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花の嫉妬と待ってもなかった出会い

 


 街角インタビューでの阿呆な質問に対して、もっと阿呆な解答。

 ―じゃあさ、どんな可愛い子が起こしてくれたら、すぐ起きちゃうの?

 ―はは、でもあんまり可愛い子だと別の俺が起きちゃいますよ!

 その気持ちは分かる。俺も所詮、年頃だ。しかし実際体験してみたらどうだ。


 「ほぉらヤナ、起きてぇ!起きないと…キスしちゃうぞ!」

 「アホか!!!」

 俺は毎朝毎朝叫びすぎて、喉が乾燥通り越してかっ切れそうだ。ついでに言えば心臓も止まるかもしれない。こうも毎朝寝起きに美少女に起こされては、俺の小さな心臓が保たない。



 人間に化けた向日葵の学習能力はすさまじく、数日で言葉を取得した。しかし美少女にあるまじき言葉遣いになったのは、これはまぁ俺のせいだと素直に認めよう。もしいつか俺に子どもが出来たら、ニュースキャスターのような言葉遣いを心がけよう。

 「ヤナ、嬉しくないのか」

 「嬉しくねぇよ」

 「ワガママだなぁ」

 「うるせぇ、いいから服着ろ馬鹿」

 向日葵は今日も元気に裸エプロンだ。せめて尻は守れと訴えたところ、俺のボクサーパンツを履いている。向日葵には死んでも言えないが、エプロンよりも俺はそっちに興奮しかけた。自分の気づきたくもない性癖に気づけた夜だった。

 「だって、ぶかぶかシャツには萌えないって言ったの、ヤナだろ」

 「あーそうだな。俺だな」

 そう、元は花でも今は人間、衣食住くらいは守られるべきものだ。食は水とたまに土で解決し、住はなんやかんやで俺が提供してやっているため、残る最大の問題は服だった。こいつが最初着ていた服はこいつが土にむしゃぶりついたせいで土まみれになってしまい、あとは俺の服しかない。当然190近い俺と、平均女子よりやや高めとはいえ、こいつとサイズが合うわけがなかった。しかしだからといって、こいつに服を買い与えてやる余裕などない。家族にお下がりを送ってもらおうにも、うまい理由が思いつかんし、なんたって男兄弟だ。頼みのお袋は、もう俺より体重が重そうだし。

 「…あ」

 体重、であることを思いついた。

 「うん。遠くの家族より近くの他人だ」

 「う?」



 壊れかけのチャイムを連打すると、ようやく隣人が出てきた。すごいぼさぼさの髪をかき分け、にらみ上げるその様は、とても夜の街ナンバーワンとは思えない。

 「っだよヤナかよ…とうとう諦めて私を買う気になったか?ああ?童貞ヤナ」

 「いえ、あなたを買うつもりありませんし、つうか金がありません。ありませんが、よかったら、いらなくなった服、くれませんか?ほら、太って着れなくなった服いっぱいあるって言ってたっしょ」 

 「は!?」



 狭い部屋に無造作に置かれた服は、洒落っ気が全くない俺にも、十分可愛く見えた。向日葵にもそう見えたらしく、彼女はきらきらとした表情で一枚、また一枚と伸ばしては広げている。

 「すごいすごいすごい!これ、全部もらっていいのか!?」

 「ああ、いいってよ。礼くらい言え、ほら」

 「ありがとうございます!」

 「いーえ」

 けらけらと煙草を吸いながら笑っている彼女は、小一時間かけて『美貴さん』になった。美貴さんは、このあたりで有名な高級ホステスバーでのナンバーワンだ。貢がれ荒稼ぎしてるはずなのに、生活に関してはとことん節約し、このアパートに住んでいる。服も化粧も仕事以外ではほとんど金を使ってないらしい。貯金いくらあるかなんて、逆に聞けない。怖すぎる。

 「ヤナ、私が太ったなんて言いふらすの止めろよなぁ。ちょっと胸が足りないなーって思って、体重増やしてみただけなんだからさ。ほら、触ってみるか?」

 「遠慮しときます。胸程度で破産したくないので」

 「可愛くねぇな、お前は!」

 口調も乱暴、煙草臭いしそれよりも更に香水の匂いがたまらないが、俺はなぜかこの人が嫌いになれなかった。むしろ好意さえある。多分、ものすごく自分に素直に生きてるからだろう。

 「ありがとう!ありがとう!」

 「お、可愛いじゃん着てみたのか…やー、ヤナ、よかったなぁ。とうとう童貞卒業できそうじゃん」

 「そんなんじゃないですって」

 「じゃあ、なんだよ。彼女でもない女にタダ飯食らわしてるのか?お前」

 「…そうっすね」

 考えてみれば。見た目人間とはいえ、生活ぎりぎりの苦学生が花一本育てるのも妙な話だ。金銭を考えられないくらいの感情があるわけでもない。向日葵はもちろん、俺もだ。ならどうして側にいて面倒を見ているのか。

 「分かりません」

 「はは、そっかそっか。いいなー若いって」

 「前々から聞こうと思ってましたけど、いくつなんですか美貴さんって」

 「…お前、いつまでも若いと思うなよ。人生のほとんどがおっさんなんだからな」

 「…なんか、すいませんっした」

 誰か教えてくれるのなら教えてもらいたい。あとついでに、地雷を踏んでしまったらしい俺の救出方法もだ。



 今更気づいたが、俺の周りの美人人口は意外に高いことが判明した。そして口調にも恵まれないことに判明した。黙ってれば美人、というやつだ。誰だ今、童貞が偉そうに、って言ったやつ。

 「さて、これから生活していくにあたり、お前には約束してもらいたいことがある」

 「へい!」

 「妙な返事はするな!いいか、今から言うことを復唱しろ。そして守れ。いいかまず、服を着る!」

 「服を着る!」

 「風呂には一緒に入らない!」

 「風呂には一緒に入らない!」

 「変にくっつかない!」

 「変にくっつかない!」

 教育というよりはなんだが軍隊のようになってきたが、まぁいいだろう。向日葵はとりあえずお利口さんに頷いてくれていて、ちょっと安心した。乱暴なのは口調だけのようだ。

 「あと、朝は起こさんでいい。自分で起きれるから。万が一、携帯が鳴り止んでも寝てたら、その時は頼む」

 「…もう約束は終わりか?」

 「ああ、終わりだ。ちゃんと覚えたか?」

 覚えた、と返事した向日葵は珍しく小声で、そして少し恥ずかしそうにしていた。

 「なんだ、どうした?」

 「ヤナは…守ってくれること、ないのか」

 ん、と俺は思わずかがんで、向日葵に近づいた。そういえばこいつは見た目だけとは言え女の子だ、男と暮らしていく上で、気に入らないことくらいあるかもしれない。

 「なんだ、言うだけ言ってみろよ。守れる保証はないが」

 「その…あんまり、他の女の子と一緒にいないで欲しいんだ。面白くないから」


 きゅん


 「…っ、うわああああああ何だこの効果音!なしなし、今のなし!」

 「効果音!?効果音って、何だヤナ!」


 犬や猫のように飼い主が他の動物と仲良くすると面白くないのだろう、そういうことにした。そうした方が色々安全だ。更に俺の一瞬の効果音も聞かなかったことにした。



 その日はバイトも夜からで、大学もなかったため、向日葵を連れて出かけることにした。やっぱり花だから外が嬉しいのか、ずっと跳ねていた。

 「どっか行きたいとこあるか?」

 「水場!!」

 聞いた俺が馬鹿だった。



 プールに行くほど金はなく、かと行ってカップルの見せ物市となる海なんざ死んでも行きたくない、そうなるとあと選択肢は近くの川しかなかった。向日葵は無邪気に、子ども達と水中でひっくり返って大騒ぎしている。ちょっと妙な光景だが、慣れてくると微笑ましく見えないこともない。

 俺は暇なため、ぼーっと空でも眺めていると、ふと女性の気配に何気なく周囲を探した。年の頃は俺と同じくらいだろうか、もしくは少し上だろう。長すぎる白髪が少し怖いような気もするが、その前髪の下は驚くほどの美人だった。しかしだからといっていつまでも見ているわけにはいかない。俺が目を反らすと、彼女はなぜか俺めがけて歩いてきた。

 「あの」

 「は、はい」

 話しかけられた、道でも聞きたいのか、俺は思わず立ち上がった。彼女は俺の高すぎる身長に少し驚いていたようだが、それは最初だけで、すぐに話を進めた。

 「あちら、あなたの妹さんですか?」

 「いえ…」

 しかしじゃあなんだと言うのだ、必死に考えても、やはり酷い嘘しか浮かんでこなかった。

 「友達の友達です」

 「…間違ってたら申し訳ありませんが…あの子、花だったんじゃないですか?」

 「は」

 汗がしたたる暑さの中、驚きのあまり汗が一瞬止まった。そして向日葵を『向日葵』だと見抜いたこと、そして彼女の人間離れした美貌と、腰に下がる大型の水入りペットボトルで、俺の中で何かの線同士が一気に繋がった。

 「じゃあ、あなたは-…」

 「はい。菊でした」

 「菊…」

 そう言われてそうですか、と頷いてしまうなんて、俺の脳も毒されたものだ。向日葵だけでも大概驚いたが、彼女以外にも、人の姿になった花が存在したのだ。

 「よかったら、少し話しませんか?」

 「はい」



 彼女は落ち着いた大人びた女性だったが、さっきから押し込むように水を飲み続けているため、こう言っちゃなんだが、見た目かなり変な人だ。

 「あの、屋内に移動しましょうか?」

 「いえ、お気遣いなく」

 いや言われても気ぃ使うよ、俺はといえば汗が止まらないのに、彼女は汗一つかいてないのに水が止まらないのが異常に怖い。花だから汗はかかないんだろう。じゃあ水はどうやって排泄してるのかなんて、どんだけ混乱しても聞けそうになかった。

 「まぁ、聞きたいことはたくさんあるでしょうね。どうして花が人間になったのか…申し訳ないんですが、私も知らないんです。気がついたら人間になってました」

 「そうなんですか…失礼ですが、生活はどこで」

 「ええ別に宿なしでも問題はなかったんですが…この姿だと、問題があるみたいで。誘拐されかけたり、警察に追いかけられたりしているうちに、お孫さんと勘違いした老夫婦が私を助けて下さり、これ幸いと住み着いてます」

 あっという間に話してくれたが、なかかに壮大な経験だ。俺は大変でしたね、と小学生みたいなコメントしか出来なかったが、彼女は特に気にする様子もなく、それほどでも、と返した。

 「じゃあ、私、そろそろ行きますね」

 「あ、はい。引き留めてすいませんでした」

 「いいえ…そうだ。余計なお世話かもしれませんが…あの子にあまり優しくないであげて下さいね。花だって恋はします」

 は、と思わず彼女を凝視していると、向こうから大きな声が聞こえてきた。


 「ヤナー!!」


 空気を読まないすごい大声だ、俺がやる気なく手を振ってやると、彼女はすごい笑顔でこっちに向かって走ってきた。

 「見て見て、ザリガニいた!」

 「だぁ持ってくんな、魚臭ぇ!」

 「なんだよ、もー…っ、あ、あれ?」

 「こんにちは」

 お辞儀をした彼女を見るなり、向日葵は俺の背中の後ろへ回り込んだ。ちょっと怯えているようでもあった。

 「や、ヤナは渡さないんだからね!」

 「お前、今度それはどこのゲームだ…すいません、主に俺のせいで、変な花に育ちました」

 「―っ」

 何がおかしいのか、笑ってくれた彼女は、本当に綺麗だった。

 「元気でね、向日葵さん」



 彼女と別れた後、向日葵はずっと俺の手を繋いだまま歩いていた。まだザリガニ臭かったが、俺は暑いのも匂うのも我慢した。向日葵が泣きそうな顔をしていたからだ。

 「おい、どうした」

 「…ヤナは。向日葵より菊の花の方が好きか?」

 「はぁ?」 

 それだけ言って向日葵はまた顔を伏せた。その顔はもう本当に泣く一歩手前のようで、俺は慌てて言葉を探した。

 「どちらかと言えば、向日葵のがいい」

 泣かせまいと必死で絞り出した言葉は、向日葵を泣かさずに済んだ。が、変わりに俺が情けなくて泣きそうになる羽目になった。感動したらしく軽く抱きついてきた向日葵に、俺は怯んで抱き返すことも出来ない。



 その日のバイトの帰り道、俺の足は不覚にも女の子向けの店で止まった。が、すぐに馬鹿らしいと足を早めた。自分の財布の中身をよく見てから考えろ。つうか誰に買ってやろうと思ったんだよ。

 顔が赤いのは暑いせいだ、涼むのと買い物を兼ねて俺はコンビニに入った。必要なものだけを買うと、ふといつもは絶対買わないペットボトルの水が目に入った。一番高い水を買ってやり、俺の顔は、冷房が効いてるはずの店内で、また少し熱くなった。



 「お…お!?ヤナ、なんか、今日の水、すっごく美味いぞ!すごいぞ!!」

 「いつもの水と変わんねぇよ」

 「そうか?すっごく美味いぞ」

 「あーあーよかったな」

 足元ではしゃぎ続ける向日葵を、俺はクッションのように圧縮し続けた。背が高くてよかったなど久しぶりに思った。顔が赤いのが見られなくて済む。



 らしくもないことをしたせいか、嫌な仕事が回ってきた。新人教育だ。この仕事は責任がある上に、サービス残業の確率が大幅に上がる。

 俺が嫌々フロアに向かうと、目新しいエプロンが見え、俺は慌てて姿勢を正した。仕事は仕事だ、最初から悪い印象を与える教育係では、新人にも店にも悪い。

 「はじめまして、私、今回あなたの教育係になった-…」

 「…あら」


 かっしゃあん。


 「こらヤナ!美人だからって皿割るんじゃねぇ!」

 「…すいません」

 謝る。いくらでも謝る。ローンで構わなければ皿も弁償するから。

 

 「二度めまして、新人の菊です」

 「にどめまして」

 

 頼むから俺の周りにこれ以上、美花を増やさないでくれ。色々、戻れなくなりそうだ。




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