またお見舞いと呼び方への提案
前回までのあらすじ。かすみ様が俺に好意を抱いてくれてそのことを使用人に話しまくった結果当然旦那様にばれ俺が殺されそうになり俺がかすみに嫌われようとSったらかすみはへたれて俺はぎゃっぷ萌えに目覚めそうになりましたとさ。
めでたしめでたし。いやめでたくねえよ。なんっもめでたくねえよ。
「ヤナ!ありがたく思いなさい!パパからの伝言よ!過労死か、他殺か、夜の街に騙されて死ぬか、私に殺されるかどれか選びなさいって!喜びなさい、私のパパは優しいでしょう!」
「頼むから優しいって意味調べろ!辞書に付箋しろ!!」
その場の勢いというのは案外馬鹿に出来ないようで出来る、要は熱がそう長く続かないというわけだ。しかし男という生き物、こと俺に関しては、へたれでおまけに熱しやすく冷めやすいということに加えずるずると責任感のような罪悪感のようなものはいつまでもついてまわる最低男だ。
しかしまあ、今は正直、かすみを見ても何がどうこうということはない。へたれたときはちょっと可愛かったなあ、その程度だ。かすみもかすみで、俺がSの化身でないことが分かったら、もう早々と態度を戻しやがった。憧れだったらしい卵かけご飯を三杯も食べると、土足のヒールで元気に帰って行った。
「ま、せいぜい頑張ってパパから逃げてね。骨くらい拾ってあげるわ」
「わあ、嬉しくて涙が出る」
「またねっ」
やれやれ、嵐が去った-ともあれ、かすみがいつまでもへたれてなくて良かった。さすがの俺もあの状態が続かれると意識せざるをえないしな-つうかあいつすっかり元通りになって、やっぱり俺のことなんて-
いや。ずっと『そう』だったとしたら。俺のことを思ってたからの、あの状態だったとしたらつじつまが-
合ってたまるか、俺が一人で首を横に振っていると、ひまわりがまた皿をぱんぱん割ながら震えてこちらを見ていた。
「ややややヤナがあ、かすみの去り際に照れて、照れてるっ」
「照れてねえよ!お前、ちゃんと目玉ついてるか!?」
「ぶわああああああ、かすみもまたね、って!またねって!!私が覚えてる限り始めて言ったぁ!デレたあ!ツンデレは本当に好きな相手にしかデレないって」
「落ち着け向日葵深呼吸しろ!煽れば煽るほど意識しちまうじゃねえか!頼むから俺に平穏な毎日を」
ふと電話が鳴った。俺が助かったとばかりに携帯画面を開くと、樫田の同居人のゆらりん(絶対本名じゃない)から、そういえば番号交換していた。また機関銃のように俺の良く分からない日本語を話されてもたまらない、一旦電話を流してメールをしてみようかと思ったが、場が場だったので出た。出ると、思いの外落ち着いた声だった。
『ああもしもし。ヤナ君いきなりすまないね』
「いや、大丈夫っすよ。どうしたんすか」
『いや、それが…百合っぺがすごい熱でね』
「えっ」
私と喧嘩中に電話に出るとは何事かとずっと俺の腹を殴っていた向日葵の手が、ぴたりと止まった。
「うああああああああああ産まれそう産まれそう!何だかいけないものが産まれそう!」
「百合っぺ落ち着いて!ひっひっふー!ひっひっふー!!」
四畳半でろくに救急箱内も充実してない部屋に住んでる俺が言うのも本気で何だが、これは自信を持って言える。絶対病人がいる環境じゃない。がんがん頭が痛くなる甲高い音楽が鳴ってるし、部屋は女性二人暮らしに本気で申し訳ないが汚い正直足の踏み場もない、枕はいけない本、布団は萌えキャラだ。あと空気も籠もってる。あと五月蠅い。主に病人が。
「よう樫田、生きてるか」
「ヤナ君、お見舞いかい?悪いねえ」
眼鏡のない樫田をあまり見ないように、俺が枕元に買って来たバナナを置いた。安いスイカは不味いと前回学んだ。つうか俺の周り意外と病弱か?元気なの俺だけか、誰だ今、馬鹿は風邪引かないって言ったやつ。
「ヤナ君、すごい熱なのだよ。人間の医者を呼んでも大丈夫かね」
「うーん…別の知り合いの花が風邪引いてたときは、医者呼んでなかったし、俺もいまいち、こいつらの生態が」
「大丈夫だよヤナ君!エロ本読んだら治るよ!」
「よし、そのまま復活するな。還れ、冥府に」
「ヤナ君!今の、萌え声で言ってくれたまへよ!百合っぺ治るよ!!」
同居人はおかゆの材料とエロ本が足りないと行ってしまい、俺はぽつりと樫田の枕元に座ってバナナを剥いてやったりエロ本のエロくなるまでを音読させられたりしていた。何が楽しいのか全然分からんが、樫田は満足げだった。
「ゆらりんの心配はありがたいけどさ…熱くらいでどうこうならないから、しっかり体休んで水しっかり飲んどけばそれでいいんだけどね…人間じゃないんだから」
「人間だって似たようなもんだよ、水飲んで汗かいて寝れば大概いける」
「ヤナ君」
だから眼鏡のない顔で笑うな、俺は情けなくもうつむいて、何、と返事した。
「今日は向日葵ちゃんはどうしたんだい」
「あー、あいつな」
絶対ついてきたがるだろうと思ったのに、向日葵は風船のように頬を膨らませて動こうとしなかった。そうなった経緯を樫田に話していると、彼女は痙攣しながら笑っていた。
「さ…最高…げふっ…」
「大丈夫か、お前」
「やーヤナ君はほんっと外さないなあ…けど、向日葵ちゃんにも会いたいなあ…あんな萌えっ子がおかゆ作ってくれたりなんかしちゃったりしたら、風邪なんて一発で」
「風邪も止まるが、命も止まるぞ。あいつの料理はUMAも倒す」
「マジでか!?萌えっ子料理下手コンボきたこれ!!!」
それから樫田は俺にはよく分からない話を永遠話し、俺は聞き流しつつ相づちを打っていると、彼女はいつの間にか寝てしまっていた。話し疲れた子どもか、まあ熱もあるし。しかし同居人は帰ってこんな、俺が帰っていいもんかどうか迷っていると、ふと気配を感じた。ばっと扉を開けると、やはりというか何というかゆらりんがいた。
「何してんすか」
「つ…続けていいのよ?」
「何か知りませんが、始まってすらいませんよ、その高性能そうな録音機はどこでおいくらしたんすか」
眠る樫田の顔を拭いてやったり、布団の角度を何度も調節してやったり、ゆらりんは実に甲斐甲斐しく樫田を見ている。俺はもう帰っていいんじゃないかと聞くと、彼女は笑った。
「ヤナ君、百合っぺがこんなに元気なのは君が来るって言ってからだよ」
「………は?」
「一般的に風邪には安静にしとくのが一番なんだろうけどね…なんだ、ほら。私ら戦う腐れ戦士は汗かいて燃やせ的な。風邪も吹っ飛ばしてしまえ的な」
「すいません、何言ってるのか全然分かりません」
「うわごとのように、ずっと君の名前呼んでいたからね」
そこは流暢な標準語じゃなくて良かったのに-俺が思わず顔を逸らすと、彼女は優しく笑った。
「彼女がいるのを咎めないよ。その子と別れて百合っぺと付き合ってくれなんて、もっと言えない。けど、少しくらいいいんじゃないかい?弱ってるときくらい、ちょっとだけ優しさを分けてくれても」
「別に…彼女つってもままごとみたいなもんだし…樫田は友達だから、見舞いくらい来ますよ」
「そうかい、そうかい、そらよかった」
俺はオタクとか腐女子というものがよく分からない。恐らく生涯分かることはない。ただ言えることは、樫田のことを案じる彼女の横顔は、とんでもなく格好良かった。
それから俺は長い長い話しをした。樫田が寝て暇なのと、ゆらりんと実質2人きりみたいになってしまって気まずかったのもあった。最初はふんふん聞いてくれていたが、途中からすごい勢いで机に向かい、猛者のような目つきでペンを走らせていた。俺が話を止めようとすると怒られた。正直、怖い。
「もっと!もっと続けたまえよヤナ君!!」
「まだ!?えーと」
それから俺は脳みそが搾り取られるんじゃないかと思うくらい、向日葵との出会いから今までに至るまで永遠話させられた。この人は樫田の正体を知ってるし、もし何かしら本なりエロ本になりしたとしても、誰も信じないだろうと。そう、思っていたんだ。
日がすっかり落ちた頃、ぼろぼろになったゆらりんが滑り込むように、うつらうつら船をこいでいた俺の元にすごい数の原稿用紙を持ってきた。
「どうですか先生!」
「もう出来たんすか早っ!」
すげえなこの人、下書きとはいえ目の前で描かれた漫画なんて見たら緊張するな-…俺はおそるおそる一枚目をめくった。正直に言おう、美術同情で3もらってた俺が言うのもなんだが、絵は決して上手くない。上手くはないが、すげえ書き込んでいるのは分かる。そして-
『きゃあ遅刻遅刻…きゃあ☆』
『あいたっ!なんだあ、お前!』
『あんたこそ何よお!』
すんばらしい妄想力だ。
「俺の長話の成果はどこいった!?」
「ヤナ君、萌えとは錬金術だよ!少し種があれば、パンのように膨らむのさ!!」
結果、まあ、良くあるハーレムもの漫画だった。なぜか舞台は高校だし、俺の身長は普通になっていたしやたらイケメンだし、向日葵たちの正体は花ではなく全部お菓子になっていた。キャラ立ちが実際の花たちと重なっていたのと、とんでも展開の連続で普通に面白かった。要所要所俺にとってはリアル過ぎて笑えなかったが。最後の最後で俺に欠片も似てない主人公と、最初に出てきたクッキーちゃんが結ばれて終わった。俺が最後のページを置くと、目の前に美味そうなうどんが差し出された。そういや、腹が減っていた。
「ありがと、全部読んでくれて」
「いや別に…いただきます…あっつ。面白かったっすよ」
「本当かい!?次のイベント、これで頂点目指していいかな!?あ、もちろん普通の二次創作も出すにょりん!」
「あーいいっすよ、いー感じに嘘混ぜてくれてるし、誰も実話なんて思わないでしょ」
うどん美味いなあ、俺がずるずる食べていると、ゆらりんは必死で描き始めた。その背中は正に戦士そのものだ、俺が思わずじっと見ていると、樫田がのろのろと身を起こした。
「おはよー」
「おー、よく寝たな」
「お…うろん!うどん!腹減り死にそう、いただき!!」
「あ、こらっ」
別にいいけど俺の食いかけー まあ、いいけど。樫田はだしをごくごく飲み、ぷはーっとおっさんのような息を吐いた。俺が思わず笑うと、樫田も笑った。照れるように話題を探すと、戦士の背中が視界に映った。
「すげえ真剣だ、イベントってそんなに儲かるのか?」
「ううん、ほとんどとんとんらしいよ。むしろ赤字も珍しくないって。黒字になったのなんて、何回かだって言ってた」
「は!?じゃ、じゃあ何であんな必死なんだ」
「吐き出さずにはいられないんだろうね…それで誰も買ってくれなくても…もしもお金出して買ってくれたりなんかしたら最高じゃないか」
そんなもんかね-…俺にはやっぱりよく分からん。俺がまた背中を見ていると、樫田が座り直した。
「なので私も吐き出してしまおうと思います」
「は?」
何の話、俺がとまどっていると、樫田は正座をして、凜とこっちを見てきて、俺も思わず続いた。何だまさか-顔が分かりやすく赤くなるのが分かった。まさか、告白か?このタイミングで眼鏡ない顔で告られたら-
「ヤナ君!」
「はい!」
「私…私のことも…名前で呼んで下さい!!」
「………は、はい?」
「…っ、ふ…」
どさっ!!
「わあ、樫田!!」
「わあ百合っぺ倒れたぁ!!」
樫田は治るどころか余計に熱に上がり、結局向日葵にSOS信号を出したがどうにもならず、困り果てた挙げ句人間の医者を呼んでしまった。何だかよく分からない研究所に連れて行かれるのを俺がいつでも阻止するべく万全な体制でいると、意外に普通にあっさり終わった。拍子抜け、医者を呼んでも問題なかった。
「ありがとヤナ君、向日葵ちゃんも」
「おう!任せとけ!!」
「何もしてねーだろうが…寝とけ、百合」
「うん、おやすみー」
バタン!
よし呼んだ。一回呼んだ。一回だけ呼んだ。もういいもういいもう呼ばない、俺が何事もなかったかのようにさっさと帰ろうとすると、こういうときだけこういうことを調子よくキャッチする向日葵がすげえ顔をしていた。
「や、ヤナが…ヤナがあああああああああ!!!」
「待てお前!待てって!どこ行くんだおい!!」
翌日、樫田は大学を風邪で休んだ。妙に嬉しそうなゆらりんからのメールによると、俺たちが帰ったあと、また悪化したそうだ。真緖もニヤニヤしやがって、何が言いたい。
「あーもう」
我ながらよく分からんサービスをするんじゃなかった、俺が赤い顔で突っ伏しているとまた真緖からからかわれた為、俺は奴を机にめり込ませた。