冴えない俺学習能力が高すぎる花
朝起きたら美少女の妹だらけだったとか、ドアを開けたら巨乳半獣がわんさかいたとか、空から美しい天使が降ってきたとか、宅配便が届いたら中から美女が出てきたとか、美女もしくは美少女に遭遇するきっかけは二次元で溢れているが、その全ての進む道として、普段は冴えない主人公がもてまくる場合が多い。
俺はといえばまぁ確かに冴えないだろう、しつこいようだが顔は十人並みだし、背は高いが正直それだけだ。力はないし体力もないしついでに運動神経は神経から根こそぎ切れてる。勉強は嫌いではないが成績がよかった試しがない。ほら冴えない。
しかしその冴えない主人公たちよりも更に冴えてない俺は一体どんな立ち位置にいたらいいんだ。なぜなら俺は、ある日突然美少女が現れたところで、対処法が全く分からん。
突然現れた元向日葵(多分)の美少女は、俺にしがみついて離れない。腕にしがみついたまま、必死で首を横に振り続けている。
「おい、いい加減離れろよ!」
「~!!」
言葉を発さん割にすごい力だ、向日葵は教室に行こうとする俺を必死で止めようとする。負けじと離そうとしてる俺の前で、学友が一人同情していた。
「おい、もうちょっと優しくしてやれよ。かわいそうだろう」
「じゃあお前が引き取れ!」
「いや、俺ちょっと人のお手つきは」
「何がお手つきだ!俺はこんな女」
知らん、と言い切れないのは、少女が一瞬だけ向日葵の姿になったせいだ。あれさえなければ、突き飛ばしてでも教室に行く。そう出来ないのは、一度助けてしまったからだ。せっかく助けたのにまた突き倒すとはもったいない。俺の善行がもったいない。
しかしだからといってこの美少女について回られるのとはまた話が別だ。こんなのと一緒にいたら、比較的真面目な大学生活を送っていた俺のイメージが一気に軽薄な男になってしまう。
何が人生の休暇だ、何が女とっかえひっかえだ、そんな大学生活を送る気はないんだ俺は。
「おい、お前いい加減」
叫ぶのも暴れるのも、いい加減疲れてきた。パソコンと携帯ゲームで育ったもやしっ子世代万歳。俺がようやく大人しくなると、向日葵はほっと笑った。
「どうする?どうしたらいい」
なるべく優しい声で、なるべくゆっくりと話しかけた。まずこの少女から離れる手段して、彼女の用事を終わらせることだ。恐らくお礼的な何かを言いたいのかしたいんだろう、とにかくそれが終わらないことには、俺から離れないと考えてよさそうだ。さびれた花屋育ちのくせに、なかなか根性のある花だ。
「…っ」
彼女がもどかしそうに口を動かす。そういえば、言葉が不自由だった。当然といえば当然かもしれない、花なんだから。
「ね、この子誰?いい加減教えろよ。他人なんて嘘だろ」
まとわりつく学友に、俺はどう答えるべきか迷っていた。花です、なんて言えば確実に通報される。俺だって、こいつが向日葵に一瞬化けてくれなきゃ信じなかっただろうから。
「…友達の友達だ」
我ながら酷い嘘。そして。
「へー名前は」
「向日葵。ほとんどしゃべれないが、気にするな」
白い犬にシロと名付けるような安直すぎる名前センスに、なぜか向日葵は嬉しそうに笑い、そして学友はもっと嬉しそうに目を輝かせた。
「ひまわりちゃん!名前も可愛いなぁ。俺、ヤナの親友で真緖ってんだ。よろしくな」
「…お前そんな名前だったっけ。それからいつから親友になった」
「冷てぇなお前!!」
そういえばそんな名前だった学友―真緖が俺の肩をふざけるように叩くと、向日葵は楽しそうに笑った。
真緖はすっかり向日葵を気に入ったらしく、学食に連れて行った。当然さぼりだ。俺はといえば当然授業に行く。なんて真面目な俺。
向日葵は不安そうにしていたが、まさか授業に連れていくわけにもいかず、俺は今日も真面目に授業を受けた。そして終わった途端、携帯が鳴り響く。真緖からのメールだった。
『やばい 食堂来い やばいやばいやばい』
やばいのはお前の文章力だ。
何だか嫌な予感はしたが、特にすることもないため食堂に行くと、数人の生徒が何かを囲んでいた。騒ぎの中心は、嫌な予感通り向日葵だった。床にはひっくり返ったどんぶりがあり、向日葵は激しくせきこみ続けている。
「何があった」
「ああ、悪い…向日葵ちゃん、飯食ってる俺をじーっと見てたからさ。お腹空いてるんじゃないかと…そんで、ラーメン頼んであげたら、口に含んだ途端」
「あーもういい、みなまで言うな」
そりゃ吐き出すだろう、向日葵にラーメンがまずいのは小学生でも分かる。真緖がいただろう席をみると、奴が食べ終わったどんぶりの横に、グラスに入った水があった。多分、向日葵が欲しかったのはこっちだろう。
「ほら」
俺が水を差し出すと、向日葵は涙目でそれを受け取り、一気に飲み込んだ。そして美少女とは思えない息を吐き、心配そうだった周りの空気は、一気に和らいでいった。
「ごめんな、ラーメン嫌いだったんだな。次はもっと美味いの」
「いや、やらんでいい。こいつには水だけでいいから」
「…ダイエットでもしてるのか?スタイル抜群なのに」
「どこ見てんだ」
すっかり真緖に怯えてしまった様子の向日葵は、俺の手を繋いだまま並ぶように歩いている。もう面倒なので、好きにさせることにした。しかし真緖はめげずにずっと俺たちの後ろをついて歩いてくる。ある意味勇者だ。
「ヤナ、もう講義終わりだっけ?その子送ってやるのか?」
「あ?あー…」
そうだ、こいつはどうしよう。ちょっと考えると、さびれた花屋が浮かんできた。元いたところに返すのが一番だろう。
「おい、行くぞ」
向日葵は不安そうに顔を上げ、小さくうなづいた。話せはしないが、言葉は通じるようで助かった。
もう来ないだろうと思っていた花屋の前に行くと、先日とは違う店員が出てきた。しかし彼を見るなり、向日葵は俺の後ろに隠れてしまった。花屋だから当然だが、奥には花がたくさんある。素人目で見ても、大事にしているようには見えなかった。人の経営観念など興味はないし説教するほど偉くもないが、怯える向日葵をここに置いておく気にはなれなかった。
「いらっしゃいませ…おや。彼女にプレゼントですか?」
「いえ」
彼女、産まれて始めて言われた単語は、恥ずかしいというよりは違和感があった。なんとなく店の花を見渡す、当然動きそうな花などあるわけがない。
「ちょっと変なこと聞きますが…ここの花、生きてたりしないっすよね」
「……………え、と…そ、それくらい元気な花を売ってるつもりは」
「あ、もういいっす」
絶対変な奴だと思われた、必死で言葉を探す店員に軽く頭を下げ帰ろうとするが、慌てた声で呼び止められた。
「あ、す、すいません!お金!」
「は?」
何も買ってないはずだが、振り返ると、向日葵がすごい笑顔で土袋を抱いていた。
すげえ絵だ。美少女が土を食べてる。
「美味いか?」
向日葵は食事に夢中だが、俺に向かって激しくうなづいてくれている。呑気に土を食べる向日葵を見て、俺は盛大にため息をついた。
言葉はしゃべらない、食うのは土、飲むのは水、ペットしては恐らくすごく金がかからない。見た目が美少女なのがちょっと設定的にまずい気がするが、正体が花だと思えば別段ときめきもしない。
こいつが何を言いに来たのか、何をしたいのか分からないが、まぁ納得するまで満足するまで。
「ここにいたらいいさ」
俺がぽつりとそう呟くと、向日葵は本当に嬉しそうに笑った。花のような笑顔とはこういうものだろう、花なんだから当然かもしれないが。
その夜、向日葵は体操座りでずっとテレビを見ていた。そういえば花は音楽などかけてやると喜ぶと聞いたことがある、音を発するものが安心するのだろうか。
俺は向日葵を見ながら、携帯で検索していた。今時調べればすぐになんでも分かる、まったく便利な時代だ。向日葵といっても色んな種類があるらしいが、当然人間になった例はない。諦めずに検索を繰り返すと、某国民的人気アニメの赤子が出て来て、検索はもう諦めた。
するとバイトの時間を知らせるタイマーが鳴った。俺が立ち上がると、向日葵は不安そうに俺を見た。
「あー、大丈夫だ。ちゃんと帰ってくるから。ほら、あそこの時計見えるか?あれが10になったら」
すると向日葵は背伸びをし、時計を壁から下ろすと、ほらどうだとばかりに針を動かして笑顔を浮かべた。なるほど、これで俺のバイトは終わったとでも言いたいのか。
「あのな。バイトに行かないと、水道が止められる。お前の水すらないぞ」
「―!」
それはさすがに困るのか、向日葵はしぶしぶ時計を抱いたまま、俺から離れた。向日葵は玄関まで俺を送り、手を降り続けた。俺は手を振り返し、階段を下りながら、その手をなんとなく眺めた。人に見送られるなど、久しぶりだった。
人生楽あれば苦もある。美少女と出会えたことで俺は運勢を使い果たしたらしく、これでもかと言わんばかりの悪運が襲いかかった。
「おい、ヤナ…だ、大丈夫かよ」
「大丈夫に見えます?」
奥の部屋で客が大騒ぎしながら飲んでる。やかましかろうが安い酒ばかり頼もうが、たたき出せないのが悲しき客商売だ。ホールの女の子が軽く怯んでいたため、恰好つけて俺が行きますと言った俺が悪かった。悪かったが。
―なんだ、その目はぁ!
いきなり酒ぶっかけることないだろう。怒らなかった俺には、帰りに今度はお姉さん系の花と会わせてくれてもいいのではないだろうか。いやもうあの部屋には猫一匹分の隙間もないが。
目つきが悪いのも、身長的に見下ろしてしまうのも、まぁ仕方がない。ここを面接するときに店長から言われたことだ。しかしそれでも平和にやってきたのは、酒がなかったからだ。いきなり初対面の人間に酒をぶっかけられる人間にさせる飲みものなんざ、俺は絶対飲まんぞ。
「なぁヤナ。今日はもういいから」
「いえ、奥の席、まだ片付けてないんで」
「いや…頼むから帰って。目つき、怖いから」
先輩、身長190近かろうが、俺だって傷つきます。
いいさ別に。早退扱いにしてくれた上、お土産に余り物をたくさんもらった。これで3日は食い繋げる。料理が落ちないようにかばんに詰めようとしていると、外はまた酷い雨だった。当然だが、やっぱり傘はない。
空でさえも俺を見放したか、コンビニで傘を買おうか迷っていると、目を疑った。目の前には、傘を持った向日葵がいた。
「お前っ」
びっくりして駆け寄ると、びしょ濡れの向日葵が微笑んだ。傘を差しだしてくる手からも、雨水がしたたり落ちてきた。
どうやって、なんで来た、色々聞きたいことはあったが、一番聞きたいことはまず。
「びしょ濡れじゃないか」
俺がそういえば4日目だった、汚いハンカチで拭いてやると、向日葵はどちらかといえば嫌そうだった。花だから雨は恵みの雨だろうが、絵的にとても気の毒だった。
「え、と…」
それと言うべき言葉は。
「ありがとな」
向日葵は嬉しそうに笑い、背伸びして、俺の乾いた唇に口づけた。
情けない話だが始めてだった。特にショックでも嬉しくもなかったが、始めてのキスが花相手だと思うと、なんだかやるせないものがあった。
しかし疑問だった。向日葵がどうして雨の中迎えにきたり、あんなことをしたりするんだ。
俺がぼんやりとそんなこと考えていると、ふとテレビから卑猥な声が聞こえてきた。俺は慌てて向日葵からリモコンを取り上げ、両目を塞いだ。
「なんつうもん見てるんだお前は!」
そういえば真緖に借りたAVを入れたままにしていた。慌てすぎた俺は停止ボタンではなく、どうも巻き戻しボタンを押してしまったらしい。テレビの中で、胸をやたら強調した美女がこちらに向かって怒った。
-もう!えっち!雨の中、迎えに来させないでよね!
-き、キスしてくれたら…許してあげる…
「………なるほど」
お前はこれで学習したのか、向日葵を見ると、彼女はまた得意げに笑っていた。よく出来たでしょう、とでも言いたいつもりか。ここにきて、年頃の男にとって死活問題にもなりかねないことを決断した。もう二度と、家でこういうのは見ない。花の教育に悪い。
バラエティーを見始めたため、俺はシャワーに入った。酒臭いのを一刻も早くどうにかしたかった。今日は豪勢に湯まで沸かしてみた、まぁたまにはいいだろう。
俺が肩までつかって息を吐くと、そのまま心臓を止めるところだった。いきなり扉が開かれたかと思えば、裸の向日葵がそこにいた。
なんてお約束すぎる展開だ-俺は赤くなるどころか青くなった。こういう時に限って、俺はあのAVの続きを鮮明に思い出した。雨に濡れた二人は風呂に入り、そのまま事に発展するのだ。
冗談ではない、俺はそんな礼は望んでない。慌てふためく俺をよそに、向日葵はずんずん風呂に入ってきた。俺が出ようとすると、向日葵が俺の腕を抱きしめて止めた。
四畳半の風呂なんて当然たいしたことはない、むしろ190近い俺が入って一人でも狭すぎるくらいだ。なのにそこに少女が入ってきたのだ、当然肌は密着する。俺の若さ溢れる欲情に火がつくのは十分だった。
しかしどこかで危険信号が鳴る。流されるな、流されるなと。こいつはただビデオの真似をしている花だ、そんな花に俺は一体何をしようとしているんだとどこかで冷静を保とうと必死だった。
だが肌は触れ合い、湯だけがもどかしく二人の距離を保つだけで、俺はといえば、もう限界寸前だった。いやもう突破していたかもしれない。俺はもう本能のままに、向日葵を引き寄せた。
何も知らない笑顔が、さっきの笑顔と重なった。ビデオの真似とはいえ、びしょ濡れで待っていてくれたあの笑顔と。
俺は冴えない。冴えない上に情けない。こんな美味しい状況で、取って食うことも出来ない。
「ちょっと待っててくれ。すぐ収まるから」
いくら花相手でも見られて嬉しいものではない、見られないように向日葵を抱きしめた。女の肌も、当然始めてだった。
花に欲情しかけた代償は散々だった。二人が抱き合って耐えられるほど風呂は強くなかったらしく、まぁ要するにお亡くなりになった。もうすぐ大家が来る。きっと殺される勢いで怒られるだろう。
どう謝るか、というかこいつはどう説明しようか、必死で悩ませてる俺の前で、向日葵はなんとびっくり裸にエプロンを着ていた。
「お前な!頼むから服を着ろ!」
「う?」
「う、じゃない!それで男が萌えると思うな、どっちかっていうとナースの方がいい!」
大騒ぎする俺は、ビデオデッキの下に実は裸エプロンもののビデオがあったことも、裸同士で抱き合ってしまったことも、全部まとめて水に流したかった。
せめて恥じらったり、謝ったりさせてくれ。そんな恰好の向かいで、恰好つけられるか。




