何だかよく分からないフラグと変になったらしい花
物語の主人公というのは、いきなり超展開に巻き込まれることが多々ある。朝起きたら覚えのない殺人犯にされたりとか、朝起きたら覚えのない懲役百万年だったとか、朝起きたらいきなり世界が壊滅していたとか。
ダークネタばかりで悪かったな、最近荒んでるんだよ。色々ありすぎて。
俺はといえば花ハーレムのおかげで世界が少しくらい傾いたところで大して驚くわけがない鋼の心臓だろうというわけの分からん自信があったのだが、嘘でしたすいませんごめんなさい蚤の心臓でした。鍋の蓋でした。
「おじゃましまーす」
「おじゃまします」
「いらっしゃーい」
なんで俺ん家に菊川さんが来るんだ!美貴さんも!美貴さんはいいとして!何このお花トリオ!お花トリオってネーミングセンスも格好悪いな俺!
「どうぞどうぞ粗茶ですが」
「どうも」
「どうも」
え、何女子会なの?俺寝てるよ。起きたけど。寝たふりしてるよ、情けないことに。場所変えないかな君たち。起きていいのかな。ごゆっくり、とか言いながら立ち去るべきかな。家主なのに。だってこいつらが話すことと言ったら-
「なあなあ、菊」
「何?」
「や…ヤナのどこが好きなんだ!?」
(ほら、やっぱ俺のことじゃねーか!!!)
「…なんか今、妙な音しなかったか」
「ひずんでるんじゃない?ここの建物古いから」
「おい、住んでる私の前でそういうこと言うか」
「あらごめんなさい」
危なかった、ツッコミが声に出るところだった。どうする、起きるか。今、起きたふりをするか。こんな話を、永遠聞いてられる自信ないぞ。おまけに寝たふりしながら。
「ここも慣れれば快適だぞ。まあお前は良い暮らししてるんだろうが」
「まあおかげさまで不自由はしてないけれど…ヤナ君、大きいから、ここ狭くないかしら。私の住んでる家広すぎて、ヤナ君来てくれないかなあ、なんておばあさん言ってるけれど」
痛い痛い視線が痛い菊川さん、この人俺が起きてるって知ってるんじゃないんだろうか。更に馬鹿にしたような目が痛いよ。これ絶対美貴さんだ。馬鹿にしたように笑ってるよあの人、うん間違えない、気づいてるなこの2人!
ふと向日葵が(恐らくべそかきながら)だんだん五月蠅く机をたたき出した。うん間違いない、こいつは絶対気づいてない。
「ふおおおおお!婿入りダメ、絶対!」
「やだ、向日葵ちゃん泣かないで。これは私の願望だもの。願望は叶ってでないと価値が出ないものだから…」
だから視線が痛いって菊川さん!もうダメだ、起きよう。あーどっこらせ、と俺は大根芝居で起き上がった。
「うわヤナ起きたのか!?」
「起きたわ」
ずっと起きてたけどな、美貴さんはともかく、寝起きを菊川さんに見られるのはさすがに恥ずかしい。俺が無意味に髪を整えた。髭も生えてそうな顎も思わず隠す。
「い、いらっしゃい2人とも。どうしたんすか、今日は」
「向日葵ちゃんがケーキを上手に焼けたっていうから、呼んでくれたのか」
「け」
舌の奥から吐き気がこみ上げた。ケーキってまさかあれか。昨日の恐ろしい生き物が。恐る恐るテーブルを見ると、の恐ろしい生き物は、なんと彼女たちによって駆逐されかかっていた。
「うん、美味しいわ」
「まあ、食えなくもないな」
「えへへ-」
やっぱり花同士で味覚が合うんだろうか、見ているだけで俺はもう倒れそうだ。人間に味覚が近くなってきたと話してくれていた美貴さんは多少無理しているようには見えたが、やっぱり優しいなこの人-
「何だよ」
「別に」
脳内の褒めを聞かれた気がして、悔しくて、ふと、小学生みたいな仕返しを思いついた。
「そうだ-美貴さんは真緖のどこが好きなんですか?」
「………は!?」
「あ、それ、私も聞きたい!」
向日葵が正座し、珍しくと言うかなんというか、菊川さんも悪のりするように向日葵に真似て正座をした。美貴さんは焦るように煙草を吸おうとしたが、見あたらなかったようでばつが悪そうに余計に赤くなった。控えているのは本当のようだ。
「い、いいよ、私の話は。ヤナの話しろよお前等!」
「いや、聞きたいなあ」
「ヤナ、ぶっ殺すぞお前!!」
その後美貴さんは俺の部屋で飲んで飲んで飲まれて飲んで、結果とんでもなく面倒臭い酔っぱらいが出来上がった。やっぱりあんなこと言うんじゃなかった。ようやく彼女を隣室まで引きずり込み終わると、元々呼んでたらしい樫田が、ちょっと焦り気味に走ってきた。
「ごめんよ、入稿に手間取ってさ」
「いや、いいよ。おぞましいケーキならほぼなくなったし」
「おや残念だね、萌えっこのケーキ食べたかった…のに」
目を 目を反らすな!恥ずかしそうに!俺も俺で気まずいわ!
「こ、この前はありがとうね。お見舞い」
「い、いや、いいよ」
「お礼…っていったら鉄板だと思ってね。えへへ、手作りクッキーなど作ってみたのだよ。ゆらりんと作ったから、君の口に合ってくれるといいのだが」
「ああ、あ、ありがとう-」
恥ずかしい、頼むから笑うな樫田、コンタクトで歩くな樫田-クッキーの箱を開けて感想を言って情けない俺はさっさと逃げよう-箱を開けるとバターの良い香りと、とんでもないものが混同されていた。
『百合ってまた呼んで!』
そのファンシーな手紙が吹っ飛ぶくらいの勢いで俺が高速で箱を閉めると、樫田はびっくりしていた。この反応はこいつが犯人じゃない。となると、もうゆらりんしかいない。あいつどうしてくれよう-カレーの恩があるが。
「や、ヤナ君?不味そうだったかい?」
「い、いや…冷めちまうと思ってな。ありがとう、美味そうだ。向日葵と食べるよ」
「そ、そうかい」
そう言った樫田は、かなり残念そうだった。しまった、要らんことを言った。しかし謝るのも変だ。俺が戸惑っていると、美貴さんを介抱していた向日葵が帰ってきた。
「お、百合!来てくれたのか!」
「…ああ、向日葵ちゃん!ごめんよ遅くなって。ケーキはまた今度呼んでくれたまえよ!」
「おう、また美味しく焼いちゃうぞ!」
「ふふ、楽しみにしてるよ…それじゃあね」
樫田が帰っていき、がっかりしたような、ほっとしたような-ともあれ、静かになった。肩をすくめ、自室に帰ろうとすると、何か違和感があった。しかし、俺はすぐには分からなかった。
「どうしたヤナ」
「いや、何でも」
なんだ、この違和感は。何か、足りないような-
『ヤナあ!百合と何話してたんだ!』
『この浮気者!何を受け取ったんだ!料理上手い女がそんなにいいのかこの野郎!!』
そうだ、いつものように、怒声が飛んでこないんだ。おまけに、2人だけになったのに、抱きつこうとするそぶりも見せない。
「ヤナ?」
「…あ、ああ。何でもない」
「そうか?」
しかしまさかそんなこっ恥ずかしいことを聞けるわけも言及できるわけもなく、とりあえず自室に帰った。なんだかいつもより遠い気がする向日葵の笑顔も、気のせいと蓋をした。
その夜、向日葵は美貴さんのところに泊まると言って聞かなかった。彼女もいいと言ってくれてるし、俺も申し訳ないながらにお願いした。
「なあなあ、美貴さん、真緖のどこが好きなんだ?」
「もういいって、その話は。頭痛いから寝かせてくれよ」
「なーーー」
薄い壁だからよく聞こえる。また恋バナか、俺はとっとと寝ることにした。男が聞いても面白いもんでもない、それでも向日葵がいない部屋は妙に広く、落ち着かず、俺はなかなか寝付けなかった。
「…あ、もしもしかすみか?なあ、ヤナのどこが好きだ」
美貴さんは寝てしまったのか相手にしてくれなかったのか、諦めて、とうとうかすみにまで連絡を取りやがった。かすみ様の怒声が電話越しに、壁越しに聞こえる。俺はとっとと寝た。
どうしてまた向日葵が恋バナをそんなにしたがっているのか、俺は深く考えもせずに、とにかく、寝た。暑くて何もすることない夏は寝るに限る。
翌朝。バイトもなく、大学もなく、俺はぶらぶらと読みもしない就職情報誌の無料のやつをひたすら持って帰る作業に徹底していた。こういうのは大概集めるのに満足して読まない。就職-道を歩く疲れきったサラリーマンを見ながら申し訳ないながらもげんなりする。俺もああなるのだろうか。
真緖は少しでもいいところに、とアホみたいに資格勉強しまくっていたが、あいつの集中力のなさっぷりと学の要領の悪さを俺は知っている。ほんとにどうしよう-
「迷えるお嬢さん、どうなさったの」
「おう!相談があるんだ!」
向日葵が、いかにも胡散臭そうな占い師と対峙していた。まあ、それはいい。それはいいが。何で隠れなきゃいけないんだ俺は。
つうかそもそもあいつ金持ってんのか、連れて帰っても良さそうだが、どうして、こう、盗み聞き体制なんだ。
「愛し愛されるののは許し合うということなのよ。足りないのは認め合う心。例え過去に何があっても、それをいつまでも怒っていてはダメよ」
「…お、おう?」
俺が自問自答している間に話はすっかり進んでしまったらしい。わけの分からん方向へ。俺も分からんが、向日葵ももっと分からんような顔をしていた。仕方ない、馬鹿だから。訳の分からん説教を永遠すると、占い師はわざとらしく時計を見た。
「あら、そろそろ時間ね。えーと、30分3000円と、あと、導き料で」
「ふえええ!?300円じゃ」
「それは座ったときのお値段よ。あら、もしかしてお金がないの?あらら、警察かしら」
「ふえ!?く、臭い飯か!?しましまの服か!?ヤナとはもう会えないのか!?」
「どーも警察でーす」
こういう胡散臭い相手なら割と強気に出れる。俺が瀬の高さと目つきの悪さを最大限に生かすと、占い師は慌てて占い道具を片付けて、笑いながら去っていった。
「ヤナああああ!!」
「はいはい」
抱きついてくる向日葵を軽く抱き返し、ため息をついた。向日葵が大事そうに持っているのは、美貴さんの字で『お片付け料』と書いた袋だった。恐らくこの中に300円入っているのだろう。ありがたいが、もうこいつには金銭を与えないように言っておこう。ろくなことにならない。
「あのなあ、向日葵。ああいうのに引っかかるな馬鹿。何やってんだお前」
「ご、ごめんなさい」
「…帰るぞ」
「はーい」
何だ、妙に、素直だし、離れるのも早いな。なんだ、なんだろう、なんだ、何が、こんなに不安なんだ。静まれ、心臓。どうしてこんなに五月蠅いんだ。あってもないことでびびりすぎだろ。何をそんなに怖がってるんだ。そうだ、何も、ないじゃないか。
「どうしたんだよ、お前。最近変だぞ」
「…そ、うなんだ。私、変なんだ」
そう、そしてこの素直さ。なんだろう、手を伸ばせば届くのに、こんなに遠い。なんだ、なんだろう、向日葵が、向日葵でないこの感じは。
「ヤナ…恋をするって、どういうことだ」
「…は?」
何をこいつはいきなり小学生みたいな質問を、しかし表情はどこまでも真剣だった。仕方なく、俺はその真剣さに、恥ずかしいながらも答えることにした。
「そりゃ人それぞれだろ…ドキドキ、したり、とか?一緒にいたい、とか?優しくしたいとか」
「そうなんだ…私も、ヤナに…そうなんだ」
何これ恥ずかしいこれ、何だこれ。しかし赤くなるのは俺ばかりで、向日葵は照れる様子一つない。それどころか、顔が真っ青だった。
「ヤナに…ドキドキして、ずっとずっと一緒にいたくて…優しくされると嬉しくて…怒られても悲しいけど嬉しくて…キスもしたくて…彼女にしてもらって本当に本当に嬉しくて…前、まで」
「…え?」
「どうしよう、私、変、なんだ。ヤナ。ヤナを見ても全然ドキドキしなくなったし、一緒にいても嬉しくなくなった。もうキスする夢も見なくなった。ヤナを好きな菊たちみたいじゃなくなったんだ。あんなに赤い顔の仕方、嬉しそうな貌の仕方、忘れたんだ」
良かった。心臓、静まった。
いや、もう、いっそ止まれ。止まってくれ。これ以上、こんな話を聞きたくない。