やっと分かった真実とプロポーズ
突然だが、朝チュンという言葉は、もう死語だろうか。死語という言葉すらも、もう死語だろうか。
ラブコメとかでよくあるパターンだ、朝起きると全く覚えのない異性が隣に寝ている。顔見知りでも然り、要はお互い昨晩『何があったか覚えてない』これが重要だ。ここに至るまでの経緯は主に泥酔が多い。飲んで飲んで飲まれて飲んで、記憶が飛んで、目が覚めたら裸の誰かが寝ていた。これが経緯だ。
この場合、本当に関係があるのかないのかはさておいて、急速に相手を意識するというのがお決まりだ。覚えてないとはいえ関係したかもしれないのだ。よほどすれてる人間でない限り、あっけらかんと過ごせないだろう。こうして意識していくうちに、いつしか本当に関係しちまうともう完璧だ。フルコンボだ。アニメ化はいつだ。
前置きが長くなったが、要は、今正に、俺がその朝チュンなのだ。ものすごい頭痛の中、無理やり体を起こすと、隣に裸のかすみ様が寝ていた。布団からは肩から胸にかけてしか見えないが、これで下履いてたらびっくりだ。逆に興奮するわ五月蠅え。つうか全裸だよ。自分の体を引っこ抜いたとき布団がめくれて全部見えちゃったよ。足ちゃんと閉じてたから一番肝心なとこが見えなかったとかそういう問題じゃないよ。
落ち着け、深呼吸、深呼吸、とりあえずパンツは履いた。昨晩、何があったっけ、何が…ていうか、酒臭いな俺。そして頭痛いな。うん二日酔いだ。酒嫌いの俺がこんなになるまで飲んだ―…かすみと?二人で?
「………あ。」
ここで俺はようやく、昨日の自分を思い出した。
一昨日、菊川さんとさよならしてしまった俺,の落ち込みっぷりたらなかった。真緒と美貴さんと向日葵に拉致られ、居酒屋で食事する羽目になった。なぜか俺のおごりで。
飲み放題の店だったから、飲まされる飲まされる、主に美貴さんから。真緒はずっとその様子を見て、ひたすらおばちゃんみたいに手を叩いて喜んでた気がする。向日葵は、うん、笑ってはいたな。何かちょっと変な顔で。あいつはあれで色々鋭いから、まあ、それはいい。
そんで…どうしたっけ。ああ、駄目だ、ぜんっぜん思い出せん…泥酔して、机から動けなくなって、美貴さんたちがタクシーで帰るの見送って…俺は?誰かから連絡あったような…
手繰りよせるように不安定の記憶の中、俺は携帯電話を探した。ベッドの下に落ちている携帯電話の履歴、一番最新はかすみからだった。かなり深夜、俺が居酒屋のテーブルとお友達になってた時間だろ。迎えに来てくれたのか?つうか、そもそも―
「…どこだよ、ここ」
ここにきて、ようやく、見覚えのない場所だと気付く。まさかラブホテルのわけもない、着飾られたお人形さんの部屋をそのまま大きくしただけみたいな可愛い部屋。花瓶一杯のかすみ草と、壁一面のかすみの満面の笑みのポスターで分かった。ここはかすみの部屋だ。
てことは…実家!!!
最悪じゃねえか、叫びかけた自分の口を塞ぐ。かすみ大好きなパパに殺される。とりあえず窓から逃げるのが得策だろうが、それが出来ないからこその俺だった。
「おい、かすみ…起きろ!起きろ!!」
「…うん…うーん…?」
可愛く起きあがったかすみから、俺は慌てて体ごと反らす。しつこいようだが裸だ。彼女は自分の様子に気付いたが、叫んだり蔑んだりせず、ただ急いで服を着ているだろう音が聞こえた。
「も、もうこっち向いていいわよ」
俺が体を向けるが、顔はまたすぐに下げた。羽織っただけだろう、下着つけてないぶん余計にエロい。恐らく服がすぐに見つからなかったんだろう。
「も、もっとまともな服着ろよ」
「だって…い、いいじゃない別に。昨日さんざん見られちゃったし」
ちょっと待て。待って待って待ってお願い待って。
「…あの、かすみさん、すいません。昨日、俺たち…その…な、何もしてませんよね?」
頼む、そうであってくれ。すがるような目で訴えるが、彼女は目に涙をためて顔を赤くした。
「何も…ないわよ」
嘘つけ、顔が真実を物語りまくってるんじゃねえか!ああ、そんな顔するな!いやさせてるの俺か!
「どっ」
土下座や謝罪は最低最悪に思えた。だからといって、何を言っていいのか、何をすればいいのか、俺には全く思い浮かばなかった。
「どうしたら…よろしいんでしょうか」
「…そんなこと、私に聞いても…」
ふとかすみが真剣な顔して、俺に近づいた。
「隠れて。そこのクローゼットに」
「は、な、何だよ急に」
「いいから!パパが来る!」
そら大変だ、俺は慌てて巨大クローゼットに隠れた。入った瞬間ものすごい香水の香りで泣きそうになったが、俺はぐっと耐えた。中でちゃんと服を着る。まるで間男だな。
-コンコン、コンコン。
「かすみたーん?おはよ~」
「パパ、おはよー!」
すげえな、ほんとに来た。前に一回だけ見た、油ぎったガマガエルみたいな小柄オヤジ。彼はわがもの顔でかすみの部屋に入ってくると、布団の中に引っ込んだかすみを見降ろした。
「まだおねむさんかな?悪いこだな~」
「ごめんなさい、パパ。今日はまだ少し眠たいの」
「そうかそうか、しょうがないな。昼ごはんはパパと食べてくれるだろ?」
「ええ、もちろんよパパ」
「ありがと!愛してるよかすみたん!」
「私もよパパ」
扉が静かに閉められ、しばらく経って完全にいなくなったことを確かめると、かすみがクローゼットに近づいてきた。その顔は先ほどの甘えっこモードとは完全に違っていた。
「ヤナ…昔話をしてもいいかしら」
「は?何だ急に」
「私にラブレターを渡してきた男がいてね…散々付きまとっていたのに、ラブレターを渡したきり、急に消えたの。なんとなく共通の知り合いに聞いてみたら、急に海外転勤に」
「お邪魔しました!!」
-がちゃ。
「かすみた~ん?お昼は和と洋、どっちが」
こうして、俺の気が早すぎる脳は早くも走馬灯を始めた。俺が言えた義理じゃないが、とりあえず、年頃の娘の部屋に入るんなら、ノックくらいしようぜお父さん。
それから猛将のように荒ぶるパパさんは屋敷総出でおさえつけられ、俺はといえばかすみと二人、別室に呼ばれていた。向かいに座るのは八木さん、かすみの面倒をよく見ていた執事だ。俺も面識がある。いい人だ。いい人だが。
「…ヤナ様」
「…はい」
「北極と南極、どちらがお好きですか?」
「わあいペンギンがいる方がいいな!!」
普段にこにこしてる人がマジでキレてる顔してる怖い怖い、この類が怒らすと一番怖いんだよ!笑顔で人殺せる顔してるよ、かすみの為なら!殺人駄目絶対、怯えてる俺の隣で、かすみは男前だった。
「八木、落ち着いて。こうなったのは私のせいでもあるし、それに、私は、ヤナのこと…す、す、す…」
ああ畜生可愛くなるな、これじゃ俺があんまり格好わるいじゃねえか。座りなおした俺の向かいで、しかし敵は強大すぎた。
「しかし、ヤナ様は、確か向日葵様のことが」
「一番じゃなくても…いいもん…」
そう言うととうとうかすみは泣きだした。俺が咄嗟に彼女の頭に手を置くと、まるで羽交い絞めのように彼女を抱きしめられた。今度こそ殺されるかと思ったが、八木さんは相変わらず穏やかだった。
「…お嬢様…もしかして」
「…八木。お願い」
…?何だ?今のやり取りはなんだ?
混乱する俺を置いてけぼりで、八木さんはため息をついて立ち上がった。
「分かりました。八木は、お嬢様の味方です。ヤナ様、今日はお帰り下さい。旦那様には、私が上手くいっておきます故」
「それは…ありがたいですが…その。あなたは、大丈夫なんですか?」
「あなたはお優しいですな。お嬢様にはもったいない」
執事で、執事以上にかすみを可愛がってるあんたが言うか、俺が思わず笑うと八木さんも笑い返してくれた。
首の皮一枚繋いだ。しかし落ち着いたパパさんの審判が下るのはそう遠い未来ではないだろう。俺が鉄のように重い足をどうにか帰らせようとすると、門のところでかすみが立っていた。
「ヤナ…ごめんね」
「謝るな、俺も…ていうか、ほぼ俺が悪いんだから」
「………ごめんね」
…あれ、こいつ、もしかして…
「…死刑執行の日が決まったら連絡してくれ」
俺がそう言ってかすみの頭を撫でると、彼女は俺の胸でわっと泣いた。
帰り道が自信がないことに加えてまともに歩けない俺は情けなくも迎えをお願いした。俺がどうにか歩いていくと、男前に車で迎えに来てくれてる影があった。美貴さんだ。
「よう、ヤナ。童貞臭ぇ上に酒臭くて最悪だな」
「そうっすか………良かった」
「…どうした?とうとう脳まで童貞に」
「脳まで童貞って何すか!!」
良かった、本当に良かった。確信すると尚更ほっとした。それでもちょっとでも惜しいと思った自分はやっぱり刑を執行してもらった方がいいかもしれない。そんなこと思いながら、俺は美貴さんの車に乗り込んだ。
昨日のことをそれとなく聞いたら、要はこういうことだった。俺を励ましに来たはずの真緒が一番に潰れてしまい、美貴さんはそれを送るために帰った。俺は一人で自棄のまま飲んでいるところに、たまたま連絡をしてきたかすみが合流し、俺が心配で一旦戻ってきてくれた美貴さんが俺をかすみに任せて帰ったらしい。そのときからもう俺は既に泥酔してたらしいし、その後どうなったか美貴さんは知らないし当然俺は覚えてない。ある意味その後が一番重要なのだが、もう何でもいい。かすみ父のことを考えると何でもよくないが、もうこうなったら海外でも楽しく暮らそう。なんとかなるさ―
「…変ったなあ、俺」
ひとり言ひとり言、まだ酒が残ってるらしい。美貴さんにも分かるところまででいいって言っちゃったし、歩いて帰ろう。酒がちょっとは抜けるかもしれないし。
「お…おーい、息子」
「…父さん!?」
そこにいたのは、俺の父親だった。軽くびっくりしたが、母さんに比べれば驚き度が違う。相変わらず無駄にでかい、元有名バスケ選手で俺の父親だ、当たり前だ。今はどこにいるでもサラリーマン、三度の飯よりがりがりくんが好きで、母親に尻に敷かれまくってるおっさんだ。
「どうしたんだよ、こんなとこで…一人か?」
「ああ、ちょっとスーツを買いにな」
「スーツ?何かあるのか?」
「何って、お前の結婚式じゃないか」
完全に思考が停止した俺に、父さんがいそいそと招待状を見せてくる。そこには俺とかすみの名前が記されており、裏にはものすごい立派な家紋があった。恐らくかすみ父のだろう。何だろう、どこからつっこんでいいのか分からない。
「どんな子だ?式の前に紹介しろよ」
「いやいやいやいや。誤解、誤解、間違い」
「そうなのか?お前、彼女いるって母さん言ってたぞ」
「いや…彼女っていうか」
母さんが会ったことがありなおかつ彼女だと思ってるのは向日葵だ、かすみではない。しかしそれを言うと、息子はどんな生活を送っているのか混乱される恐れがある。ありのまま話すと余計に混乱されるだろうし。
「話聞いたときは驚いたよ。お前も花が好きだったんだな」
ん?ん?ん????
「似たのはタッパと目つきの悪さだけじゃなかったんだよなあ」
んんんんん?????
「………父さん、母さんって………」
「…あれ、聞いてなかっけ。ごめんごめん」
こんな重大なことを、道のど真ん中で、二日酔いの息子に、そういやガスの元栓締めたっけ、みたいな世間話程度に言われて。けど、俺は、なんだか、妙に納得してしまった。すっきりしすぎて、唇の震えが止まらなかった。
要は。めちゃくちゃ動揺していた。
美貴さんに言ってた土フェロモンは当たらずとも遠からずだったというところか。ちょっと考えれば分かることだったかもしれない。花と関係した人間はすぐに花に見分けられる。母さんは、ちょっと向日葵と会っただけで、俺たちがまだ清い関係なことを見抜いた。いくら実の母親でも普通そこまで分からない。なぜ分かったか、答えは簡単過ぎた。
自分の足の感覚がないまま、そのまましばらくふらふら家に向かって歩いていくと、かすみが家の前に立っていた。
「…よう。お前、出かけて大丈夫なのか」
「うん…ヤナ、私、決めたわ」
彼女は俺の目を見据え、真っ赤な顔でこう言った。
「私と本当に結婚して」