店長が好きだと思っていたんだが-それこそ下世話な話だが-俺が目を泳がせていると、真緖が深海魚のような目つきで俺を見ていた。
「で?お前は何があったんだよ。お前が優しい時は大概怪しいからな。言えよ」
「…いや、俺は大したことじゃ」
俺が大体のあらましを話すと、なぜかもう真緖はすっかり元気回復し、それどころか爆笑してやがった。
「最高…お前最高!俺が大人の階段登って転げ落ちてる間に何やってんだよお前!中学生か!少女漫画か!いややっぱお前は外さねぇわ!」
「あーそうかよ、そらよかった」
やっぱり話すべきじゃなかった、俺が軽く後悔していると、真緖が少し真面目な顔をしていた。やっぱり笑ってはいたが。
「けどさ、いい加減に、いい加減にした方がいいぞ」
「日本語しゃべれ」
「お前もな。日本語で、はっきりさせてやれよ。向日葵ちゃんが大事なのは分かるけどさ、何もしてないって事は、出来ない何かがあるんだろう。体が全部じゃないけど、結局それがないと続かんだろう。続けていくつもりないんなら、残酷なだけだぞ」
分かっている。分かっている。けど俺は、あいつと肉体関係になることも、離れることも、どちらも選べないんだ。あいつが花だからか。否違う。
「…っ、ぐ、偶然ですね!?」
「そうですね!」
明かに待ち伏せていた風の彼女をお断りできない、俺は、ヘタレで情けないからだろう。
炎天下で何時間か待っていたんだろう彼女を冷たくあしらえず、俺は並んで駅まで歩いた。何やってんだ俺。顔色が悪いような気がした為、俺は家まで送ることを申し出た。彼女は断ってはいたが、嬉しそうだった。どうやらまた掘らんでいい墓穴を掘ったらしい。
「こ、ここです」
「…いい家だね」
小学生みたいな感想しか出なかったが、彼女は律儀に照れてくれた。どこにでもある普通の一軒家。彼女は家と俺の間に踊り出て、恥ずかしそうに顔を上げた。
「あの…よかったら、上がりませんか?アイスコーヒーあります」
「…あー」
アイスコーヒーは魅力的だったが、家の中に恐らくお母様だろう女性の影が見えた為、俺は高速で首を横に振った。何て紹介していいものやら分からん。
「いや、ありがたいけど、バイトあるし。それじゃあ-」
「-あらお帰り。お友達?」
「ママ、ただいまぁ」
真緖ではないが、俺も一回くらい死んでおいた方が地球に優しいのかもしれん。どうしてこんな大事なことを忘れているんだ。俺は壊滅的に間が悪いことを。
「嬉しいわ、この子が男の子連れてくるなんて」
「ははは…」
やばい、やばい、何がやばいって俺の心臓だ。なんでこんなに緊張してるんだ、おつきあいしてます宣言をしに来たわけでもないのに。
「もうママ恥ずかしいから止めて」
「あんたこそいつまで制服でいるの。着替えてらっしゃい。ほら」
「…はぁい」
彼女は少し拗ねたような顔で、奥に引っ込んだ。お母様と二人で余計いたたまれない俺に、彼女はやたら笑顔で、飲み物やらお菓子やらくれた。
「お構いなく」
俺が知ってる限りで礼儀のいい言葉を吐くが、彼女は次から次へとお菓子を出してくれた。万年腹減りの若さが憎い、お約束に腹が鳴りやがった。
「あらあら、晩ご飯も食べていく?」
「いえ、すいません、大丈夫です」
そうなると高確率でお父様とも会ってしまう。あんなに可愛いお嬢さんだ、お父さんも心配だろう。俺が父親なら、こんな馬鹿でかい大学生がいきなりいたら、お友達だろうがなんだろうがとりあえずたたき出す。
「すいません、ごちそうさまでした。俺、そろそろ」
ここは落ち着かない、俺がさっさと逃げようとすると、お母様が俺の服を引き留めた。
「あら、じゃあせめてお土産持って帰って。お父さんがいっぱい持って帰ってくるんだけど、あの子お菓子食べれないし、私たちもあまり食べないし-」
ごろん。
お菓子棚から転がってきたのは、可愛い包みにくるまれた、土団子だった。
例えば。ダイエットでお菓子を控えてるとしよう。例えば。まだ幼心が残りまだ土団子を作っていたのだとしよう。例えば。実は幼い妹さんがいたとしよう。例えば。その団子がまるで噛みついた後のようだったとしても-例えば。例えば。
俺の周りに花がいなければ、俺は想像さえ出来ず、以上のいずれかで片付けていただろう。しかし俺の周りには花がいた。否、花しかいなかった。
ああ-やっぱり『そう』だったのだ、と俺は思った。安心しているのか、絶望しているのか、もし安心していたとしたら、もし絶望していたとしたら、誰の何に対してそう感じているのか、自分が自分に聞きたかった。
彼女は震えながら土団子をたくさん抱え、大きく大げさに笑った。
「やだ、あの子の小さい頃の、まだ持ってて…」
「え、と…大丈夫です。俺の家にも、います。土が大好物の、女の子」
「…っ」
俺はどうやら、老若男女関係なく、泣かせてしまう名人らしい。
少し落ち着いたお母さんは、俺にぽつりぽつりと話し始めてくれた。
「あの子を始めて見たのはもう何年前になるかしら…娘が帰ってきたみたいで嬉しくて嬉しくて。お父さんも、最初は気持ち悪がってたけど、何年か前から、本当に可愛がってくれ始めて」
「…娘さん?」
「…本当の娘は…今のあの子くらいの年に…」
俺は喉の奥で小さく叫んだ。俺はどんだけ空気を読まないスキルを上げれば気が済むんだ。
「すいません!俺」
俺の謝る声が聞こえたか聞こえずか、彼女は両手で顔を覆いながら、わっと泣いた。
「親戚中からお金借りてまで進学塾やったのに、三日でそこの先生と出来ちゃって、盗んだバイクで逃げ出して、それからもう音信不通で、やっと連絡繋がったと思ったら、子ども出来たから金貸してくれって!実の娘じゃなかったから殺してるわよ!」
「ご愁傷様です!!」
結局お菓子をたくさん頂いてしまった。俺がお母さんに挨拶して出て行くと、外から死角になっているところで、彼女を見つけた。泣きながら食べているのは土だった。俺に気づくと、彼女は大きな目に涙を溜めた。
「あ、あの…私…っ」
「…俺さ。マカロンが流行ったとき、もらったんだけど。全然美味いと思わなかったんだ」
「……え?」
「いつか流行るかもな。土スイーツ」
花でも人間でも関係なく、溢れる涙は美しい。そして懸命に人間を振る舞う彼女の為にトリュフと見えなくもない土団子を常備している母親の愛も美しいと思う。
けど俺はやっぱり、何回殴られても、どうやっても美しさの足元にも及べないだろう。こんなに泣いてしがみついてくれてる花にかける言葉もなければ、抱き返すことも出来ない。
そんなに殴るな向日葵。痛いから。ここにいないだろ、お前。