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復活したらしい気持ちと俺の失言


 そのとき、俺は多分混乱してたんだと思う。二十歳過ぎて自分の衝撃的過ぎる出生の秘密が明らかになり、更にかすみからのプロポーズ。

 俺は断ることよりも、どちらかといえば、ものすごく前向きに未来を描き始めていた。かすみ父には反対されるだろうが、責任を取った方が好感度が全然違う。なおかつ彼はかすみに甘い、こいつと説得すれば、折れてくれるだろう。俺の父親はあんな感じだし、母も文句言うのが仕事みたいな人だからちょっと不安だが、かすみは猫かぶりがうまいしまあ仲良くなるだろう。なんたって出生が一緒だ。弟?あいつは美人だったら誰でも喜ぶさ。

 こいつとは出会った頃から言いたいことばんばん言い合ってきたせいか、喧嘩してるところも、家庭が出来てまた喧嘩したところも、子供が出来てまた喧嘩してるところも容易に想像できた。何だか喧嘩してばっかだが、それでもそれなりに幸せで暖かくて―何より、怖かった。

 何が?脳だよ。俺の脳だよ。


 

 「…ヤナ?大丈夫?」

 一体俺はどのくらいの時間、この妄想を思い描いていたのか、かすみからも心配される始末だ。ちょっと落ち着け俺落ち着け、よし落ち着いてきた。

 「お前こそ大丈夫か、何でいきなりプロポーズなんだよ」

 「パパがヤナを地球外に追い出すなんて言い出すから…だから、ヤナにそんなことするなら私死んでやるって騒いだら…何か、すごい勢いで結婚招待状作りだしちゃって…」

 それか、俺の父親が持ってたものは。何をどういう金の使い方したら、当日、遠い父の元へ届くんだ。もったいない。

 「それでか?」

 「だ、だって…しょうがないじゃない!私とあんた、あんなことになっちゃったんだし」

 「何もなかったんだろ?」

 「何で知ってんのよ!!」

 「童貞力舐めんな!!」

 いや本当いうと美貴さんに言ってもらうまで自信なかったんだけどな、まあ、それは言わない。汚い男だとも何とでもいえ。

 「けど…パパにあんなところ見られたら、何もなかったじゃすまないわ…パパは本気よ。結婚しか、ヤナを救える手段はない」

 「お前はそれでいいのかよ」

 「いいに決まってるでしょ。私はあんたのこと…ぺぺぺペットくらいにならしてあげてもいいと思ってるし…けど私たち喧嘩ばっかりじゃない?先に籍入れちゃった方が上手くいくと思うのよ!」

 「お前は一生のことを簡単に考えすぎじゃないのか!?」

 「一生のことだからこそ、決めたときにすぐ決めないと、死ぬまで後悔するわよ!」

 「だから何でさっきからそんな微妙に説得上手いんだよ、お前は!」

 いかん、頭が痛い。二日酔いだ。あと絶対顔熱い。これは二日酔いのせいじゃない。もう勘弁してくれ。こんな顔したかすみにこんなこと言われ続けたら、落城しそうだ。

 「ヤナ…私…ヤナのこと、本当に好きなんだけど…ヤナは…ヤナはどう?やっぱり、向日葵がいいの?」

 それは。それは、お前、俺の母親が花のせいだ。同族に惹きつけられただけだ。なんて、どうして、俺がそんなこと、こいつに言える。こんな顔したこいつに言える。

 いや、言えるさ。考えたら、こいつは最初に俺の正体を見抜いていたじゃないか。そんなのに騙されないって自分で言ってたじゃないか。そこを突けばこいつも諦めるだろう。そして俺はこいつにもさよならして―

 そして?向日葵を選ぶのか?もう俺を選んでない向日葵を?土フェロモンに騙されてるこいつと一緒になった方が、俺は幸せなんじゃないのか?


 「…ヤナ?何か言ってよ」


 最低だ、俺。結局、自分が一人になりたくないだけじゃねえか。

 「悪い…ちょっと、一人にして」

 「は…は?この流れで、このままさよならなの?あんまりじゃない?」

 「これ以上、お前の顔見てたら、ほんとに俺、最低のプロポーズをお前にしそうだ」

 そう言うと、かすみは俺の顔をはたいた。どちらかと言えば痛くないことの方が驚いた。顔を見ると、かすみは真っ赤な顔して、目に涙をためていた。

 「いいもん…勢いでも思いこみでも自分勝手でもいいもん…かすみのものになってよ!ヤナをちょうだい!」

 「お、おい、かすみさん??」

 「ヤナじゃなきゃやだああああああああ!!」

 「わあ、泣いた!ちょっとかすみ落ち着け!おちつっ」

 びいびい赤子のように大泣きし始めたかすみをどうどうと抑えつけると、さすがに声に気付いたのか、向日葵がゆっくりと近づいてきた。

 「…ヤナ?一緒にいるのかすみか?」

 「…お、おう、ただいっ」

 ただいまも言い終わらないうちに、かすみは俺に抱きついてみせた。見せつけるように。

 「招待状、届いたでしょ?私、ヤナと結婚するから」

 「お、おい、かすみ!」 

 「あんた、もう、ヤナのこと好きじゃないんでしょう?ヤナからもう、花の匂い、しなくなったもんね。成人過ぎたら、花の匂い薄れるとは噂では聞いていたけど」

 おい、止めろ、何の話だ。当人置いてけぼりで話を進めるな。ていうか、向日葵も困惑してる。

 「花…?何の話だ、私はただヤナの」

 「あら、気付いてないの?じゃあ、教えてあげる。こいつの先祖か何かに、花がいるのよ。だからあんたも、あんた以外の花も、ただ匂いにつられて、それを好きと勘違いしてただけ」

 先祖も何も超近い母親なんだがな―なんて、今、口をはさめる雰囲気じゃない。

 「じゃあ…かすみは?」 

 「私?私は花の匂いなんてどうでもいい。実際、最初、ヤナのこと大嫌いだったもの。でもどんどん好きになったの。ちゃんと、ヤナを好きになったのよ。あなたは違うって言いきれる?魔法みたいにヤナを好きになって、魔法みたいに、好きじゃなくなったんじゃないの?」

 向日葵は何も答えない。震える両手を見つめながら、そしてそれをゆっくりと、自分の胸の中で自分で抱きしめた。

 「あの部屋に…かすみとヤナが…結婚して暮らすのか」

 「そうね、私は勘当されるかもしれないし、そうするのが一番お金かからないでしょうね」

 「おい、勝手に話を進めるな!」

 やっと声が出た。口をはさめないんじゃない、単に俺が、会話に加わるのが怖かっただけだ。俺がようやくそう言うと、向日葵は震えながら、そして、大泣きし始めた。

 

 「          」


 それは耳を塞ぎたくなるような、かすみも負ける大泣き。この世の終わりみたいな。さすがに驚いたかすみが俺から離れたため、俺は向日葵に駆け寄れた。全く泣き止む様子を見せなかった。

 「な、何よ…そんなに泣いたって…謝らないから!」

 「かすみ!」

 つられてちょっと泣いてしまったらしいかすみは逃げるように走り去っていった。追えない。俺は泣きわめく向日葵の方に残った。

 「おい、向日葵大丈夫か!?向日葵っ」

 「…っ、ぶおおおおおおおおお」

 それは。ものすごく、ものすごく不細工な泣き顔で。耐えようとしたが駄目だった。笑ってしまった俺を、向日葵はぽかぽか殴る。俺はそれを抱きしめながら、笑うふりをしながら、ちょっと、泣いた。


 ばあん!! 

 「いっだ!!!!」

 「やなぁああ!?」

 「いつまでいちゃついてるのよ!さっさと追いかけて来なさいよ!!」



 知ってるか、日傘は凶器になるんだぜ。痛い。

 「ヤナ、ヤナ、大丈夫か?」

 「ああ、まあ、なんとか…」

 かなり痛かったけど、顔ぱんぱんになるまで泣いてる女2人の前で痛がれるほど、俺のプライドは低くなってなかった。帰ってきたかすみは、わがもの顔で俺の家に上がりこんできていた。向日葵は最初かすみを警戒してたが、すぐにかすみにお茶を出したりしていた。俺もさすがに落ち着かなかったが、かすみはちゃんとお茶を飲んでいたし、向日葵と目が合うと舌を出して顔を反らすだけで終わった。かなり、ほっとした。

 「こ、これ飲んだら帰るから」

 「…帰れなかったから、戻ってきたんだろ」

 「…っ」

 「お前のパパに一緒に事情説明しに行く。分かってもらえないだろうが、分かってもらえるまで、何度でも説明する。お前は、あの人の傍にいてあげるべきだ」

 「何言ってんのよ!私は、私はヤナと結婚して」

 「かすみ!怒るぞ!!」 

 「…お、怒ったらいいじゃない…っ…私のこと、めちゃくちゃに怒ったらいいじゃない…」

 「…か、かすみさん?」

 おい、ちょっと待て。何だ、その顔は。真っ赤な顔してプルプルして、何でそんな顔してるんだ。何を待ってるんだ。一体何を機体してるんだよ。

 「私のこと呼び捨てにして、泣き叫ぶまで怒鳴って、まだまだ泣き叫ぶ私を雨の中捨てればいいじゃない…そしてそれを踏みつけて捨てて…その後、何事もなかったかのように、白馬の王子様のように迎えに来たらいいじゃない…」

 「かすみさん!?」

 「馬に乗れないなら、自転車でもいいから!!」

 「妥協するのそこかよ!お前の妄想の中で、俺は一体どうなっちゃってるんだ、ああ!?お前、どSはどこやったんだよ!Sはどこに忘れてきちゃったんだ、落としたのか!?ないなら俺が探してきてやっ」

 「…そんなの…」

 何か妙な気配にふり返ると、向日葵もなぜか真っ赤な顔してぷるぷるしながら、俺とかすみの間に割って入った。それは、何だかすごく久しぶりに見る顔だった。

 「そんなの、向日葵だってやってもらいたいぞ!ヤナのドSなんて貴重なもの、私も見たい!かすみばっかりずるいぞ!」

 「何よ、あんたみたいな奴に見せてくれるわけないでしょ!」

 「どんなヤナも渡さないぞ!全部私のだ!!」


 「止めろ!!」

 頼むから。

 「…ヤナ?」

 「…っ、もう…止めろ…」

 止めてくれ。照れ過ぎて、顔が燃え落ちる。


 火傷したみたいに熱くなってる顔をどうにか上げると、向日葵とかすみがものすごく嫌にニヤニヤ笑っていた。

 「…なんだ、お前らその顔…」

 「にひひ…ヤナが照れてるぞ…かかれ、かすみ!今がチャンスだ!」

 「そうね、最初は3人でも構わないわ!」

 「構えよ!待て待てお前ら、押し倒すな!」

 これだけ騒がしくて、心臓に悪い状況は、本当にひさしびりだった。泣きたいくらいに。



 さんざん騒ぐだけ騒いで、かすみは寝てしまった。豪快にいびきをかくかすみに、向日葵は布団を着せてやっていた。途中パパから10回ほど電話があったので、向日葵が出て、友達で、かすみは泊まらせると説明していた。俺は何気なく、その様子をじっと見ていた。ふ、と、目が合うと、俺はとても顔が見てられなかった。何か、話…話…

 「…俺の母さん、花だったってさ」

 よりによってこの話かよ、俺がまた顔を上げられないでいると、向日葵は落とすように笑っていた。

 「…あ、やっぱり…そうだったか…」

 あ。そういえば、こいつは母さんに会ってる。そうだ、花同士なら、分からないわけなかったのに。

 「何で言わなかったんだよ」

 「だって…ヤナはお母さんが好きだし…お母さんだってヤナのこと大好きだし…ヤナはどう見ても人間だから…きっとお母さん、たくさんたくさん苦労したと思うんだ。ヤナが普通になるように、弟さんが普通になるように、たくさんたくさん頑張ったと思うんだ。だから、そのことを、壊したくなかったんだ………あ、あれ?何か上手く言えなかったな」

 「…いや。よく分かった」

 申し訳ないくらいに、母さんがどれだけ苦労したか何て知らない。覚えてない。けど、それは、彼女の努力の賜物だろう。もちろん、父さんも。

 「黙ってたお母さんのこと責めるなよ?」

 「責めるかよ。でも…ちゃんと、ちゃんと話くらいは聞いとかないとな。俺とお前の子供が出来たとき、困るしな」

 それは、まるで、口からぼろっと零れるように出てきた言葉で、俺はもちろんそんなこと言うつもりなかったから、自分で言って自分で驚いた。ああもう好きにしろ、好きなだけからかえ、俺が覚悟して向日葵の顔を見た。瞬時に後悔した。何で、そんなに真っ赤なんだよ、お前は。

 「女の子がいいな…ああでも、ヤナにそっくりの男の子も欲しいな…」

 「…あ、あのさあ、向日葵…お前もしかして…」

 また、俺のこと好きになってるのか、なんて。誰が聞けるか馬鹿野郎。

 「なあ、ヤナはどっちがいい?」

 「お前。俺を見て、もうドキドキしなくなったんじゃなかったのか」

 あ、こっちなら聞けた。

 「そうだな…うん…けど、今は、また、違う。最近、また、ドキドキし始てきたんだ。最初はかすみの言うとおり、花の匂いに惹かれただけかもしれないけど…それがなくなって、急にキスとかしたくなくなったけど…でも、今は、また違うんだ。ヤナ、知ってるか?ヤナは、人より背が高くて、目が怖いの気にしてるせいか、その分、人よりずっと優しくしようとしてるんだ。自然と、そうしてるんだ。人間には気付かないかもしれないけど、花はすぐ分かる。愛情に一番敏感だから、すぐ分かるんだぞ。だから、ヤナは、花にもてるんだ。私にも、もてもてなんだぞ」

知ってるわけないだろう。覚えてるわけないだろう。こいつと初めて会ったとき、どんな顔して、どんな声でしゃべってたかなんて。こいつといたら毎日あっという間で、忘れちまったよ。

 「…で、重いんだが」

 「えへへー」 

 えへへ、じゃねえよ。乗っかるなよ。こんな恥ずかしい話しながら、俺の上に乗っかるなよ。顔が近い。

 「向日葵、降りろ」

 「…ヤナ」

 おいおいおい顔を近づけつつ、目を閉じるな。近い近い近い。当たる当たる当たる!!


 があん!!

 

 知らなかった。ふすまって蹴りで開けれる上に、ぶっ壊れるんだ。

 「お腹空いた!」

 「「…はい」」

 激怒したかすみ様がお目覚めになり、俺と向日葵は正座してかしこまった。危なかった、危なかった。今、絶対、避けなかった。おまけに絶対キスだけじゃ終わらなかった。



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