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世界一美しい花との別れ


 あれ、おかしいな、俺、すげえ綺麗な人と遊園地であははうふふ遊んでたはずですけれども。


 なんだろう、何でこんなことになってるんだろう、遊園地ってお化け屋敷ってアトラクションしかなかったっけ。しかもお化けっていうかモンスター一匹しかいないけど。綺麗な人が金属バット持って、ゆっくりゆっくり近づいてきますけど。さすがに怖くて退いてみるけど全然距離が一定だ。おかしいな彼女は蜃気楼かな怖い!!!


 「え、え、えっと…お邪魔しました!」

 「あ、てめ!!」

 真緒は美貴さんの手を引き、Bダッシュで逃げていった。ある意味あいつはものすごく賢いかもしれない。そして俺はというとあいかわらず馬鹿世界一を争い続けているので、逃げずにずっと敵間違えた菊川さんを待ち、そして目を見た。 

 「ヤナ君…どういうこと?」

 「えと…あ、あの、ですね…」

 「どういうこと?」

 「菊川さん、せめてバッド構えるの止めて下さい!!」



 ようやくバッドが引いたので、俺は情けなくもぽつぽつ話した。ありのままを。つうか本人がいまいち自覚してない、というかあまり覚えてないのに話すのも何だが。どうやら向日葵を襲いかけたが、未遂だったらしいこと。全て話し終えて彼女を見ると、彼女はうつむいたままだった。

 「…そう」

 「え、と…」

 謝るのはおかしいな、というかそもそもこの人もう俺のこと好きじゃないんだよな、俺がそわそわどうしていいもんか迷っていると、ふと彼女が震えていた。泣いた!? 

 「菊川さん!」

 

 「ぷっ…あは…あははははっ」


 笑った。笑ってくれた。こんなに笑ってくれたの初めてくれた。それは、森羅万象が恋に落ちるような笑顔だった。かくいう俺も心臓が口から出そうだった。

 「ご、ごめんなさい…でも…そ、それでも何もないなんて…ふふっ」

 「ああもう、笑いたきゃ笑って下さい」

 「ふふ、でも、やっぱり、ヤナ君だわ」

 ああもう。この人が笑ってくれるんなら、もうへたれ童貞でもなんでもいいや。俺は涙を拭くくらい笑う彼女を見て、手を差し伸べた。

 「時間、もったいないっすよ。周りましょ」

 「…でも、私…どうも、遊園地向いてないみたいで…」

 「じゃあ、大人しそうなのに乗りましょう」

 ね、俺が自分の出来る限り優しく笑いかけると、彼女がおずおずと手を握り返してきた。


 

 遊園地で大人しい乗り物というと一番に目に入ったのはメリーゴーランドだが、それは俺の全人権をかけて否定した。つうかこんなでかいのがあんなファンシ―な乗り物に乗ってたら俺が親でも通報するわ。

 菊川さんはコーヒーカップでも酔い、お化け屋敷は怖がりはしなかったもののいきなり出てきたおばけにびっくりして殴りかかり、氷の館(氷点下の建物)は寒過ぎて入口で逃げだした。彼女はひたすら申し訳なさそうだったが、俺は彼女の弱みを握れたみたいでただ楽しかった。

 実際、彼女とだらだら話しながら遊園地を歩くだけで楽しかった。買い物をするとだいぶん表情が明るくなり、嬉々としてぬいぐるみを選んだので、ここは俺が率先して買った。

 「ありがとう…ふふ、ヤナ君に似てる」

 「え、俺にですか?」

 そうか、俺、こんな死んだような目をしてでかいのか―と、落ち込んだのは一瞬だけで、回復も早かった。彼女が大事そうに抱きしめてくれているからだ。

 日も落ちてきた頃、じゃあそろそろ、と少し寂しそうに菊川さんが顔を上げたため、俺はあと一個大人しい乗り物を思い出した。

 「最後に、あれ乗りませんか?」

 「あれ?」



 どうしてこれを忘れていたんだろう、遊園地のど定番観覧車だ。時間も夕暮れ、正にぴったりだった。俺たちが相思相愛のカップルであったなら。まさか開始早々、景色じゃなくてバカップルのチューを見せつけられるとは思わなかった。

 「…ヤナ君。どうして彼らは観覧車に乗るとキスするのかしら」

 「さあ、俺も知りません」

 リア充爆発しろ、悪態つきかけた俺があることに気付いた。これじゃ、俺がチューしたくて乗せたみたいじゃねえか。

 「す、すいません、俺に下心はなく!」

 「大丈夫よ、分かってる。ヤナ君は、私に頼まれたってキスなんてしないもの…そういうところが嫌い」

 「すいません!!」

 「でも、そういうところが大好き」

 

 過去系に。


 言葉を過去系にして下さい菊川さん。もう、俺のことなんか好きじゃないはずです。もし友人としての好きなら、馬鹿な俺ならともかく、今後一生他の誰にも言わないで下さい。それから、そんな綺麗な両目を閉じないで下さい。ああ、すいません、目を閉じても綺麗なんでした。

 「菊川さん」

 「お願い」

 「菊川さん」

 「私、これで吹っ切れそうな気がするの。ヤナ君が好きだったことを忘れて、また、頑張れそうな気がするの。街で貴方が他の女の子と腕を組んでいたとしても、心から笑える気がするの」

 こんな、お願い断れる男がいようか。こんなこと言われて逃げる男がいようか。いや、いました、ここに。

 「菊川さん、こういうのはよくな―…」


 観覧車での注意書き。二人乗りのときは、向かい合って座りましょう。片方に寄るとバランスが崩れる可能性があり、大変、危険です。

「うわ!?」

 「ヤナ君!」

観覧車は188センチの男が急に移動したのことに驚いたようにすごい勢いで傾いた。そしてバランスを崩した俺は、ずっこけて、ずっこけた先は、菊川さんの顔があった。

 

 「いたっ」


 歯を打った―ひりひりする、涙目になった俺がマジ泣きなるかと思った。綺麗な菊川さんの額に、これでもかと俺の間抜けな歯型が刻まれていたのだ。

 「す、すいませんすいませんすいません!」

 「ふふ…ふふふふっ」

 それから、菊川さんはずっと笑い続け、俺はといえば観覧車が一周し終えるまで、この情けない赤面が引いてくれることを祈るばかりだった。



 「ありがとう、すごく楽しかった」

 「いや、俺こそ」

 さて本当に時間だ、彼女を送ろう。駅まで―またたくさんすげえ見られるんだろうなあ、と思っていたら、彼女がふと下に俯いた。

 「帰りたくないな」

 うん、俺は何も聞こえなかった。後ろにラブホテルなんて見えなかった。あそこはリア充の巣だよ、俺なんかボンクラが入っていいところじゃない、入り口にあるセンサーみたいなやつで引っかかって焼かれてしまうだろう。

 「さあ、暗くなる前に帰りましょう」

 「うん」

 菊川さんが少し残念そうだけで俺は十分だった。駅までの無料バスがちょうど来た、俺は駅まで送ります、とかっこつけた言っていたそのときだった。菊川さんの携帯電話が鳴り響いた。

 「もしもし…うん………え?」

 電話だ、電話を取って話し始めてすぐに震える彼女、何かあったのだろう。俺は彼女がこんなに取りみだす相手を、二人しか思いつかなかった。

 「…家まで送ります」

 電話が終わると、彼女は無言で頷いた。



 彼女の家に着いてみれば、なんてことないことだった。


 「もう、ほんとごめんなさいねえ、階段から落ちたくらいで、おじいさんが救急車呼んじゃって」

 「だって、おまえ、返事しなかったじゃないか」

 「だから、あれは、ちょっと補聴器が外れて聞こえなくて」

 「まぎらしいんだ、おまえはっ」

 まあまあ、俺がなだめるのも変な話だが、それでも必死になだめていると、おじいさんはふんっと鼻息荒く部屋を出ていってしまった。その顔には照れが見えた。可愛いらしい、じいさんだ。

 「ほんとにごめんなさいね、デート中だったのに」

 「ううん、もう、帰るところだったし」

 菊川さんの声が、いつもよりずっと歯切れが悪く声が小さい。彼女は今にも泣きそうになっているのを我慢して笑っていた。俺の手を握り続けて。向かいのおばあさんもちょっと泣きそうにしていた。なんだか俺はものすごい邪魔もの感が半端なく、家族水入らずの方がいいんじゃないかと思っていたが、彼女の手が俺の手を離さなかった。

 「ヤナ君もごめんなさいね」

 「いえ、俺こそ、怪我してるところにお邪魔して」

 「こんなもの、すぐに治るわよ…いやね、年とると大げさで」

 彼女が大声で笑ってくれる、すると菊川さんは少し安心したのだろうか、俺の手を握る力が少しゆるくなった。

 「ごめんね、しばらく迷惑かけると思うけど」

 「大丈夫よ、心配しないで」

 「頼もしいわ…ヤナ君が一緒に住んでくれたら、もっと頼もしいのだけれど」

 「あははは!」

 俺の乾いた笑いはあっと言う間に喉の渇きを奪い、咳き込んだ俺が反らした先は、菊川さんがいた。やっぱり、とんでもなく綺麗な顔をしていた。



 「ごめんね、ありがとう。傍にいてくれて」

 「いや、俺は何もしてませんから」

 デート中ほとんど手を繋いで、菊川さん家に上がらせてもらってからもずっと手を握りっぱなしだったせいか、手が離れるとちょっと妙な感じだった。手が寂しいなんて初めて思ったかもしれない。

 「…さっきのおばあさんの言ったことで、同居なんてしたら許さないから」 

 「はは、そんなことしませんよ」

 そう言って何気なく彼女を見る。これでもかと寂しい顔で笑っていた。言葉を誤ったのはすぐに分かった。彼女はきっと俺の違う言葉が欲しかったんだろうけど、俺にはとてもそんなこと言えなかった。

 「じゃあ、俺、帰ります。向日葵、待ってるんで」

 「…うん。あ、バイト先によろしく言っておいて。私、しばらく行けないだろうから。もちろん、私からも連絡するから」

 「はい、任せて下さい」

 見合う目は名残惜しく、そしてその目を離したのはまた彼女だった。

 「じゃあ、さようなら、ヤナ君」

 「さようなら、菊川さん」

 言うまでもないが、菊川さんはバイト先に帰ってくることはなかった。



 「ヤナ、お帰り!は、早かったな」

 「そうか?」

 嘘つけ、ぶうたれて待ってたくせに―玄関開けてすぐのところで、そわそわそわ待っていた様子が玄関の外からも分かった。俺が頬をつねると、痛いのか向日葵は暴れた。その顔がおかしくて、俺は大声で笑った。そうしなければ、別の感情が溢れそうだったからだ。

 「あ、これ、お土産」

 「わあ、ヤナからお土産…っ、ず、ずいぶん個性的な顔立ちの人形だな」

 「泣いてるお前とそっくりだろ」

 「うえ、私、こんなんか!?」

 「ははは」

 笑って、笑って、さっさと寝よう、こんな日は。

 「…ヤナ?ヤナ、どうかしたのか?」

 ああやっぱり気付いたか、気付いたんなら、甘えさせてもらおう。そう、俺は最低なんだから。

 「…っ、ヤナ…」

 「悪い…ちょっとだけ」

 ちょっとだけどころか、俺はずいぶん長いこと向日葵を抱きしめて離さなかった。泣き叫べれば少しは楽になれたかもしれんが、それはどうにか踏みとどまった。

 こうして俺は、世界で一番美しい人と別れた。付き合うことさえ、出来なかったけど。


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