表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/31

それから


 それから、何が変わったということはない。俺と向日葵は交際したての中学生のようにドキドキしてたが、そんなものはすぐに慣れたが、さすがに寝るとき向日葵は押し入れの中に突っ込み始めた。最初は文句たらたらだったが、数日すれば静かになった。そして俺の家に泊まっていたかすみはすぐに出ていった。が、毎日遊びに来るのであまり変わらない。



 「はい、これ、お土産。感謝して食べなさい」

 「これはこれはありがとうございます」

 かすみが今日持ってきたくれたお土産は漬物、ご飯が進みそうだ。明らかに人ん家のタッパ―、かすみがまだパパのところに帰ってないことはすぐに分かった。

 「お前、今、どこに泊まってるんだ」

 「とりあえず、菊お姉さまのお家に。他にも友達いっぱいいるんだけど、どうしてもって言うから」

 がしゃん、と、漬物を冷蔵庫に入れようとして失敗した。その背中を見るかすみの視線が痛い。どんな顔してるか想像はつく、だがしかしふり返れない。

 「…げ、元気?菊川さん」

 「超元気よ。あんたに会えないくらいで枯れちゃうかと思った?おあいにく様。ついでに、おじいさまおばあさまも元気よ。私に毎日毎日しみったれたご飯を作ってくれるし」

 「そうかそうか、飯が美味くて太ったのか」

 「ふ、太ってない!これはこういう服なのよ!」

 「そうか、おばあさんが喜ぶから化粧も控え目か。いいことだ」

 「あんた、ちょっとは話聞きなさいよ!」

 ぎゃあぎゃあ暴れるかすみをどうどうと抑えつけていると、買い物に行かせた向日葵が帰ってきた。今日も無事に買えたと満足気に帰ってくるなり、かすみがいるのに気付いて顔を真っ青にさせた。忙しい奴だ。

 「ま、またいるのか、かすみ!正妻のいぬ間に、ヤナといちゃいちゃ!間男か!かすみは女だから、間女なのか!?」

 「うるさいわね、ちょっとくらいいいじゃない!ちょっとくらいいちゃつかせてくれてもいいじゃない!」

 「いちゃついてねえよ!…お帰り、向日葵」

 「ただいま!」

 タックルするように俺に抱きついてきた向日葵と、かすみが顔を見合わせるなり、お互いいーと歯を見せあって威嚇する。こいつらも仲良くなってきたもんだ。買い物袋の中を見て、俺は満足げに頷く。豆腐の絹と木綿を間違わなくなってきた。

 「お前、パパには連絡取ってるのか」

 「もちろん。最近仕事が忙しいみたいで、もうあんまり帰ってこい帰ってこい言わなくなったわ。今、奴隷が入りそうな牢屋を開発中みたいで」

 「ははは、誰を入れるつもりかなあ、それ」

 もし町でばったり会うことになったらダッシュで逃げよう、と情けないことを決めた俺は、昼飯を作ることにした。食べる人、と聞くと、かすみと向日葵が元気よく手を挙げた。



 突然だが、大学の友達というのは、連絡を取り合って会ったりしない限り、学友とは下手したら月単位で合わなかったりする。学年を重ねるごとに必修単位が減っていくと尚更だ。

 そういえば真緒としばらく会ってねえな思いながら俺が大学の教室に入った。まだ授業までずいぶんある。俺が読みもしない教科書を開いたり閉じたりしていると、隅に真っ白くなってる真緒がいた。

 やばい、近づきたくない、と思ったが、好奇心の方が勝ってしまった。俺が話しかけると、真緒が真っ白な顔を上げた。これはもしかしてもしかしなくても―

 「よう久しぶり。美貴さんと喧嘩でもしたか」

 さすがに別れたのか、なんて聞けなかったからそう聞くと、真緒が首を横にゆっくり振りながら、重そうに口を開けた。

 「…んした」

 「…え?何?」

 「にんしんした」

 叫ぶのを我慢した俺は、すごい勢いで真緒を大学内の喫茶店まで拉致った。ちょうどきた教授に呼び止められた気がするが、とても返事出来なかった。



 学生お変わりし放題の珈琲を水のように飲み、真緒の顔がようやく白くなくなった。相変わらず変な顔をしているが。どちらかというと、こっちが妊娠したみたいだ。そういえば、こいつ、美貴さんとやっちまったときも、こんな感じだったな。

 「妊娠…1か月だって…たまたま風邪気味で病院行ったら…」

 「そ、そうか」

 「俺、まだ学生だし…美貴さんが、赤ん坊諦めてもいいなんて言ってくれて…けど、俺、俺、そんなこと、言えなくて」

 「うんうんそうだな、泣くな」

 ただでさえ男2人で目立つのに、一人泣いてたらめっちゃ目立つ。俺がテーブル備え付けのティッシュを差し出すが全然足らず、見かねた店員さんがタオルを持ってきてくれると、真緒が派手に鼻かんだ。

 「んで…両親に言ったら………・殴られた」

 「…まあ、そうだろうな」

 「んで…大学辞めて、結婚して働きたいって言ったら…もっと殴られた」

 「そうだろうなあ」

 俺は冷静に返事しながらも、珈琲を持つ手をガタガタふるわせていた。まるで自分のことのように、怖い話だからだ。どうせ童貞だけどな。だからこそ妄想力半端ないんだよ。

 けど。その100倍くらい嬉しかった。

 「…何だよ、その顔…」

 「…い、いや…美貴さんの子供だから、すげえ美人だろうなって」

 「へへ…へへへへへ」

 「へへへへ」

 肩を震わせながら2人で笑う。俺らはまだ学生だ。父親になるのは不安すぎる。それでも、まだ見ぬ真緒と美貴さんの子供が楽しみすぎた。無計画にも無責任にも、ただ、幸せだった。



 今、美貴さんはとりあえず真緒の実家に住んでるらしい。真緒はすげえ嬉しそうに俺を家に連れて帰った。

 「美貴さんに会いたいだろ!?」

 「お前が会わせたいだけだろ」

 幸せそうだなこいつは―やれやれ、俺がおじゃまします、と真緒の部屋に入ると、驚いた。

 「おー、ヤナ。いらっしゃい」

 「…美貴さん」

 俺の知ってる、綺麗な美貴さんは更に上書きされた。ちょっと顔色悪いけど、最高に綺麗になっていた。これじゃ嫌味も言えそうにない。俺が向かいに座ると、美貴さんがお茶を入れようとしてくれると、真緒が、俺がやるからと飛び出した。早くも尻に敷かれてる。いや、体を気遣ってるのか。

 「出来ちゃった」

 「そうみたいっすね」

 照れたようにお腹を優しく叩く美貴さんは、少女のようで、見てるこっちが恥ずかしくなった。けど、今にも泣いてしまいそうなほど、危うかった。

 「あいつ…本当に馬鹿だよな。おろせって言えばいいのに…結婚するって…学校辞めるとまで言い出して…親御さんが止めてくれたけど…っ、どうしようヤナ…私、子供産むことなんて考えたことなかった…ちゃんと産めるかな…ちゃんと人間の子になるかな…真緒も…ご両親も…すげえ楽しみにしてくれてるのに…」

 「大丈夫です」

 思わず肩をつかんだ俺を、美貴さんが涙を溜めた目で、驚いて見てた。

 「俺が生き証人です。俺の母親、花でした」

 「…っ、そうか…そう、か」

 それから美貴さんは崩れるように泣いてしまった。ずっと張りつめていたものが解けたのだろう。俺が慌てて支えると、ちょうど帰ってきた真緒が俺の頭をお盆で殴打した。



 よし、新婚家庭からはとっとと帰るに限る。お茶飲んですぐに帰り仕度をする俺に、真緒は塩をまきそうな勢いだった。

 「じゃあ、帰るわ。幸せにな」

 「おう帰れ帰れ!このお花ちゃんキラーが!」

 「お花ちゃんキラーって」

 そういえば、こいつには―さすがに言った方が、言っといた方がいいだろうな。うん、言った方がいい。

 「…あ、あのさ…そのことなんだけどさ」

 「あ?うん、聞こえた。お前の母ちゃん、花なんだって?」

 それは、お前の母ちゃん、風邪なんだって?みたいなテンションで聞かれて、なんだか怖かった俺の気持ちは零れるように消えてしまった。

 「美貴さんの体調が落ち着いたら、遊び行っていいか?色々聞きたいし」

 「…っ、ああ。母さん、すげえ喜ぶよ。客、大好きだしな」

 全く、今日は忙しい日だ。何度泣きそうになれば気が済むんだよ。俺は鼻歌交じりに帰りそうになって、抑えるのに大変だった。



 「ええ、赤ちゃんが!?」

 「まだ産まれてないけどな」 

 「そっか…そっかあ」

 向日葵と皿を洗いながら、美貴さんの妊娠を教えると、向日葵もすげえ嬉しそうだった。それこそ、頭から花が咲きそうなくらいにご機嫌だった。

 「…わ、私とヤナのところには、いつ、こうのとりが来るかな?」

 「ああ駄目だ、こうのとりは今忙しいからな。予約が10年先までびっちりだ」 

 「ふおおおおお!」

 「抱きつくな、皿が洗えないだろ!!」



 男というのは単純だ。仲のいい真緒が身を固めたのを見ると、急に意味不明の焦りが生じた。俺もいい加減、いい加減-そんなことを考えていたら眠れず、俺は深夜、コンビニに行った。適当に立ち読みして、買いもしない飲み物をぼーっと見ていると、ふと、店の外から悲鳴が聞こえた。

 俺が野次馬根性で外を見に行くと、何人もの男に女性が囲まれていた。暗くてよく見えないが、すげえ美人だ。嫌がる女性を、男たちが引っ張っていた。

 「いいじゃん、ちょっとだけ」

 「は、離してください!」

 うわー、こんなにこってこてのナンパがいまどきあるんだな。しかし目を凝らして見ると、近くに大きな車がある。男たちの車だろうか、さすがにあそこに無理やり乗せられてはまずい。俺は少し迷ったが一歩前に出た。

 「あの、離してあげて下さい。嫌がってるじゃないですか」

 「ああ!?」 

 男たちが分かりやすく俺に威嚇するが、俺は自分の長身と目つきの悪さを最大限に利用していたため、怯んでくれた。よし、そのまま帰ってくれ、と思っていると、後ろからいきなり殴られた。まだ仲間がいたのか。俺は情けなくもへたりこむと、俺が喧嘩が弱いと分かるなり、男たちは囲んでフルボッコにした。



 女性の悲鳴により近くにいた交番のおまわりさんが助けに来てくれて助かった。無事だった女性は俺に何度もお礼を言っていたが、頭が痛すぎて聞こえなかった。とりあえず乱暴に包帯を巻かれた俺は、おまわりさんの向かいに座らせられていた。

 「君ね、正義の味方もいいけど、ああいうときは人を呼ぶとか、大きな声を出すかしないと。もっと大きな被害が出たらどうするの」

 「すんません」

 「おじさんみたいに、警察の格好してるならともかくねえ」

 包帯だらけの自分の顔が鏡に映り、自分で笑ってしまいそうになった。俺はこんなこと、する奴だったか。少なくても、見て見ぬふりをしてただろうに。もしくは、人を呼んでただろうに。

 おまわりさんに気をつけて帰りなさいと見送られ、俺は帰った。ふと警察署の横に、警察官募集の紙が見えた。



 「ヤナぁああああああ!!」

 「いていていて!」

 「どうしたんだ、この怪我!敵襲か!?」

 「ちげえよ」

 つうかどこの敵だよ、物音に目が覚めたのか、ずっと起きて待ってくれてたらしい向日葵をあしらいながら、俺は水道水を一気飲みした。そして、ゴミ箱の中を覗き、丸めて捨てていた進路調査の紙を取り出した。

 「お、ヤナ、進路決めたのか?お婿さんか?」

 「馬鹿。いいから、早く寝ろ」

 一緒に寝る一緒に寝るやかましい向日葵を押し入れの中に押し込み、俺は進路調査の紙のしわを伸ばし、ボールペンを取り出した。



 翌日。俺のXデ―。

 「お、ヤナお帰り!早かったな」

 「ああ。向日葵、ちょっとここ座れ」

 「お、なんだなんだプロポーズか?!」

 嬉しそうに笑っていた向日葵が、じょじょに真剣な顔になって、俺の向かいに座った。俺はなるべく緊張しないように努めたが、無理そうだ。顔がこわばってる。でも、ちゃんと言わないとな。

 「突然だがな。大学卒業したら、ここに行くことにした」

 「…ここ…」

 向日葵が紙を広げる。それは、全寮制の警察学校のポスターだった。何を見せられるか不安だったんだろう、それを見るなり、落とすように笑っていた。

 「ヤナ、おまわりさんになるのか」

 「適当に就職活動したはいいけど、なかなか…いい加減進路決めないといけないからってちょっと選択安易すぎる気がするけどな…まあ、他にやりたいことないし…さすがに大学卒業した後まで親に頼るのもあんまりだと思ってな。先生と一緒に探したら、奨学金出るのそこだけでな」

 「…ぜん、りょう、せいってことは…ヤナ、ここに住むのか」

 「ああ。さすがに通える距離じゃないからな」

 「…向日葵と一緒は…無理、だよな…そ!卒業までは!卒業までは一緒だよな!」

 そうだよな、と必死に笑う向日葵の向かいで、俺は、一緒に笑ってやることは出来なかった。どんどん笑顔が壊れて行く向日葵の向かいで、俺が先に泣きそうだった。

 「そのことなんだけどな。俺が思ってたより、すげえ難関でな。だから、俺は、死ぬほど勉強したい。だから」

 「ひ…向日葵静かにする!ヤナがいいって言うまで抱きつかないし、何なら、何なら、ずっと花の姿になったまで」

 「向日葵!!」

 怒鳴る。怒鳴るつもりはなかった。けど、怒鳴らないと泣きそうだったから。だから、必死だった。俺も、もちろん向日葵も。

 「向日葵のことが…嫌いになったのか?」

 「そうじゃない。そうじゃないんだ。ただ、俺、自分の親が花だって聞いて、お前が、お前たちが俺の傍にいてくれたのもそれが理由だって分かってから、ずっとずっとぐるぐるしてたんだ。もともとない自信がもっと、なくなった。ちょっとでも自信がほしいんだと思う。お前に待ってろなんて言わない。好きなことしていい、もちろん他の誰か好きになってもいい、ちゃんとここに入れて、ちゃんと仕事に就いて、それでも、お前が、お前たちが、俺のこと選んでくれたら、俺は腹をくくるよ」

 「…っ、警官ハーレムエンドか!」

 「だから、何でそうなるんだよ!」

 泣きながら俺と向日葵が吹き出すように大笑いすると、やがて笑い終え、向日葵がまた泣きながら、俺に抱きついた。

 「うわああああああ!ヤナ!ヤナ寂しいよ!」

 「俺だって寂しいよ!」

 「うわああああ…」

 泣いて、笑って、また泣いて、俺は向日葵と別れた。

 




 

 -数ヵ月後。

 「行っちゃいましたね」

 「そうだね」

 空港内の喫茶店で、百合と菖蒲が向かい合ってお茶を飲んでいる。菖蒲はまた髪が伸びたが、百合はばっさりと髪を切っていた。

 「百合さん、髪、短くなりましたね」

 「ああ、これかい?別に、ヤナ君が旅立つからと言って切ったわけじゃないよ。まあ区切りではあったけどね。私は、ヤナ君のこと好きだけれど…真緒っちに子供が出来てからというもの、旦那になった真緒っちと間男ヤナ君の薄い本が出来る出来る」

 「すいません、私にも分かるようにお願いします…」

 「おっと、ごめんね…しかし。見送りに行かなくて良かったのかい」

 「百合さんだって、ここにいるじゃないですか」

 「私はいいのだよ。あんな背中した向日葵ちゃんが頑張って耐えているのに、私だけ行けないだろう」

 「そんなの、私だって一緒ですよ」

 飛行機が出ていった後も、ずっとずっと空を見送ってる向日葵の背中も、店の窓から見える。泣きすぎてぐしゃぐしゃだ。『彼』の言葉を守り、彼女はずっと彼に会ってないという。その姿は、尊敬に値した。

 「さて。私たちは合コンでも行きますか!女子高生女子高生!うひょひょひょ」

 「うわ、ちょ、ちょ、百合さん!?」

 百合に手を引かれ、菖蒲は笑った。泣きそうだったことは、もう忘れてしまった。



 見送りは、真緒と美貴夫婦だった。美貴の経過は順調すぎて、煙草を吸っていいかとずっと言っているらしく、止める真緒が大変らしい。まあ、要はのろけ話だ。

 赤ん坊のエコー写真や美貴が握ってくれたおにぎりをかきわけていると、手紙が出てきた。どこで売っていたのか、ナイフ柄の。それは、彼が予想もしてなかった人物からだった。


 『ヤナ君へ

 お元気ですか。菊川です。

 あなたと会えなくなって、どれくらいの月日が経つかしら。最初はまるで憑き物が落ちたようにすっきりして、毎日とても爽やかだったわ。ヤナ君、本当は悪霊なんじゃないかしら。

 なんて。ヤナ君の突っ込みがないと、寂しいな、と最近思いました。あなたの声が懐かしいです。顔が見たいです。離れてから、余計思うようになってきました。もう一度好きにさせるなんて、罪な男ね。

 おまけに、全寮制の学校に行ってしまうなんて、本当に罪な男。刺しに行ってやろうかと思いましたが、向日葵ちゃんと一旦別れたと聞いて、止めました。

 ヤナ君らしくない。警察官になるために向日葵ちゃんと距離置くなんて、本当にヤナ君らしくない。そんなに格好よくなってどうするの?そんなに私たちからもててどうするの?

 かすみちゃんは無事にお家に帰ったので、入れ替わりに向日葵ちゃんが一緒に住んでます。あなたが辞めた喫茶店で働いてます。彼女が心配だから私も復帰しました。安心してね。

 毎日、ヤナ君の話してるわ。かすみちゃんともしてるわ。菖蒲ちゃんとも、百合ちゃんともしてる。私たちがあなたを好きじゃなくなるなんて思った?残念だったわね。花の愛は、しつこいのよ。

 いつまでも、いつまでも、待ってるから。包丁研いで』


 包丁かよ、笑った彼が、手紙で両目を覆って眠るべく座席を少し後ろに倒した。



 ・

 ・

 ・


 

 最悪。最低最悪。土食べてるところ、男子に見られちゃった。

 「やーい!化け物、化け物―!」

 「や、やめてよー!」 

 「おまえん家、貧乏なんだろー!土ばっか食ってるんだろ!」

 「ち、違う、違うもん…」

 どうしようどうしよう、痛い、やめて、石なんて投げないで。どうしよう、たくさん泣いて喉が渇いたよ。気分が悪いよ。花の姿に戻っちゃいそうだよ。どうしようどうしよう、誰か、誰か、助けて―

 

 「こら!止めなさい!!」


 「うわ!警察!」

 「逃げろー!」


 うそ、おまわりさん?どうしよう、捕まっちゃうかな。土なんか食べて、人間じゃないから逮捕されちゃうかな。どうしようどうしよう…え、お水?

 「さ、これ飲んで。喉乾いたろ」

 「…ど、どうして」

 「ん?ああ…俺、母さんも奥さんも君と一緒だから。友達の奥さんもそう。他にもいっぱいいる」

 そう言って笑って、私をお家まで送ってくれたおまわりさんは、とても背が高くて、目がちょっと怖いけど、目の奥にとても優しい光がありました。

 好きになってしまいそうだったことは、お母さんにも内緒です。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ