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泣いた花と別の花とデートする俺



 俺から土フェロモン(仮)が消え始めたらしい。一番最初に俺への恋心(自分で言うのも恥ずかしいが他に言葉が思いつかん)が消えたのは向日葵で、まあ何だかんだでまだ家にいる。そして次に時間が切れたことを確認したのは菊川さんだ。この人と会うのは主にバイト先、俺は彼女がバイトを辞めるのを何となく覚悟していた。しかし、彼女は翌日もその翌日もバイトに顔を出していた。1週間も経てば、さすがに俺も、もう「バイトを辞めるだろう」と思わなくなってきた。よく考えたら彼女も大人だ、恋心(だから自分で言うのも恥ずかしいが以下同文)が消えたくらいで慣れた職場を変えたりしないのだろう。

 そう思ったあたりから、俺は胸のあたりが暖かくもやもやしているところを自覚した。あれ、何だこれどうしたんだ、喜んでるよ俺。どんだけ花ハーレム生活に慣れ親しんでんだよ!


 などと自分つっこみも忙しく、バイトもそれなりに忙しい、ある晴れた昼下がりのことだった。


 「ヤナ君…デートしない?」

 「ぶわっほおお!!」

 「ヤナ君、すごい勢いでお皿が割れたわよ」



 一時間減給くらいで済んで良かった。菊川様様だ、店長も彼女にぞっこんらしい。一緒に謝ってくれて本当に助かった。

 「あの、ほんとすいません」

 「それは、デートを断られてるのかしら」

 「いや、一緒に謝ってくれたことに対して…っていうか、何でいきなりデートなんです?俺のことは、その、もう…」

 さすがに口に出すのは恥ずかしく、俺がでかい体をきょどらせていると、菊川さんが指先を唇にあてて考えたような顔つきをし、そしてすぐに顔を上げた。

 「実はいうとね…ヤナ君への気持ちが消えてから、何人かとデートしてみたの」

 「え!?」

 だからいちいち傷つくな、落ち着け俺。

 「前からお誘いは受けていたから…別に自棄になったわけじゃないし、妙なことにはなってないわ。それどころか、手を握るどころか…目も合わさなかった」

 あ、と、俺は思わず小さく呟いてしまった。無表情がちの彼女の小さな変化が分かってしまった。落ち込んでる、落ち込んでいるんだ。

 「最初はみんなも楽しそうにしてくれてるの…貴女とデートして夢みたいだ、貴女と2人きりなんて人生最高だって…すごく楽しそうに…でもあっと言う間に話すことがなくなって…半日一緒にいてくれた人なんて長い方。5人目の人なんて映画見ただけで返っちゃったわ」

 「すいません菊川さん、真面目な話の途中で。どんだけ違う相手とデートしてるんですか。もてすぎじゃないですか」

 「ヤナ君、少しはツッコミを我慢して…そうね、多分、1人目の彼が、デート決まったときに自慢したんじゃない?一気に広まったのかも」

 「なるほど」

 「だから、別の相手を探す手間はなかったのだけれど…どの人も、ちょっと言葉は違ったり、デートコースは違ったりしたけど…結局みんな、言うこと一緒なの。やっぱり俺には高嶺の花でした、って。3人目なんて、別に私責めてないのに、謝ってきたわ」

 「…そう、ですか」

 「おかしいわ。きつい言葉を言うのも、凶器向けるのも我慢してたのに」

 「いや、それをそもそも我慢するのもっ」

 しまった、また突っ込んだ。俺が思わず自分の口を自分で塞ぐと、菊川さんが小さく笑ってくれた。口元塞いでて助かった。今、絶対、顔、赤い。

 「だから、随分前置きが長くなったけれど…何が言いたいかと言うのね。貴方と一緒にいるのは、とても楽なの。それは、今も、好きだったときも変わらないの」

 「…そう、ですか」

 嬉しかった。告白もしてないのに振られた感こそあるものの、その気持ちは素直に嬉しかった。胸の中の空が晴れ渡ったようだ。

 「…そ、それで俺とデートを」

 「そう。遊園地の招待券もらったの。私…びっくりするくらい友達いないのよね」

 「菊川さん、俺の腹殴ってます小刻みに」

 この細い手からどうやってこんなに攻撃力のあるジャブが産まれるのか考えながら、俺は満更でもない自分に気づいた。しかし、すぐに向日葵の顔がよぎってしまう自分の最低さにも気づいた。

 「向日葵ちゃんに了承取って、断ってくれてもいいわよ」

 「エスパー!!」

 でもないか、俺の頭が単純過ぎるんだ。

 「そしたら、2人にプレゼントする」

 「………はい」

 敵わないな、と思った。俺の独断で断らないだろうということも、向日葵のことも、全部分かってる。見透かされてる。この、とんでもなく綺麗な人に。



 何だろう、この気持ちは。例えるなら、通信簿を持って帰った夏休み前の気分だ。

 「た、ただいまー」

 「おう、お帰りっ」

 向日葵が笑顔で迎えてくれる。さすがに気まずさはなくなったものの、何だろう、時折顔を反らされる。もうそこに関しては俺はつっこまないことにした。死にたくなるから。

 飯食ってから言おうと思ったが、ある意味爆弾発言を抱えたまま食えるわけもない小心者、飯を食う前に張り切って言うことにした。

 「あー、ひ、向日葵」

 「うん?」

 「菊川さんに遊園地に誘われたんだけど」

 よし、噛まずに一気に言えた!

 「お、お前も来るか」

 そして最低なことを言った!!

 1トンくらいに感じる自分の頭をどうにかこうにか向日葵の方に向けると、久しぶりに、彼女の真っ青な顔を見た。

 「わ…私が行かなかったら…デートになるな」

 「ま、まあ、そういう言い方もあるな」

 「…ヤナ…その…私は、ヤナの側にいたいけど…もし、本当に好きな子が他に出来たら…」


 どすっ!!

 「うわっ」

 

 随分久しぶりの向日葵の強烈タックル、抱き返し方を忘れた俺は、壊れ物のように向日葵の頭を包んだ。

 「やっぱ、いい!出来てから言う!遊園地には1人で行ってこい!ただし、日帰りだぞ!」 

 「そ、そうか分かった。えーと」

 ありがとう、って言うのもおかしいな。浮気に寛容な彼女に言うみたいだしな。だからってごめんなはないな、と俺は一生懸命自分の頭をこねくり回していると、また久しぶりの冷たさを胸元に感じた。

 「な、何だよ、お前。泣いてるのか」

 「泣いてない!泣いてないもん!」

 「ああ、そうかい」

 笑いながら、なだめながら、夕飯を食べて、風呂入って寝た。気恥ずかしいような騒がしい夜は随分久しぶりだった。寝る前に、俺はふと違和感を覚えた。

 あれ、なんだこのノリ懐かしいな。あいつ俺のこと好きじゃなくなったんじゃなかったっけ。これじゃまるで-

 いやいや、俺は首を横に大きく振った。きっとあれだ、仲良い兄ちゃんが結婚する妹のような感じだろう。そう思って俺は、両目を閉じた。そして、そういや向日葵が真横に寝てることを今更自覚して、また耳まで赤くなった。



 そして、とうとう約束の日が来た。

 「お、おい、お前、声かけろよ…」 

 「お前が声かけろよ!」

 遊園地前は人が多くて分からなかったら困るから、駅前で待ち合わせした俺が悪かった。駅前だって人多いわ。そして、目立ちすぎだよ菊川さん!眩しすぎて通行人がいちいち止まってるよ!男たちが声かけられないでいるよ!!

 誤解を受けないように言っておくが、俺はきっかり15分前に着いた。決して遅刻したわけではない。菊川さんが更に早く来てくれていたんだ。いつも綺麗な顔に軽く化粧して可愛い格好している彼女は正に女神、ある意味日光を独り占めしていた。

 以前向日葵と人通りの多い道を通ったときは、これでもかとナンパ祭りだった。贔屓目もあるようだがそりゃ向日葵も可愛い。しかし、菊川さんは違う。高尚過ぎて誰も声かけられないんだ、どうしようまだ待ち合わせ段階なのに、すごくあそこに行きたくない!あの太陽の中心に行きたくない!

 「…ヤナ君、いつまでそんなところにいるの」

 「ふあああああああああああ!!」


 

 「あらヤナ君、今日の格好はいいわよ。いつもそんな格好したらいいのに」

 「そ、そうすっか?どうも」

 この人に褒められると妙に自信もっちゃいそうだ、俺は自然と自分の背筋が伸びたのを感じた。当然、というのも虚しい話だが、これは俺の見立てではない。前に真緖の見立てで買わされ、着づらいのでタンスの肥やしになっていた代物だ。披露する機会があって良かった。

 さて-俺も何か言うべきか、あー緊張する、緊張する-

 「菊川さんも、今日は一段と綺麗です」

 「ありがとう。ふふ、ヤナ君、顔、真っ赤」

 「それで提案なんですが、遊園地に着いたらまず、顔面隠せるもの被りませんか。すれ違う男全て呪われそうで。1人が恥ずかしいなら、俺も被りますんで」 

 「ヤナ君、男女2人で顔面隠してた方が恥ずかしいと思うわよ?さあ、行きましょう。混んじゃう」

 自然に伸ばされた手は、我ながら自然に繋ぎ返せたが。細くて小さくて白い手は、もう何か、上手い表現が全く出てこなかったが、まあとても手には思えなかった。



 お互い合う休みが平日で助かった。人通りも少ないし、みなアトラクションに夢中でこちらなど見てない。見られてもそれほど長続きしない。俺の緊張はあっと言う間に解けた。

 「さあ、まず何乗りましょうか」

 「そうね…実は私、遊園地初めてなの」

 「あ、そうなんですか?じゃあ…」

 俺がきょろきょろ見渡していると、ふと、彼女の視線の先を折った。ど定番、ジェットコースター。平日のせいか全く並んでいない。

 「あれ、行きますか」

 「えっ」

 彼女の両肩が小さく揺れたのに気づいた。俺のなけなしの意地悪心に火がついた。

 「あれ、もしかして怖いんですか?」 

 「そ、そういうわけじゃ」

 「じゃあ、行きますか!」

 「ちょ、ちょ、ちょっと待ってちょっと待ってヤナ君っ」



 すごい。残暑にこんなに震えてる人を始めて見た。

 「だ、大丈夫ですか?」

 「jfかsjdf;あdkjf;あldふぁ」

 「菊川さん??」

 「fじゃs;djふぁlkdf;あkfじゃ」

 やばい、何しゃべってるか全然分からない。さすがにここまで怯えられると、ものすごい申し訳ない気分になってきた。慣れない意地悪はするものじゃない。 

 「何か飲み物買ってきますね」

 「fkじゃsdjf;あldfjか;lfk」

 うん、何となくありがとう、って言ってた気がする。変な男に話しかけられないうちに、とっとと買って-

 「あれー、ヤナじゃん!」

 「お」

 元気な声に振り返ると、やはりというか何というか真緖だった。俺に気づくとさっきまで繋いでただろう手を慌てて離した手を俺は見逃さなかった。

 「美貴さんも、どーも」

 「ニヤニヤすんな!もぐぞ!!」

 「1人か?んなわけないわなあ、向日葵ちゃん、向日葵ちゃん…」

 嬉しそうにきょろきょろしてた真緖が、俺を待つ菊川さんに気づいたらしく、すごい勢いで俺の襟元を掴んできた。 

 「待て待て待て!何だ、ありゃ、どういうことだ!!」

 「い、いやまあ、色々あってな」

 「どんだけ色々あったらああなるんだよ!やるだけやったら向日葵ちゃん、ポイか!お父さん、そんな子に育てた覚えはありませんよ!」

 「育てられた覚えもねえよ!何の話だ、やるとかやらないとか!」 

 「待て、真緖」

 騒ぐ俺たちをかき分け、美貴さんが俺の体を顔を近くして嗅ぎ始めた。香水の匂いは前に比べたら薄くなったが、それでも不意打ちはドキッとする。

 「………こいつ、卒業してないぞ」

 「嘘、分かるんすか!?いいなあ、その能力欲しい!」

 「待て待て、だから、何の話だ!」

 「何ってお前…いつだっか、先週だったっけ?半裸の向日葵ちゃん押し倒してたじゃん」

 「………は?」

 「え、まさか、俺が突然尋ねたせいで萎えちゃったか!?うわ、ごめん!!」

 本気で謝る真緖を前に、俺は声をかけることもなく、呆然と立ち尽くしていた。いつ、俺が、半裸の、え、誰を押し倒して、え、あれ、何の話-

 

 -違う!ヤナと一緒にいたいんだ!それは、それだけはずっと変わらないんだ!!

 言われて。何か、かーっとなって。そんで、真緖が来て。我に返って。

 -飯にするか?

 -う、うん。

 

 あれ。そういえば、向日葵、顔、真っ赤だったよな…服、着てた?あれ、待て待て、そんな格好で部屋にいるわけないだろう、そうなると、まさか、俺が、脱がせ-…

 

 「うわ、顔、赤!大丈夫か、お前」

 「ほっとけ真緖、へたれにはキャパオーバーだ」

 「…ヤナ君。お友達?」

 そして。いつの間にか復活していたらしい菊川さんが、恐らくこれ以上ないというくらい最悪なタイミングで現れた。(どこから出したんだ)金属バット持って。




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