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浮ついた俺 猟奇的になった花



  向日葵は家を飛び出すことはしなかったが、恐らく拗ねているのだろう、花の姿に戻ったままだった。どういうカラクリか知らないが、なんだかよく分からない衝動のあまり俺はうっかり抱きしめてしまった。抱きしめれば人間の姿に戻ってくれるだろうと自惚れた俺が正直恥ずかしい。抱きしめた後のこいつは、元の花のままだった。このままの姿でも支障がないといえば支障がないし、これが本来の姿だといえばそうなのだが、今の今まで人間だった奴が急に花になられたら何だか落ち着かない。

 俺が向日葵に向かって正座すると、器用に茎がそっぽを向いた。

 「…なぁ、おい。どうしたら機嫌治すんだ」

 茎はまだそっぽを向いたまま。

 「向日葵」

 俺が強めに呼ぶと、向日葵の茎がゆっくりとこっちを向いた。

 「…してるって言ったら」

 「あ?」

 「愛してるって言ったら、許してやる」


 怒りと羞恥が一気に顔に登り、これほど赤くなったのは産まれて始めてだったかもしれない。俺の硝子の心臓が割れたらどうしてくれる。


 「…っ、あのなぁ!言えるわけねぇだろ!男はそういうのほいほい言わねぇんだよ!」

 「でも女はほいほい聞きたいんだぞ!」

 「ああもう面倒臭くなったなお前も!俺は絶対言わねぇからな!」

 「じゃあもういい!ここでずっとこうして光合成しとく!」

 茎が折れるんじゃないかと心配するほど、またそっぽを向かれた。なんつう脅しだ、俺はゆっくりと諦めていった。花でも何でも、男というのは女のこういう脅しには敵わないように出来てるんだろう。

 「………っ、愛してる」

 「気持ちがこもってない」

 「~!お前なあ!気持ちの込め方なんて分かるか!自慢じゃねぇが、こんなこと産まれてこのかた一回も言ったことねぇんだぞ!」

 「え…ってことは、私が始めてか?」

 「そうだよ!」

 何がツボを突いたのか知らないが、向日葵は機嫌が良くなったどころか良くなりすぎて、テンション高くあちこちから土を振り落とし始めた。

 「ヤナ、もう一回聞きたい!」

 「だぁああああ!ああもう、愛してるよ!」

 「もっかい!もっかい!」

 「愛してる!愛してる!!」


 なんだか気配がして、俺が嫌そうに振り返ると、予想は当たり、そして予想していた中である意味一番最悪な人がそこにいた。ものすごく嫌な笑顔で笑ってるその人は、美貴さんだった。

 「…とうとう、頭までやられたか童貞ヤナ」

 「あ、美貴お姉ちゃん!」

 「美貴さん、勝手に入るなとは言いませんが、せめてチャイムくらい押しましょうよ!」



 「面白すぎるから、動画サイトに投稿していいか。花にひたすら求愛し続ける男」

 「わけの分からない知恵付けないで下さい」

 美貴さんはきっと今仕事が終わったのだろう、もう人間の姿に戻った向日葵の頭を撫でながら、低く笑っていた。

 「おい向日葵、何か変なことされそうになったらすぐ叫べよ。ここの壁超薄いから、すぐ助けに行けるからな!」

 「分かったぞ!」

 「安心して下さい、そんなことは絶対ありません」

 「どうかなぁ。言葉っていうのは魔法だぞ、ヤナ」

 普段は頭が悪いくせに、こういうときだけ美貴さんが何を言いたいのか分かってしまった。少なくてもその考えが浮かんでしまい、消えることはなかった。俺が睨んで返事して向日葵の手を引いていくと、美貴さんはずっと笑っていた。



 言霊という言葉がある。言葉というのは、適当で、発作的で、そのくせ力がある。咄嗟に言った一言が破滅を呼ぶこともあるし、何でもない言葉が時としてとんでもないことを呼び寄せることがある。思い込み、とはまた違う気がするが、毎日毎日可愛いと褒め続ける女性が本当に綺麗になっていくように、何度でも、何度でも、愛を告白したら。

 「ヤナ、どうした?顔赤いぞ」

 「暑いからだろ」

 そして厄介なことに。同じくらい気のせいだと言い聞かせても、その思い込みはなかなか消えないものだ。だから面倒なんだ、女も、勘違いだらけの恋も。



 真緖にこんなことを相談したら、話がどんどん飛躍して結婚式の手配までされそうな勢いなので、仕方なく樫田に相談した。今更だが、俺は友達運がないのではないのだろうか。

 「…総評すると、惚気話かい」

 「違う!」

 いや、恐らく俺の人を見抜く能力が壊滅的に欠けてるところだと、少なくても今は思おう。例え美味しい水をおごらせられても、一応話を聞いてくれてるんだから。

 「くどいようだけどさ、向日葵ちゃんとは何もしてないんだよね」

 「してねぇよ」

 「何もないのに面倒見てるんだよね」

 「見てるつっても水と土だけだ」

 「いや、お金とか素性とかは関係なしに。人間の姿をしているものが、思い切り生活の場所にいるわけでしょう?自由気ままに一人暮らししてたのに」

 こいつは。いつも話が訳分からんくせに、どうでもいいところで核心をついてくる。

 「一体何が目的なんだ、申し訳ないが、ただのボランティアとは思えないぞ。君はそんな思い切りお人好しキャラではないからな。どっちかっていうと、ツンデレ幼なじみキャラだ。興味ないふりして、ここぞって時にヒロインを」

 「人を意味不明なキャラ分けするな。何が言いたいんだよ」

 「ヤナ君こそ、何がしたいんだ」

 正直な話、それは俺が一番、俺に聞きたい。

 「………最終的に、種くらい食わせてくれるかもしれねぇじゃねぇか」

 「うわ、この人嘘が下手だよ!どうしよう、ツンデレの上に萌えがついた!売れる!売れるよヤナ君!」

 「だから、どこにだよ」



 校門前にすごい美女がいる-なんて噂を、真緖が喜んで持って帰ってきたため、俺は慌てて全ての講義が終わりなり、全速力で校門へ向かった。すると待っていてこちらへ微笑んだのは、予想外の人だった。

 「こんにちは、ヤナ君」

 「…こんにちは」

 そういって儚げに笑うその人は、菊川さんだった。なんで、という言葉は聞けない。この人は悪い意味ではなく、なんだか苦手だ。綺麗で儚すぎて、一緒にいて何だか落ち着かない。別にそういう服を着ているわけでもないのに、目のやり場に困る。綺麗すぎて、見ているのさえ申し訳ない。

 「どうしたんすか、今日は」

 「うん、実は祖父の誕生日なの。でも何がいいか分からなくて…私、人間の友達、あなたしかいなくて。迷惑だったかしら」

 「いえ…けど、俺も無難な贈り物なんて」


 ふとすごい音がして嫌々振り返ると、やはりというか何というか向日葵がいた。彼女はチワワのように目やら口やらぷるぷる震わせ、ついでに体も一緒に震わせていた。そして彼女の手から本が落ちる落ちる、見間違いでなければ結婚式特集ばかりだった。

 「いや、違う」

 いや、何が違うんだ俺。しかし言ってしまった手前どうしようもなく、違うんだ、ともう一度言うと、向日葵はぱっと笑顔になり、俺に飛びついてきた。あまりの速さにときめき通り越して痛いだけだったが、花になられるよりマシだ、俺は咳き込みながら、彼女の背中を軽く叩いた。

 「すいません、菊川さん。こいつ連れてっていいっすか」

 「…」

 「…菊川さん?」


 ぶん!!

 

 「うわっ!!」

 俺が本能的に思わず避けると、菊川さんはどこから出したのかさっきまで俺の頭があったところに凶器があった。見間違いでなければ金属バットだった。

 さすがに俺が怒り叫ぼうとしたが、それはすぐに引っ込んだ。いつもの彼女はどこへやら、彼女はホラーアクション女優より恐い顔をしていた。あまりの恐怖にさすがの向日葵も俺にしがみついたまま声も出さない。

 「…死ねばいいのに…死ねばいいのに」

 「はい…?」

 「いえ…この場合死ねばいいの私かしら。バカみたい…私バカみたい、花のくせに美容クリーム縫って、お肌のシンデレラタイムしっかり守って、冷水で顔洗って、ばっちり化粧して、おばあちゃんに買ってもらったばかりの服着てオシャレして…何時間も何時間もヤナ君待ってたのに…なんでなんでなんでなんで…死ねばいいのに、死にたい死にたい死にたい!」

 「あの菊川さん!?」

 色々つっこみたいところ満載だが、とりあえず恐すぎる。今にもバットで自分の頭を殴打しそうな彼女に、一歩、また一歩近づこうとすると、いつからいたのか、なぜか草をばりばり食べながら樫田が立っていた。

 「ふぁに?菊ちゃん、ヤナ君のこと、好きなの?」

 その言葉が地雷だったらしく、菊川さんは白い顔を熟れたトマトのように赤くすると、ものすごい勢いで走っていった。どうでもいいが世界狙えるのではないかと思うくらいの走りだった。俺が樫田を睨もうとすると、もう彼女はいなかった。

 「おい向日葵。もう大丈夫だぞ」

 しかし向日葵は離れず、ひたすら首を横に振っていた。そこには演技も何もなく、ただ純粋に怖がっているように見えた。俺も強くは言わず、そのまましがみつかせた。俺も俺で、恐かったのだ。



 またどうでもいいが、帰りに女子高生らしき人物に手紙を渡されるなり、逃げられた。中身は言わずもがな。彼女は何の花か知らないが、まぁ言えることは。

 「美貴さん、俺から何か出てるんでしょうかね。土フェロモン?」

 「どうしたヤナ。シモと一緒に脳まで腐ったか?」


 年上でなければ殴りたい美貴さんの罵倒を受け、少し落ち着いた。また向日葵に恐怖の夕飯を作られてはたまらないので、今日は豪勢にコンビニのラーメンを買ってきた。何が違うかだと、コンビニ限定で具が多いんだよ。

 向日葵も疲れて腹が減っているのだろう、俺の膝の上でさっきからずっと水を飲んでいた。重たいが、好きにさせておいた。

 「なぁ向日葵」

 「う?」

 「お前その…っ、俺のどこが、す」

 好きなんだ、とはさすがに聞けなかった。

 「どこがそんなに気に入ったんだ?助けたからか?」

 「…言わなきゃ、駄目か」

 「…いや」

 この体制で、そんな赤い顔で、そんな目で。どんな理由を言われても、きっとその後は向日葵の望まない展開になってしまう。俺が話を変えようとすると、無情にもバイトが始まる時間になった。



 明けない夜はないように、始まらないバイトもない。なんのこっちゃ。

 ともあれ俺は、赤い顔というよりはどちらかといえば青い顔でバイト先へ向かった。樫田のボケがいらんことを言わなければそれほど気まずくはならなかったが(なかったらなかったでその後どうなっていたか恐怖で考えることも出来ないのだが)とにかく足が重い。憂鬱とはこういうことだろう、しかし俺は今ある恐怖より明日の金の方が大事だ、俺は勇気を出してドアを開けた。

 「お疲れ」

 「お疲れっす」

 普通に振る舞えば振る舞おうとするほど不自然になる、俺が挙動不審に店内を見回していると、先輩に見つかってしまい、しかもわざわざこちらまでやってきてくれた。

 「どした?」

 「あ、いや…えっと、菊川さん、今日、休みでしたっけ」

 「ん?彼女に用事?今日倒れちゃったから、医務室だよ」

 「………は!?」



 幸か不幸か比較的店が暇だったため、仕事を割と簡単に抜けられた。医務室をノックし、そろそろ開けると、そのまま閉めようかと思った。トマトのように顔を赤くした菊川さんが、狂ったように砕いた氷をひたすら口の中へ運んでいた。よく見れば首まで赤い。

 「大丈夫ですか?」 

 明かに大丈夫そうでもないのに他に言葉がなかった。菊川さんはこちらをちらりと見、そしてそのまま突っ伏してしまった。

 「何か欲しいものありますか?」

 「…ん」

 「え?すいません、よく聞こえなかった」

 「ヤナ君」


 「すいませんよく聞こえません!あ、バイトだ、もう!!」

 「ヤナ、うるせぇぞ!ついでにお前の休憩あと5分あるぞ、戻ってくんなよ!ホール埋まるわ!」



 お前自身を埋めてやろうか、という叫びはさすがに我慢した。空気読みまくりの先輩の助言のおかげで、俺は医務室から逃げられなくなってしまった。何となく姿勢を正して椅子に座ると、またちらりと菊川さんがこちらを見てきた。顔が赤くて目が熱っぽいせいか、また顔が見れない。

 「同情?」

 まぁそう思われても仕方がないが、俺は肯定も否定もしなかった。彼女の俺への気持ちを知っていて、なおかつ俺は応えるつもりもないのなら、何を言っても同情になるだろう。それでも何か言わなければと思っている。俺は世間的にどれだけ酷い男になればいいんだ。

 

 -浮気か、ヤナ!


 なぜか向日葵の声が聞こえてきた。叩きつけるように飛びつかれてもいい、ぶっとび料理でもいい。もう何でもいいから。



 突然だが、浮気の定理は人それぞれだ。二人きりで食事、キス、セックス、色々あるが、言葉の意味そのものを調べると、もう気持ちが浮ついただけでそれはすなわち浮気なのだと。

 なら俺はもう、先ほどから浮気しっぱなしなのだろう。

 早く向日葵にでも殴ってもらわなければ。胸が静まらない。

 「でも、ありがとう」

 どうして、この人はこんなに綺麗なんだろう。震えるくらいに。




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