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ツンデレ対抗策とおかしくなってきた俺


 思えば俺とかすみ(様)の出会いは、出会いからして最悪だった。

 俺が十年分くらいの羞恥と三ヶ月分くらいの小遣いつぎ込んで買ってやった向日葵の靴を罵倒し、出会ったらまた罵倒し、罵倒し、さげすみ、また罵倒し、なんかだんだん殴りたくなってきたが、とにかく罵倒した。文句を言いながらも、人を下に見ながらも、気がつけば何度も目の前に現れ、嫌味を言って、笑っていた。それはそれは楽しそうに。彼女もまた人間の姿を借りた花であるから、今までの法則で言えば俺に惹かれてくれていることになる。実際そうかもしれないと思わせる場面は何度かあった。それにしてもツンデレのツンがきつすぎる、それでも俺が彼女を心の底から疎外出来ないのは、ひとえに彼女の幼さだ。そう、彼女は幼いのだ。精神的に。あまりにも、子どもだ。


 そんな彼女があた俺たちが住むアパートを燃やす灰にすると騒ぎ出した為、弱点を握るべく行動したら、割とあっさり見つかった上に、嫌な青い鳥オチだった。まあ、要は、俺だ。名前呼び捨てて、少し優しくしたら、これでもかと照れた。平手打ちつきだったが、綺麗に弧を描いて倒れたのだ。

 「かすみ!?」

 支える体はあまりに軽く、まさかと思うとやはりというか何というか、花の姿になってしまっていた。俺は慌てて受け止めた。さてどうしようか-俺が目を泳がせていると、現代日本にまさかいたかすみの執事が走ってきた。名前は確か…羊じゃなくて。

 「ヤナ様」

 「八木さん」

 そうだ、ヤギさんだ。間抜けな名前に様付けされると余計間抜けだが、まあ悪い気はしない。物腰が低い人の良いおじ様だからだろう。

 「本来、お嬢様の姿を見られた方は記憶を抹消しているんですが」

 「あんた優しい声ですげえこと言うな」

 訂正、かすみ馬鹿で、他への扱いは適当通り越して恐怖に値する。それでもまあ、かすみ草を抱く彼の手は、風を抱いてしまうように優しかった。

 「貴方様は、特別でございます。どうぞ、他言なきよう」

 「大丈夫ですって。言ったって信じないだろうし」

 「でしょうな」

 「…なあ。パパ…かすみの保護者さんはかすみのこの姿知ってるのか?」

 「ええ。もちろんでございます。大変喜んで、お嬢様の部屋いっぱいにかすみ草を送られました。酷く怒っておいででしたが…お嬢様は、枯れるまで、捨てろとは言いませんでした」

 「それはそれは」

 良かった-俺は一体何に安心してるのか、ともあれ、かすみ草を抱いた八木さんは帰っていった。俺はといえばアイスが溶けた為もうちょっと買おうとコンビニへと戻ると、もうすっかり元気になったらしいかすみの声が聞こえてきた。

 「や…ヤナからアイスもらった」

 「よろしかったですな」

 「ヤナから名前呼び捨てられた!」

 「よろしかったですなあ」

 「日記…日記に書く!八木!ペンよペン!」

 「もう用意してございます」

 それから車は元気に出発していき、もう見えなくなってしまった。1人残された俺はといえば、走って、走って、犬のように遠吠えた。自らの顔が首まで赤いことなど、自覚もしたくなかった。



 どうしよう、一周回って、かすみが素直になってきたら。

 -ヤナ、今までごめんね。

 -かすみ、かすみね、ヤナのこと-…


 「ヤナ?」

 「どおおおお!?」

 「煮立ってるぞー」

 「あ、あ、はいはい、食う食う」

 野菜と肉が大量にある為、美貴さんと真緖も呼び、急遽家で鍋大会が実施された。まだまだ残暑厳しいし、安物の冷房は全然効かないが材料が新鮮だし、こういうとき熱いもん食うと美味い。俺はひたすら鍋に専念した。湯気にやられた、今の妄想は鶏肉と一緒に埋めよう。

 「美貴さん、服飛んじゃってる」

 「んー、ありがと」

 何気なく、2人の様子が目に入った。真緖の照れは薄まったが、目から完全にラブ光線が出てるし、何だろう、確実にボディタッチが増えた気がする。さすがに鈍い俺でもピンときた。やりやがったなこいつら!2回目か3回目か知らんが!!

 俺が何だかよく分からない怒りで真緖にひたすら生のキャベツを皿に入れるという小学生みたいな嫌がらせをしていると、ふと、向日葵が視界に入った。そういえば、どういうカラクリか知らんが、花は花と人が関係してるかどうか分かるんだった。何だろう、泣きそうな、笑いそうな顔してる。

 「向日葵、ほら」

 「ん…あふっ!!」

 「椎茸なら、いけるだろ。肉じゃないし」

 「あふ、あふ、う、うん、おいひー」

 良かった、熱いものでも野菜か似たようなもんなら食えるようになってきたな-俺が笑って自分の分をもらおうとしていると、向かいの2人がこの世の終わりみたいな顔をしていた。

 「やだわ美貴様、ヤナの分際で、はいあーんしたわよ!」

 「うわ、気持ち悪、こんな童貞ヤナ見たくなかった…おまえらいつの間にそんな仲に…!」

 「-!う、うるせえ、今のはたまたまだよ!それよりあんたらこそどうなっちゃってるんだ、あー!!?」 

 「そうだそうだうらやましいぞ!!」

 「―べ、別に何もない!」

 「えーへへへ、えへへへ、ヤナ君、分かるー?」

 「真緖!!」

 それから俺たちはぎゃあぎゃあ騒ぎながら、腹が妊婦さんみたいになるまで食べ尽くした。向日葵はずっと笑ってたから、俺も、笑った。



 「あー、食い過ぎた。美味かったわ、ありがとな」

 「いや、俺も一人じゃ食えなかったし………で、どうだった!?」

 「やっぱりか!送ってくれるなんて気持ち悪いこと言うと思ったが…」

 笑って真緖は、伸びしながら、俺の腰をからかうようにつついてきた。俺の気になるところは、やっぱり裸体だった。探求心九割、下心一割くらいの配分だと信じたい。説得力ないだろうが。

 「いや…ほぼ始めてみたいな感じだしさ、美貴さんとは…情けない話、必死だったから、ちゃんと見てないけど…まあ、ほとんど一緒だったと思うぜ。いー体してたし、いーーー具合だったけど」

 「それは俺には分からん」

 「はは…やっぱり、まだか…けど、何か、お前、良かったな」

 「何が」

 「何か上手く言えないけどさ、向日葵ちゃんとすげえ幸せそうだよ。恋人にも、兄妹にも、親子にも見えるけど」

 それは激しく恥ずかしく、激しく痛い言葉だった。その通り、なのだろうけど。けどこれは向日葵を思った結果だ。俺の選択の結果だ。真緖も悪気があって言ったわけじゃないから。

 「俺も偉そうなこと言えねえよ。美貴さんとしなくても、すげえ好きだし」

 「名前。呼び捨てないんだな」

 「ああ。名前な。何か恐れ多いっつうか…遠慮してるわけじゃないぜ!だってあんなでかい店の!夜のナンバー1が!俺の彼女さんって!すげえ美人だしスタイルいいし可愛いし!俺の自慢!超自慢!尊敬してるし、超大好き!」

 「なーんか…お前、うらやましいわ。ど素直で」

 「俺はお前が小難しく考えすぎだと思うけどな…とりあえず、目の前のことから、少しずつ片付けていったら?」

 そう言って真緖が顎で促した先を辿ると、目が合った八木さんが頭を下げた。



 「美味しゅうございますなあ」

 「す、すいません、いきなり鍋の残りなんて振る舞って…向日葵、いいから、座ってろ」

 「けど、お客様だし」

 「いいえ、夜休みをまだ頂戴しておりませんでしたので…結構な味でございました。ご馳走様でした」

 狭い四畳半に、ばりっとした背広の男が頭を下げているだけで、一気に部屋の格式が上がったような気分になる。向日葵も向日葵で、恭しく対応していた。

 「ヤナ様、突然お邪魔して申し訳ありません…実は折り入ってお話がございます」

 「はい?」

 「かすみ様が、最近ヤナ様の話ばかりで…使用人たちはいつも聞かされております。それは構わないのですが、単刀直入に申しますと、旦那様の耳に入りました」

 許されるなら倒れたかったが、どうにか耐えた。鍋を食べてたときに出し切った汗がまた出てきたような気がした。旦那様というと、あのかすみ命の変態オヤジ、あいつしかいない。

 「ええと…具体的にどういうことになるんですか」

 「死にますな」

 「ふええええええ!?」

 「具体的すぎるわ!もうちょっと包み隠せよ!単刀直入過ぎるわ!うちの子が泣いちゃっただろうが、おい!」

 「早急に海外に逃げることをお勧めします」

 「そんな金があるか!!」

 「お金なら」

 「待て待て待て待て待て!!」

 八木さんが胸元からドラマから出てきそうな白紙の小切手と高そうな万年筆が出てきたから慌てて止めた。金は、いやくれるんなら欲しいが、いや、今欲すべきは金じゃない。

 「俺が…俺がかすみに嫌われに行きます」

 「ヤナっ」

 「ヤナ様、よろしいんですか?」

 「俺はもし金があっても、日本語通じない国で生きてく勇気がないので…それに、そろそろ、ちゃんとしなきゃ、とは、思ってました」

 最初から、俺はこんなお花ちゃんだらけのハーレム状態にいられる器じゃない。好かれて、思われれば、嬉しいし意識もするが、応えられないまま宙ぶらりんにさせ続けられるほどの男ではなかった。俺は向日葵を選んだんだ。ヘタレな、ままごとのような、恋人だけど。

 「しかし、その場合も殺される可能性は」

 「ヤナああああああああああ!」

 「だああ、面倒臭いから泣かせないで下さいよ!俺だって死にたくはないです!死にたくはないですが…この戦は、勝てます。勝算があります」



 -いいか、ヤナ。よく覚えておけ。Sな女に対抗するにはな-

 「…よう」

 「…っ、遅い!この私を呼び出した上に待たせるなんて何を考えて」

 -もっと…Sれ!

 「…はあ?俺様に会えておいて、その態度は何だ?ああ?」

 「………は?」


 早くも恥ずかしくなってきたぞ、これ!!! 

 

 ピエロか、ピエロなのか俺は。美貴さんの教えを信じて思い切りSぶってはみてはいるが(というかこれで合ってるかどうかも知らん)この攻撃でいいのか!いくら命の危機とはいえテンパリ過ぎだろおい!かすみもかすみでその宇宙人を見るような目を止めろ、死にたくなってきたから!

 「…は。庶民豆腐に頭にでもぶつけておかしくなったの?付き合ってられないわ、帰る」


 「…待てよ!」

 「きゃっ!」


 待て。待て待て待て待て俺が待て。演技って怖いな!八木さんが貸してくれた(あの人結構ノリノリだ)ヤンキースーツの力か、俺はかすみを思い切り壁に押しつけて、超至近距離で近づいていた。もう夜であたりには灯りもついていない、当然だが2人きり、人通りがない道で、長身の男が小柄な女を身動き取れないようにしている。これ見られたら絶対通報される。

 「こちとら、てめえのせいで命の危機なんだよ…お前、あることないこと、お前のパパに告げ口してるんだってな?ああ?俺様が殺されたらどうするつもりなんだよ」

 「…っ、わ、私…そんなつもりは…」

 あれ。あれ、意外と効いてる。効果は絶大だ!よしこれは嫌われる、俺は攻撃に出ることにした。まさか殴るわけにはいかないから、両肩を掴んだ。

 「そんなつもりなくて人が死んだら世話ねえよな!?」

 「…っ、ふ、ふえ…私…そんな…ほんとに…知らない…」

 ちょっと待て。何か楽しくなってきた。俺、こんな性癖だったっけ?いかん、このままでは確実に警察の厄介になる、慌てて嘘でしたごめんなさいを口走ろうとした俺の口が止まった。泣いてる。泣いてらっしゃる。女の涙は最強だ、敵う術を、少なくても俺は持たない。いよいよ俺が土下座しようとした瞬間、かすみの口が開いた。

 「わ、私…だって、友達…いないもん…ヤナのことしゃべる友達いないもん…使用人くらいにしか…話せないもん…」

 「話くらいなら、向日葵にでも」

 「あんた、ほんとに馬鹿ね!好きな相手がかぶって仲良くしてるなんて、出来るわけないでしょう!しかもあの花は本当に喜びそうだから嫌なのよ!かすみよりもーっと馬鹿だから!ほんとに嫌なの!おまけに…あんたも、その馬鹿のこと…満更でもなさそうだから…ほんとに…嫌い、でいいのに…嫌いじゃないの…ヤナのことも、苦しいの」

 「…っ、か」

 「好きでなんていたくないのに、大好きなの。日記も全部、ヤナのことばっかりなの」

 ヤバイ。ヤバイヤバイヤバイ。攻撃が俺に効いてどうする。だから無理だったんだ俺にSキャラなんて。俺がかすみから顔を反らせないでいると、かすみが背伸びをして、両目を閉じてきた。避けられない-

 「パパがヤナのこと怒ってるなら、ヤナを逃がしてあげる」

 「けど、そしたらお前が」

 「大丈夫。言ったでしょう。ヤナがいたら、私、パパに見捨てられても大丈夫。三食TKGでも我慢する。それに…ちょ、ちょっと食べてみたいし」

 「…っ、あんなんで良かったら、いくらでもご馳走してやるよ」

 「ほんと?絶対よ」

 あれ。あれあれあれ。

 ぽんぽんぽん、と、俺の心の中で、かすみが笑った分だけ、かすみの花が咲いた気がした。


 


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