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去った恐怖と何だかおかしくなってきたツンデレ



 突然だが俺は母親が怖い。

 身長190近かろうが成人してようが怖いもんは怖い。マザコンでもヘタレでも好きなだけ罵られよう、その定義通りに行くと弟もマザコンだ。

 とにかく厳しい人だった。褒めるときは頬の皮がズリむけるくらい撫でられ、怒られるときは殺される勢いで怒られた。仕事で忙しくいるのかいないんだか分かんない父親に変わって、これでもかと彼女の1人飴と鞭だった。

 部屋を片付けずに出かけたら片付けに帰ってこいといつまでもいつまでも電話をよこし、ちょっと遊びすぎて帰りが深夜になろうものなら、母親が正座のまま帰るまで玄関で待っていた。母ちゃん怖い話はまだまだあるがこれ以上続けると俺のトラウマが発動されて泣きそうになるので割愛する。

 俺は不器用で容量も悪くよく母親の目についた。死にものぐるいで県外の大学に出たのも母親から逃げたい一心があったのもある。弟はまだ頑張って実家だが、あれは昔から容量もいいし、常に彼女、やたら外面がいい彼女をこれでもかと家に遊びに来させている為、本当に腹が立つくらい容量がいい。

 で、容量が悪い俺は、今日も今日とて、突然の訪問に驚き、固まったまま動けない。その点、向日葵の方がよほど反応が良かった。

 「い、今、お茶をっ」

 「あら、ありがとう…彼女?」

 俺は首を縦に振る以外選択肢がなかった。彼女でもない女の子と部屋に2人きり、母親に何をされるか分かったものではなかったからだ。



 「あら、向日葵ちゃんっていうの。可愛いわー、息子にもったいないわー」

 「そんな…私もヤナ君みたいな素敵な彼氏がいていいのかなって…」

 向日葵のいい彼女演技は上出来だった。さすが日頃から頼んでもないのに練習してるだけある。俺はといえば、もう空になっている湯飲みをいつまでもいつまでも傾けていた。

 「一緒に住んでるの?」

 「は、はい…ごめん、なさい」

 「別に謝ることないわよ、成人してるんだし…でも、あんたちまだでしょ。関係してないわよね」

 がらん、と空になった湯飲みを畳みに落とした。母親の嫌で怖いところを挙げていたらキリがないが、こういうところが本当に一番嫌だ。空気を読まず、最悪な爆弾を、的確に落とす。

 「~母さん!」

 「好きなら、当然でしょ。好きあってないのに一緒にいるの?あんたの無愛想な返事だけじゃ分かんないわ」

 泣きそうになってる向日葵を見て、足がもつれず、どうにか立ち上がれた。

 「帰ってくれ」

 「…は?」

 「聞こえなかったか、帰ってくれ。元気な息子見て満足だろ、いくら母さんでも向日葵にこれ以上何か言ったら怒るからな」

 震えながら、どうにか、目を見て言えた。母は多少驚いているようだったが、凜として、立ち上がった。

 「そうね、さすがにいきなり来て悪かったわ…向日葵ちゃんもごめんなさいね。暑くて、苛々してたかも」

 「い、いえ、こちらこそ何のお構いもせず」

 「じゃあ、帰るから。元気そうで良かった。あんたたちどうするつもりか知らないけど、もし結婚するんなら、ちゃんと改めて挨拶に来なさいよ」

 そう言うと母親は野菜と肉一式を乱暴に置き、部屋から出て行った。出て、いった。足音が聞こえなくなると同時に、俺は畳に倒れ込んだ。

 「うわあああああああああ怖かったああああああああああああ」

 「ヤナああああああああああああ」

 「向日葵!」

 「うぁい!」

 俺たちはまるで戦場で無事再会した兵士たちよろしく抱き合った。

 「ったく、太った変なおばパーかけたおばさんが何であんな迫力あるんだよ!詐欺だ!」

 「怖かった!怖かったぞヤナ!向日葵大丈夫か!?ちゃんといいお嫁さんって思ってもらえそうか!?」

 「ああ心配するな、お前は花丸合格だ。けど俺はもう駄目だ、あの人に逆らったら最後だ。もう一生家に入れてもらえないかもしれない」

 「ふええええ!?」

 「心配するなって、元々、帰るつもりなかったから」

 「…け、けど」

 向日葵がごそごそと肉と野菜の袋を出してくる。結構な重さ、恐らくかちかちに凍っていただろうに、もう溶けかけている。この暑さとはいえ早すぎる。どれだけこれ持って歩いてきたんだ。

 「その辺で適当に買ってくればいいのに」

 「ヤナに食べてほしかったんだと、思うぞ。お母さん怖いけど、ヤナのこと、大好きだ」

 「…分かってるよ、そんなこと」

 悔しい、悔しいが、子どもが親に敵わないのは根本的にこういうことなのだと思う。言われて腹が立つのは図星だから、どこかで自分の選択を迷ってる自分を知ってるから。

 「ありがとな、向日葵。お前のおかげでちょっと勇気出たわ」

 「私は何もしてないぞ…ちょっと嬉しかったし」

 照れたように、向日葵が笑う。この近距離で照れるな、慌てて離れようとしたが、向日葵がすりすりと胸元にしがみついて離れなかった。

 「おい、いい加減に離れろよ」

 「えへへ-」

 「おいって」

 

 -バン!


 また母親かと向日葵と臨戦態勢を取ったが、違った。またまたかすみ様だった。どいつもこいつもチャイム押さずに不法侵入、ローン組んで警報システム付けるときが来たか。それでも母親よりはずっと無害だ、俺はため息混じりに口を開いた。

 「いらっしゃい」

 「…っうなあああああああ!?」

 すかぁん!!

 「あいたぁ!」

 「ヤナぁ!!」



 訂正。やっぱりどいつもこいつも有害だった。人の顔にスイカぶち当てるか普通。鼻が痛い俺にまたナース服に扮した向日葵が甲斐甲斐しく世話をしようとしているが手で断った。スイカを切るように促すと、男前だがどうにかスイカを切ってきた。良かったな、スイカが皮ごと切ってもいい果物で。

 「かすみ、すいかありがとな!ヤナ、あーん」

 「自分で食う…甘」

 「ふん、当然よ。あんたたちがいっつもカブトムシよろしく食べてる安物スイカと一緒にしないでよ。さあ食べなさい、這いつくばりながらすすりなさいよ」

 「なあ、お前、Sの星の申し子か?罵らないとしゃべれないのか?」

 「ふふふ…ふふふ…ふふふふふふふ!!」

 何事かと思えば、らしくもなく低く笑った向日葵が立ち上がった。まだナース服のままだから元々ない迫力が更にないが、得意げに雑誌を取り出した。

 「何だよそれ」

 「百合に借りたんだ!向日葵、これでいっぱい勉強したんだぞ!ほら見ろこれ!」

 向日葵がどや顔で出したのは、有名金持ち女性タレントの記事。金にものを言わせて世間的にイケメンと言われる男子を連れ回し、視線を集めている-と叩かれている。怪訝そうに見ていたかすみが向日葵を見た。

 「何よ、これ」

 「お金持ちは、いい男雇えるんだろう!一緒に話したり買い物したり出来るんだろう!なのに、お前はお土産持ってまであえてヤナに会いに来る!ヤナが大好きなんだろ、ほら、認めてしまえ!」

 いやいやいや、何を言ってるんだこいつは-かすみに馬鹿にされて終わるぞ、と俺が思っていると、敵は思ってもない顔をしていた。真っ赤っ赤。

 「な…何を言ってるのよ、あんたは!!」

 いやいやいやお前がどうなってんだよ、何だよその顔!怒れよ照れるなよ!何か俺まで照れてくるだろうが!もっと頑張れよ、蔑めよ!

 「わ、私は…こんな奴好きじゃない!私は石油王とでも結婚して庭付きプール付きの豪邸に住んで、毎日毎日贅沢三昧して、一生楽して笑って暮らすわ!そうね、どうしてもって言うなら、あんたを雇ってあげてもいいわよ!庭いじりくらい出来るでしょ、そんで…わ、私を逃がして…2人で逃げて…私は勘当されて…なんかこう破れた部屋で、TKGとか食べて」

 「あの、かすみさん?」

 「全然幸せなんかじゃないんだからね!!」

 「いやいやいやお前もう何かツンデレの使い方間違ってるよ!ただの面白い女になっちゃってるよお前!」

 ちょっと待て、照れながらしかも罵り発言にキレがなくなってきたせいか、ちょっと可愛く…見え…いやいやちょっと待て落ち着こう俺。落ち着け俺。

 「どうせ私はお金がないと何も出来ない女よ!」

 「誰もそんなこと一言も言ってねえだろうが!」

 「私のことをお金もなく愛してくれてるのってパパくらいだし…あんただって…全然、私のことなんか…ちっとも私のものになる気配ないじゃない!」

 「いや、ちょっと」

 おかしい、何か流れがおかしいぞこれ。というか向日葵、こんな時に何やってるんだあいつ-視線を泳がせた俺は胃の中の汁を吹き出すかと思った。向日葵は聞こえてないふりをして皿洗いをしてるが、明かに目がちらっちらこっちを見てる。ばればれですよ、向日葵さん。こういうときは口出せよ!

 「私のものにはならないのよね!?」

 「それは無理だな」

 自分で驚くほどの全否定だった。しまった、口が滑ったなんてレベルじゃない。俺が続く言葉を探していると、かすみが顔を下げた。さすがに泣いたかと思ったが、とんだ勘違いだった。

 俺、耳鼻科に行った方がいいだろうか。有り得ない音が聞こえる。魔王が降臨してる音が聞こえる。

 「何を勘違いしてるのよ…ちょっと優しくすれば調子に乗って…見てなさい!こんなボロアパート灰にしてやる!!」

 そう言って、かすみは飛び出して出ていってしまった。その目は、出会ったばかりのあいつそのものだった。本当だな、とんだ勘違い野郎だ。出会って、会話を重ねて、日にちを重ねて、どこがで少し距離が近くなった気にでもなったかもしれない。

 「ヤナ」

 「…悪い、向日葵。俺」


 「おっすおっす。何か久しぶり」


 「美貴さん!」

 「美貴さああああああん」

 「おっとっと」

 恐らく仕事帰りだろう美貴さんに向日葵が飛びつき、俺は吹き出すように、笑うことが出来た。



 「はーん、アパートを灰ねえ。ま、いいんじゃない?」

 「ええ?」

 情けなくも事情を洗いざらい話すと、美貴さんは想像していたよりもずっと冷静だった。いや、まさかこの人が嘆き苦しんだりすると思ってたわけじゃないけど。

 「そのパパとやらにどんだけ権力あるか知らないけど、出来るもんなら、徹底的にやらせた方がいい。そして、途方にくれるあんたを見て、反省させないと、あの子のひん曲がりはなかなか治らないと思うよ。ま、治ろうが治るまいが興味ないけどね」

 「きっぱり言いますね」

 「だってあんた、どんな属性の女でもとりあえず腹割って話そうとするだろ。対あんたじゃどうでもいいってこと」

 「けど、俺も困るけど、美貴さんもここ追い出せたら」

 「何、私のこと心配してくれてたの?」

 俺が思わず目を反らすと、美貴さんは口を開けて大笑いした。

 「ありがとな。私も幸せもんだな…大丈夫だよ。強がりじゃない、これは本当さ。引っ越しが面倒だけど、今時金出して貸してくれないところの方が少ないし、店長が保証人になってくれるし…最悪、家賃折半しそうな相手もいるしな」

 ちょっと驚いて顔を上げると、今度は美貴さんが顔を下げた。少ししか見れなかったが少女のように赤いその顔を見て、俺はうずうず走るものを感じた。ああからかいたい、からかいたいが、ここは我慢だ。

 「しかし、何だな。ただやられてばっかりっていうのも、癪に触るな」

 「何か考えがあるんすか?」

 お裾分けしたスイカを囓りながら、美貴さんがにいっと笑った。

 「いーこと教えてやろうか」



 「おい向日葵、まっすぐ歩けない」

 「ぶうううう」

 「何だよ、お前」

 手を繋ぐどころか向日葵は俺の腹にしがみついたまま、道を歩く。美少女に抱きつかれ、美貴さんに隣を歩かれ、俺は今視線を集めたい放題だ。何ならサインもしてやろうか。

 「車に轢かれるぞー…可愛いなあ、向日葵ちゃんは」

 「どこがですか」

 「ヤナが私にまでも優しいから、さっきもずーっと黙ってたんだよな?」

 「は?」

 何の話、俺が聞き返そうとすると、美貴さんが慌てて身を隠した為、俺も続いた。彼女の視線の先を追うと、これでもかと典型的な金持ちがいた。小柄な体、はげ上がった頭、丸丸した腹、趣味が悪いが高そうなスーツ、葉巻、両脇に美女。年の頃は俺の父親と同じくらいだろうか、肌がてかりすぎてよく分からん。

 「あれが…かすみのパパっすか?」

 「間違いない、夜の情報網を舐めるなよ」

 美貴さんの促しに、俺と向日葵がついていく。そのままついていくと、どうもスタジオのようだ。カメラマンたちに写真を撮られているのは、商品を持って笑っているかすみだった。

 「おお、かすみ可愛いな!」

 ほんとだ、と出かけた言葉を俺は飲み込む。にこにこにこにこ、見たことがないような顔で笑って、化粧もほとんどしてない。写真をチェックしていたパパとやらが、カメラマンの頭をはっ叩いた。

 「こらあ、こんなんじゃ全然かすみたんの可愛さが分からんだろうが!取り直せぇ!」

 「も、申し訳ありません社長!え、と…どのようなイメージで」

 「そうじゃな…ぎゅうぎゅうしたくなる感じじゃ、こう噛みつかれてもいいような具合で。それでいてデートに誘いたくなるような顔じゃ、こー手を繋いできゃああみたいな、眼鏡も捨てがたいの、眼鏡が似合ってこそのほんとの美少女じゃ、あ、キス待ち顔は御法度じゃぞ、わしの目の黒いうちは」

 「美貴さん、俺、あいつには関わりたくないです」

 「気が合うな、私もだ」

 やめやめ、美貴さんに促され、俺と向日葵は続いた。気色の悪いオヤジだーあいつまさかかすみに-少しだけ振り返った俺は、すぐに思い返し歩き出した。気色悪いオヤジは、初孫が出来たじいさんのようににこにこ笑いながらかすみを褒め讃え、その向かいで、かすみもずっと笑っていた。



 美貴さん発案の弱み握ろう大作戦、あいつの大事なものはパパしか思いつかなかったが、結果、とんでもないキャラの濃さだった為諦めた。俺たちには彼は身が重すぎる。

 美貴さんと向日葵にパシられ、アイスを買っていると、ちょうどかすみがいた。

 「…った、何してんのよこんなところで!駄犬!!」

 「…別に…あー、さっきは悪かった。言い過ぎた」

 「…え」

 「アイス食うか?かすみ」

 夕日が沈み、かすみの顔も赤くなる。彼女の弱点が、認めたくない弱点が見つかってしまった。


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